1:フリーゲーム?
「はあぁぁぁ……」
仕事を終え、ようやく家へとたどり着いた俺は、玄関先で大きくため息をついた。
「あのクソ上司! 無理難題押し付けやがってふざけんなよ⁉」
会社でのことを思い出し、思わず叫んでしまった。もしかしたら隣の家の人に聞こえてしまったかもしれない。
だが、文句の一つでも言わないとやってられないのだ。会社で叫ぶわけにも行かないし、帰り道は当然人がいる。
そんな中でぶつぶつ文句を垂れ流しながら歩いていたらたちまち俺は変質者だ。白い目で見られるかもしれないし最悪通報される可能性すらある。
そんな窮屈な世の中で唯一溜まりに溜まったストレスを発散できる場所は自分の家だけなのだ。叫んでしまうくらい大目に見てほしい。
「あ~ほんとクソ! 何がこっちのコードの方が奇麗に納まって見栄えが良いだよ! それで実行したらエラーエラーエラーばっかりで一ミリもまともに実行されねぇじゃねぇか! 詳しくねぇなら口出ししてくんじゃねぇよ! そのせいで今日も残業じゃねぇかふざけんな!」
止まらなかった。一言口に出してもすぐに次の言葉が脳裏に浮かぶ。
いっそのことブレーキなんて取っ払って全部吐き出してしまおうかと思ったその時、壁から『ドンッ』と強く叩く音が聞こえた。
やはり隣の家の人に聞こえてしまっていたらしい。
注意されてしまったのなら仕方がない。今日はここまでだな。
はぁと深く息を吐き心を落ち着ける。
まだまだ言いたいことはあるが、自分の怒りで他人に迷惑をかけるわけにもいかないし切り替えるとしよう。
それに、今日は金曜日だ! 明日は休み! その次も休みだ! そんな日にクソ上司のことを考えるなんて時間の無駄以外の何物でもない! 仕事のことは忘れて今日はとことん遊びつくすぞ!
パパッと風呂を済ませ、冷蔵庫から酒とつまみを取り出しパソコンの前にドカッと座った。
パソコンを起動し開くのはフリーゲームの一覧が載っているページだ。
面白そうなフリーゲームを探しプレイするというのが俺の密かな趣味だった。
フリーゲームは良い。アクション、シューティング、ノベル、RPGなどなど、あまたの種類のゲームがすべて無料でできるというのだから最高だ。
好きな時に好きなジャンルのゲームができる、これほど素晴らしいことが他にあるだろうか? いや、ない!
今日は金曜日だし長くプレイできるようにRPGゲームで何か良さそうなゲームは無いかなと探していると、とあるゲームが目に入った。
「『ニューワールド』? 初めて見るな、新作か何かか?」
ほとんど毎日のように一覧ページを覗いていると、例えやったことがなくても見覚えくらいはあるものだ。
だが、この『ニューワールド』というゲームは見たことがない。恐らくつい最近投稿されたゲームなのだろう。
「総ダウンロード数”1”か」
数度ページをリロードしてみるが、ダウンロード数が増える気配はない。
世に出て未だに一人しかプレイしたことのないゲーム。
その希少性がどうにも俺を引き付けた。
というのも、俺は普段から残業等で帰宅が遅く、出たばかりのゲームをプレイするという経験が少ないのだ。だからこういったダウンロード数の少ないゲームを見るとどうしても気になってしまう。
ゲーム画像をクリックしたりスクロールしてあらすじなどを確認する。
あらすじが長すぎて読む気が失せるが、何となく流し読みした結果要約すると、『勇者となり魔王を倒すため旅をする』というなんの変哲もない普通の王道RPGだと発覚した。
これだけ長々とあらすじを書いておいて結局王道なのかよと叫びたくなったが、流石にそれは堪えた。
「あらすじは別としてゲーム画像を見た感じは面白そうだし、これにするか」
早速ダウンロードボタンをクリックし、ダウンロードされたファイルを解凍する。
表示されたファイル内に存在するアプリケーションファイルをダブルクリックし開くと、すぐに『ニューワールド』というタイトルロゴが入ったゲーム画面が表示された。
newgameと書かれたボタンをクリックすると、これから自分自身となるキャラクターの名前を入力する画面が出現した。
俺は迷わず『アハト』と入力する。
アハトとは、ドイツ語で8を意味する言葉だ。何故そんな名前にしたかというと、俺の人生は『8』という数字に縁がありすぎたからだ。
名前が霜八八雲で八という漢字が二つも入っていて、誕生日は8月8日、学生時代の出席番号は常に8番と八尽くしだった。他にもクラスでの成績の順位が8位とか、マラソン大会の順位が8位とかいろいろあったが、上げていけばきりがないのでこのくらいにしておこう。
そのせいで友達にも幾度となくいじられたが、高校に入りドイツ語で八は『アハト』と読むことを知り、「あれ、かっこよくね?」と思った俺は開き直り、ゲームなどの名前はすべて『アハト』で統一することにしたのだ。
『アハト』、かっこいいよな?
さて、少し脱線してしまったな。引き続きゲーム画面を見ていくとしよう。
次の画面に進むと、そこには人間、エルフ、ドワーフなど様々な種族の名前が羅列してあった。上の方には『種族を選択してください』と書いてある。
「種族まで選べるのか。珍しいな」
こういうゲームの主人公は大体の場合人間だ。
そこに深い意味があるかどうかは謎だが、少なくとも『魔族』はダメなのではと苦笑する。
何故か魔王側に思える魔族が選択肢の一つに入っているがストーリー的に問題はないのだろうか?
選択したらどうなるのかと少し気になったが、他の種族も見て悩みに悩んだ結果『機械人形』という種族を選択することに決めた。
理由は単純明快で名前が一番かっこいいからだ。『機械人形』、名前からにじみ出るロマンには誰も勝てないだろう。
種族にはそれぞれ『種族特性』と呼ばれる固有の能力みたいなのがあるらしいが、そういうのはやりながら覚えていく派の俺は適用に読んで先へと進んだ。
続いて出てきたのは体力、魔力、持久力などの項目と『成長ポイントを割り振ってください』の文字……。
「なげぇなおい」
思わず呟く。
フリーゲームにしてはキャラ設定が長すぎやしないかとは思うが、それで適当にやってしまえば後々後悔するのが目に見えてるので一応真剣に考える。
選択できる項目は全部で八つ。
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体力 :1
魔力 :1
持久力 :1
筋力 :1
技量 :1
敏捷 :1
種族特性 :1
幸運 :1
残り成長ポイント:10
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項目数に対して割り振れるポイントが少ない。均等に割り振るというのはほぼ不可能だろう。
となるとやりたいプレイスタイルを定めて極振りの方が良いのか? でもどんな風にプレイしていくのかまだわかんないんだよな……。
悩んだ俺は、無難そうな『敏捷』『種族特性』『幸運』にそれぞれ3:5:2とポイントを割り振った。
「これで良し、と。体力とか筋力には全く振ってないけど、まぁこれで行き詰ったら最初からやり直せば良いだけか」
そう思い『完了する』のボタンを押すと、続いて『ストーリーを開始しますか?』の文字が表示された。
どうやらキャラ設定が完了したらしい。
何の迷いもなくYESボタンをクリックする。
画面が切り替わり『第二の人生をお楽しみください』という文字がデカデカと表示される。
フリーゲームで第二の人生は流石に言いすぎじゃないか? と思いつつ待機していると、次の瞬間、突如としてパソコンの画面がまばゆい光を発し始めた。
「な、なんだ⁉」
その部屋全体を包み込むほどの大きな光に思わず両手で目を覆い隠す。
しばらくして、光が収まったのを感じる。同時に周囲からざわざわと人の話し声のようなものが聞こえてきた。
な、なんだ? BGM? にしては音が大きいしパソコンから聞こえる音にしてはリアルすぎないか? それに、風が吹いてるのか? 俺窓開けた覚えないんだけど……。
次々と浮かぶ違和感の正体を突き止めるべく、恐る恐る手を外し両目を開ける。
「……はぇ?」
そこには……いや、そこは、自分の家ではなく、見知らぬ街の広場だった。




