サーゼル Ⅱ
「殺せ！」
「屑野郎が！」
民衆のそんな叫び声が聞こえる中、私は必死に耳を抑えてぶつぶつと呟いていた。
「巫山戯るな、巫山戯るな」
だが耳を塞いで、さらに自分で声も出しているのにも関わらず外からの声が遮断されることはなかった。
大音量の声は私の最後の抵抗を、あっさりと破り私の胸に必死に恐怖を蘇らせる。
ー ライムは俺の女だ！
「ひっ！」
先程カルバスに叫ばれた言葉、それが私の耳に蘇る。
その内容に関してただの勘違いで、思わず失笑してしまう程度の内容。
だが、その迫力は恐ろしいものだった。
英雄、カルバスがそう呼ばれるのが決して誇張でもなんでも無いことを戦争に出ていた私自身が何よりも知っている。
だが先程の殺気、あれはその私の知っている時よりも明らかに跳ね上がっていた。
つまり戦時中でも規格外の強さを誇っていたカルバスはさらに恐ろしい実力を手にこの王国に舞い戻ってきたのだ。
しかも酷く不当な印象操作で全ての責任を私に押し付けて。
確かに私は魔族を呼び出すのに少しばかり手を貸したかもしれない。
ーーー だが本当の犯人はよく分からない男なのだ。
それはいくら訴えても誰にも信じてもらえなかったが、それでも本当に悪いのあいつで私では無い。
いや、私はその男に騙された憐れな被害者なのだ。
「クソが！」
「何であんな奴が王族に！」
だが、民衆は私を責める。
私が日々、必死にこの王国のために尽くしてきたのにも関わらず愚かにも全ての責任を私のものとしようとする。
そう、ここには私の味方はいないのだ。
誰1人とし……
「っ！」
だが、その時私の視界の隅にある人間が映った。
それは大粒の涙を流しながら立ち上がろうとしているライムが此方を見ているということ。
「ふはは」
そしてその光景に私の口元に笑みが浮かんだ。
◇◆◇
ライムが私を見ている理由、それは当たり前だが一つしかない。
つまり私のことが好きでだからこそ今不当に苦しめられている私に心を痛めて泣いているのだ。
つまり、ライムこそは今現在の私の唯一の味方だった。
そして事実はどうあれ、カルバスはライムに惚れ、自分も惚れられていると思っている。
だとしたら、ライムを人質にすれば私は行きられるのではないだろうか。
もちろん殺しはしない。
まだ私はライムの身体を充分に楽しめて居ないのに、そんなことをするわけがない。
だが、足ぐらいは切り落とす。
そうすれば例え此方に殺意が無かったとしてもそれでも相手は慎重にならざるを得ない。
そうすれば此方のものだ。
後はライムと一緒にこの国を出て行く。
王族であれないことは確かに嫌だが、それでも命を失うことと比べれば何方が大切かぐらい分かっている。
そしてライムは私のためなら喜んで足を斬られれだろう。
もしかしたら嫌がるかもしれない。
だがそれでも切り落とす。
別に私もそんなことをしたい訳ではない。
つまり不可抗力なのだ。
そしてそんな状況であれば、ライムの足など軽いものだ。
私は一切悪くない。
そんな考えと共に此方へと走ってくるライムの姿に私は唇を歪める。
そう、早く来い。
早く私を助けろ！
お前の恋しい人間が危機に落ちているぞ！
「ライム！」
そして私はちょうどライムとの距離がもう少しで詰まるという所で立ち上がった。
おそらくもう少しでライムは止まろうとして、速度を落とす。
その時に懐に入れている短剣で足を切り落として人質にする。
「っ！」
カルバスが、私の狙いに勘付いたのか、それとも私が立ち上がるまでは自分の方にライムが駆け寄ってくるとでも思っていたのか動揺を漏らす。
だが、もう遅い。
私はちょうどライムが速度を落とすところを見極めようとして……
「邪魔！」
「がっ！」
ーーー だが次の瞬間、ライムの動きが停滞したと思った瞬間側頭部に衝撃が走った。
何が起こったのかわからず私は地面に叩きつけられる。
それでも私は冷静さを失わず直ぐに立ち上がろうとして、
「カルバス！」
「ぐほっ！」
次の瞬間何かに踏まれ、顔面を地面に強打してそして踏まれたせいで頭の中身が揺らされ、意識が遠くなる。
そして私が意識を失う前最後に感じた感覚それは、以前激怒したカルバスに頭皮を削がれてから付けていたカツラが頭から落ちた、頭部の涼しさだった……
