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提案

 そして、1時限目が終わった後の休み時間。友博が席を立つ前に、なんと島田は自ら友博の席に来てくれたのだった。さっそく感想を尋ねる友博。


「あの、島田くん。ボクの小説を読んでくれたんだよね?」


「ああ。ぜんぶ読んだで」


「それでどうだった?」


 期待に目を輝かせながら友博は島田に尋ねる。


「そうやな~。まず、目についたのは文章のうまさやな。うちの即売会で流行ってる小説は地の文が極端に少なくて、絵文字や記号を多用したセリフだけで状況説明しているような作品がほとんどや。そやけど、この小説は擬音も最小限に抑えてきちん比喩で状況やキャラの心情を描写しとる。数ページ読んだだけで、オマエが相当量の小説を読んでるっちゅうことが理解できた。


 さらにこの作品の舞台である大航海時代のヨーロッパや身分制度についてもきちんと描写されとる。こんな資料が手に入りにくい環境でよう取材できとるって関心したで。さらに主人公とヒロインが次第に惹かれていく心理描写も丹念に書かれとるし、ストーリーも起承転結もしっかりしとる。正直、ワシは魁塾の人間が書いとる小説でこんな技術的に高いレベルのもんがあるとは思わんかったでぇ」


 その賛辞に友博は右手のコブシにぐっと力を込めて、喜びに震える。


 フンドシを絞めて雪駄で校内を練り歩くような変わり者ではあるものの、やはり島田はこの学園の大多数のアホどもとは違う。文学のなんたるかを知っている知識人なのだ。友博は嬉しさのあまり叫んで跳び上がりたくなる衝動を我慢するのだった。


「それで考えてくれたんか?」


 今度は島田が友博に尋ねる。


「えっ? なにが?」


 聞き返す友博。


「そやから、昨日の件や! ちゃんと考えてくれたんか?」


「いや、だから、昨日の件ってなんなのさ?」


「あー! もう!」


 眉根に皺を寄せて、髪の毛を掻きむしる島田。


「そやから、一緒に作品をつくろうって話を考えてくれたんかって、聞いとんねん!」


「えええぇぇーーーーッ! なにそれ?」


 友博は驚きのあまり素っ頓狂な声をあげてしまう。


「そんなこと聞いてないよ!」


「ああ? 昨日ちゃんと言うたやろ?」


「なんて?」


「『史上最強の男が最強の男を誘いにきた.。ひとりで作品をつくるのも一度なら、ふたりでつくるのも一度。機会が二度キミのドアをノックすると考えるな』って!」


 いや、分かるわけがない。


「なにそれ? 昨日のあの訳わからない言葉って、そういう誘いだったの? いや、意味不明すぎるでしょ!」


「意味不明やと? なんや、オマエは小説を書いてるくせに文学性の高いセリフも満足に理解することもでけへんのか……?」


 文学性の高いセリフ? あれはどっちかというと中二臭さにあふれたセリフだったような……。


「まあ、ええわ。たしかに回りくどい言いかたやったかもしれん」


 島田はハァーとため息をつく。


「それで、中井。ワシと一緒に作品をつくらへんか。オマエとワシとやったら、絶対におもしろい作品がつくれるでぇ」


 握りコブシに1本だけ立てた親指で自らの顔を指して、そう宣言する島田。その眼には、決して虚勢ではない自信と根拠が漲っているのだった。


 しかし、友博の答えは決まっていた。


「ごめん。それはできないよ」


 友博は頭を下げる。


「島田くんは頭もよくて、小説のことをよく分かっていると思う。正直、ふたりで組んだら今までにない新しい持ち味の小説も創ることも可能だとは思うけど、ボクにとって小説を書くことは誰にも邪魔されない自由……楽園への入り口なんだ。だから、ふたりでひとつの作品を創るっていうのはできないんだ。ごめんね」


 しかし、提案が受け入れられなかったにもかかわらず、島田の表情には失望も怒りもない。その代わり存在するのは鳩が豆鉄砲でも食らったような驚きのみだ。


その表情にほんの少しの違和感を覚えつつ、友博は自分の席に戻っていくのであった。


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