エピローグ 闇の中の男
時は少し舞い戻る。
それは丁度カルバスが王国に帰還した日のこと。
暗闇の中、1人のフードがついたコートを身にまとった男が屋根の上、建物にもたれかかるように立っていた。
その下では、英雄が帰還したという喜びからか、それとも陰謀に嵌められていた英雄が帰還し、自身の花嫁を救ったという伝説的な状況に立ち会えた興奮からか、興奮している民衆の姿があった。
確かに泣きながら行方不明であった夫に抱きついている花嫁はとても美しく、その光景はまさに御伽噺のワンシーンだった。
「………気に入らないなぁ」
だが、その美しくも何処か感動的な光景に対して男が漏らしたのは心底不機嫌そうな声だった。
フードから僅かに覗く、不機嫌そうな男の目。
それは真っ直ぐにカルバスの方向を射抜いていた。
「折角ここまで僕が全てお膳立てしてきたのに、最後の最後で最悪の邪魔が入るなんて……」
次に男が漏らした声、それには隠しきれない苛立ちが込められていた。
「っ!」
その時だった。
100メートル、いやそれどころか200メートルは離れた男の視線に感づいたかのようにカルバスが視線を上げたのだ。
まさか感づかれるなど思っていなかったのか、数瞬、男の鼓動が早くなり緊張が走る。
「心臓に悪い……」
だが最終的にカルバスは何かに気づいた様子を見せることなく男のいた場所から視線を離した。
そして男はカルバスの自分に気づいていない様子に憎々しげにため息を漏らした。
決して男はカルバスを舐めてかかっていたわけではない。
それどころか、念には念を入れて暗闇の中に紛れた状態でありながらかなりの距離をとった。
だが、それでもカルバスは自分の存在に気づいたそのことが、カルバスが自身の思っていたよりも格段に成長していることの証であることを男は悟る。
「………ここでやるのは分が悪いか」
そして、そう呟いた。
「本当に何故、彼奴が帰ってこられたのだ……
ーーー 彼奴を殺すためだけにこの国の王を唆して魔族を呼び、魔界へと追放したのに……」
それから男が憎々しげに呟いた言葉、それは衝撃的な事実だった。
決して男の発言が本物であったとして、さらにそのことが認められたとしてもサーゼルが許されることはないだろう。
だが、その男の言葉が本当だとするとそれはサーゼルを殺しただけではこの一件は未だ終わることがないことを示しているのだから。
だが人がいない住居の、それも屋根の上で呟かれたその言葉を耳にする人間は誰1人としていなかった。
そして男はさらに言葉を続ける。
「だが、絶対に私は諦めない!あの方は私と結ばれるためにこの世にいるのだから!」
それはこの場に少しでも人がいたら聞こえたであろう声だった。
だが、男はその場に人がいるはずのないことを確信しているように全く気にするそぶりを見せることはなかった。
「なぁ、お前もそう思うだろう。ハリス」
しかし突然誰もいないはずの隣へと男は声をかけた。
「フルゥっ!」
ーーー だが、次の瞬間男の隣の建物が首をあげて鳴いた。
建物、いや、建物のように見えていた何かそれの正体は飛竜だった。
それもカルバスが乗っていた飛竜ともけして見劣りしない大きさを持った。
そしてその飛竜に乗った男のフードが風に吹かれ、持ち上がった。
そしてその下に隠されていた顔が、一瞬月光に照らされあらわとなる。
「綺麗な月だ」
ーーー 月光に照らされ、月夜に浮かび上がった男の顔、それは傷を抜けばカルバスと瓜二つの顔だった。
「あの方が相応しいのは竜皇国を捨てた兄なのではなく、王太子である私だ」
そしてその顔を歪め男は笑った。
「いつか来るべき時に迎えに来ます。ライム様!」
そう告げ、飛び立っていた男の言葉、それは誰の耳に入ることもなく空中に霧散していった……
これで1章終了となります!ありがとうございました!
そして2章からですが構想を練り、来週から更新できればと思っております!
よろしくお願いします!




