2:も、もう会社に行かなくていい本当ですか⁉
「あれ⁉ ど、どこだここ⁉ 俺自分の部屋にいたよな⁉」
状況が呑み込めず大声を出したせいで周囲の人の視線を集めてしまう。
道行く人々がまるで不審者でも見るような白い目を向けてくる。こんな状況じゃなければ羞恥心で心がどうにかなっていたことだろう。
でも、仕方ないだろう? 俺はゲームをしようとしただけなのに、いきなりパソコンが光り出して、気が付いたら見知らぬ場所に居たんだぞ⁉ しかも空に太陽浮かんでるし! ここ外国なわけ⁉ この状況で落ち着いて居られる人間が居たら心から尊敬するよ!
周りの人たちもなんか動物の耳とか尻尾付けてるし! 何? ここはコスプレ会場か何かなのか⁉ じゃあこの見慣れない街並みはそれ専用のスタジオってわけか⁉ あぁ! なるほど! そう考えると他の人もラノベなんかでよく出てくるような冒険者みたいな格好してるしな! 納得納得!
「……って、納得できるか!! コスプレ会場? アホか! 例えそうだとして、俺自身の瞬間移動が一番謎だろうが!」
あまりにも荒唐無稽な考えに思わず自分に対しノリツッコミをしてしまう。
道行く人々の視線がますます鋭いものとなったが、もはやそんなことは些細な問題だった。
「あっスマホ! 位置情報!」
スマホの地図アプリなら現在地が分かるじゃないか! 俺天才!
早速スマホを取り出すべくポケットに手を――
「ん? あれ?」
ないぞ? 何がないってスマホどころかポケットすらない。っていうか今の俺の格好って?
錆び付いた機械のように固い首をどうにか下に動かし自分の身体に視線を落とす。
上は薄手の白シャツで、下はパンツ一枚だった。
「あ、あ~そういえば、俺風呂上がりだったっけ」
季節は夏。風呂上りは身体が温まっていることもあって俺は下着だけで過ごす派だ。
その状態で瞬間移動したのならそりゃあ下着姿だよな~はっはっは……
「変態じゃねぇか! そりゃあ白い目で見られるわ!」
大声で叫ばなくてもこの格好で街中に居る時点で不審者だよ!
道行く人々の視線は大声を出したことじゃなく俺の下着姿に注がれていた可能性すらあるよ! もちろん悪い意味でな!
見知らぬ場所への瞬間移動と自らの痴態を周囲に晒すというダブルパンチに割と本気で発狂しかけていると、誰かから優しくトンっと肩に手を置かれた。
「あぁ⁉」
興奮してハイになっていた俺は、肩に手を置いてきた相手に対し思わず凄んでしまう。
そこには、白銀に輝く鎧を身に纏い腰に剣をさしている騎士風の男が立っていた。
騎士風の男はにこやかな笑顔を浮かべ口を開く。
「お兄さん何してるの? ちょっと詰所まで来てもらっていいかな?」
「…………はい」
◆◆◆
周囲の刺すような視線を受けながら騎士団の詰所まで連行された俺は、騎士風の男と向かい合うように机に座らされた。
まるで警察から事情聴取を受けているような状況に俺はようやく正気を取り戻す。
「で? なんであんなことしたの?」
「あ、いや、その……なんで、でしょうね~……自分にも良く分からなくて……」
「お兄さん良く分からないのに下着姿で広場に来た挙句叫び散らしたの?」
改めて言われるとすごいインパクトだな……。
「いや、本当に分からなくて……気が付いたらここに居たっていうか。もっと言えば、ここがどこかも分からなくて……」
俺がそう言うと、騎士風の男は後ろに控えていたもう一人の男と顔を見合わせる。
そしてどういう訳か互いに頷きあうと、示し合わせたように「はぁ~」と長いため息をついた。
「あ、あの? どうかしました?」
もしかして俺の死刑宣告(社会的)だろうか? ……いや、それはもう受けてるようなものか。
「あ~はいはい、わかったわかった。お兄さん転生者なのね? 合点が行ったよ」
え? 転生者?
「たまに居るんだよね~ここじゃないどこか別の世界からこっちに来ちゃう人。お兄さんもそうなんでしょ?」
まだいまいち状況が呑み込めていなかったが、助かりそうな気配を感じとりあえず頷いておく。
それにしても転生者、か。
異世界転生というのは漫画やラノベで幾度となく読んだジャンルだが、俺がそれだってのか? 別に死んだわけじゃないし、そもそもゲームしようとしてただけだぞ? だったらどちらかと言えば俺のは”転生”じゃなくて”転移”じゃないのか?
服とかも変わってないし、身体だって――
ふと、確認のため自分の身体を見た時、俺は固まった。
――自分の身体じゃない。
瞬間的に俺はそれを理解する。
ずっと見てきた自分の肌よりはるかに奇麗で産毛一つない白い肌。
何となく体格も少し小さくなった気がする。肉付きが悪いわけじゃないが、少し筋肉量が少ないのか? 少なくとも元の俺の身体はもう少し筋肉質だったように思える。
それに、よく見ると身体に細い線のようなものが浮かんでいる。
自分のモノではない身体に人形を思わせる細い線。
そう、それはまるでフリーゲームの画像で見た機械人形のような――
「お、おじさん! 何か自分のステータスが分かるものってある⁉ あと鏡!」
「ど、どうしたんだ急に……鏡ならそこにある。ステータスは、自分のステータスが見たいと念じながら『ステータスオープン』と呟けば出るはずだ。あっ、一応不可視化して出せよ? それも考えるだけでできるから」
「分かった!」
騎士風の男……いや、話を聞く限り本当に騎士なのだろう。
俺は、騎士の言う通り心の中で自分のステータスを不可視化した状態で見たいと念じながら、
「『ステータスオープン』!」
と叫んだ。
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『アハト』
種族 機械人形
職業 勇者
性別 不明
レベル 1
体力 15
魔力 30
持久力 ∞
筋力 15
技術 20
敏捷 10
種族特性 20
幸運 15
『種族特性』
《融合進化》
『技能』
【自己改造】【展開】【聖剣召喚】
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「お、おぉぉぉぉぉぉっ⁉」
ほ、本当に出た! これが俺のステータスなのか、ゲームみたいだ!
そして、やはりと言うかなんと言うか、俺の種族は人間ではなかった。
機械人形。『ニューワールド』というフリーゲームのキャラ設定で選択した種族と同じ名前だ。ステータスの項目も同じだし、何より表示されている自分の名前は『アハト』になっている。
パソコンの画面に一番最後に表示された『第二の人生をお楽しみください』という言葉も加味すれば、これはもう確定でいいだろう。
――俺は、フリーゲーム『ニューワールド』の中に入り込んでしまったのだ。それも、ゲームの主人公として。
ある意味予想通りだった自分自身の現状を受け止め俺は俯いてしまう。
俺はもう人間じゃないのだ。
これからは機械人形として生きていかなければいけない。
右も左も分からない異世界で……知り合いが一人もいない異世界で……剣と魔法とモンスターであふれる異世界で、これから一人生きていかなければいけないのだ。
「なんだよ、それ…………最高じゃないか」
思わず口から零れたのは、紛れもない本心だった。
異世界転生、俺だって一度くらい考えたことあるさ。いや、異世界モノの漫画やラノベを読むたびに考えてた。異世界に行けたらなぁって。
でも、普通に考えてムリじゃん? ある日突然事故で死んで起きたら異世界でしたとか、そもそも普通に生きてたら事故にあうこと自体稀だよ。その先に待つ異世界転生なんて夢のまた夢だ。
もしかしたら、人が死ねば地獄や天国ではなく異世界に行くのかもしれないが、俺はそれを確かめる為だけに死ぬような馬鹿じゃなかったからな。死ぬ勇気が無かったともいうが、それは一旦置いておくとして。
ともかく、幾度となく妄想するくらいには異世界転生というものに憧れていたのだ。
転生時の格好が下着姿? そんなもの今なら笑って許せるよ! それが異世界へと渡る代償なのだとしたら喜んで差し出そう! 俺の社会的地位なんて安いものさ! 異世界に比べればね!
それに、向こうの世界に未練があるわけでもない。
ブラック企業の社畜をしていた俺に何かを成したいだなんて気力があるわけでもなく、空いた時間を趣味のゲームに費やすので精一杯な人間だったんだぞ?
それがこの世界ではどうだ! ゲームは出来ないかもしれないが、それを帳消しにして余りある会社に行かなくていいという素晴らしい事実!
もう会社に行かなくて良いって本当ですか⁉ 本当なんです! もう行かなくていいんです! 素晴らしきかな異世界!
「何にやにやしてんだ……?」
若干引いているような視線を向けられ、少しテンションが下がる。
どうやら会社に行かなくていいという喜びが顔に出てしまったらしい。気を付けないと。
そんなことを考えていると、コトリと音を立てて目の前に手鏡が置かれた。
ありがたく拝借し自分の顔を見てみると、そこには作り物のように整った顔立ちの男が居た。
肩口まである少し長めの銀髪に薄水色の瞳。中性的な顔立ちで、少し離れたところからこの顔を見たら女と間違える人もいるかもしれない。
「あらやだイケメン!」
自分の顔がイケメン過ぎて思わずオネェのような口調が出てしまった。
元の世界の俺は別に不細工と言うほどではなかったが、控えめに言ってもイケメンではなかったからな。
これでますます元の世界に戻る理由がなくなった。
すぐにでも今の自分に備わった力を使ってみたいところだが、そう言えばここ騎士たちの詰所だったな。
まずはこの状況をどうにかしないと。
「おじさん。それで、俺はどうなるんですか? 気が付いたらあの場所に居たので、俺自身に悪気は全くなかったんですけど……」
「分かってるよ。お前の反応を見て転生者であることは十分分かった。今回は不問にするが、次は気を付けろよ?」
「流石にもう下着姿で出歩いたりしませんよ。ただ……」
「ただ、なんだ?」
「え~と、こっちの世界に来るのが行き成りすぎて服を持ってくる時間がなかったので、出来れば使ってない服なんかがあれば譲っていただけないかな~と思いまして……あと靴」
俺があの広場に居た時、周囲に自分の荷物らしいものはなかった。
つまり、俺の服はない。そして当然ながら素足だ。
このまま開放されれば俺は再び下着姿で外を出歩くこととなり、騎士たちのお世話になることは必然と言えるだろう。
最悪靴は無くても良いとして、最低でも服はここで貰えないと控えめに言って詰む。
「仕方ないな。おい、何か服を持ってきてやれ」
目の前の騎士がそう言うと、後ろに控えていた騎士は頷き扉から出て行ってしまった。
ほどなくして戻ってきた騎士から受け取った服と靴は質素ながらしっかりとした作りの物だった。
早速上下とも着て見る。
サイズはちょうどよかった。生地が固いのか元の世界の服に比べると少し動きずらかったが、このくらいは許容範囲内だろう。
「ありがとうございます。出来るだけ早く返しに来たいんですけど、この世界で俺でもできる仕事って何かあります?」
「ん~文字とかは読めるんだよな?」
「どういう訳か読めますね。書けはしないと思いますけど」
この世界の文字が読めるというのは連行されている途中に確認済みだ。
どういう理屈かは分からないが、店の看板なんかは知らない文字で書かれているにもかかわらず何故か読めている。
ゲームのシステム的なものなのだろうか、それとも俺の種族――機械人形の特性的なものなのだろうか。
自動翻訳機構、ありそうだな。
「読めるけど書けない、か。ん~どうするか……あ、転生者なんだから特殊技能的なのは持ってるよな?」
「そうですね。一応それっぽいのはあります。どういう風に使うのかは実際に試してみないと分かりませんけど」
「こっちに来たばっかりだもんな。でも、転生者ならほとんどの場合『冒険者ギルド』に所属して冒険者として生計を立てるぞ」
「ぼ、冒険者ギルド? やっぱりあるのか⁉」
「お、おう。そりゃあもちろん。冒険者が居なきゃ街がモンスターに襲撃されちまうからな」
「冒険者って俺でもなれるのか⁉ 金かからない⁉」
「なるだけならタダだな。ただし、依頼を失敗したりすると賠償金が発生する場合もあるから気を付けろよ」
「気を付ける気を付ける! で、それどこ⁉」
「まあ待て、今地図描いてやるよ」
そう言うと、騎士のおじさんは近くにあった紙にサラサラと冒険者ギルドまでの道のりを描いてくれた。
ほれ、と渡された紙を受け取りありがとうとお礼を言う。
「じゃ、もう二度と下着姿でうろつくなよ~」
「俺にそんな趣味はありませんから!」
軽く手を振る騎士のおじさんに改めてお礼を言って立ち去ろうとする。
だが、そんな俺に後ろからまたおじさんの声がかかった。
「そういや名前を聞き忘れてたな。お兄さん名前は?」
名前、そういえば深く考えていなかったな。
俺自身、と言うか俺の心は霜八八雲という人間だ。でも、身体はどうだ?
腕も足も胸も顔も、種族すらも違う。そんな今の俺を本当に霜八八雲と言えるだろうか?
何より、自分のステータスに表示されていた名前は霜八八雲ではなかった。
だとしたら、郷に入っては郷に従えというし、この世界用の名前を使うべきだろう。
「――俺の名前は、『アハト』です」
霜八八雲としての人生は終わりを告げた。
ここからは機械人形の『アハト』として、第二の人生を遊びつくしてやる。




