島田を捜して
そして、4時限目の授業が終わり、休み時間となる。今まで机に突っ伏していた友博は顔をあげて周囲を見渡すが、教室内に島田の姿は存在しないのであった
〝うううぅ。島田くん、怒ってないかな〟
1時限目の授業が終わりに島田から一緒に小説を書かないかと持ちかけられた時、友博は反射的にその申し出を却下した。
友博にとって創作とは自由を与えてくれる翼であり、この地獄のような学園生活での唯一の癒しでもある。だからこそ、その楽園に他者が介在することなど最初から考えられなかった。今でもあの時の決断が間違っていたとは思っていない。
しかし、もうちょっとカドが経たない言いかたがあったんじゃないだろうか。それでなくても、島田はこの魁義塾で初めてできた友達であり、小説のことを『話せる』人間なのだ。友博は激しく後悔するのであった。
もちろん友博とすれば、2時限目の授業が終わった時点ですぐにその話をしたかったのだが、生憎この日の2時限目の授業は体育だった。
もともとインドア派でシャバにいる時から体育の授業が嫌いだった友博だったが、この魁義塾に入学してから、よりいっそう嫌いになった。超脳筋、軍国主義的スパルタ教育が信条のこの学園。体育の授業も常軌を逸していた。
なにせ、体育の課題は剣道だったのだが、これがただの剣道ではない。魁義塾の剣道は、面を始めとしていっさいに防具の着用が認められていない。つまり上半身は完全に裸にならなければならないのだ。ただの一撃が致命傷となる真剣勝負を前提としているらしいのだが、友博から見れば何の意味もない苦行でしかないのだった。
もちろん素肌に竹刀を直接叩き込まれるわけのだから、めちゃくちゃ痛い。
そして、その苦痛をできるだけ回避するためには、自分よりも弱い相手と戦えばいいだけの話。普段はクラス内で地蔵のように存在感の薄い友博だが、こういうときだけは別。案の定、友博は体育の時間じゅう不良の竹刀でめった打ちにされ、あまりの痛みにその後の授業もまとも動くことも出来ずに、島田とコンタクトを取るのに昼休みのこの時間にまでなってしまったのだ。
〝しかし、今日は普段はボクの事なんか対して気にも留めてないような奴らも妙に絡んできたなぁ……〟
いつもは友博のことを積極的にイジメてくるのは席の近い初芝なのだが、今日は初芝だけではなく、普段ろくに口もきいたこともないような連中も体育の時間に妙に絡んできたのだった。
そして、そういった連中の正体を友博は知っている。
あれはクラスの江戸川派と呼ばれている者たちだ。クラスを2分していた権力者である時任の権威が失墜した今、江戸川の敵は島田のみ。
そして、その島田と仲良くしていると、こういう目に遭うぞという脅しなのだ。
〝くそ。あいつらはどこまで脳筋なんだ。猿山の猿のように権力争いに固執しやがって。ボクと島田くんはもっと崇高な、文学の絆によって結ばれた仲なのに〟
友博はそう思い、教室を出て島田の姿を探すのだが見当たらない。
じつは先程の体育の授業も島田は欠席しており、昼休みの今も見当たらない状況だった。
〝どこに言ったんだろ?〟
教室、廊下、学食など人通りが多そうな場所はひととおり探してみたが、目撃情報すらない。しょうがないので、今度は校舎裏などのあまり人が立ち寄らない場所を探すことにするのだった。
「おい、中井」
呼びかけられた同時に友博の肩に置かれた掌の感触。
〝島田くん?〟
期待して後ろを振り返る友博。
しかし、そこには先程の体育授業で友博を竹刀で滅多打ちにした江戸川派の不良たちが存在していたのだった。
「オメエ、これからちょっとツラ貸せや」
そして、今まで昭和の不良漫画でしか聞いたことがないようなセリフを恥ずかしげもなく吐き捨てるのであった。