アリア〜旅立ちの夜〜
「いたぞっ、こっちだ!」
風が鳴る、緑が囁く。
「捕らえろ! 何としても、外に出す訳にはいかない!」
なんて聞こえた言葉と共に放たれた無数の矢。
しかし、少年はそれを華麗にかわしてみせる。
「へへっ。捕まえられるもんなら、捕まえてみろってんだ。……よっと!」
大人達の必死な様。
少年はそれを横目にしながら颯爽と木へ飛び移ると、どんどん奥へと入っていった。
「ちょっとばかし、手伝ってもらうぜ」
そう言って少年は、飛び移っていく木々に触れては、何かの気を送り込んでいく。
それはまるで、ざわつく木々を覚醒させているかのよう。
「夜に精霊を起こすってのは、気が引けるけど。……仕方がない、ってか」
森に愛され、誰よりも精霊に近い存在である少年。
「おっと。お前たちも、元気でな!」
なんて木々を飛び移っていく最中、視界に入った森の仲間達へと声を掛けた。
ニカッと笑って少年は別れの挨拶を済ませると、次の木に目星をつけて飛び移ろうと再び動き出す。
「……無数の光を繋ぎ、解き放て、我等が怒りを」
先程矢を放った無数の大人達とは違う方角。
低く、静かな囁き声。
聞き取れるかどうかの瀬戸際ではあった。
しかし、その声を少年は聞き取ったのか、一瞬ぴくりと反応する。
「雷神撃流」
なんて魔術名が聞こえた直後、少年の目の前に巨大な稲妻が落とされた。
「ぅおっ! ととととととっ……っ!」
あまりに眩しく、至近距離での上級魔術。
自身の鼻先すれすれに落とされた雷のせいで、少年は大きくバランスを崩してしまう。
「……ちっ、当たっていればいいものを」
誰かがそう言葉を漏らしたが、今度こそ少年の耳にその言葉は届いていない。
踏み外した枝先から落下してしまった少年。
辛うじて身体にひねりを入れたお陰で受け身を取る事が出来たものの、そこは既に袋の中の鼠。
「くっ……」
起き上がろうとした少年を、槍を持った大人達が刃先を向けて囲んでいた。
「傷を付けるなよ。無傷で連れ戻す事が、……姫君様のお望みだ」
そう言って皆の輪の中へと入ってくる、一人の魔術師。
深くフードを被った男は、ゆっくり少年に近付くと、銀色の髪を露わにした。
「……あまり手間を、掛けさせないでもらえるかな」
きっと、周りに兵がいるからなのであろう。
口調だけはいつもと変わらず優しい言い草。
しかし、未だ起き上がる事すら許されていない少年へ目線を合わせる為、しゃがんでみせた魔術師の表情。
その瞳からは、おぞましい程の殺気が放たれている事を、少年は理解した。
「……へっ。あんたが一番、俺を殺したそうにしているけどな」
なんて挑発じみた言葉を発したところで、この場から解放してくれそうな気配は一切ない。
互いが次の一手を譲り合おうとしない緊迫感。
側から見たら、明らかに不利な状況なのは少年であるはず。
それでも少年は、まだどこか諦めてはいない様子であった。
「……お前如きが、我々王国兵団から逃れられると思うなよ」
そう、呟く事しか許されなかった魔術師。
周りの兵士達には聞き取る事すら出来ない、小さな声。
しかし、その低くドスの効いた声を発した魔術師の瞳に、少年は狂気じみた感情を抱く。
「それは……どうっ、かな」
相手の心意を探りつつ、何かを待ちわびているかのような少年の態度。
ここまで追い詰めているのに、全く恐れをなさない少年を見据え、魔術師自身も不信感を露わにする。
「……警戒を解かないように」
そう言って魔術師は立ち上がり背を向けると、深くフードを被り直してその場から離れようとした。
まさかそれが、仇となるとも知らずに。
「ふっ、もう遅いっつーの!」
途端に伏せたまま、高らかな声を出して言い放った少年。
直後森の全体から、鳥達が一斉にけたたましい鳴き声を上げて羽ばたきだした。
「くっ、何事だ!」
「風がっ……くそっ」
「おい! なんなんだ一体!」
「俺が知るかよっ! って、うわー!」
静かな夜に鳴り響く鳥達の羽ばたき音と鳴き声の数々。
風が舞い、木々が一斉に揺れ動く。
「ごめんな、みんな。ありがとうっ」
聞いた事もない騒音と突風により、掻き乱される王国兵団達。
その一瞬を、少年は待っていた。
隙を見つけて一気に走り出す。
「くそっ! 奴を捕らえろ!」
なんて魔術師は叫んでいるが、誰もその声に反応出来るものはいない。
「もう、何でこんな夜更けにー……」
「いいから早く、逃げ道を作ってあげて」
「こっちこっち! 鬼さんこ〜ちらっ」
「さっ、今のうちよ。アリア、風に乗って」
騒ぎ出したのは鳥達だけではない。
羽ばたいた鳥の合図を皮切りに、王国兵団の周りを森の住人達が囲い、飛び出してきている。
「っ、精霊の仕業か!」
ここにきて、ようやく魔術師も今いる場所がどこであったのかを思い知らされる。
急いで辺りを見渡すが、目的の姿は発見出来ない。
「……全く。急に呼び起こされた時は、どうしてやろうかと思ったけど」
慌てふためく兵士達の上空。
ざわつく木々の間から、兵と魔術師を見下ろすかように姿を表した森の精霊。
少し不機嫌気味に口を尖らせている精霊は、ゆっくり下降しながら兵士達の様を見据えていく。
「僕たちの大事なアリアを虐めるなんて、許さないよ」
鮮やかな光を放っている羽を羽ばたかせながら、精霊は言葉を落とした。
しかし、森の住人達に掻き乱されている兵士達へ精霊の言葉は聞こえない。
「……ふん。さて、アリアを送り出さないと」
人には決して見る事が出来ない精霊。
それでも必死になって姿を探している魔術師を見て笑った精霊は、先を走っている少年の居場所を察知する。
「いたいた。もっと速く走れないのかな、……王のように」
少しばかり呆れ気味に、しかしどこか楽しそうな表情の精霊は、そのまま少年の元へと飛んでいく。
「ほら、アリア。行くよ」
そう言って森の中を駆けている少年に追い付いた精霊は、ひょいっとその身体を抱えると、一気に羽を使って加速した。
「へへっ、ありがとうな」
ふわりと宙に浮いた自身の身体。
その意味をすぐに悟った少年は、頭上にある顔を見て照れ臭そうに笑ってみせる。
「お礼はいいから、ちゃんと帰るんだよ?」
なんて言葉を投げかけてきた精霊。
「大丈夫だって。……絶対帰ってみせるから」
かけられた言葉の意味をしっかり受け取った少年も、だんだんと開けてくる視界の先を見据えながら静かに答えた。
「ちゃんと帰って、また皆と一緒に……暮らすんだ」
そう言った少年の身体を、精霊は挨拶がわりに一瞬だけきつく抱きしめる。
「っ……ほら、ここが森の果て。この草原をずっと行けば、アリアの故郷だ」
目的の場所まで辿り着いたからか。
開かれている果てしない草原を目の前に、精霊はゆっくりと少年を地面に下ろす。
「……元気でね」
少し寂しそうに言葉を発する精霊。
それを受けて、少年もまた同じように寂しく笑う。
「また絶対……、会いに来るから!」
なんて最後に力強く話した少年は、くるりと背を向けると一気に草原を駆けていく。
アリアと呼ばれた、森に愛されし一人の少年。
この先には、助けてくれる仲間もいない。
それでも少年は、懐かしの故郷へ帰る為に己の足で大地を蹴る。
「皆にも、いつかまた会えたらいいな」
ぽつりと言葉を落とした少年は、寂しそうにいつまでも見送っている精霊の視線を感じながら、一人東の大地へと旅立った。
初めましての方も、そうでない方もお久しぶりです。
久しぶりに息抜きで執筆しましたが、やっぱり書くのは楽しい!
今回はパッと思い付いた部分をそのまま物語にしてみましたが、これの本編はいつか書けたらチャレンジしてみたいですね。




