6月4日 動く死体
6月4日 動く死体
翌日。水野さんたちが眠っている間に学校を出た。
昼までに隣町にたどり着き、休憩の後、調査を開始する。それが大まかな計画だった。
持ち物は食料類、コハクは剣と弓だけにした。身動きが取りやすいほうが良いからだ。
マオは武器を持っていないんだから、戦うのはコハクということになるだろう。指輪の力が本当なら、それが手助けをしてくれるはずだが、もしそうでないなら……。
隣町まではそう距離はなく、ものの三十分で建物が見えてきた。
これまでの街同様廃墟の集まり。なんらおかしいことはないように見える。
だが──。
「ちょっと、隠れて!」
マオは、小声で、しかしはっきりとそういう。
「あれ……もしかして……」
一匹の犬。だが、様子がおかしい。どう見ても生きていなかった(・・・)。 肉はただれ、片目は潰れ、ところどろこ骨が見えている。それはまさに屍だった。
「死体が動いてる……」
「よし……」
コハクは手にカケ(篭手のことだ)をはめた。それから、背中の弓入れから、弓と矢を一本取り出す。すでに弦を張ってある。
弓を斜めに構える。斜面打起こしと呼ばれる形で弓を引く。
引ききってから数秒。狙いを定め、徐々に体を伸ばし──次の瞬間手が離れる。
矢は犬の頭の部分を貫いた。
「やった……」
犬の死骸は活動をやめ、もとあるべきただの死体に戻った。
コハクは安心して犬の死体に近づいていく。そのときだった。
「危ない!」
マオの叫び声。
何事かと振り返ると、横道から走ってくるものが目に入る。さっきの数倍はでかい犬の死体だった。
牙を剥き出しにして襲い掛かってくる。当然身を守ることなど出来ない。
跳ぶ死体。
マオはとっさに頭をかばった。
「blaze!」
そんな叫び声とともに、走る炎槍。それは空中の死骸を、捕らえ、貫き、燃え上がった。
そこには、なにやら短い木で出来た指揮棒のようなものをこちらに向けているマオ。
「……魔術?」
まさか……マオが魔術師?
「ばかっ。もっと気をつけてよ!」
そんな言葉を浴びせられてようやく頭が活動し始めた。
「あ、ありがとう」
マオは棒を腰にしまった。
「マオ……魔術師だったのか」
「一昨日からね。魔術師というより魔術使い程度ね。使える魔術は炎と氷の魔術だけだから」
「そっか……」
「……ともかく、気をつけてよね。水野さんも言ってたでしょ。動く死体は一匹じゃないの。分かった?」
めずらしく怒るマオ。
「……ハイ」
何で俺敬語?
…
それから何匹か犬と猫の死体に出会った。まずはコハクが矢を放ち、外した場合マオが魔術で攻撃するという手筈になっていたが、コハクが矢を外すことは一度も無かった。
それからどんどん待ちの中心に進んでいった。
「ねぇ……あそこに人影があるよ」
コハクは公園の中央を指差した。噴水の前にたたずむ少女。彼女が着ている純白のワンピースは、廃墟の中では異様なものだった。
「話しかけてみる?」
「……そうね。でも油断はしないこと」
「わかってる」
コハクは、少女に話しかけることにした。近づいていくと、足音に気がつき、こちらを見る少女。
「……」
少女の容姿はまさに天使だった。可愛いとかそういう感情は浮かばない。ただ綺麗だった。肌はどこまでも白く、目はどこまでも青い。本来は天にあるべき存在。そう思えてくる。
コハクの目を見据えてた少女は突然口を開く。
「指輪が欲しいんでしょ?」
「えっ?」
「私は白虎の指輪の守り主、リイ。あなたが私を斬れば、指輪は貴方のもの」
そう言いながら手を横に上げる少女。次の瞬間、そこには白銀の剣が握られていた。
と、マオが杖を構えた。
「どうやら、こいつ戦いみたいよ」
「待て! こんな小さい子供がか?」
「関係ないわ。たぶんあの男が用意した相手でしょう」
次の瞬間、炎槍が走る。だが、それをリイは剣一つで薙ぎ払った。そのまま少女は走り出す。その剣は次の瞬間にもマオの降りかかろうとしていた。考えている時間など無かった。無意識に、ただ剣を抜いていた。
交差する二本の刃。二人の動きが止まるが、それも一瞬。すぐに敵の剣が襲い掛かってくる。
突き、斬り、斬り、突き、斬り。
反撃する余裕など無い。
ただ剣を動かし受け流す。普段ならどの攻撃も避けきれるものではなかったが、朱雀の指輪の力が、それを可能にしていた
マオは援護しようと杖を構える。
「!!!!!!」
どこからともなく現れた動く死体。一匹ではない。犬が全部で三匹、鳥が三匹、猫が一匹。気がつけば後ろにはそれだけの死体があった。
マオはそれを見た瞬間、炎槍を放ちながら駆け出した。
…
コハクの息がだんだん上がってくる。一方、少女は汗一つ流さず淡々と攻撃を続けていた。
やがてコハクの動きが鈍り、攻撃が腕をかする。
「くそっ!」
コハクは、このままではまずいと、後ろに大きく飛びのいた。その隙に、マオが炎槍を放つ。だが、そんなものはリイには無意味だった。
「このままじゃ……」
いずれは力を使いきり、受けきれなくなるだろう。そして消耗しているのは体力だけではなかった。コハクの剣は、すでにいくらか刃こぼれしている。このまま続ければいずれは折れてしまう。
とリイが、左手を右手の下に添えた。そのまま矛先を下に向けながら駆けて来る。
咄嗟に剣を前に構える。
「うっ!」
少女の体からは想像も出来ない重み。耐えられず背中から倒れこむ。衝撃で剣を落とす。
コハクを見下ろすリイ。
何とか剣を手に取ろうと手を動かすが、少女の剣が先に動き、コハクの剣は飛ばされ壁に当たり、折れてしまった。
どうしようもないと思ったそのときだった。
「blaze!」
走る炎槍。死体を倒したマオが放った一撃だった。だが、少女の剣によって跡形もなくなる。
剣を失ったコハクにはもはや戦闘能力は無いと見たのか、マオに向かって駆け出すリイ。
「blaze!」
炎槍はことごとく弾かれ、マオとリイの距離は十メートルを切った。
だが。
それ以上距離が縮まることは無かった。
リイが驚きの表情を浮かべる。
リイの下半身は氷付けになっていた。土色ににごった氷は、彼女の踝までを氷付けにしていた。
「Freeze!」
放たれる蒼い光り。それは立ち止まっているリイの足元に着弾し、一瞬にして凍りになる。
「どう?」
そう。地面にたまった雨水を利用した罠だったのだ。マオの使える魔術は炎と氷。炎で敵の視線を上に引き付け、足が水溜りに入った瞬間に氷結させ動きを止め、すかさず氷を強化し身動きを取れなくする。
「──私の負け」
リイがそう呟く。
リイの手から剣が消える。
「マオ──」
コハクが立ち上がった瞬間だった。
ガシャっと音を立てて氷が粉々に砕け散る。
「なっ!」
マオは慌てて杖を構えなおす。
「もう戦わない。魔術は使わないって約束だったから」
リイはそう言ってコハクに歩み寄ってきた。
魔術は使わないって約束? ってことは、本当は魔術も使えたのか。
手を差し出すリイ。そこには指輪があった。
「白虎の指輪。効果は跳躍力の向上」
コハクは、指輪を受け取った。 それと同時に小さな光りが走り、目の前からリイが消えた。
白色のそれは二つ目の指輪だった。
「これで速くも二つ目か……」
呟くマオ。
「跳躍力の向上。これはマオ向きじゃない?」
「そうね。これはあたしが使うことにするわ」
マオはそういって指輪をはめた。
…
それから校舎に帰ったのは四時過ぎだった。
コハクもマオも泥だらけだったので、交代で川に体を洗いに行った。その際、水野さんがシャンプーと石鹸をくれたのは大きかった。
水野さんは勝手に危険な街に行ったコハクたちをすこし怒ったが、最後には必要なことだと理解してくれた。
「ねぇ、マオ」
ソファーに腰掛けるマオに話しかける。
「なに?」
「俺、足手まといだったかな」
結局は防戦一方でやられただけだったのが、悔しかった。剣など握ったことが無かったのだから仕方ないといえばそうだが、それでも、男して悔しい。
「……まぁ、あの作戦もすぐに思いついたわけじゃないから。あんたが時間稼いでくれて助かった」
「……そっか」
すこし安心する。
マオが立ち上がって、部屋を出て行こうと、ドアを開けた。その直後。マオの足が止まり、聞き取れるか聞き取れないかくらいの声で
「これかれもよろしく」
そう言ってから部屋を出て行った。




