第41詩・アキレスVSザッハーク
「はあああっ!」
時人はザッハークの脇腹を目掛けて剣を振るう。剣先は服に触れることすらなく、ただ空気を斬った。そして振るった後の硬直にザッハークは容赦なく溝に蹴りを入れる。
「ッあ!! かはっ……」
「トキト……っ!」
後退しながら腹を抱えて大きく咳をする。ザッハークからしてみれば隙だらけな姿だが、剣だけはしっかりと構えていた。
見学しているレヴィがそれを心配そうに見守る一方、ザッハークの表情は少し柔らかくなる。
「……それでいい。時人、決して戦意を失うなよ」
「けほけほ……ッ……はいっ!!」
(よし、集中──集中!)
ほんの数秒、ザッハークが口を開いている間に蹴られた腹を集中治療する。流石にまだ全快とはいかないが時人はなんとかコツを掴んできていた。
(集中治療と戦いへの意識を同時に行う。これが出来なきゃ立つことも出来ない……なんとかデケムさんとの闘いになる前に出来て当たり前にしないと……)
いざ次の攻撃を、とヤル気満々の時人の背後から聞き覚えのある声がした。
「おーおー、やっているな。調子はどうだ我が妃よ」
「アキレス皇帝!!」
レヴィが声高らかに言うと、時人は思わずそちらへ振り返った。
「え、皇帝!? ぶふっ……はッ!!」
戦いへの集中が途切れたのと同時にザッハークの蹴りが顎にはいる。時人は目をぐるぐると回しながら地面に倒れていった。
「ああっ、トキト……大丈夫!?」
あまりにもモロに食らったためレヴィは思わず時人の側へと駆け出した。
それをみたアキレスは申し訳なさそうに苦笑いをする。
「今のはやりすぎではないか? 顎が外れたり……総入れ歯になってもおかしくない」
「……加減はしております。仮にそうなったとして、彼は治癒出来るので」
「過度な痛みは戦意を失わせるぞ。もう闘いたくないとならなければ良いが──」
「そこに関してはご安心を。この程度で心が折れるような子ではございません」
アキレスはその言葉に眉をクイッと上げ、そうか。と口角を上げた。そしてそのまま時人達に近づき、膝をつく。
「無事か我が息子よ。意識はあるな?」
「──ぁ、あい……はい。だ、大丈夫です……なんとか、もう動けます」
(また息子って呼ばれた……)
「ほう。凄まじい回復速度だ」
「何度も攻撃を受けたおかげか集中治療が出来るようになったんです」
「何度も。ふむ、何度もか……まあ竜王が相手なのだから致し方無い……いや、しかしな……」
「?」
アキレスの言葉に時人とレヴィは頭を傾ける。アキレスがチラリとザッハークを見ると、ザッハークは察した表情を見せる。
「……私は構いませんが、皇帝が怪我を負うなどトラキアの者が黙っていないのでは?」
「おっと竜王、それは流石にこの俺を舐めすぎだろう。それに、俺はただトキトの参考になりたいだけだ」
「え? え??」
「まさか……竜王と戦うつもり!? 絶対やめた方がいいわ!」
「えっ──」
(皇帝が……母さんと!?)
「む、無茶ですよ!」
「ほう。なぜそう思う?」
「だってアキレス皇帝……ただの人間じゃないですかァテッ!!」
言葉の最後にアキレスが背中の槍を手に、柄で時人の頭を叩いた。
「たわけ。皇帝であるが故に、俺はただの人間ではないわ」
「えっ……」
「…………仕方ありませんね。時人、レヴィ。二人は下がれ。槍が当たらぬように」
「おう、んでもってしかと見ておけ我が息子よ。お前に闘いの立ち回り方というものを学ばせてやろう──そして」
アキレスは腰のベルトにスイッチをいれると電撃が流れるように鎧が展開し、全身が装甲され、初めて会ったときと同じ仮面が顔を覆うと、槍は途端に電撃を放った。
「お前の両親がどれほど偉大かを今ここで知るが良い」
その言葉と立ち姿に、時人は日曜日の子どものように瞳を輝かせる。厳密に言えばザッハークもアキレスも親ではない。特にアキレスとは出会ったばかりで血の繋がりもない。けれど、それでも雄大な皇帝の姿には、息子と呼ばれることに尊敬の念を抱かせるものがあった。
「──さあ、闘ろうか!」
「そちらからどうぞ」
その言葉が言い終わるのとほぼ同時に、アキレスの『居た』場所が光る。そう認識した時にはもう、アキレスはザッハークの目の前で槍を振るっていた。
(はや──)
ザッハークは、顔に槍先が当たったのではないかと誤認させるほどの全く無駄のない動きで"棒"で軌道を変えさせ回避した。アキレスは直ぐさま手首をひねり、銅の向きをかえ槍で追撃する。
そこからは似たような攻防が3秒ほど続き、繰り返す。
ザッハークはアキレスの動きに眉をピクリと動かした。
(攻めが甘い──というより、あくまで人間のできる範囲の"体術"勝負か。なるほど、ならば私も人間が可能な範囲の動きをするとしよう。でないと……)
(でないと、我が息子の前で闘う意味がない。見える範囲で、鍛えた先で可能となる動きだ。竜王も察してくれている、これならば……)
長物のぶつかり合いの最中、アキレスは蹴りへ移行──ではなく、槍で攻撃しながら(人間からみて)隙もなく蹴りを繰り返していれた。それらは全て溝と顎を狙ったものだ。
この光景を時人はかろうじて目で追えていた。ハッキリとは見えないが何が起きているのかはなんとなく見始めることが出来た。躊躇せず的確に素早く攻めるアキレスと、それを難なく避けては涼しげな表情のザッハークの姿にゆっくりと声が漏れる。
「すごい……」
アキレスの蹴りが大胆にザッハークの顔へ放たれたそのとき、ザッハークはこれまで以上に身をよじりついにカウンターへと移った。
「皇帝が背後をとられた……!」
頸椎を狙った棒による突きをアキレスは振り向き際に、ひょい、と軽い前屈みで躱しながら、追撃を許さない脇腹へ蹴り。そうくるだろうといった顔でザッハークは腕で対処し、初めて距離をとった。
この攻防に一番驚愕していたのはレヴィだ。
「え、えええ? あの竜王相手に人間が魔法を使わずにあんなに戦えるの!?」
「魔法……使ってないの?」
「あ、ええ。確かに、あの鎧と槍は魔法道具だと思うし、踏み込む時なんかはバチッとしてたけど、魔力の流れをみればわかるわ。アキレス皇帝、魔法に頼らずに人間の筋力だけで竜王に立ち向かっているのよ」
「あれが……あの動きが、人間にも可能だってこと……?」
信じられない、といった表情で改めて二人を見る。
アキレスが槍を身の回りを沿うように回転させた。それは時人からしてみれば、ザッハークから仕掛けるのを挑発していると感じる動きだ。しかしザッハークはその動きを、
(この距離から詰められるのは貴方とて流石に厳しいか……)
と、判断しその場からの攻撃を仕掛けない。
時人はそれに眉間に皺を寄せた。
(あれ? なんでだ? 竜王ならそこから一足で距離を詰められそうなのに……)
時人の考えとは裏腹に、互いの出方を伺うように、自身の仕掛ける場面を見極めるように、じりじりと円を作るように歩を進め、距離を縮めていく。
気が付けば既に長物の間合い。
最初に仕掛けたのはあのザッハークだった。
棒で地面を削りながらアキレスの顔を狙う。アキレスはそれを当たり前のように回避するが、二人の周りを砂煙が覆った。
――追撃を予想、槍を回転させ振り払おうとしたその時、間をいれずにザッハークの追撃がアキレスの腹に繰り出される。それは人間にも一応は可能な速度だが、“素”の差により威力は段違いだ。
「ゴッッ……!!」
(!! これはッ、クソいってぇな……! よくもまあ……)
時人のほうを横目に見て、アキレスは微笑んだ。
(よくもまあ、堪えてきたものだ。それでこそ我が子、我が后の子よ――ああ、なればこそ)
通常であれば吐いて悶えてもおかしくないほど内臓を強く圧されたにも関わらず、アキレスはそのまま足を踏み込んだ。
「父である俺は更に上をいかなくてはな」
「!!」
槍の多段突き。空中の砂煙は払われ、足元へと集中していった。
ザッハークはまさかそのまま攻撃を仕掛けてくるとは思わず、カウンターをとろうともせずただ槍を避け後ろに下がろうとする――その瞬間、アキレスの片足がザッハークの片足を踏み、コンマ数秒だけ硬直させる。ザッハークを捕らえる時間としてはそれで十分だった。槍で突きながら足を放し、また足を掛けながら今度は手を伸ばした。
砂煙が完全に晴れる頃、アキレスの手はザッハークの腰と槍に。槍先はザッハークの首元に食い込むように向けられていた。涼しい表情のままのザッハークにアキレスは「俺の勝ちだ」と得意げに笑った。
「母さんが……負けた!?」
竜の王。熾天使ベリアルにも引けを取らなかった最強の母親、ザッハークが人間の男に槍を向けられている光景に目を丸くする。
時人とレヴィが二人に声をかけようとしたその時、ザッハークの脚が上がる。
「うおッ……!?」
逆から馬乗りをするように身体を巻かれアキレスはいとも簡単に転がされると、槍すら蹴りはらわれてしまう。アキレスの首を棒で抑え、ザッハークは珍しく口角を上げる。
「お言葉ですが皇帝。勝ちを確信するのはあと数千年ほど早いかと」
「――ふっ。敵わぬなあ……こうして美しいお前に密着されては皇帝たる俺といえど動けなくなるというもの」
「おや。このまま首を貫いてもよろしいのでしょうか?」
「よろしいはずがないだろう~はははこやつめ、わかっていっておるなあ~」
あっという間の逆転に少々ビビった時人とレヴィだが、二人の会話に、ふふっ、と笑いがこぼれた。
「……これは、母さんの勝ち……でいいんだよな?」
「そうね、ちょおっとズルい気もするけど。当然といえば当然よねっ」
「当然とは聞き捨てならぬな……」
ザッハークは身を引き、アキレスが立ち上がってそう言った。
「俺はトラキア大帝国の皇帝であり、この時代の英雄となる男だ。否、既に大英雄かもしれぬ。それほどの男がいかに相手が竜王とて勝てないのが当然などということは断じてありえぬであろう」
「その自信はいったいどこからくるのぉ……」
「……竜を殺す英雄も当然いらっしゃいますが、いかに英雄とて……いえ、貴方には不可能です。私が人として闘ったとしても、先程の通りでしょう」
その言葉に、アキレスはムスッと頬を膨らます。
「お前を倒せる、否、殺せる英雄が俺の他にいるというのか?」
「……ええ、居ます」
「ほお、断言するか。それは誰だ? アンリか? まさか、ヨシフではあるまいな?」
「今この時の世界にはおりません。ですが、純粋なまで人間であられる英雄で、私を殺せる者は存在します。ただ一人の、貴方ではない男です」
「…………」
君主同士の間に長い沈黙が訪れる。
時人とレヴィは何の話だろうと首を傾げた。
暫くしてようやく、アキレスが口を開く。
「……竜王、ひとつ聞いてもいいか?」
「どうぞ」
「その男と俺、どちらが魅力的だ?」
(そういうこと聞くぅ~!?)
これには流石に時人の顔もひきつる。
母さんも厳しくあしらうだろう、と思ったがそんなことはなく、ザッハークは素直に回答した。
「私はアキレス皇帝のほうが、好きですよ」
「!!!!!!」
三人は同時に目を丸くし、アキレスは顔を真っ赤にしながら地面にめり込むように倒れこんだ。そんなアキレスに時人とレヴィは近づいて「良かったですね」「嬉しいわねぇ」とニヤニヤした。
ザッハークはその光景に小さくため息をついては、時人の頭を棒でつついた。
「いた!?」
「トキト。ふざけている場合か、何のために戦いを見せたと思っている。皇帝はオマエの為にオマエでも出来る範囲の動きしかしなかったのだぞ」
「あぅ、そう、ですよね……って、え!?!? アレで、ですか!? オレでも出来ますかあの動き!?」
驚愕する時人の横にいるアキレス皇帝は体を起こしながら弱々しく言う。
「可能だ」、と。




