第3詩・麗しき天使の会合
(2025/04/18追記)文章の情報量を追加しました。
――――大いなる宇宙。
その中に潜む決して人の目や科学兵器で見つけることのできぬ魔法の領域に位置する衛星”天界”では、複数の現天使たちが会議を開いていた。
それは、自尊心を守るために神に背いた者。
この一名の熾天使。そして──
それは、傲慢さがすべてを殺した明星の王。
それは、淫らさがすべてを退廃させた無価値な王。
それは、誓約が呪いとなり大罪を犯した砂漠の王。
それは、かつて神と敬愛された暴食なるハエの王。
それは、聡明さが炎を生んだ地獄の魔物。
これら五名の元堕天使。
そして一人の黒衣の男と円卓を囲い、それぞれ椅子に腰を下ろし睨みあっていた。場の空気はどうやら良くはないようだ。
まず口を開いたのは、透明感のある性別を超越した美しさを持った男だ。
「パパの言う、覗いて来た人間ってボクらの元ママパパのおとした子でしょ? 起きたんだねぇ。なんでかなぁ? 気になるなあ~~、ボク、会いに行きたいなあ~~、ねっねっ! ダメぇ?」
緊迫した空気の中にも関わらず、その男はふざけているとしか思えない態度と声で周りを舐めるように見渡した。当然、只者ではない。彼はこの集った天使の中でも最上位の存在であり、神が創った特別な天使のヒトリ──名を、熾天使ベリアル。無価値な王そのひとである。
透き通るような透明な髪に透明な瞳、透明な肌、白い衣装を身にまとうことでなんとか白くみえるような異端な容姿をしたベリアルは本来見る者の目を奪うものだが――そんな彼の言動が癪に触れたのか、はたまた元より嫌っているのか、山羊のような角が特徴的な緑髪の男、砂漠の王・大天使アシエルは聞こえるように舌打ちをした。
「行かせてたまるものか。貴様のことだ、また余計なことをしでかすに決まっている」
それに続き、赤髪の雄々しい男、元地獄の魔物・天使グザファンはベリアルに優しく声をかける。
「気持ちはわかるぞベリアル。しかし、我らが王……新たな父上のお言葉が先だ。なっ?」
二名の言葉にベリアルは、ベー、と声にしながら舌を出す。そんな彼を周り(グザファンと黒衣の男以外)は睨み、忌み嫌うような態度を見せた。
そのうちにひとり、凛とした振る舞いを見せる金髪碧眼の美しい熾天使・ミカエルが黒衣の男に声をかける。
「して我らが新たなる父よ。かつての神が堕とした幼子だったものをどうするつもりなのだ?」
「おいミカちゃん、もっと腰を低くしろよ」
「その呼び方はやめないか、ルシファー!」
ルシファー。そう呼ばれた男は明星の王・熾天使ルシフェルだ。ベリアルとは一卵性の双子同じ顔だが、ベリアルとは正反対に漆黒の髪に黄金の瞳、褐色の肌、黒を基調とした衣装といった、悪魔を連想させる容姿をしていた。しかしそんな彼でも悪魔としての名前で呼ばれたのは気に入らないようで、ミカエルの言葉に眉をひそめる。
「俺様の事はルシフェル様と呼べ。で、王さまはどーしたい?」
(腰を低くすべきは貴様の方だ愚か者が……)
ルシフェルの不遜な態度にミカエルは頭を抱える。しかし彼らの言う新たな父、黒衣の男はそんな態度を気にもとめず、穏やかな表情で言葉を続けた。
「私と目が合ったのは事実──けれどハッキリ見られたわけでも、ない。それにあちらは耐えきれなかったようだし……そう、驚異ではないだろう。私は未来が見えるわけではないから、確証はないが…………
今、消す必要はない」
その言葉はその場の天使に明確な意識を与える。かつての神の堕とし子は──まだ、殺さない。この男の示した言葉には誰も反論することはない。彼が言ったことが全ての決定である。
だが──
「私はそう思うというだけだから……何か思うことがあれば、言ってほしい。私はまだ完全な神ではないし、判断を間違えているかもしれない」
その男は謙虚な態度をみせた。
これを聞いた天使達は顔を見合わせ、中でも金髪と目の窪みが目立つ高貴そうな男、ハエの王・熾天使バアル・ゼブルが大きく口を開く。
「滅相もございません、我らが主よ。貴方は堂々と我々に命じてくれればよいのです。このバアル・ゼブル。そして他の者らも貴方に意見など──」
「顔を見に行くのはアリ?」
「アリなわけないでしょっっ!! 貴殿はお黙りっっ!!」
バアル・ゼブルは唾を飛ばしながらベリアルにキレ散らかした。そこに黒衣の男が困った顔で微笑みながら割ってはいる。
「彼に会いに行くのはおよし。下では竜王が待ち構えている。かの悪神の片割れであるアレは今の我々には脅威そのものだ。迂闊に姿を見せるべきではないよ」
黒い男に諭されベリアルは「はーい」と不満げな声で返事をした。黒衣の男はそのまま言葉を続ける。
「さて、集まってもらった本題にはいろう。
――人類の滅びと私の現状について。ね」
***
リバティ城・城内の廊下でレヴィは大きく溜め息をついた。
「緊張したあ……なんであんな噛み方しちゃったのかしら。あああ、思い出すだけで恥ずかしい!」
レヴィは小さく足踏みをしながら顔を真っ赤する。そんな姿を横目に時人は微笑んだ。その微笑む声に合わせてレヴィは振り向く。時人は声が漏れたからと口を覆うが、出てきた言葉は意外なものだった。
「……えっと、名前……まだお互い、ちゃんとした自己紹介はまだだったし……」
少し気まずそうに目をそらしながらそう言うレヴィに、時人はある違和感を抱きながら「ああ」と言葉を続けた。
「オレの名前は天艸時人、君は、レヴィ……だよね?」
「そ、そう! レヴィって言うの! えと、アマクサ・トキト、くん……」
「時人でいいよ。オレの場合、時人が下の名前だから」
(……今気付いたけど、ここの人たちって口の動きが日本語じゃないんだよな……言葉が通じるってことはオレも多分、話してるのは日本語じゃない……のか? よくわかんないけど)
密かに思い悩む時人とは裏腹に、下の名前でいいと言われたレヴィは表情を明るくした。
「トキ、ト! あのね。難しいお話を聞いてたと思うんだけど……アタシも貴方がその身体本人じゃないと聞かされてちょっと混乱してるの。だから──」
言葉の途中で、時人が疑問の声と共に遮った。
「……ちょっと待って、オレはそういうの全然聞かされてないんだけど……」
「へ? え、えっと。アタシはてっきり……というか今この地球の9割は貴方が目覚めたと聞いたら、15年前に落ちてきた子どもが目を覚ましたんだと思うわ。でも本当は、元々その身体には元々魂が入ってなかったの。身体が健全なだけで生きてなかった、人形みたいなものなんだって」
「…………」
「目が覚めたのは別の人の魂が入ったから。名前があったり、話が通じるのはそういうことだって……さっきアタシはそう説明されたわ」
言われてみればそうだ、と時人は妙な納得を覚えた。この身体が目覚めたのは今日。でも身体自体は15歳。時人がこの身体へ転生したのなら元の人格はどこへいってしまったのか。その疑問の前に今レヴィから答えを聞いた。
元々、身体に人格など無かったのだ。
「……というかこの身体、15年も眠ってたのか……」
食事や運動はどうしたのだろう。そんな当たり前の疑問を投げる前にレヴィは話を続けた。
「そ、それでね。あんまり……無理して理解しようとしたり、気負ったりしないでねって言いたかったの。自分が経験してないこととか、まだ見てもないもの、言われただけじゃわかる筈ないもの」
そう言いながらレヴィは時人の手を掴み、優しい笑みを見せる。
「ゆっくりでいいから、お互いに理解を深めましょ?」
「……ありがとう、レヴィ」
今の時人には、彼女が救いの女神のようだった。優しく、美しく、可憐な少女のその言葉と振る舞いは青年の心を容易く鷲掴みにした。その安心が伝わったのか、レヴィもまた改めて微笑み返す。
「ふふ。それじゃあ今から貴方がこれから住む家に案内するからね。ここからちょっと…実は結構遠い場所だけど、馬車があるから大丈夫! 街でも眺めながらゆったり行きましょ!」
「馬車……!」
(初めて乗る……!!)
時人は馬車というものを言葉や写真でしか知らない。それどころか馬ですら実物で見たことが無かった。21世紀の18歳にしては中々珍しいと思える。
(動物園にすら行ったことないからなあ……動物園は見れたりするかな? いや、戦争後って聞いたし難しいか……)
わくわくを隠し切れない素振りのままレヴィと共にリバティ城の裏口から外へ出て行った。




