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クラス内の権力闘争

消灯時間が過ぎた魁義塾高校の塾生寮。


友博はベッドの中で昼間の出来事を思い出す。


〝島田くんかぁ……〟


 クラス1の秀才でありながら雪駄で校内を練り歩いてフンドシを愛用しているという、時代錯誤な魁義塾高校においても、さらに特異な存在として認知されている塾生。


〝まさか、島田くんがボクの小説を持ってるなんてな〟


 島田はクラス1の秀才だが、それ以上に友博がクラスメイトの中で唯一、知性と教養を感じる事ができる人物である。その島田が友博の小説を持っていた。その事実だけで、嬉しくなるのだった。


 単純なストーリー展開と露骨なまでの逃避願望や承認欲求を刺激するような設定しか受け入れられない塾生のあいだでは、友博の小説はつまらないと罵られ、時には暴力を振るわれるような悲惨な目に遭い否定され続けていた。しかし、それでも友博は小説を書くのをやめなかった。


 それはもちろん友博自身、創作が生きがいだということもある。しかし、それ以上に友博の中には本当に良いものはたとえどんなに時間がかかろうが受け入れられるという信念があったからだ。しかし、人は弱い。そんな信念を持っている友博でも心が折れそうになったことは数知れない。大衆に迎合しようかと本気で悩んだこともあった。


 だが、ついに、文学のなんたるかも理解していない理解していないような塾生たちの中にも島田のような理解者が現れたのだ。


 今までの友博はどこに行けばいいのか分からない闇夜の海をひとりで泳いでいるようなものだった。そんな中でようやく煌々と輝く灯台を見つけたようなものだ。その存在そのものが希望であり、道標であった。


 そして、友博は去り際に島田に言われた言葉を噛みしめる。


「史上最強の男が最強の男を誘いにきた。ひとりで作品をつくるのも1度なら、ふたりで作品をつくるのも1度。機会が2度キミのドアをノックすると考えるな」


 …………

 …………

 …………いや、意味わかんねえし。


 直前に友博が書いた同人誌の話をしていることから、作品というのは小説のことを指しているのだろうが、それ以外はなんとなくそれっぽい言葉を並べただけで、よく意味が分からないセリフである。


〝まあ、いいや。どうせ同じクラスなんだから、あした本人に聞けばいいや〟


 そして、友博は眠りにつくのであった。


 翌日。


 起床し、他の塾生たちと寮の食堂で朝食を済ませた友博は島田を探すが、聞くところによると島田はすでに寮を出て登校してしまったのだという。さっそく友博も教室へと向かう。


 すると、島田は自分の席に座って本を読んでいた。なんと、その読んでいる本は友博が書いた小説の最新刊だ。


〝ボクの小説を読んでくれているんだ!〟


 今は朝のホームルームが始まる30分以上も前で、魁義塾の塾生たちはどいつもこいつも遅刻ギリギリの時間にならないと教室に入って来ない奴らばかり。教室にいるのは島田と友博だけだ。しかし、島田は本を読むのに夢中で友博がいることにも気がついていない。その事実がまた友博の心を喜びと潤いを与えてくれるのだった。


〝ボクが教室に入ってきたのにも気がつかないくらい、小説を読むのに夢中なんだ〟


 そして、友博は島田が小説を読んでいるのをずっと傍で眺めているのだった。


 結局、島田が友博の存在に気がついたのは朝のホームルームが始まる直前だった。


「なんや。おったんか?」


 本を閉じた島田が友博に声をかける。


「おるんなら、声でもかけてくれたらええのに、なんで黙っとんねん」


「いや、本を読んでいる時って自分だけの世界に浸っている時でしょ? だから邪魔しちゃ悪いと思って黙ってたんだ」


「そうか。いつからおったんや?」


「えっと。30分ほど前かな」


「そんな前からか! ぜんぜん気ぃつかんかったわ!」


 島田は驚きの声をあげる。しかし、それはそれだけ長い時間、夢中になって友博の小説を呼んでくれた証なので嬉しくないわけがない。


「それでね、島田くん……」


 さっそく感想を尋ねようとする友博。


 しかし、その瞬間、チャイムが鳴り響き教官の赤ひげが教室に入ってくる。


「ああ。ごめん。チャイムが鳴っちゃったね。ごめん。感想はまた休み時間に聞かせてよ」


 急いで自分の席に戻り、着席する友博。


「おい、中井」


 そのとき、後ろの席の初芝に声をかけられるのだった。


「オマエは島田についたのか?」


「えっ?」


 質問の意味が理解できずに友博は聞き返してしまう。


「オマエは江戸川(えどがわ)じゃなく、島田についたのかって訊いてんだよ」


 いつになく真剣な表情の初芝。そして、友博はようやくその言葉の意味を理解するのであった。

 友博たち1号生が入学してから1か月以上経った現在、武力だけがモノをいうこの学園ではクラス内の権力闘争は最終局面を迎えている。


 その覇を競う派閥はふたつ。


 柔道部でクラス内……いや学年でも随一のフィジカルと有している時任。中学時代は地元で有数の不良校の番長を務めていたという江戸川。このふたりを筆頭とする派閥が友博たちのクラスの2大勢力であり、拮抗状態を保っていた。


 しかし、そのパワーバランスは昨日、意外な形で崩れることになった。


 言うまでもなく島田が2大勢力のうちのひとりである時任をトイレで瞬殺したことだ。


 クラス内で飛びぬけている頭脳と運動神経を有しているにもかかわらず、島田は今まで我関せず、どちらの派閥にも属さず1匹狼状態だった。


 そんなふうに静観を決め込んでいた島田がとつぜん時任をぶちのめし、権力闘争に名乗りを上げたのだから、クラスの者たち(とくに初芝のような血の気の多い人間)が浮き足立つのは当然だ。それでなくても、この2大勢力にとって島田は、なんとしてでも自軍に引き入れたい人材であると同時に、未知数の戦闘力を持った目の上のたんこぶだったのだから。


 もちろん、島田に接触を図った友博の動向を見守っていたのは初芝だけではないようだ。

 クラスの、いわゆる江戸川派と呼ばれる不良たちの刺すような視線が友博たちに集まっていることに改めて気づくのであった。


 それもそのはず。今まで権力闘争に参加していなかった島田に足りないものは人脈。逆に言えば、派閥を構成できるほどの人材と数さえ確保できれば、江戸川派を凌いでクラスの頂点に立つことさえも可能なのだから。


 しかし……


〝それが一体どうしたっていうのさ〟


 友博はそう心の中で吐き捨てる。 


 今の友博にとってはそんなクラス内の派閥抗争などどうでもよかった。なにせ、島田はワンパターンな異世界転生物しか興味を示さなかった塾生の中で唯一、友博の作品に興味を示してくれた『わかっている』人間なのだ。猿山の権力争いなど興味はない。人間の価値を決定するものは腕力ではなく、両耳のあいだに存在する器官なのだ。


〝はやく島田くんにボクの作品の感想とか聞きたいな~〟


 次の休み時間が待ち遠しくて仕方がない友博なのであった。


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