第42詩・アキレスの恋Ⅰ
竜の王に君臨するザッハークとの闘いぶりを、アキレスは時人にも可能だと断言した。素人目にも達人だとわかるほどのアキレスの動きを、時人にも可能だと。
「流石にそれは……」
難しいんじゃないかしら。とレヴィが眉間に皺を寄せる。時人も同じ事を考えたがアキレスが、そもそも、と言葉を続ける。
「竜王の言った通り、俺はお前でも可能な動きしかしていない。勿論今すぐに俺のように動くのは無理だろう。1日や2日3日でも無理だ。だが……」
そう言ってアキレスは時人の額を指でつついた。
「あと6日間。さっきの俺をイメージして特訓すればそれなりに近付けるだろう。デケム戦に間に合うかはわからないが間に合わずともいずれあのような動きができれば近い未来、役に立つさ」
「…………」
時人は、そうかなあ。と正直思わざるを得なかったが、皇帝の、それもアキレス・A・アエテルヌスの言葉を疑うだけで終わるのは時人自身不満であった。無理だと思う気持ちが心の底にあったとしても、この人の言葉を信じたいと思ったのだ。
(母さんを想ってくれる人の言葉だ……)
「……わかりました。俺、もっともっと頑張ります!」
「おう。竜王とやる時は殺されない程度に頑張れよ」
「はっ、はいっ! ……」
元気いっぱいの返事をしてすぐ、時人は剣を手にして硬直した。
「どうした?」
「あ、いや、その…………どう特訓を始めたら良いでしょうか……」
「そりゃ当然……」
アキレスは槍を握りなおし時人へと刃を向ける。
「実践あるのみだ。今日は俺が帰国する時間までビシバシ鍛えてやろう」
「おっ……」
(俺が帰国する時間までって……その言い方だと……)
「つ、つまり……皇帝と俺で……実践訓練?」
「おう。いいだろう竜王?」
ザッハークは一度瞼を閉じて呆れるような表情を見せると、構いませんよ。と答えた。
「有難い。では息子よ。父と子の親睦を刃にて深め合おうじゃないか! 安堵せよ、俺は我が妃にしてお前の母よりも優しいぞ」
「それはそうでしょうけど! ……ってそうじゃなくて!」
思わずザッハークの前でアキレスの言葉に同意してしまい、冷や汗をかく時人。ザッハークは小さく溜め息を吐くと三人に背を向けた。
「アキレス皇帝が相手をなさるなら私は私で仕事に向かいます。レヴィ、時人を頼む」
「え、ええ。わかったわ竜王……」
「なんだ見ていかぬのか。せっかく親子で揃う貴重な時間だというのに――いや、竜王。そなたが俺と籍を入れれば貴重な時間ではなくな」
「致しませんので」
ザッハークはアキレスの言葉を遮りながらスタスタと去って行った。
照れ屋だな、とアキレスはあくまでポジティブに口角を上げた。その様子に時人は眉を顰める。
「……その。訓練とは関係ない事をぉ聞いても……いい、ですか?」
「うん? 歯切れが悪いな。聞きづらい事か? 親子だろう気にするな――いや、気にするなは違うか。お前の中では父である前に偉大な皇帝だしな。ふむ、特に許す。申してみよトキト」
(自分で偉大っていうんだ……まあ本当の事だろうけど)
「皇帝は母さんのこと……竜王のどこが好きなんですか?」
「――――」
それを聞かれるとは思わなかった、と言わんばかりにアキレスは不意を突かれた表情をみせる。時人はそのまま言葉を続けた。
「その、他意はないんですけど……ずっとフラれてるのに告白し続けられるのが気になって、どこが好きなのかなあ? と……あの、失礼ですみません……」
ふむ、と顎に手を置きアキレスは瞼を閉じる。
「確かに無礼極まるな。皇帝たるこの俺に向かってそのような理由で問いを投げるとは」
う、と時人は苦い顔をする。
アキレスは初めて会った時から優しい皇帝の印象があったが、こうして話してみると案外"君主らしい恐ろしさ"を肌で感じ取れた。しかしそれを気にも留めないような声でレヴィが口を開く。
「でも私も気になってたわ! 一目惚れなのは知ってるけどぉ……あんなに何度も挑めるのはそれだけの理由があるってことよね!?」
「レ、レヴィ……」
「?」
「くくっ……」
アキレスは肩を震わせた。
「そう怯えずとも良い、特に許すといったのは俺の方だ。すまないな、"そういう話"になると俺は少し険悪な態度をとってしまうようだ……トキト、剣を構えろ」
「え!? あ、はい!?」
時人は言われるがまま剣を構える。アキレスはその姿に優しく微笑んだ。
「ふむ、素人にしては中々――トキト、先程の問いかけだが……良い機会だ。俺と竜王の出会いを鍛えながら話してやろう。レヴィ、お前も参戦して構わぬぞ」
その言葉に二人はぎょっとする。
「ええ、私も!? って、戦いながら話を聞くなんて無茶よ!」
「そうですよ! そういうのってもっとこう落ち着いた時に――ッ!?」
言葉の途中、アキレスの槍が時人に向かい、それを大きな音をたてて弾いた。その反動で時人の身体も大きく後退る。
「今のに反応できるならある程度は大丈夫だ。何、話を聞きながら刃にも集中する。これが出来れば戦場での生存率も上がるぞトキト」
「~~~~ッ!!」
(いや、無茶あるだろ……!)
ジンジンと震える両手を抑えるように、ぐっ、と柄を握りしめる。
その様子を見たレヴィはあることに気がついた。
(私も一緒に戦えばトキトの負担も抑えられる……だから一緒で構わないってことね)
「トキト、皇帝はアタシ達に話を聞かせる気はあるみたいよ」
「え?」
レヴィは時人の前に出ると、霧を発生させる。それを見たアキレスは、ほう? と笑みを浮かべた。
「流石に水の銃弾を皇帝に向けて撃つわけにもいかないもの。トキト、アタシが水の壁でアキレス皇帝の攻撃からある程度護るから、貴方は隙を突いて攻撃して!」
「!! ……わかった、ありがとうレヴィ」
(水の障壁か、普通の盾より断然厄介だ。俺の腕力だと槍は弾かれるより食い込んで重くなりそうな上、レヴィはドラゴンだから魔力がほぼ無限だ。それに加えて無限体力のトキトの攻撃……面白い組み合わせだな。これは遊びがいがある)
「さあ、闘ろうか」
アキレスの攻撃と共に、約束通り竜王との出会いの物語が語られる――。
あれは、15年と少し前の事だ。
ドラゴンと人間の戦争が収まる前日。ドラゴンに殺された父の座を継いで皇帝に君臨し父の後を追った母のネックレスを身につけたアキレスは、ドラゴンに対する敵意を募らせながら戦場に立っていた。
「一頭残らず殺せ。これはどちらかが生き残るかの戦争だ、遠慮はするな」
そんな言葉を放つ皇帝の元に兵士が駆けつける。
「陛下! アメリカ王国のデイヴィッド国王の元では僅かにドラゴンが降伏し始めているとの情報が。あの精霊使い、アンリ・ユーストゥスがどうやらドラゴンの長を説得したようです」
「なに……?」
慌てて別の兵士も駆けつける。
「陛下! 陛下、ドラゴン達が何やら共鳴しあっております。西の方に集まっていたドラゴン達は既に退き、それに続くように他のドラゴンも退いてゆきます。これは……助かったのでしょうか!?」
「チッ、アンリめ余計な真似を……いや、まあいい。そうだ、助かった。ある程度犠牲は抑えられたわけだ――英雄のお陰でな」
歓喜とは真逆の、怒りを込めた低い声が皇帝の周りにいた兵士達を震わせた。
「聞けお前達!! アンリ・ユーストゥスという英雄によってドラゴンとの戦争は収まりつつあるようだ! ハッ、だがどうだ!? 我らの国の有り様を見よ、世界の有り様を見よ! その上で、背後を見せて退いていくドラゴンを見よ!! ……これでいいのか!?」
皇帝の言葉通り兵士は竜の背を見て、湧き上がるような怒りから口いっぱいに唾をため込んだ。
「我々はアンリによって護ってもらったに過ぎない! この戦で我々人類は家族も友も失い、これまで積み上げてきたものを全て失うところだった! 否、失った者もおろう!! だというのに、一人の人間がドラゴンの長と和解した? ドラゴン達の降伏? 戦争はこれで終わり? ……いいわけないだろうが、ふざけるな!!!!」
――そうだ、そうだ……!!
兵士達は武器を握りしめ、失った者達を思い出す。
私の母は、私の目の前で竜が崩した家に潰されて死んだ。私のまだ幼い弟は竜に美味しそうに食われて死んだ。俺の父は二頭の竜によって餌の奪い合いのように引きちぎられて死んだ。僕の妻はお腹の子を抱きかかえながら竜の息吹で黒く焦げて死んだ。自分の親友は子どもを救おうとして自分が救われなかった。逃げようにも逃げられぬ老人と子どもも、争いとは無関係な国民も、竜の前では非力な我々兵士たちは、無惨に、一方的に、弄ばれるように死んでいった。死んだ、死んだ、死んだ、死んだ、死死死死死死死死死死死死死――――――――
「殺された!!!! 我々の家族を!!!! 友を想うと!!!! 俺は納得がいかん!!!! 生き残ってくれた我が家族、我が友、我が民をこれ以上傷つけたくはない、だがッ……だが!! この戦争を引き起こし今の今まで全く腰を上げなかったそのドラゴンの長とやらに、命で償って貰わねば俺の怒りが収まらぬ!!!!」
「そうだ……」
一人の兵士から、二人の兵士。そしてその場の全員が声を荒げて挙げられる腕を挙げた。
「そうだ!! そうだ!!!」
「このまま終わってたまるか!!! いや、終われるか!!! 俺達がどんな想いでこの5年間戦ってきたと思っているんだ!!」
「私は夫を殺したドラゴンが今生きているか死んでいるかもわからない!! でも、ドラゴンの長さえ、その王さえ死んでくれれば、夫は……」
「これは正当な仇討ちだ!!」
「そうだ!」「そうだ!」「そうだ!」「そうだ!」
兵士――否、ここにいるほとんどの者は元々ただの一般国民だ。
慣れない鎧を身につけ、千切れそうな指で武器を握り、これまで人類の脅威と5年も戦ってきた。
喉を枯らしながらただひたすらに恨みをドラゴンの長――竜王ザッハークへと向ける。
アキレスはそんな民の姿を見て右腕を挙げた。それと同時に、民はピタリと静まり返る。そしてそのまま、優しさが含まれた声で言葉をつづけた。
「俺もお前達と同じ気持ちだ。だが、先程も言った通りこれ以上お前達を俺は傷つけたくはない」
一人の民が、しかし、と声を出した。アキレスは視線でそれを抑える。
「……ドラゴンの長は情報によれば山よりも大きく、翼のある毒竜だと聞いている、その脅威は我らの国を襲ったドラゴン達の比ではないだろう」
その言葉に、民の姿は絶望の色を見せた。たった一匹の、数メートルあるドラゴンにも多数の犠牲者が出たというのに、そんなドラゴンの長に勝ち目などないのは明白だった。しかしアキレスだけは絶望の色に染まらない。
「そんなドラゴンの長を、俺が引導を渡す」
「ッッッッ!!!!????」
どよっ、と足でも踏まれたかのような顔で民は騒ぎだす。
「む、無茶です陛下! まさかおひとりで!?」
「なに、戦いに行くわけではない――そうなる可能性がないとも言いきれんが……」
「???」
「アメリカ王国の国王、デイヴィッドと話を付け、ドラゴンの長とやら自らに命を断ってもらうまでだ。アンリが和解出来たというのであれば話は通じるのであろう」
「そ、それは……しかし、応じるとは思いませぬ! 毒竜なのでしょう!? 暴れだしたりしたら――」
「問題ない、アンリ・ユーストゥスがいる。認めたくはないが……すぅ……その毒竜と話せたのならば対処法はある筈だ。俺はトラキア大帝国代表として、アメリカへ赴こう」
心配する民たちに、優しく、けれども力強く笑みを浮かべる。
「安堵せよ! 俺は必ず生きて戻り、皇帝としてこの国を復興させる!! お前達の悔しさ、恨み、怒りを背負ってこの戦争に本当の終止符を打つ!!!」
その言葉に、その声に、その表情に、その姿に、民は瞳を輝かし、信頼の声と共に皇帝を見送る決意をした。
その後、アキレスがその竜王ザッハークに恋をするとも知らずに。




