6月3日 廃墟に暮らす人々
6月3日 廃墟に暮らす人々
昨日と同じように午前中歩き、ちょうど十二時に差し掛かった頃、昨日の街から二駅先の街が見えてきた。
昨日の時点で筋肉痛が酷く、今日はローペースで進んでいた。
「今日はこの辺にしとかない?」
コハクの提案にマオはこくんと頷いた。
男のコハクが疲れているのだから、マオはもっと疲れているだろう。
「ねぇ……あれ」
水を飲んでいたコハクの服の裾を引っ張るマオ。
「ん?」
マオが指差す方向──二百メートルほど先に人影が見える。
「ヒト!?」
「たぶん、そうだよ」
「いってみよう!」
コハクは荷物を置いて走り出そうとしたが、それをマオが止めた。
「待った。あれが安全って言う保障は? ヒト型の魔物、とかだったらどうするのよ」
「……なるほど」
「とりあえず剣持って、様子を見に行こう」
「わかった」
マオの言うとおりだ。廃墟になった世界。そこにいる人間が平和的とは限らない。
二人で物陰に隠れながら少しずつ人影に近づいていく。
「男……みたいだね」
身長は大体百七十センチくらいだろうか。髪はところどころ白く、若者、というわけではなさそうだ。
シャツにズボンという格好で、武器を隠しているようには見えなかった。
「……話しかけてもだいじょーぶそうだよ」
小声でマオに話しかける。
「……そうだね。ここから話しかけてみよう。これくらい距離があればすぐ逃げられるし」
合意してくれたので、物陰から出て、声をかける。
「すみません!」
と、人影が振り向いた。
「……君達は……」
男との距離は十メートル程。
それでも目は良いほうなので、男の顔ははっきりと見えた。
四十代ぐらいの温厚そうな顔つき。ぱっと身は休日のサラリーマンといった感じだ。
「子供か。どこからきた?」
近づいてくる男。
「ここから五駅離れた街から」
「そうか……我々以外にもヒトがいたのか」
「我々以外?」
「君達は、この世界の住人かね?」
どうやら、男もこの世界の住人ではないらしい。
「いいえ」
「やはりか……」
「あの、今『我々』と言いましたよね? 他にもヒトが居るんですか?」
「ああ。学校の廃墟で共同で暮らしている。全部で八人だ」
「案内してくれますか?」
「分かった。そうだ。自己紹介がまだだった。わたしは水野春樹というものだ」
「ええっと、弓塚コハクです」
と、水野はそっちは? とマオの方を見た。
「……姫乃マオ」
「こっちだ。着いてきてくれ」
そう言うって水野は歩き出した。それに付いて行く。
「さて、どこから話そうか……」
歩きながら水野はコハクたちに言った。
「ええっと、ここがどこだか分かりますか?」
「いや。分からん。私達は気がついたらここにいた。他の人たちもそんなものでね。ただ、君達みたいな子供は初めてだよ。私達はここに来てから大体五ヶ月になるが、君達もそうかね?」
「いいえ。僕達は一昨日です」
「一昨日か……。君達は、自分の家族や過去のことを覚えているかね?」
「え? 勿論覚えてますけど……」
「そうか。実は私達の仲間は皆記憶が無いんだ。自分が誰だか、どこの生まれか、なんてことは覚えているんだが、自分がどんな生活をしていたかはまったく覚えていないんだ」
「記憶が無い……」
と、いつの間にか、学校の校門に近づいていた。
「この学校はかなり綺麗な状態で残っていてね、生活するにはちょうど良いんだ」
そういって、学校の敷地に入っていく水野さん。
荒れているのは校庭や花壇は荒れ放題だったが、校舎への道や駐車場は比較的綺麗だった。
校門のドアを開ける水野さん。
水野さんの言うとおり、校舎の中は、靴を脱がないといけないくらい綺麗だった。
「そこの職員室がリビング代わりで、二階にそれぞれの部屋があるんだ」
職員室の扉を空ける水野さん。
中には三人の男女がいた。
「お帰り水野さん……あれ、お客さん?」
一番扉に近いところに座っていた女性が立ち上がる。
「ああ。弓塚コハク君に、姫乃マオさんだ」
「あ、よろしくお願いします」
「ええっと、あれが佐藤さん、あっちが竹内さん、こっちが三原さんだ」
順番に指差して紹介していく。
それから水野さんは今までの経緯を三人に説明した。
「なるほど……でも良くここまで来たね。学生二人で」
「案外相方が頼りになるんですよ」
そう言って、マオの方を見ると、慌ててコハクから目線を逸らした。
なんか……照れてるマオってやっぱり可愛い。多分、中学でも男子にモテてるだろう。
「それは良かった」
「そういえば、他の四人はどうしたんですか?」
「ああ。他の四人は物資を探しに隣町に行ってるよ。多分今日は帰ってこない」
と。突然、ゴロゴロっと何かの音がする。
それはマオのお腹の音だった。
「マオ、お腹空いてる?」
「……まぁ」
「はは。そうだな。もう一時だ。昼にしようか。といっても、主食は乾パンとイモだけどね」
…
食事は乾パンかイモが主食だが、色々な缶詰を使っていて、多少バリエーションがあった。それから、デザートのイチジクが意外とおいしかった。
「そういえば、ここらでなにか変わったものを見ませんでしたか?」
「変わったもの?」
「例えば、モンスターとか」
「……ああ。一つだけ。ここから東の小さな街なんだが、あそこは危険だから行かないほうが良い」
「危険?」
「ああ。君達の言うように、モンスターが居るんだよ。あれは本当にすごい。死体が動いてるんだ」
「……死体?」
と、珍しくマオが口を挟んできた。
「ああ。犬や猫、鳥の死骸だ。幸い、人間のは無かったけどね。あれは不思議としか言いようが無かった」
「マオ……」
「うん。たぶんそこに指輪がある」
「なんのことだい?」
「ええ、ちょっと事情があって……マオ、話しても良いかな?」
そう聞くと、マオはすこし考えてから、頷いた。
…
「なるほど……。マオさんは、自分で望んでここに着たのか……でも、あそこは危ない。止めておいたほうが良い」
「そういうわけには行きません。どの道楽して手に入るものではないんです」
「しかし、その『命が手に入る』という証拠はどこにもない。違うかな?」
「ええ。そんなことは百も承知です。でも、実際不思議なことはいっぱい起きている。なら可能性はゼロじゃない。可能性が少しでもあるなら、賭けてみても失うものなどありませんから」
……失うものなど無い。
それは一体どういう意味なのか。一体、マオが何を背負っているのか。知りたい。だが、聞くことなど出来るはずも無かった。
…
「マオ、どうする?」
「そりゃ行くしかないでしょ。手がかりは今のところそれしかないんだから」
「──わかった」
動く死体……。怖くないわけではない。けど、行かないわけには行かない。なら行くしかない。
そんな決意ともいえないものがコハクの胸にはあった。




