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6月9日 コハクとヒスイ(1)



「これが結界……」 

 シャボン玉の膜のような透き通った薄い壁がドーム上に展開し、三人を包み込んでいた。玄武の指輪の力による結界だ。

 結界は一分程度展開した後、端から消えていった。

「もう一度」

 指輪に念じてみる。

 だが、一向に結界が張られることは無かった。

「おそらく一定時間置かないと際発動できないんだろう。俺の青龍の指輪もそうだからな」

 ソウヤが右手の人差し指の指輪を見せながら言った。

「その指輪も結界を張るんですか?」

「いや。結界ではない。なんといえば良いか……そうフィールド。カードゲームで言うところのフィールドカードみたいなもんだ」

「フィールドカード……」

 カードゲームに置いて、場にある特定のカード全てに影響を及ぼし続けるカード。つまりは特殊な空間を作り出すということだろうか。

「まぁ良い。さてと戻るか」

 ソウヤがそういってビルのほうに歩んでいく。だが、突然動きを止めた。その理由がコハクにもすぐ分かった。

 道路の向こうからやってくる人影。フードで顔を隠していて、顔が見えない。だが、異常なことが一つ。その右手には一本の剣が握られていた。

 ゆっくり歩んで来ていた人影は一度立ち止まり、その後突然駆け出した。いち早くソウヤが反応し、剣を左右の手に握る。

 数秒後には剣と剣が交じり合う。

 衝撃でフードが後ろに落ち、その顔があらわになる。

 それを見て息を呑むコハク。

「ヒスイ!」

 それは紛れもなく大事な幼馴染の少女、ヒスイのものだった。


   …


 黒いダッフルコートに身を包んだヒスイの右手の指には四つの指輪。瞬間的に結論に辿り着く。ヒスイの目的は、ソウヤの青龍の指輪なのだ。だから戦いに来た。そういうことだ。

 なら、戦う必要など無い。ソウヤが指輪を渡せばそれで全て解決する。

「待ってヒスイ!」

 そう叫ぶ。だが、ヒスイの剣は止まらなかった。

 数回打ち合った後、ソウヤが大きく後ろに跳んだ。

「剣を止めろ。指輪なら渡そう。俺には必要ないものだ」

「……関係ない。指輪なんて必要ない」

 驚くほどに冷たい声でヒスイが言った。コハクはここまで感情のこもっていないヒスイの声を聞いたことが無かった。

「指輪が必要ないだと? どういうことだ」

「そんものに興味は無い。必要なのはお前の命だけだ!」

 ソウヤとの間合いを詰めるヒスイ。

 振り下ろされる剣を、ソウヤは片剣で受け止めた。 

「事情は分からんが……つまりは戦わねばならないということだな」

 ソウヤの問いに、ヒスイは無言を以って答えとした。

「待ってよヒスイ! 何でこんなことをするの! ねぇ! 話を聞いてよ!」

 コハクの叫びはヒスイには届かない。

 コハクは何も考えず、ヒスイに駆け寄ろうとした。

 だが、ヒスイの中指の指輪が光り、ヒスイはそれ以上進むことが出来なくなった。突然現れた透明な壁。それは先ほど見た結界と同じ壁。それはマオとコハクを包み込んでいた。

「なっ!」

 結界の壁を叩くも、それはビクともしない。ただ冷たく固い感触が手に伝わってくるだけだった。

 ヒスイが後ろに跳びながら、剣の先をソウヤに向けた。そこから跳びだす黒い塊。

 それは黒光の矢となりソウヤに向かっていく。すかさず右に避けるソウヤ。

「魔法剣士──か」 

 再び剣を振るうヒスイ。今度は立て続けに三つの矢が飛ぶ。

 一つ目、二つ目は避けきったものの、その後、着地した場所に三つ目の矢が飛び、咄嗟に剣で身をかばうソウヤ。だが、細い剣ではほとんど盾代わりにはならず、ソウヤは後ろに弾き飛ばされた。

 コンクリートの地面にたたきつけれらるソウヤ。

 ヒスイは、もう一度剣をソウヤに向ける。駄目押しとばかりに再び三つの矢を飛ばす。

 全て受ければ、ソウヤの負けは決定する。

 立ち上がることが出来ないソウヤは、ただ右手を掲げた。次の瞬間、閃光が指輪を中心に放射状に広がった。その閃光に当たった瞬間、黒矢は無へと帰る。 

「……」

 ヒスイは一瞬驚きの顔を見せたが、すぐに剣を握りなおした。

「もう魔術は使えないぜ」 

 そういってソウヤは立ち上がった。

「これは青龍の指輪の力。すべての魔力を無効化し、当たり一帯にある全ての魔術原子を消し去る」

 右手の剣をヒスイに向けるソウヤ。

「……魔術の無効化」

 ヒスイが呟いた。

 そして笑った。

「剣で勝てばいい。それだけのことよ」

 剣を構えるヒスイ。

 そして二人は駆け出した。


   …


 何十回、何百回の打ち合いが続いた。

 ソウヤの双剣術は巧みで、それぞれの手が独立した攻撃を繰り出し、まるで二人の人間がいるかのようだった。

 一方ヒスイの剣術はこれといった特徴があるわけではない平凡なものだった。だが、その反応スピードは尋常ではなく、ソウヤの双剣を相手にしても引けを取ることは無かった。

 剣を打ち合い始めて既に十五分が経過していた。

 そして徐々に優劣が見え始める。息が少しずつ上がっていくソウヤ。一方、規則正しく呼吸を続けるヒスイ。

 そして、あっけなく勝負は着いた。

 石に躓き、僅かに姿勢を崩したソウヤにヒスイの剣が振り落ち、そのまま剣はソウヤの心臓に突き刺さった。

「うぐっ」

「ソウヤっ!」

 ソウヤはその場に崩れ落ちた。

 そこにさらに剣を浴びせるヒスイ。そこに躊躇いや情けという無駄な感情はなかった。

 ただ倒れるソウヤを冷たく見下ろし、そこに剣を突きつける。 

 徐々に光に変換され、だんだんと薄くなっていくソウヤの体。

 そんな状況で。ソウヤは笑っていた。

「はは。未練が無くなった途端死ぬなんてな……」

 そんなソウヤにヒスイがもう一太刀を浴びせる。それと同時にソウヤの体は全て光りとなりは拡散した。

「ヒスイ!!!」 

 これ以上見ていられなかった。

 ソウヤが死ぬことも、ヒスイがソウヤを殺すのも。全てが絶望でしかない。

「くそっ! くそっ!」

 拳を結界に叩きつけるコハク。結界はビクともせず、ただヒスイとコハクを隔てていた。 

「コハク!」

 コハクの目から涙が零れ落ちる。それを見てもヒスイは表情を崩さなかった。

 後ろから、マオがコハクの手を止める。

「落ち着いてよ! コハク!」

 それでもコハクは結界を叩く手を止めなかった。 

 だが次の瞬間、マオはコハクを無理やり振り返らせ、唇を重ねた。

 それでようやく我に帰るコハク。マオはそれを確認して、すぐに唇を離した。

「マ……マオ……」

「……落ち着いた?」

 マオは呟くように問う。

「う、うん……」

「よかった」

 顔を赤らめながら、安堵の言葉を口にするマオ。

 そんな二人を現実に引き戻したのは、ヒスイが近づいてくる足音だった。二人を見つめるヒスイの目は以前暗く冷たい。いつの間にか、コハクとヒスイを隔てていた結界は消えている。 

 そしてヒスイは剣を振りかざした。コハクは剣を引き抜きそれを弾く。だが、すぐに回し蹴りが跳んできて、コハクは地面に倒れこんだ。

 腹に思いっきり蹴りを入れられ、立ち上がることが出来ない。

 杖を構え魔術を放とうとするマオ。だが、その前にヒスイが黒槍を飛ばし、マオは数メートル先の地面に打ち付けられた。

 剣を、コハクの首に突きつけるヒスイ。

「ヒスイ! どうして!」

「……」

 無言でコハクの目を見つめるヒスイ。

 そして、コハクはあることに気がついた。 

 ヒスイの冷たい目。その奥には恐怖という感情があるということに。そして剣は僅かに、けれど確かに震えていた。

「ヒスイ」 

 今度は優しく、そう語り掛ける。

 半歩後ずさりするヒスイ。

 何故こんなことをするのか分からない。だけど……ヒスイは確かに怯えているのだ。

「大丈夫だよ。ヒスイ。もう怖くないから」

「!」

 その言葉は過去の言葉と重なった。

 

──ヒスイ、もう怖くないから


 あの日。泣き喚くヒスイをそういって慰めたコハク。

「コハ……ク」 

 ヒスイの目から涙がこぼれる。

 ──ヒスイが剣を振り上げた。

「ヒスイ!」

 その剣が突き刺したのは、ヒスイの心臓だった。


   …


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