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ULTOR‐ウルトル‐  作者: ばくだんハラミ
アメリトリア王国編
10/47

第7詩・介入者

(2025/04/19追記)文章の情報量を追加しました。


「バラバラになっちゃえよおぉ、なぁああ!?」


 ベリアルの甲高い雄叫びが響く。

 真っ赤に染まった幾つもの光の環が、鋭い回転音を響かせながら輪を描くようにレヴィへと襲いかかった。先程、地面を抉ったあの一撃――それを数段上回る、殺意そのものだ。


「ッ、こんなもの……!」


 黄金竜の姿をした彼女はブレス袋に蓄えてある水に魔力と圧力をかけ、細い喉に通す。吐き出した水は一直線に環に向かっては、真っ二つに切り落とした。所謂、ドラゴン版高水圧(ウォータージェット)ブレスだ。

 しかし広範囲を貫ける代物ではない。攻撃を回避した別の光の環が、そのままレヴィの横腹を抉った。


「かっ……あ……!」


「レヴィ!!!」


 時人は思わず彼女の名を叫ぶ。それに応えるようにレヴィは悲鳴のように咆哮した。

 ――――まだ、やれる。

 宙に舞った血と破壊された噴水の水がレヴィの周囲で凝縮する。ベリアルの眉がピクリと動く。


(この魔力反応――来る!)

 

 無数の雫が弾丸のようにベリアルへと遅いかかった。それに対しベリアルは「ははっ」と笑い声をあげながら、六枚の翼を己の前へ、ただ、差し出した。

 レヴィの渾身の攻撃を、その六枚の翼はいともたやすく弾き飛ばす。天使の翼は鳥の翼と違い、飛行能力のためだけにあるものではない。それは神から授かった高濃度の魔力を一枚一枚の羽根に具現化させた、いわば神の寵愛・天使の盾なのだ。勿論、その硬度は天使の位によって差異がある。

 今回はあまりにも相手が悪かった。


「っ……ハアッ……!」

(慣れないことをしたいせいで、体に反動が……)


 荒々しい呼吸をするレヴィ。一方で、軽く防げたのが余程嬉しかったのか、体を染めた赤色はほんのり薄くなっていくベリアルは「あはは」と笑いをこぼした。


「見掛けによらず水場に生息するドラゴンなのかなあ? 凄い水ブレスだったよぉ。ま、その程度の魔力濃度じゃ熾天使には効きゃしないけどねぇ」


 そんなことを言いながらベリアルは人差し指を上に向ける。彼の赤みがかった頭の天使の輪が更に上へと宙を舞う。それはレヴィの遥か頭上へ向かっていくと、ギロチンのように一直線に降りかかろうとしていた。

 このままでは、と何もできない時人は手を伸ばす。

 ――――このままではレヴィが死んでしまう。


 知らない子だった。目が覚めて初めて見る女の子だった。けれど、それが本来どんな姿であろうとも時人にとってはこの世に産まれて初めて出会った女の子だ。短い思い出も、たったそれだけの理由で永遠のものにできる。

 人情か、それとも身体からの信号か、どちらでも構わない。ただ――――どうかその子を殺さないでほしい。


「やめろぉぉぉおおおおお!!!!」


 伸ばしたその手は誰ひとり護れない。




 ただしそれは、その手に限った話だ。


「『虚偽の防御壁(ドゥルジ・ナス)』!」


 時人にとっては聞き覚えのない声が背後で響いた。その瞬間、ハチの巣のような模様一面の壁がレヴィの頭上へ現れベリアルの攻撃を阻む。


「!?!?」


 そのことに最も目を丸くしたのはベリアルだった。 

 本来、熾天使の攻撃などそう簡単に防げるものではない。それを可能とする存在は今の世に十名とおらず、その上それらは全て存在として上位に君臨する者たちだ。神という概念、魔王サタン、同等の熾天使、悪竜■■・■■■■のみ。しかし、今それを成し遂げたこの男は――――


「遅れてすまない! ここから先は任せておくれ!」


 アメリトリア王国監獄『ノヴァ・ガーデン』の管理者の精霊使い、アンリ・ユーストゥス。

 ドラゴンと人間の戦争を治めた、ただの人間である。


「……!! レヴィ……!」


 時人は咄嗟にレヴィのほうへ駆け寄る。あれ以上の怪我はしてないようで、ホッ、と一息ついた。しかし安堵はまだ早い。味方であろう人物が守ってくれたであろうことは理解できたが、だからといってベリアルがいなくなったわけではないからだ。

 レヴィは時人に支えられながらも、戦闘態勢に入っては、アンリへ必死に声をかける。


「アンリ様! 気を付けて、こいつ天使よ!」


「うん、わかるよ。それも精霊の反応からして天使の中でも上位に位置する者だとわかる……けれど、そう心配することはない。自分の治療を優先しなさいレヴィ。だって、僕がここに着いたのと同時に──」


「私が来ている」


 と、時人の背後から今度は聞き覚えのある声がする。振り返ると、そこには赤黒い薙刀を片手に携えた人型の竜王、ザッハークの姿があった。レヴィの傷を横目に表情一つ変えずにザッハークは呟く。


「……遅い登場になったみたいだな」


 一方でレヴィはザッハークの姿を見て戦闘態勢を解き、いつもの明るい声に戻った。


「竜王も……来てくれたのね……!」


(この人は……さっき王城にいた……)


 あそこからネ=コ車で一時間以上のはずだ、まさかもうここにきているとは予想外。それどころかその姿を見ただけで、時人の心の奥底は不思議なことに『これでもう大丈夫だ』と感じた。ザッハークのほうは時人には目もくれず、冷静沈着な無表情のままベリアルを見つめる。それに対しベリアルは嫌悪の表情を隠せずにいた。

 もはやベリアルに先ほどまでの余裕ある声は出ない。


「うざ……アンタとは遭いたくなかったんだけどぉ」


「そうか。さっさと殺されてくれ」


 ステップを踏むように1、2歩と進むと閃光の如き速さでベリアルと一気に距離を詰める。最初に狙うのはまず、翼。ザッハークは片手で薙刀を軽々と振り落とす。その動きに反応したベリアルは瞬時に光の環を扇状にしザッハークの首へ狙い放つ――が、単純にソレよりも速く薙刀を動かした。

 ザッハークの薙刀は光の輪を軽々しくぶった斬る。その直後、踵から魔力を放出し、空中を蹴って一回転。まるで翼でもついているかのような動きで華麗にベリアルの翼へ手を伸ばした。


「っ! 触るな!」


 ベリアルは怒りの声と共に真っ赤に染まった翼を大きく広げ、衝撃波でザッハークを振り払おうとする。そんな彼にザッハークは「無理な話だ」と一言放ちながら薙刀に魔力を集中させた。


「こうでもしないと斬れないんでな」


 もうひと蹴り空中を踏み込み、ベリアルの生んだ衝撃波を飲み込むように勢いよく右翼を斬り潰す。


「ぐああッ……!!」


 痛みに思わず声を上げるベリアル。だが斬れたのはたったの一枚だった。実はベリアルのほうがザッハークが空中を踏む寸前に冷静になり、翼を一気に閉じ横へ避けたのだった。その証に、ベリアルの色から赤みが消えかかっている。


 この一連を時人は当然見ていたが、まるで理解の追い付くものではなかった。


(な、なんだこれ…あのベリアルが……)

「一方的だ……」


 ザッハークは舞う一枚の翼を浴びながら小さく舌打ちをし、一度地上へと足をつけて。もう一度、とまたベリアルのほうへ振り向きなおした。

 ――しかし、


「それ以上はいけない、ザッハーク!」


 アンリの呼びかけについ足が止まる。その一瞬の、隙をつかれた。


「……ああ、それ以上はダメだ」


 介入者によって。


 赤いグロテスクな炎が地上を襲う。彼らの頭上にはざっと数十名の天使と赤い髪と逞しい肉体が特徴的な男の姿をした天使――グザファンがいた。

 グザファンは炎を自在に操りながら地上にいる人間らに威嚇する。その腕の中には既にベリアルが抱きかかえられていた。ベリアルは不満げな声を出す。


「……ルシファーの金魚の糞が、ボクに触らないでよ……」


「その翼じゃうまく飛べないだろ。天界まで我慢してくれ」


 グザファンは敵意のない視線でザッハークへ視線をやるが、それにザッハークは鋭く睨み返した。


「おい、そいつを置いてけ。まだ治療費も修理費も、首も受け取っていない」


 その言葉に、グザファンは意外な言い回しだとでもいうようにほんの少し鼻で笑いながら言葉を返した。


「悪いが翼一枚で勘弁してくれ。幸い誰も死んでいないようだし、後は治るモノだろう」


 グザファンはそう言い放つと天空へと向かおうとする。そうはさせまいとザッハークは動こうとするが、またもやそれをアンリが止めてしまった。


「炎の天使よ! 話を聞いてはくれないか!」


 アンリの呼びかけにグザファンは視線だけを向ける。今のアンリには、それだけで十分のようで、言葉を続ける。


「その者の翼を傷つけておいて申し訳ないが、どうかこれ以上、地上を壊してくれるな! 出来ることなら僕は君らと共存できる未来が欲しいんだ!」


 人間の必死な呼び声に、グザファンの周りにいる天使達はクスクスと笑い、ベリアルは軽蔑の目でアンリと天使達を見る。そんな中、グザファンだけは「そうだな……」と小さく肯定するとその場を後にした。


 ――――これにより時人と天使達の突然の出会いは一度幕を閉じる。

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