第43詩・アキレスの恋Ⅱ
「――ここがアメリカ王国か」
「アキレス皇帝、足元にご注意ください」
アメリカ王国の王都に辿り着き、アキレスと共に来たのはかつてアキレスの父に仕えた騎士のオデュッセウスだ。しかしその姿はあまり騎士には見えず、目の下にはひどい隈があり、髪も整っていない様子で、フードを深く被っていた。
「わかっている……オデュッセウス、お前には国に残って欲しかったんだがな」
「ええ、私もそうしたいと思っておりました……が、やはり皇帝一人に行かせるのはみな不安だというので優秀な騎士たる私が付き添った次第でございます。寧ろ感謝して頂きたい」
「お前なあ~!」
皇帝に対する態度じゃないだろう、としかりつける直前、アキレス達をアメリカ王国の兵士とその国王、デイヴィッドが出迎える。
「遠い道のりを、今の世界で恐れもなくよくぞいらした。アキレス・A・アエテルヌス皇帝」
「……そういうアンタはデイヴィッド・J・ルーズベルト国王陛下?」
「皇帝」
「お前は黙ってろオデュッセウス。いっとくがさっきのお前のが無礼だからな」
二人の姿に、デイヴィッドは声を出して微笑んだ。
「若いな……」
その反応に、アキレスはムッとする。今回の世界の終幕について何か文句でも言ってやろうかと思ったその矢先、デイヴィッドの背後から子どもにも見える男が姿を見せた。
「ええっと……アンリ・ユーストゥス。只今参上致しました」
(……!! こいつがアンリか……若いとは聞いていたがこれほどまでとは……)
「おお、アンリよ。我が国の大英雄アンリ・ユーストゥスよ。こちらはトラキア大帝国のアキレス皇帝だ。戦争を終わらせたお前に会いに、遠い国から足を運んだのだ」
デイヴィッドの言い回しにアキレスは瞼をピクリと動かした。
これではまるで感謝でも言いに来たようではないかと、案の定アンリはそう受け取ったのか少し照れくさそうな反応を見せた。それに耐えきれなかったアキレスは、ハッ、と大きく小馬鹿に笑う。
「アメリカ王国はうちより広いからか? 次元の穴が多数開いて多くの犠牲者が出たというのに、お二人さんはそれが良く見えていないようだな」
さすがにまずい、と思ったのかオデュッセウスは先程より強めの声で皇帝を呼んだ。しかしアキレスはそれを無視して言葉を続ける。
「俺がわざわざ足を運んだのはそこの餓鬼に頭下げにきたんじゃねぇ、寧ろ下げさせに来たんだ」
「……どういう意味だ。彼のお陰で戦争は終わったのだぞ」
「ああそうだな。頼んでもねぇのにドラゴンとの和解っつー最悪な形でうちの民は救われましたよ~でもなァ……それじゃあ俺らはただ生き残っただけだ」
「それの何が悪い。最悪の形は人類史の滅亡だ。我々は生き残れたからこそ未来を築いていける」
「んな綺麗事で俺のモンは報われねぇんだよ、お前だって失ったモンがあるだろうが! ……なのに納得したのか!? お前が失くしたモンは納得できちまう程度のモンか!?」
「なんだと小僧……!!」
「待ってください!」
激高した君主二人の間にアンリが割って入る。デイヴィッドに瞳で訴えると、デイヴィッドは深く息を吐きながら引きさがった。それを見たアンリは、次にアキレスと対面する。
「アキレス皇帝……」
「……勘違いするな。俺は別にお前のしたことを間違った事だとは言ってねぇ」
「え? でも……」
「この結末に心底納得がいかねぇだけだ。多くの民が殺されて、多くの文明を失った。その責任は、和解だけじゃ償えねぇだろうが……!」
アキレスは腰の剣を引き抜き、刃をアンリへと向けた。
「何を――!?」
「殺せ」
「えっ?」
「ドラゴンの長とやらを殺せ。あるいは自害させろ。これは奴らが始めた戦争で、お前が止めた戦争だ。それだけの責任を、覚悟をもってお前が償いさせろ」
その言葉に、その場の三人は冷や汗をかいた。
慌てたデイヴィッドが止めに入る。
「違う! 待て、アキレス。お主は勘違いしている!」
「ッ……気安く呼び捨てにするな! なんの勘違いだ!」
「ドラゴンの長……人類を蹂躙したドラゴンの長は既に死んでいる!」
「ああ!?」
アキレスの剣が揺れ動く。
「どういう意味だ。そのドラゴンと和解したんだろ!?」
「違う。人類を蹂躙したドラゴンの長はそのドラゴン達の母親ティアマトと言う。だがアンリが和解したドラゴンはその母親よりも高齢で、ティアマトの支配下ではないザッハークという名のドラゴンだ。ザッハークは戦争に参加せず、身動きをする気配のない山のような一頭の毒竜で、それをアンリが見つけ、戦争を終わらせる協力をしてもらことに成功したのだ!」
「……すぅぅう……その、ティアマトってのはなんで死んだ」
「……わからぬ」
「は?」
「ただザッハークが亡きティアマトを、竜の王座を受け継ぎ人類への襲撃をやめさせたのだ。ザッハークの支配下にいることに納得いかぬ竜は襲撃はやめたもののザッハークの元へは集っていない。だが、他のドラゴンはこれからは我々に協力することを約束してくれた」
「ッ……協力することを約束だァ!? 今まで散々こっちを蹂躙しておいて!! 王が変われば態度も変わるか! ハッ、自分たちに責任はありませんとでも言いたげだな!!」
「……我々人間だってそうだ」
「あ?」
「王が変われば国も変わる。戦争をした敵国と同盟を組むこともある。何も変わりはせん。お主の国とて父君が君臨した国とお主の君臨した国では違いがあろう」
皇帝として君臨した父の背中を思い出し、アキレスは歯をぎしり、とならした。
「…………それで俺が納得すると思ってんのか。そのザッハークってのはティアマトを止めることなく、人類史が終わろうって時に山になるような奴だ。人間想いな生き物だとは到底思えねぇ。しかも餓鬼一人の言葉で行動するようじゃ、その約束ってのもいつまで護ってくれるかわかんねぇなア。1秒後には気が変わってるかもしれねぇぜ?」
「それはない!」
アンリが大きな声でそう否定した。真っすぐな、けれどもどこか吸い込まれそうな瞳で訴えられ、アキレスは思わず面食らう。
「初めて会った時、ザッハークは色々話してくれたんだ。これは計画通りの運命ではない、人類の滅びにはいささか早すぎる。だが私は神の命令がない限りはどこからも動く気はない、と……」
「計画? 運命? 意味わかんねぇな、なんでそいつは――」
「最後まで聞いてくれ。そもそも今回の戦争……いや悲劇はドラゴンから始まったものではなく、天界で天使と悪魔が戦争を始めたのが全てのきっかけだったんだ。その流れ弾で僕たちの住む人間界は崩壊し、他の次元にある世界と繋がってしまう。それで出てきてしまったのが魔物やドラゴン達だ」
「あ? 何の話を……」
「僕たちの知らない遥か過去の歴史では、ドラゴンも元々こちら側の世界にいたようなんだ。当時から生き続けていたのがティアマトとザッハークの二頭。しかし彼女達は人類によって迫害され、神によってこちら側の世界から追放された。けど今回の天界の騒動がきっかけで、数千年ぶりに戻って来れたティアマトは舞い上がって、子どもを使って人間への復讐を始めた。それがドラゴンと人間の悲劇の始まり」
「…………」
「ザッハークがティアマトの味方をしなかったのは人類に敵対する意思がなかったから。逆に人間の味方をしてくれなかったのはティアマトの復讐心を否定しなかったからだ」
「…………ッ…………わけわかんねぇ」
アキレスは吐き捨てるようにそう言いつつ、ようやく剣を下ろした。
「そのザッハークとやらは今どこにいる。話せるんだろ、会わせろ」
「え、でも……」
「お前の話じゃ納得できねぇ。直接本人に会って聞きてぇだけだ。それともなんだ、ドラゴンとの会話は精霊使いの特権か?」
「そんなことはないけど……」
アンリは目線を下ろし、剣を見つめた。
察したオデュッセウスがフードを外して、割って入る。
「アンリ・ユーストゥス殿。そしてデイヴィッド・J・ルーズベルト国王陛下。どうかザッハーク王への御対面をお赦し頂けないだろうか。アキレス皇帝は馬鹿に見えるかもしれないが愚かではない、ドラゴンの王に刃を向けるような無謀は致しません。ただ我々は国民と、そして己の気持ちに納得いく答えを国に持ち帰りたいだけなのです」
どうか、とオデュッセウスは深々と頭を下げる。その様子をアキレスは不満気に見つめた。
デイヴィッドとアンリは顔を見合わせると互いに小さく頷いた。
「よかろう。アンリ、案内しておやりなさい。私は……まだザッハークに会う気分ではない。部屋に戻るとするよ……」
「承知致しました。どうか、お気をつけて」
そちらもな、と優しい声で言ってはデイヴィッドは立ち去って行った。
険悪な表情を浮かべるアキレスの手前でオデュッセウスは肩を撫でおろし、フードを被りなおした。
「……じゃあ……こほん、では向かいましょうか、こちらです」
「ああアンリ殿。無理に丁寧に話そうとせず大丈夫ですよ。相手はアキレス皇帝ですので」
「オデュッセウス! お前本当に無礼だぞ。何が馬鹿に見えるかもしれないだ!」
「ふふ、仲が良いんですね。あ、馬がないので長い距離を歩くことになりますが……構いませんか?」
「ッ……徒歩は構わない。この有様だ贅沢は言わぬ」
(調子の狂う男だ……)
二人はアンリの後を追いながら辺りの瓦礫を見る。
戦争が終わったとはいえ民の救出作業は続き、崩壊した国に悲痛な叫びは終わらないでいた。
アンリはそれをただ通りすがることはなく、皇帝を背にしても助けを求める民に手を伸ばす。オデュッセウスとアキレスはそれに何も言わず手伝った。
長い距離を歩いた先で、ようやくアンリの足が止まる。
「姿がハッキリ見えてきた」
その言葉にオデュッセウスとアキレスは首を傾げる。
見えてきた、というのはザッハークの事だろう。しかし二人の視界では未だ道が続き、先には森と黒い影のような山が見えるだけだ。そう、山が――――。
「……まさか」
とオデュッセウスが口にして、アキレスもようやく気付く。
あれは山ではない。
それは命ある怪物だ。
アンリに気付いているのか、用があることを知っているのか、体長300m以上の黒い巨体は翼を閉ざしつつ、蛇のように長い三つ首をゆっくりと上げてはアンリらの方を6つの赤い瞳で見つめた。
――死ぬ。
オデュッセウスの頭に死のイメージが浮かぶ。
(あれと戦おうならば間違いなく死ぬ。どんな兵器をもってしても、人類が勝てるイメージが全くわかない……! もし、もしこれほどの竜が戦争に参加していたかと思うと――)
確実に5年も戦争など出来なかったであろう。ザッハークさえ竜の味方につき人類の蹂躙を開始していたら、人類は1年もつかもわからぬほどだ。そう思わせるほど、その存在は異常に強烈だった。
そんな風に考えるオデュッセウスの横で、アキレスという皇帝はただ一言。たった一言だが、ぞっとしない言葉を、小さく、されど魂を込めるように喉の奥底から力を込めて口にする。
「欲しい」
強欲の化身に向けて、強欲な願いを。
その言葉に、オデュッセウスは思わず振り向く。聞き間違いか? とでも言いたげな表情で皇帝を見るが、アキレスの瞳はザッハークの姿を、プレゼントを前にした子どものように輝かしていた。
「あのドラゴンが、ザッハークか……?」
アキレスの問いかけにアンリが答える。
「ザッハークは耳がよいのでここからでも対話は可能だとは思いますが……近付きますか?」
「近付くことに問題があるのか?」
「いえ、こちらは大丈夫ですけど、ザッハークには何も伝えていないので……」
アンリが改めてザッハークの方へ振り向くと、ザッハークはゆっくりと今度は首を下げた。
「……察して頭を上げてくれたみたいだ。近付いても平気そうです。このまま向かいましょうか」
「ああ、是非ともそうしたい」
(?)
アキレス皇帝の声に怒りがこもらなくなったな、なんてことを思いながらアンリは、わかりました、と歩を進める。
オデュッセウスは迷いなくその後を追うアキレスの背中を見て苦々しい表情をした。
(アキレス……先程まではあんなにも怒りと悲しみに満ちていたのに。どうしたというのだ。今のお前は、まるで何かにとりつかれたかのようだ……)
不安を胸に、オデュッセウスも後を追った。




