修道院に追放され10年、元婚約者が告解しに来た
幼馴染だった彼に婚約破棄をされた。殆ど一方的なものだった。ある事ない事をでっち上げられて、夜会の公衆の面前で辱められる。
彼の隣でほくそ笑む令嬢の顔が頭に焼き付いている。悪魔の様な女だ。
元婚約者は素直だけれど騙されやすい性格。そこにつけ込んで、色香と嘘で惑わし私から彼を掠めとったのだ。
屈辱でどうにかなりそう。けれども1番ショックだったのはーー。
ーー二度と現れるな、この悪魔。
大好きだった元婚約者に言われた侮蔑の言葉。それはどんな苦痛よりも辛く、冷たく私の心に突き刺さった。
策略に嵌められた私はどうする事も出来ず貴族社会から追い出され、失意の中、秘密裏に国の片隅の修道院へ送られた。
許さない。呪ってやる。修道院へ送られた後も2人への憎しみが消える事は無かった。
修道女になった後も、神に仕える身ながらも私は祈り続けた。2人の道に呪いあれ、と。
憎しみが風化しないように私は毎日彼を呪い続けた。憎しみの炎が消えぬ様にひたすら呪いの祈りをする。そして続ける事ーーーー10年。
ある日の昼下がり。唐突に彼は現れた。
「……っ」
幾らか老けてはいるが、忘れるはずが無い。たしかにそれは元婚約者であった。ーーーー一気に10年前の事がフラッシュバックされる。息がしにくい。苦しい。
元婚約者が近づいて来た。私はとっさにヴェールで顔を隠す。
「突然の来訪、失礼します」
ひゅっ、と息がつまる。沸々と湧き上がるのは、憎しみ。まるで地獄の釜を開けたかの様に。
「……あの?」
元婚約者は不審な様子でこちらを見る。気づかれてはいけない。私は憎しみを押し殺し。
「……顔を隠す事をお許し下さい。醜い火傷があるのです」
「そのままで大丈夫ですよ」
「ありがとうございます。今日はどの様な要件ですか」
「告解したい事があるのです」
「……分かりました。どうぞこちらへ」
……告解? とりあえずこの場はバレてはいけない。声色を変えて案内をする。
そして告解室へ。
「回心を呼びかけておられる神の声に心を開いて下さい」
今すぐにでも罵倒をしたい。殴りかかって殺してやりたい。だがここは神の面前だ。それはできない。
ひとまずこの場は告解を聞こう。
「神のいつくしみに信頼して、あなたの罪を告白してくださいーーーー」
内容は領民の事が主だった。なんとも甘ったらしい事か、自分のせいで領民が苦しんでる事に心を痛めているそうだ。妻が領民から憎しみを買い殺されてしまった事。
ざまあないと私は思った。自らが選んだ選択なのだ。苦しんで、悩め。10年経っても昔と変わらず甘ったれが。
私は元婚約者の苦しみが心地よかった。もっと彼の苦しみを聞こうと、話を聞き出す様に会話を続ける。
そして小一時間。
「ーーーー神に立ち返り、罪を許された人は幸せです。ご安心ください」
「ありがとうございました」
色々吐き出せたから、少しすっきりとした様子で彼は教会を後にした。どうやら数週間、用事がありここの村に滞在するらしい。
……ゆっくりと復讐を考えられる。この機会を逃すものか。
ーー次の日も。そのまた次の日も。毎日彼は訪れた。私は困惑する。何故、来るのかと尋ねたら彼は。
「貴方は凄く話しやすいんだ。まるで、私の事を全て分かっているかのように」
当たり前だ。お前が告解している女は、お前が10年前に裏切った女なのだから。
ーーーーそうだ。私の正体に気が付いていないみたいだから、突然正体を明かしてやろう。
そして罵倒してやるんだ。お前が今まで罪を明けてた相手は、お前が裏切った女なんだって。そうすればきっと彼は苦しむだろう。
「明日、私は帰ります。……明日の昼、最後に告解したい事があります」
「……分かりました。お待ちしております」
ーーその時、正体を明かそう。10年ぶりの恨みをぶつけてやるんだ。
ーーーー翌日の朝。領地の調査の帰り。彼は魔物に襲われ死んだ。
「…………」
村に運ばれて来た、物言わぬ彼の死体。衣服が真っ赤に染まっている。腹部に穴が開いている。
彼が死んだ。私を裏切った彼が死んだ。10年越しの恨みが叶ったのだ。こんなに喜ばしい事はない。
私は彼の懐を探る。そこには紙が一枚。彼は告解の内容を毎日紙に纏めて持参していた。開くと、それは今日告解する内容だった。
『私は10年前、深い罪を犯しました。生きてきた中で、1番深い罪です。……将来を約束した婚約者を裏切った。あろうことか侮蔑の言葉を浴びせ、裏切ったのです。あの頃の私はどうにかしてました。自分の甘さから、本当に大事な物に気づけなかったのです。許される罪では無いかもしれません。しかし、許されぬとも私は罪を償わなければならないのです。必ず、私は彼女を探し出し必要な罰を彼女から受けます。どうか神よ。哀れで傲慢な私をお許し下さい。私を彼女の元へ導き下さい。そして許されるならーーーーやり直したい』
は。はは。なんだこいつは。今更懺悔をして、許して貰うつもりだったのか。しかも死んでるし。
「く……ふふ」
思わず変な笑いが漏れる。ざまあない。こいつは1番深い罪を告解する事なく死んだのだ。
こいつの事だ。死に際は後悔に苛まれただろう。苦しんで死んだのだ。ざまあみろ。自業自得だ。それになんだ許すって。許すわけないだろうが。
「あ、あはははは」
嬉しくて笑いが止まらない。思わず涙が出て来る。視界が滲んでぼやける。願いが叶ったんだ。こんなに嬉しい事はないのだ。
ただ、どうしてだろうか。胸が酷く切なく涙は止まりそうもなかった。