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幻想世界物語  作者: 森 日和
双生史
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好機

命を救ってくれた優しきジェントルマンが私のためだけにわざわざ新調してくれた服は、長袖長ズボンのジャージのようなもので私はあまり気が乗らなかったのだが、生駒の山へと向かう途中の電車の中で、私はこの服が山道を歩くのに適していることを発見した。

ジェントルマンは全て考えてくれていたのだ。素材は厚いが風通しは良く、虫の侵入を防ぐ構造になっており、見た目を除けば申し分のない服装であった。

服とは八割がた見た目が大事な気がしないでもないが…

そうこうしているうちに、倉敷からはるばる大阪へとやって来た。


初めに生駒という場所を地図について、いかにも優しそうなおばあさんに話を聞いたところ、おばあさんはとびきりの笑顔で

「生駒?……ああ南の果ての果てね。遠いから…電車をお使い」

そうかすれた声を張って教えてくれたことに、私はまた敬意を表した。


食べ物は倉敷で執事からもらったお金をやりくりして賄った。生駒に着くまでは、毎食コンビニで安くて量が多い物だけを買った。そのせいで、いつしか私の中では“グラム毎マネー”とかいう変な基準ができていた。


毎度毎度分からないことが発生し、その都度優しそうな人に教えてもらい、時には本場の英語で話しかけられたり全く理解不能な中国語で話しかけられたりと予想以上の苦戦を強いられたか、私はそれでもなんとか生駒へと辿り着くことができた。

生駒までたどり着いたときに、私はようやく気付いたのである。

「そもそも、生駒で何があるのだろう」

わざわざ生駒まで来て一体何があるというのだろう。険しい生駒山の道を登りつつ今更感満載の後悔と諦めの交じる溜息を吐いた。

舗装されていない道をひたすら進み、進み……そんな中で私が山頂へとたどり着いたのは、倉敷を出て次の日の、黄昏時であった。



「おや?知らない顔だね」

私は黄金の空の下で、十二単を見に纏う女の方と出会った。足まである長い黒髪を下ろし、花の髪飾りが頭で輝いている。容姿は美しく、色は白く、背中を向け、顔をこちらに振り向けているその姿は、絶世の美女の名を称したクレオパトラにも劣らないのではないか。これぞ和の美の極致であった。

「生駒の山の山頂に、太古より密かに存在するという神殿の噂、おそらく君もあのジジイから聞いたのかな」

「え……?」

私はたったの、黄金に照らされている彼女の後ろ姿だけでも、どっぷりと見惚れてしまっていた。

美しきもの、何処を見ても美しい。私が惚れ酩酊している中で、彼女は話し続けた。

「君を助けた、あのジジイは私の召使いだったんだ。もっとも、彼の意思で再び執事としての人生を選んだから、今は違うのだけどね。よかった、ちょうど召使いが欲しかったところなんだ。君、私と契約しないか?」

「へぇ……?」

「あらら、何も分かっていないようだね」

そう言った束の間、彼女は瞬時に私の目の前に移動した。おでことおでこが、優しく引っ付いており、至近距離で見る彼女の黄金の目に、私は吸い込まれそうになった。そんな彼女は、自信満々な笑顔を浮かべていた。

「私は、神様なんだよ」

「神様…?」

もう何が何だか分からない!今にも気を失ってしまいそうな目眩が私を襲った。

「私の加護が欲しければ、神殿へ誘うよ。喜びなさい、あなたは神様に選ばれたのよ」

私は固唾を飲んで、優しい顔をする女神になぜか恐怖した。

「さあ行きましょう。実は二ヶ月前にも、ある男が泥臭く訪ねてきてね、今までならば一年に一人くらいしか訪ねてこなかったんだけど、まさか二ヶ月に二人訪ねてくるとは、思いもよらなんだよ」

「はい…」

「君、力を抜いてね。何も怖いことはしないよ」

手を振り払って逃げようとも思ったが、彼女の白く清らかな手を振り払うことは、人としてできなかった。



そして案内させられたのは、鬱蒼とした雰囲気の漂う洞窟であった。

「私は神様。ここに代々、人の目を盗んで住んでいるの」

「はい…確かに、もし君が神様ならば、あなたの美しさにも…納得いたします」

「ふふ、いいこと言ってくれるね」

私は本心を伝えただけだったのだが、彼女はまるで、美しいなんて生まれてから一度も言われたことがない、というくらい私の言葉に驚き、喜んでいる様子であった。

「私が見えるってことは、あなたもさぞ、この長旅にうんざりしてるでしょう?どれ、これを飲みなさい」

彼女が出してくれたのは、白く濁った酒であった。

「いただいて…いいのですか?」

「勿論!」

その瞬間、彼女の顔からは美しさよりも、無邪気な可愛らしさが目立った。

「これは“ますかけ酒”っていってね、これを飲む人はね、良くも悪くも、人に成し得ないことをできる人なのよ」

「はい…私がですか?」

「そうよ。現に君は漫画家として一世を風靡している。元々天才的なイラストレーターだったのに、漫画家に転職して大ヒットするなんて、常人では考えられないことだし、そもそも考えないでしょう」

この時、私は私のことを、別の誰かと捉えて考えてみた。確かに、イラストレーターとして大成できるだけの才ならら私は持っていた。しかしなぜ私は漫画家としての道を選んだのであろうか。


途端だが、そんなことを考えているとなぜか眠たくなった。

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