6月7日 マオの告白(1)
気がつけば日付は変わっていて、その頃にはマオも泣き止んでいた。
「マオ、もう大丈夫?」
優しく訪ねると、マオは胸元で小さく頷いた。
「──ごめん」
コハクはゆっくり背中にまわしていた腕を解く。
と、それに気がついて、今度はマオが、手をコハクの背中にまわした。
「……マオ?」
「もうちょっとだけ……だめ?」
だめ? って……。
そんな可愛い声で言われて、駄目だなんて言えるはずがなかった。
それと同時に、マオを『女』として見てしまうコハク。それを意識すると、急に恥ずかしくなってきた。
「……あのねコハク」
マオが胸元で語りかけてきた。
「ええっと、その、何?」
「実はね、あたしコハクのこと知ってたの」
「え?」
マオはコハクの胸に頬をつけたまま、言葉をつむぐ。
「中学一年のときね、あたし弓道部の見学に行ったんだ。そのときにコハクを見たんだ。それで……カッコいいなって。憧れたんだ。でも……部活に入る勇気は無くて……それでもたまに廊下とかで見かけたときとか嬉しくて……」
マオの言葉を、コハクは驚きながら受け止めていた。
「……いつもは見てるだけだったけど、一回だけ話をしたことがあって。コハクは覚えてないと思うけど、委員会のときにね、あたしが筆箱落としたのを拾ってくれたんだ。そのときに、一言の会話ともいえない短いものだったけど、嬉しくて……」
……残念ながら、まったく覚えていなかった。まさか自分がそんな風に想われていたなんて、予想も出来なかった。
「でもね……コハクの横にはいっつも綺麗な先輩が居て……」
ヒスイ……のことだよな。多分。
「……結局告白しよう、告白しようって思ってたけど出来なくて……だから……」
一瞬の沈黙。そしてようやく口から出た言葉。
──コハクのことがずっと前から好きだった。
告白。二年越し、いや、世界を超えての告白だった。
マオは顔をすこし離してコハクを見つめた。
すこし前かがみになれば唇が届く位置にいる。
心拍数が上がる。たぶんマオにも聞こえてしまっているだろう。
「……あの……その……今は……まだ返事できない……」
「……そっか」
マオは残念そうな顔をした。その顔には諦めの色も伺える。
「そう……だよね。好きな人いるもんね……」
「いや、その、そうじゃなくて、別にヒスイと付き合ってるわけじゃないんだ……けど……その、どっちが本当に好きかまだはっきりしなくて……すこし時間が欲しいんだ。その……こんな風に抱きながら言っても説得力無いかもしれないけど」
「……うん」
マオは、そっとコハクの背中から手を離した。
…
再び起きたときには、すでにマオは部屋には居なかった。
下の階に行くと、ソウヤがソファーでコーヒーを飲んでいた。
「あ、おはよう。コーヒー居る?」
「おはようございます、頂きます」
ソウヤは立ち上がって、コップにコーヒーをついだ。
「あの、マオはどこにいますか?」
「さっき川に行ったよ。体洗いたいって」
「……そうですか」
ソウヤがニヤリとする。
「向かいのビルの屋上から川が見えるんだけど、望遠鏡貸してあげようか?」
「ぼ、望遠鏡!?」
「うん。見たくないの? さっき行ったばっかりだから今なら間に合うと思うよ」
さらっとそんなことを言う。
「駄目ですって!」
「大丈夫だって。ギャルゲの主人公は皆やってるよ」
「ギャルゲってゲームでしょうが!」
そんな馬鹿げた会話を繰り広げた十分後、マオがビルに帰ってきた。
…
「あ、マオ。お、おはよう」
「……おはようコハク」
多分、初めてじゃないかな、「おはよう」っていうのは。いつも返事は「ん」の一文字だったし。
「……」
会話が無い。いや出来ない。
正直に言ってマオは可愛い。多分学校でもモテていたはずだ。そりゃ、俺から見れば、すこし子供だが、それを差し引いても(あるいはそれが)可愛い。
そのことを意識しだすと、急に恥ずかしくなってしまう。
「ええっと……今日は……青龍の守り主を探しに行くんだよね?」
「うん」
「それならここから二駅先の総京線の駅を目指す。そこのマンション街に守り主が居る。青龍かどうかはわからないがな。少なくとも玄武ではないことは確かだ」
「本当ですか?」
「ああ。君たちも知っているだろう。『黒いコートの男』を。あいつの言葉だ。間違いないはずだ」
…
持ち物は白虎の守り主のときと同じで、水と食料、それにマオは杖、コハクは剣と弓だけ。それ以外は建物に置いていくことにした。
「準備はできたか?」
ソウヤに聞かれる。
「はい」
「じゃぁ出発しよう」
「──え? 出発しようって、ソウヤさんも来るんですか?」
コハクはてっきりここに残るものだと思っていた。
「君たちに協力させてもらうよ。足を引っ張ることは無いと思うが?」
足を引っ張る──それは有り得ないことだ。昨日の戦い、彼の二刀流は単に一本を攻撃、一本を防御に使うだけではない。まるで二人いるかのように同時に襲い掛かってくるのだ。それがあのたった二太刀で分かった。
彼は間違いなく強い。それは確かなことだった。
「──ありがとうございます。でもどうして?」
「理由など無い。どうせ向こうの世界での記憶がないのだ。帰る方法もないし、帰りたいと思う場所も無い。なら、君たちとささやかな時間を過ごす方が、何もしないよりはよっぽど楽しいと思っただけだ」
「記憶が無い……やっぱりソウヤさんもそうなんですか?」
「ああ。自分の名前と歳以外まったく覚えていない」
「そう……なんですか」
この世界──マオの言葉を借りればフレイジアでは、記憶を失っていない俺達はイレギュラーな存在なのかもしれない。




