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6月5日 再会と告白



「コハクは知り合いを追ってココに着たって言ってたよね?」

 佐藤さんお手製のイチジクジャムに乾パンを食べながら、マオが突然訊ねてきた。

「え。あ、うん」

「仲良い人?」

「まぁね」

 仲が良い……そんなもんじゃない。

「小さい頃からずっと一緒だったから」

「それって……女?」

「え? あ、女だけど……」

 そう答えると、それからマオは黙り込んでしまった。どことなく顔が曇って見える。

「あの、大丈夫? なんか気分良くなさそうだけど」

「そんなことない」

 いや……そうは見えないんですけど……。

「熱とか無いよね?」

「ない」

「ならいいんだけど……気持ち悪かったら我慢するなよ?」

  

   …


 昨日の二人で話し合って、後一日だけココにお世話になることにした。四日間歩き回って二人とも疲れていたので、ココで休憩して疲れを取っておくことにしたのだ。

 コハクは朝食の後、川原に散歩に行くことにした。一応何があるか分からないので、弓矢と剣を持つ。

 校舎をでて、川までの道を歩く。

 住宅の廃墟。商店の廃墟。使われなくなった郵便ポスト。ツタに覆われた電柱。

 かつては人が住んでいた後はすこしずつ、すこしずつだが、自然に覆われ、自然な形に戻ろうとしている。

 そんな景色を見ていると、何ともいえない感情が湧いてくる。だが、それは寂しいという感情ではない。

 廃墟は人の居ない孤独な空間だ。だが、常に人に囲まれた生活をしているからか、たまには孤独が欲しくなる。だから心が安らぐのかもしれない。

 川には何匹かの魚が泳いでいた。水は澄んでいて、都会に流れる川とは思えなかった。

 手ごろな岩を見つけて腰を下ろし、何も考えず、川を見つめる。

 そうし始めてから何分かたったあるとき、後ろから足音がした。誰かと、振り返る。

 そこには捜し求めた少女──ヒスイの姿があった。 

「ヒスイ!」

 コハクは慌てて立ち上がり駆け寄った。 

 だが……次の瞬間。何かが頬の横を通り過ぎる。それが銀の剣だと気づく。

 そこに佇む少女。その手に握られた銀の剣。その顔には笑顔など無かった。

 わずかに切れた頬の傷から血が垂れる。

「ヒスイ?」

 ヒスイがコハクの腹に蹴込みを決める。コハクは受けることも出来ず背中から倒れこんだ。

「……ヒ……スイ?」

 まともに喋ることが出来ない。

 ヒスイが歩み寄ってくる。ヒスイの手に握られた剣がコハクに近づけられる。

「blaze!」

 飛ぶ炎槍。

 ヒスイは、それにいち早く気がつき飛び退く。

 マオがコハクの元に走り寄ってくる。

「大丈夫?」

 マオがコハクとヒスイの間に割り込み、ヒスイを睨みながらそう言った。そう聞かれて、ようやく我に帰る。

「指輪……守り主ね」

 マオが杖を構える。

 と、ヒスイは突然駆け出した。

 マオがそれを追いかけようとする。

「マオ、待ってくれ!」

「待つ? 何言ってんのよ。指輪の守り主よ?」

「違うんだ。そいつは俺の幼馴染だ」 

「……え?」 

 マオは立ち止まった。  

「あいつが俺の探してた奴だ」

 既にヒスイの姿はどこにも見えない。

 コハクの頬からは少しずつ血液が垂れ落ちていた。


   …


 それから校舎に戻り、マオの寝ている部屋に連れてこられた。マオは荷物の中からガーゼを取り出し、コハクの頬にテープで貼り付けた。

「絆創膏よりは見栄えが良いでしょ」

「ありがとう」

「……あれが、追ってきた知り合いなんだ」

 マオが小さな声でそう言った。

 そう。あれは間違いなくヒスイだった。だが、その行動は信じられなかった。

「彼女も指輪を持ってた」

 五つ集めれば命を手に入れられる。ヒスイが襲ってきた理由。目的は指輪。命が欲しいのか。……家族を救うために

 そうは考えたくない。だが一番合理的な考え方がそれだった。

「彼女も命が欲しいの?」

 マオが問いかけてくる。無言のまま頷きで返す。

「もしかしたら、戦うことになるかもしれないね」

 戦う……ヒスイと?

 そんなこと出来るはずが無かった。きっと、きっと何か事情があるに違いない。でなければ、いくら家族を救うためでも、俺を襲ったりはしない。

 信じきる自信は無いが、信じない自信もコハクには無かった。

 

   … 

 

「コーヒー」

 コハクの部屋にやって来たマオは、ただそういってカップを差し出した。

「ありがと」

 コハクはそれを受け取った。

「缶詰に入ったコーヒーなんて初めて見た」

「缶詰?」

「そのコーヒーインスタントなんだけど、缶詰にはいってた」

「へぇ……。あれ、マオは飲まないの?」

「あたしは……砂糖ないと飲めない」

「そっか」

 しばらく黙り込む。

 次に口をあけたのはマオだった。

「あのさ、あたし怖いんだ」

 マオは、声色を変えずに、窓の外を見ながら言った。

「怖い?」

「あたし本当は死んでるはずなんだ」

「え」

「小さい頃から病気でさ。十二歳のときにとうとう病気が悪化して。でも何故次の日には病気が治ってた」

 彼女は目線を窓の外に向けたまま語る。

「わたし神様にお願いしたの。もっと生きたいって。そうしたら叶ったんだ」

「そんなこと……」

「そう。あるはずがない。でもあの男が叶えてくれた。でもね。世の中そんなに甘くない。あたしは五つの指輪を集めたときに手に入る命を先取りしてるんだ。だから、もし命を手に入れられなかったら死ぬしかない──だから」

 マオは一度言葉を止めた。

 コハクは言葉の続きを待つ。

「だから──今日のあの子がコハクにとって大事な人だとしても、守り主なら戦う」

 それは決意の言葉。

 それから窓に外にあった視線を戻し、しっかりとコハクを見据える。

「あたしは戦うから」

 そう言われて、コハクは目線をそらすことも、答えることも出来なかった。


──戦うから。


 その言葉を言うのにどれだけの決意が必要か。

 まだ会って三日目だけど、マオが普通のだってことは分かっている。だからこそ、その言葉に秘められた決意。それがどれだけのものなのか分かってしまう。

 マオはコハクの部屋を出て行く。

 コハクはそれからしばらくその場を動けなかった。

 

 

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