6月2日 指輪の守り主
翌朝。夜明けとともに目覚める。
目をこすりながら、下に下りると、既にマオは起きていた。
「おはよ」
「ん」
一文字の返事。
見れば、ちょこんと髪が立っている。いわゆるアホ毛っぽいんだが、それがどことなく可愛い。
「はい。これ」
突然。手に重いものを手渡される。
「なにこのバック」
手渡されたのは通学鞄よりすこし大きいバックだった。
「寝袋と食料が入ってるわ」
あ……そういえば言ってたっけ。荷物持ちよろしくって。
「まぁ……いっか」
「でも良かったわ。自分でこれ持って移動すると思うと欝だったから」
なるほど。多分、俺利用されてるんだな……。
「そうだ。なんかあだ名とかあるの?」
コハクはバックを肩に背負いながら言った。
「あだ名?」
「そう。なんて呼べばいいのかなと思って」
「……あだ名なんてないわよ。なんて呼んでもかまわないよ」
「じゃぁ、なにマオでもいいわけ」
「……へ?」
予想外だったのか、マオはそんな返事をした。
「はは。冗談冗談」
「……なに……置き去りにして欲しいの?」
「……」
睨まれる。
「すんませんでした」
謝ってみる。
「……ま、好きに呼べば」
マオそういって部屋を出て行った。
それは……名前で呼び捨てても構わないってことだろうか。
コハクはそんなことを考えながらマオについていった。
「で、どこに行くの?」
「とりあえずは東京に向かって北上する。そうすれば人と会えるかもしれないし」
「そっか。でも東京への行き方なんて分かるの?」
「線路をたどっていけば簡単でしょ?」
「あ、そうか」
「問題は現世と同じ駅があるかどうかね。この街があたしたちの街と同じだからって、全世界獣同じとは限らないから」
「あ、それと前髪立ってるよ」
そういうと慌てて髪を押さえるマオ。
「まぁそのまんまでも、それはそれで可愛いからそのまんまでもいいけどね」
「!」
そんなことを言われて慌てて顔をそらすマオ。
あ。無感情なイメージあったけど、意外と素直に照れてる。ちょっと可愛いかも……。
…
二人黙ってとことこ歩く。
さっきから一言も口を利いていない。いや、利いてくれない。元々会話なんてほとんど無かったが、今は話しかけても返事をしてくれない。
「……」
マオはコハクの一歩先を歩いている。その顔は見れない。
さすがにいきなり「可愛い」はまずかっただろうか。ちょっと心配になってきた。
しばらくそんな風に歩いていると、駅が見えてきた。
「ああ。やっぱりあったね。駅」
「……」
答えてくれない。
「はぁ……」
駅もやはり廃墟と化していた。看板は土で汚れ、外壁のコンクリートには無数のヒビが入っている。線路には雑草が生え放題。
入り口を潜り、改札前で止まる。
「ん……やっぱりあたしたちの世界と同じ駅がある……」
十分ぶりのマオの言葉。
「じゃぁ、やっぱり線路を辿って行く?」
「そうね」
と、マオが踵を返し駅を出ようとする。琥珀も後を追おうと思ったそのときだった。
「あ、ちょっと待った」
構内の一角にそれを見つけた。もしやと思いそこに近づく。
落ちていたのは弓と剣だった。長方形の布でできた弓入れには、コハクがいつも使っている和弓ではなく、遊牧民が使うような上下均等で短めな弓が入っている。矢は全部で合わせて十五本。
剣はワインレッド色の布を金属に被せた鞘に入っている。拾い上げ引き抜くと銀の刃が姿を現した。
「これ……剣と弓?」
「みたいだ……これ持っていっても良いかな?」
そうマオに尋ねてみる。
「まぁ、いいんじゃない。それであんたも少しは戦えるようになりそうだし」
了承も得たので、荷物に加えようとしたが、バックはすでにいっぱいいっぱいだった。剣は手に持ち、弓入れには紐がついていたので、背中に背負うことにした。こうすると、狩に出かける武士にでもなったような気分がしてくる。
…
一時間ほどで三駅分進んだ。
「疲れた……」
駅の構内は比較的綺麗なのでそこで休むことにした。ベンチを見つけ、荷物を置いて座り込む。
その隣の隣の席に座るマオ。
「まぁ移動はこれくらいにして、今日はここで寝れそうな場所探そう」
「おーけー」
「じゃぁ、すこし休んでから辺りを各々探索、寝れそうな場所を探す。後、途中で川を見つけたから、そこで体洗いたい」
当然水道など止まってるから体なんて洗えなかった。気候も暖かいので、日のあるうちに入ってしまえば問題ないだろう。
「賛成。汗だくだし。じゃぁ、俺最初の三十分は探索してるから、先に体洗ってきてよ。三十分後に駅前に戻ってくるから」
「分かったけど……絶対川に近づいたりしないでよ」
と、マオが念を押す。
信用無し……か。
「はは。分かってるって」
…
それから三十分。
とりあえず寝床として比較的綺麗な建物を見つけ、その他にも食料をいくつかつけた。どの食料も消費期限まではまだ一年程あった。水も特殊なペットボトルで出来たものは半年ほど期限が残っている。
それから、待ち合わせの駅に戻って数分後、マオが戻ってきた。
当然ドライヤーなど無いので髪は濡れてたままだ。
「冷たくなかった?」
「外が暑いから大丈夫」
そんな返事が返ってくる。
「とりあえず寝床になりそうな場所確保した」
「ん」
「ええっと、じゃぁ俺も体洗ってきて良い?」
「いいわよ。その前に、とりあえずその寝床を教えて」
それから寝床を教え、一人川に向かう。
なにせ丸二日風呂に入っていなかったので、一刻も早く汗を流したかった。
「しかし……恥ずかしいものがあるな……」
いくら無人とはいえ街中の川で裸になるのは少し抵抗がある。コハクでもそうなのだから、マオはもっと恥ずかしかっただろう。
とりあえず手早く服を脱いで川に入る。川の水は冷たく気持ちよい。
持ってきたタオルで一通り体をこすり、川から上がる。
それから昨日マオに貰った着替え(服屋の廃墟にあったものだ)に着替える。
「ふぅー」
一息ついて、手ごろな岩に腰掛けると、一つの建物が目にはいった。
教会だった。
それからなんとなく、その教会を見てみたくなった。
「ま、時間はあるし」
協会に向けて歩き出す。
教会は川のすぐそばに立っている。やはり廃墟で、ステンドガラスはほとんど割れ、欠片が床に落ちている。中には、窓から入った土や葉っぱが散乱している。
中央には教壇があり、そこだけ何故かゴミも草木も無く綺麗だった。
おかしいと思い近づいてみると、そこには一つの指輪があった。それを手に取る。
模様という模様が無いシンプルな朱銀の指輪だった。
それを手に取ろうとした瞬間だった。後ろから足音。だんだんと近づいてくる。
黒いダッフルコートに身を包んだ男だった。おそらく三十歳前後、身長は百八十センチ以上あるだろう。
「あなたは……」
「お前はその指輪を取ればその守り主となる。それでもよければ……手にとるがいい」
「え」
突然。空中から何かが現れ、床に落ちる。
それは一枚のカードだった。赤い鳥──おそらく朱雀の絵が描かれている。
「これは……もしかしてマオの言っていた指輪?」
「そう。五つのうちの一つだ。それの持ち主になりたいのであれば、指輪を手に取れ」
この指輪の持ち主になる……。これはマオの探していたものだ。なら手に入れるのは当然のこと。
コハクは手を指輪を手に取った。
一瞬だけ。指輪が朱色の輝きが放つ。
指輪を持ったまま後ろを振り向くと、そこに男の姿は無かった。
慌てて辺りを見渡しても、誰も居ない。
しかし、どこからとも無く声が聞こえてきた。
「朱雀の指輪の力は戦闘能力の向上だ。上手く使うといい」
…
「ちょっと遅かったけど、なに何かしてての?」
今日の寝床に帰ると、マオがソファーに座って寛いでいた。
「あ、いや教会に寄ってきた」
「キリスト教だったなんて知らなかったわ」
「いや、そうじゃなくて」
コハクは言うより見せるのが早いと思い、ポケットから指輪を出した。
「……指輪!?」
「朱雀の指輪らしい。なんか男が言ってた」
「男って、身長が高くて黒いコート着た男?」
「あれ、知ってるの?」
マオは、立ち上がって近づいてきた。
「こいつがわたしをこの世界に飛ばしたやつよ」
マオは指輪をコハクの手から取って観察した。
「男が他に何か言ってること無かった?」
「ええっと……『戦闘能力の向上』とかなんとか。それだけ言って消えちゃった」
「なるほど……となると」
「となると?」
「君を倒すのは止めておいたほうがいいみたいだね」
「……倒す? どういうこと?」
「わたしはこの世界にいる『指輪の守り主』を倒して指輪を手に入れるのが基本なの。勿論、倒さないといけないって決まりは無い。けどモンスターだったりしたら倒さないといけないし、人だとしても、譲ってくれなければ倒すしかない」
「倒すって……殺すってこと?」
コハクの動きが固まる。
「勿論その気は無い。素直にそれを譲ってくれればそれで良い」
「分かった。譲るよ」
「そうね……でも今はあんたが持っててくれた方が助かるかも。そうすればあんたも戦える」
「ええっと……戦うって、モンスターと?」
「モンスターとは限らないわよ」
いやまぁ。ここで女の子一人に戦わせるなんて考えたら男失格だけど。
「……わかった」
何が分かったなのか自分でも。分からないが。
とりあえず……マオは『命』を手に入れたかがっている。何か事情があるのだろう。どうせ現世に帰るにはマオに協力するしかないのだから、協力するのが最善だろう。
「分かった。俺も帰りたいし、指輪集め協力するよ」
…
「魚が食べたい」
マオが突然そんなことを言い出した。
「魚? さばの味噌煮の缶詰ならあるけど」
「そうじゃなくて塩焼き」
「……現実を見ようぜ。魚なんてどこにも無いよ。途中に魚屋の廃墟ならあったけどな」
「さっきの川」
「は?」
「さっきの川にアユがいた」
「え?」
マオが荷物の中から弓矢を取り出し、それを突きつけてくる。
「狩」
「はい」
何故頷く俺。
…
アユ自体は探すのに苦労しない程度にはいたのだが、どこに撃っても当たるというほどはいなかったため、狙う必要があった。
無論、普通の的よりも何倍も小さく、その上動き回る魚に中てるなど無理……なはずだった。
三本外し、四本目を引きった時だった。突然目にゴミが入り、狙いをつける前に矢を放してしまったのだ。それが。何の因果か狙っていたのとはまったく違う方向とは違う場所に飛び、そこにたまたま別のアユがいた。
そんなこんなでアユを手に入れることに成功したわけだ。
「……やればできるじゃない」
「はは……」
まぐれだった。
というか狙ってすら居ない。『中てた』のではなく『当った』のだ。
「それじゃぁ、弓の実力も試せたし」
そういって、マオがなにやら岩陰から物を取り出す。
「?」
取り出したのは、メッシュで出来たカーテンだった。
「なにするのさ?」
「一匹だけじゃね。やっぱ何匹か食べたいじゃない」
そういって、川の中に入っていくマオ。
大きな岩が二つ並んでいるところにたどり着き、そこにカーテンを張った。しばらく水の中に手を突っ込み作業するマオ。
「よし完成」
二つの岩の間に見事に張られたカーテン。そのあたりは大きな岩がいっぱいあり、川を上るためには岩の間を通らなくてはならない。
「まさか……」
「罠を作ってみたの。川を登るアユが引っ掛かったところを取る」
「……最初からそうしろよ……」
何故か怒る気力が無かった。
つまり、自分を試したかっただけなのか、マオは。
「これで二、三匹は取れるでしょ。たぶん」
うれしそうな表情で言うマオ。
その無邪気な笑顔を見ては何も言い返せなかった。
…
それから岩と岩の間にいくつか罠を設置し、魚がやってきたところを、アミですくうという作業を繰り返した。
大体二,三回に一回のペースで成功し、結果三十分で五匹のアユが手に入った。
「取れたはいいけど……これどうするの?」
「いいもん見つけてあるから」
マオは満足そうな顔で言った。
マオが持ち出したのは七輪だった。
「一緒に炭も見つけた。これで焼く」
「なるほど……。でも俺魚なんて捌けないぞ」
「わたしは捌けるわよ」
「えっ!?」
素直に驚く。
「……なによ。その驚きようは」
「いや……魚捌ける中学生なんているんだなと思って」
こんな……可愛い奴が魚捌けるなんて意外だと言うのが本音だ。料理できなくて、なぜか包丁持ってる右手まで怪我するタイプだと思っていた。
…
「やっぱ獲れたては美味いな……」
箸で白身をつつきながら感想を漏らす。
「二日間缶詰だけってのは厳しかったわね……」
「それにしても、魚捌けるなんてすごいな。調理実習じゃ習わないだろ」
「まぁ、弟とお父さん釣りが好きだから。毎回いっぱい釣ってくるのよ。それで、お母さんのお手伝いをするうち、覚えたんだ」
あまり感情を表に出さないマオが、珍しく懐かしそうな顔をする。
「そっか……」
マオ『命が欲しい』といった。それは家族の誰かが死んでしまって……ということなのだろうと思うと、それ以上詳しく聞くことは出来なかった。




