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学食で一番美味しい食事

作者: ウォーカー

 春。新生活が始まる季節。

この学校にも、たくさんの新入生が入学してきた。

その男子学生は、この春に入学してきたばかりの新入生の一人。

しかし入学早々、季節外れの風邪を引いてしまい、

二週間ほど欠席することになってしまった。

やっと体調が回復して、

学校に来られるようになった頃には、

既に学校では自分抜きの人間関係が出来上がりつつあった。

出来上がってしまった人間関係に後から入っていくのは、

人間関係を一から作るのとはまた違う行程が必要になる。

その男子学生は、出来上がった人間関係に後から入ることが出来ず、

欠席した授業のノートを見せてもらう相手を見つけるのにも苦労する有様だった。

そうして、その男子学生が学校の人間関係に取り残されたまま、

さらに一週間ほどが過ぎていった。


 ある日の昼下がり。

その男子学生は午前中の授業を終えて、

昼食を食べるため、学生食堂に来ていた。

その学校の学生食堂は、古めかしい校舎の1階をほぼ丸々使用し、

横に大きな広間になっている。

その広い学生食堂は学生でごった返していて、席を見つけるのにも苦労するほど。

窓際の日当たりの良い席は特に人気で、

学生たちが集まって会話に花を咲かせていた。

しかし、

その男子学生は相変わらず人間関係に取り残されたまま。

華やかな窓際の席を避けるようにして、壁際の席に座った。

壁際の席は、

壁と柱に向かって座る横並びの席で、

窓際の席とは違い、一種異様な圧迫感を感じさせる環境。

そんな横並びの席で、学生たちが飛び石のように間隔を空けて座っていた。

その男子学生も隣と席を空けて着席し、

食べ物をボソボソと口に運んだ。


 そうしてその男子学生が、

美味くも不味くもない昼食をとっていると、

ふと、どこからか視線を感じた。

辺りを見渡すまでもなく、視線の主はすぐに分かった。

いつの間にか隣の席に座っていた学生が、じっとこっちを見ているのだ。

目線だけを動かして相手を確認してみる。

その男子学生の隣りに座っていたのは、黒縁眼鏡の男子学生だった。

席には食事も用意していないようで、

ただ席に座って、その男子学生の方をじっと見ていた。

このまま黙って無視しようかとも思ったが、

視線の圧迫感に耐えることができなかった。

その男子学生は観念して、自分から話しかけた。

「あの、僕に何か用?」

そうして話しかけて初めて、相手の顔が確認できた。

隣に座っていたのは、

真っ黒なボサボサ頭に太い眉毛の、黒縁眼鏡の男子学生だった。

その顔に見覚えはなかった。

この学校に友達はいないので、おそらく初対面だろう。

そんな黒縁眼鏡の男子学生は目が合うと、

にこにこと笑顔になって口を開いた。

「君、一人かい?」

図星を指されて、その男子学生は慌てて反論する。

「そうだよ、一人で悪いか。

 仕方がないだろう。

 入学してすぐに病欠してたんだ。

 そうしている間に、周りには人間関係が出来上がってしまっていたんだ。

 友達を作ろうにも、後から入っていくのは大変なんだ。

 そうでなくても僕は、人と話すのが得意じゃないのに。」

そんな言い訳がましいことを言われても、

黒縁眼鏡の男子学生は、にこにこと笑顔のままだった。

頷きながら諭すように言う。

「悪いだなんて言うつもりはないよ。

 希望通りにいかなくて、それは大変だったねぇ。

 でも、諦めるのはまだ早いよ。

 たった一ヶ月やそこらで人間関係が固まったりはしない。

 君が望むなら、今からだって友人は作れるだろうさ。

 それでも自分から話しかけるのは気が引けるというなら、

 共通の目的があればいいかもしれない。」

「共通の目的?」

その男子学生は、オウム返しに聞き返した。

黒縁眼鏡の男子学生は楽しそうに話を続ける。

「そう。

 そんな君に、ぴったりの話があるんだよ。

 今うちの自治会で、ある企画をやっていてね。

 その企画とは、

 うちの学食で一番美味しい食事は何か、

 それを当てるというものなんだ。

 見事正解したら、豪華報酬。

 さらには、その一番美味しい食事も報酬に貰えるんだ。

 悪い話じゃないだろう?」

「報酬って何?賞金とかかな。」

「賞金じゃないけど、とても良いものだ。

 授業を欠席してしまった時にも役に立つよ。

 どうせ君は、欠席した授業のノートを借りるのにも困ってるんだろう。

 是非、参加してみたまえよ。」

学生食堂で一番美味しい食事を当てるという企画。

どうせ食事はしなければならないのだから、余計な経費はかからない。

悪くない話だと思う。

しかし、それでもその男子学生は躊躇する。

入学したばかりの学校で、

スタートで出遅れたその男子学生は、

すっかり腰が重くなってしまっていた。

「う、う~ん。

 でも、知らない人に話を聞くだなんて、やっぱり気が引けるなぁ。」

その男子学生が躊躇しているのを見て、

黒縁眼鏡の男子学生は唾を飛ばさんばかりに強調した。

「だから!

 こうして同じ学校にいる者同士は、知らない相手じゃないだろう?

 偶然同じ建物にいるってわけじゃないんだ。

 同じ学校の学生ということは、

 数ある学校の中から同じ学校を選んで、

 必要な課題を乗り越えて、その結果ここにいるんだ。

 その時点でもう共通点がある者同士じゃないか。

 ほら。

 丁度この辺りの席には一人で座っている学生が多い。

 行ってみたまえ。」

黒縁眼鏡の男子学生の叱咤激励。

その言葉に追い立てられるようにして、その男子学生は腰を浮かせた。

それから、頭をポリポリと掻いて言葉を溢す。

「・・・仕方がないな。

 授業のノートも誰かから借りなきゃいけないし、

 自治会の企画とやらに乗ってみるか。」

そうしてその男子学生は、

横並びの席の少し離れた席に座っている学生の方へ歩いていった。


 学生食堂で一番美味しい食事が何かを当てれば、

報酬が貰えるという、自治会の企画。

その男子学生は、黒縁眼鏡の男子学生の勧めで、

企画について調べることになった。

まず手始めに、

手近な席の学生に話を聞こうと近付いていく。

その席では、学生がむっつりと昼食を食べているところだった。

その横から、その男子学生がしどろもどろに話しかける。

「えっと、話をしても良いかな。

 自治会の企画について聞きたいんだけど・・・」

話しかけられた学生は、箸を止めてじろりと見返してきた。

その顔に見覚えはないが、

年頃から考えて、その男子学生と同じ新入生のようだ。

見知らぬ相手から急に話しかけられて、特に気分を害した様子はない。

かといって笑顔というわけでもなく、無表情に応えてきた。

「・・・いいけど、何?」

「あのぅ、自治会の企画なんだけど、

 この学食で一番美味しい食べ物は何なのか調べてるんだ。

 何か知らないか?」

要件を聞いて、話しかけられた学生は首を傾げて考え込んだ。

「一番美味しい食べ物?

 私は今年入学したばかりだから、

 まだ一部のメニューしか食べたことはないよ。」

「そ、そうか。君も新入生か。

 僕も新入生だから同じだね。

 君が今食べてるそれは美味しい?」

「このアジフライ定食のこと?

 美味しいけれど、

 昨日食べたハンバーグ定食の方が美味しかったかな。

 今の段階で一番美味しいメニューをあげるならそれかな。」

「そうか、ハンバーグ定食か。

 教えてくれてありがとう。」

話を手短に切り上げて、

その男子学生はそそくさと立ち去ろうとする。

しかしその時、

離れた席にいる黒縁眼鏡の男子学生が、

身振り手振りで何か伝えようとしているのが目に入った。

どうやら、何かをメモする動作をしているようだ。

それを見てその男子学生は首をかしげた。

「あいつ、何してるんだろう。

 もしかして、連絡先を交換しろって言いたいのか。

 う~ん、それもそうだな。

 ここまで話したのだから、もう一声。

 連絡先を交換しておいた方がいいな。

 同じ新入生同士なのだから、今ならついでに頼みやすいだろう。」

そうしてその男子学生は振り返ると、今話していた学生に尋ねた。

「ごめん、もう一つ。

 連絡先を交換してもいいかな。

 何か分かったら、教えて欲しいんだ。」

急に連絡先を聞くなんて失礼かとも思ったが、相手は快く応じてくれた。

「うん、いいよ。

 でも私は友達が少ないから、あまり期待はしないでくれ。」

「それは僕も同じだよ。

 どんな情報でも、教えてくれたらありがたいよ。」

その男子学生は携帯電話を取り出すと、連絡先を交換し合って、

それから挨拶をして自分の席に戻ってきた。

そうしてその男子学生が戻ると、

黒縁眼鏡の男子学生が小さく拍手をして出迎えた。

「お見事。

 よくできたじゃないか。」

「それはどうも。

 でも確かに、共通の目的があると会話が弾んだよ。

 初対面の相手だったけど、問題も無かった。

 自治会の企画様様だ。」

「いやいや。

 今のは君が上手くやったんだよ。

 何せ相手には報酬の話をしてなかったんだからね。

 純粋に、君に協力してくれたってわけだ。

 その調子で、他の学生たちからも話を聞いてみてくれ。

 すぐに調査結果が出せなくても良い。

 来週、この時間にこの学食でまた会おう。

 その時に、話を聞かせてくれ。」

そう言い残すと、黒縁眼鏡の男子学生はどこかへ行ってしまった。

一人残されたその男子学生は、顎に手を当てて考えた。

「学食で一番美味しい食事、か。

 せっかくだから、もう少し調べてみよう。」

初対面の一人から話を聞けた経験は、

その男子学生の自信になったようだった。

そうしてその男子学生は、次に話を聞く相手を求めて立ち上がった。


 それからその男子学生は、

学食で一番美味しい食事は何かと聞いて回った。

「学食で一番美味しい食べ物かい?

 それは何と言ってもカレーライスだろうな。

 何しろ安い!

 それだけで美味しさ三割増しだよ。」

「私は、オムライスが好きね。

 卵がふわっとしてて、それでいてトロトロで。

 あれは自分ではちょっと作れない味だわ。」

「一番美味しいのは牛丼かな。

 君は新入生だから知らないだろうが、

 うちの学食の牛丼は、学食大賞を獲ったことがあるんだよ。

 隠し味の赤ワインがポイントさ。」

「俺は、特製煮込みに一票入れるね。

 何、そんなものはメニューに無いって?

 そりゃそうさ。

 学食の特製煮込みは、学園祭の時だけの限定メニューだからね。

 君も、学園祭の時期になったら食べてみると良い。」

「この学食で一番美味しい食べ物か。

 それは、あの恰幅がいいおばちゃんが作った料理だね。

 なぜかって?

 それは、あれがうちの母ちゃんだからさ。

 何と言っても、おふくろの味が一番!」

その男子学生が話を聞いた相手は、

新入生だったり上級生だったりと多種多様、その状況も様々だった。

ある時は、登下校の途中で近くに立っていた人に話しかけたり、

またある時は、教室や学生食堂でたまたま隣の席に座った学生に話を聞いたり、

時には近所の喫茶店の店員に話を聞いたりもした。

普段であれば話しかけるのに躊躇するような状況でも、

相手も同じ学生だと思えば、幾分話しかけやすくなったように感じられた。

そうして話を聞いたどの相手にも、忘れずに連絡先の交換をお願いしておく。

大抵の相手は快く連絡先を交換してくれた。

中には、欠席した授業のノートを貸してくれる学生までいたくらいだった。

たまには連絡先の交換を渋る相手にも出会ったが、

次に会った時にまた話をすることには応じてもらえた。

そうして一週間。

その男子学生は、学食で一番美味しい食事について調査を続けた。


 そうして一週間後。

その男子学生は学生食堂で再び、

黒縁眼鏡の男子学生と再会していた。

「やあ。

 あれから調査は進んだかな。」

「何とかね。」

お互いに挨拶を交わすと、壁際の席に並んで腰を下ろした。

「じゃあ早速、調査結果を聞こうじゃないか。」

黒縁眼鏡の男子学生に促されて、

その男子学生はこの一週間の調査結果を伝えた。

学食で一番美味しい食事は何か。

多数の聞き込みをしたその調査の結果は、以下のようになった。


ハンバーグ定食 6票

カレーライス 18票

オムライス 7票

牛丼 24票

特製煮込み 3票

おふくろの味 1票

焼きうどん 5票

焼肉定食 9票

アジフライ定食 4票

コロッケ定食 12票

肉野菜炒め定食 11票


調査結果が書かれたメモを見て、黒縁眼鏡の男子学生が笑顔になった。

「これだけたくさん、よく調べたものだ。

 入学したばかりで知り合いも少ないのに、きっと大変だっただろう。

 で、君は、この中のどれが、

 学食で一番美味しい食事だと思うんだい?

 得票数が多かったものかな。」

黒縁眼鏡の男子学生の問いかけに、

その男子学生は首を横に振って否定した。

「いいや、違うよ。

 僕の答えを言うその前に、確認したいことがあるんだ。」

「ほう、何かな。」

そう応える黒縁眼鏡の男子学生は、興味深そうににこにこしている。

対してその男子学生は真剣で、ひとつひとつ確認するように口を開いた。

「まず最初の確認。

 それは、この企画の趣旨について。

 学食で何が一番美味しい食べ物か。

 もし、それを決めるイベントがあったとしたら、

 そのイベントは、あまりにも在校生に有利すぎると思わないか?

 考えてみてくれ。

 まだ入学して時間も経っていない新入生が、

 それほどたくさん学食を利用しているとは限らない。

 そんな状態で、何が一番美味しい食べ物かを聞かれても、

 答えようがないだろう。

 あるいはそれ以前に、食べ物には好みがある。

 だから、何が一番美味しい食べ物かなんて、一つに決めようがないんだ。」

「ほう、それで?

 君はこの企画の趣旨について、どう思うんだい。」

「君は最初にこう言った。

 この企画は、

 この学食で一番美味しい食事は何か、

 それを当てるものだって。

 つまり、

 この学食で一番美味しい食べ物は何か、

 それを決めるとは言っていなかったんだ。

 ましてや、

 どの食べ物が一番人気があるのか、

 その集計をしたり、その集計結果を予想しろなどとは、

 全く言っていなかった。

 つまり、この企画の調査は、

 食べ物のことを尋ねているんじゃなかったんだ。

 単純なアンケートをとるようなものではない。

 学食の食べ物によらず、美味しくなる食べ方を尋ねていたんだ。

 そうだろう?」

この企画は、

学生食堂で一番美味しい食べ物を決めるものではなく、

一番美味しい食べ方を尋ねたものだった。

その指摘に、黒縁眼鏡の男子学生はにこにこと頷いて応えた。

「なるほど、よく考えたね。

 その通りだよ。

 この企画は、美味しい食べ物を当てるものではない。

 美味しく食べられる方法を尋ねたものだったんだ。

 それで、君の結論はなんだい。」

「学食で一番美味しい食事。

 それは、友達と食べる食事だ。

 学校の中で揃う条件から導き出されるのは、それしかないと思う。

 これなら食べ物の内容によらないし、

 食べ物の好みにもよらないだろう。」

学生食堂で一番美味しい食事は、友人と食べる食事。

その答えを聞いて、

黒縁眼鏡の男子学生は小さく拍手した。

「お見事。

 よく気がついたね。その通りだ。

 この企画の趣旨は、

 学食で一番美味しい食べ物を調べることではなく、

 学食で一番美味しく食事ができる条件を当てること。

 そしてその答えは、友人と食べる食事だ。

 その答えにたどり着いた学生は、そう多くはないよ。

 脱帽だ。

 では約束の通り、報酬をあげよう。

 と、言いたいところだが、

 これではまだ足りないものがあるんだ。」

企画の正解を導き出すことができた達成感もそこそこに、

その男子学生は目を白黒させて聞き返した。

「足りないって何がだ?

 僕はもう正解を導き出せたよ。」

黒縁眼鏡の男子学生が、やれやれと首を横に振る。

「いやいや、まだ足りてないよ。

 君はまだ、その答えを証明できていないじゃないか。」

「証明?

 それって、友達と食べる食事が、

 学食で一番美味しい食事だってことについてか?」

「そうさ。

 入試でも言われただろう。

 問題に解答するだけじゃなくて、それを証明するのが大事だって。

 君は、友人と食べる食事が学食で一番美味しいって、確認できたかい?」

そう言われて、その男子学生は考え込んでしまった。

この企画について調べるようになって一週間。

見ず知らずだった何人もの人たちと話すようになった。

中には連絡先を交換して、連絡を取り合うようになった人たちもいる。

一緒にこの学生食堂で食事をしたりもした。

その食事は、一人で食べるより美味しかったと思う。

しかし。

その人たちは、友人と言えるだろうか。

知り合ってまだたったの一週間。

この先、友人になれそうではあるが、

今、もう既に友人になっていると言えるかは分からない。

友人とは、自分一人でなるものではないのだから。

相手も自分のことを友人だと思ってくれているだろうか。

そう考えたその男子学生は、こう返事をした。

「・・・まだ分からない。

 連絡先を交換したり、一緒に話したり、

 学食で一緒に食事をする相手は増えたよ。

 でも、まだ一週間しか経ってないんだ。

 友達になったかどうか、自分だけじゃわからないよ。」

その男子学生の返事は予想通りだったようだ。

黒縁眼鏡の男子学生はすぐに言葉を返す。

「そう、その通り。

 だから君には、これからも調査を続けて欲しいんだ。

 学食で一番美味しい食事は、友人と食べる食事だって、

 身をもって体験してきて欲しい。

 それには、長い時間がかかるだろう。

 でも、いつまでかかっても構わない。

 それが確認できたら、またここで会おう。

 そうすれば、君は報酬が何かが分かると思う。

 それまで、僕は待ってるから。」

お互いに話をするようになった人と、これから友人になっていく。

それを終わらせるには、まだ時間が必要だろう。

その男子学生は怖気づいて言う。

「でも、僕にそんなことができるかな。

 君に話しかけてもらえなかったら、この企画に参加していなかったら、

 今もなお誰にも話しかけられず、一人っきりだったかもしれないのに。」

「できるさ。

 君は調査の過程でもう、友人候補を沢山作ったのだからね。

 どんなに大切な友人も、最初は他人同士だ。

 君が連絡を取り合うようになった中の何人か、

 あるいは、これから連絡を取り合うようになる人が、

 友人になっていくんだ。」

「・・・わかった、やってみる。

 でも、期待しないでくれ。」

そうして調査を続ける約束をして、

その男子学生は黒縁眼鏡の男子学生と別れていった。

というところで、はっと忘れていることに気がついた。

「あ、そうだ。

 肝心の、君の連絡先を聞いてなかった。

 携帯電話で構わないんだけど・・・」

振り返りながらそう話す、その男子学生。

しかし、そこにはもう、黒縁眼鏡の男子学生の姿は無かった。

「あれ?いない。

 もう行っちゃったのか。気が早い奴だな。

 まあいいか、次に会った時に連絡先を聞こう。」

そうしてその男子学生は、

黒縁眼鏡の男子学生の連絡先を聞きそびれたまま、

学生食堂を後にした。


 それから、数ヶ月が経過して。

その男子学生は、自治会が居を構える教室の前に立っていた。

あれから、

企画の調査を通じて知り合った人たちと、

まだ連絡を取り続けている。

中には、もっと親しくなった人たちもいる。

一緒に授業を受けたり、勉強の相談をしたり、あるいは一緒に遊びに行ったり。

その関係は友人と言って差し支えないものになっていた。

今やもう学食で一人で食事をすることの方が少なくなり、

代わりに学食で友人たちと食べる食事は、

一人で食べていた食事よりも美味しく感じられた。

今ならば、

学食で一番美味しい食事は、友人と食べる食事だと証明できる。

そう思って、その男子学生は黒縁眼鏡の男子学生を探した。

しかし、何度学生食堂に行っても、その姿は見当たらなかった。

連絡先を聞きそびれていたせいで、呼び出すこともできない。

ならば、自治会に行けば会えるだろうと考えて、

今日、その男子学生は自治会の本部にやってきたのだった。

ノックをして自治会の部屋の扉を開く。

「失礼します。」

自治会の部屋の中にいたのは、

あの黒縁眼鏡の男子学生ではなかった。

それとは別人の学生たちが数人、自治会の部屋の中にいた。

その内の一人が応対する。

「おや。

 君は自治会の学生ではないね。

 何か御用かな。」

「えっと、

 自治会の企画について、報告をしに来たのですが。」

「・・・企画というと、学食の話かい?」

企画という言葉を聞いて、自治会の学生がピクリと反応した。

調査結果を心待ちにしていた、というわけでは無さそうだ。

その様子に、その男子学生は探るように聞き返した。

「あのう、

 もしかして企画はもう終わってしまいましたか。」

「いいや、そうじゃないんだよ。

 実はね、君以外にも何人かが同じ要件で尋ねて来たんだ。

 だけど残念なことに、うちの自治会では、

 そういった企画はしていないんだよ。

 だから、報告を聞くことはできないんだ。」

「企画をしていない?

 でも僕は確かに自治会の企画だと、そう聞いたんですが。」

「そうは言われても、無いものは無いんだよ。

 うちの学校では以前から、

 そういう架空の企画の噂話が広まることがあるんだ。

 前回はいつの話だったかな。

 まあ、実害は無いからいいんだけどね。」

企画は間違いだったのか、はたまたそれ以外の何かなのか。

事情が飲み込めず、ぽかんとするその男子学生。

それを見下ろすように、

自治会の部屋の壁にかけられたセピア色の集合写真。

その写真の真ん中では、

あの黒縁眼鏡の男子学生が、にこにこと笑顔で写っていたのだった。


 それから季節が過ぎていって。

何度学生食堂に足を運んでも、

もうあの黒縁眼鏡の男子学生と出会うことは無かった。

それでもその男子学生は、

黒縁眼鏡の男子学生のことを忘れたことは無い。

「またあいつと会って、

 それから、一緒にこの学食で食事をしなきゃな。

 学食で一番美味しい食事は何か。

 それに正解した報酬を、僕はまだ受け取り残しているのだから。」

そうして今日も、

その男子学生は友人たちと学生食堂で食事をする。

あの黒縁眼鏡の男子学生から報酬の残りを受け取る、その日まで。



終わり。


 スタートで躓いたと感じている人を励ます内容にしたいと思って、

この話を書きました。

何事にも遅すぎるということはないし、人との共通点は実はいくらでもある。

ということを、自分自身に対しても言いたいと思います。


お読み頂きありがとうございました。


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