盗賊
「じゃあ早速、仕事の時間だね」
「そのようです、おい谷山起きろ」
「……はい」
三人は安東さんの言葉を合図に、せっせと何かの準備をし始めた、三人は同じ黒い布を纏い、同じ仮面を顔に付けた。
「あの…何するんですか?」
「夕食の調達!」
「……はぁ」
夕食の調達には、黒い布を纏い、仮面をつけるという不思議な恰好をして行かなければならない、というのがこちらの世界の常識……な訳がない。
「君もおいで〜」
尋常ではない不気味な雰囲気を感じ取り、行ってはいけないとは思いつつも私は安東さんのオーラには逆らえなかった。
私は泣き言一つ言わずに、泣きたくなる気持ちで黒の盗賊のユニフォームを着た。
「さあて、今日は初の四人体制だけど、気持ちはいつもと同じよ!行きましょう!」
私たちは夕暮れの街へと飛び出した。
して、私たちは一体何をしたのか⁉︎
「ーーーーーーー!!!!」
「ーーーーーー」
周りの人の声が嫌という程聞こえてくる。しかし、私たちには彼らの話す言語が分からない。分かるのは、私たちが“強盗”を働き、大量の肉が入った布の袋は谷山が持ち、大量の野菜らしきものが入った紙袋は私が持ち、残りの二人はそれぞれジャガイモの袋、魚の袋を持って激走し、後ろからは鬼の形相で包丁を持って猪突猛進してくる八百屋のおじさんと、それを面白おかしく見守る、はたまた我々に殺意を含んだ視線を向ける皆の衆たちが、石造りの街で一つの事件を起こしていた。
「ほら早く逃げるわよ!」
「安東殿、今日の敵は強すぎますよ…何なんですかあのジジィ、地の果てまで追いかけてくるではありませんか!」
「……あんたが何とかして!」
「へぇ〜人任せですか……了解した!だったらこの魚、落とさぬように頼みましたよ!」
「分かったから早く行ってきて!」
「あい分かった!」
すると谷山は身を翻し、八百屋のおじさんと対峙した。谷山は布の内側に潜ませていた短刀を手にして、低い姿勢をとった。
「やあやあ我こそは黒の盗賊執事、谷山である。覚悟があればどこからでもかかってくるがよい。ただしお主のその薄い白毛頭からさらに毛が抜けても、責任はとらんぞ…?」
……谷山はかっこいいと思ってこんな支離滅裂な言葉を使っているのか、果たしてその真相は、誰にも分からない。
「ーーーー!!!」
(おそらく、商品を返せー!!!と言っているのだろう)
おじさんは何か言葉を吐き捨てて谷山に襲いかかってきた。谷山は短刀を使うのか?と思いきや一転、短刀を投げておじさんが怯んだ隙に電光石火の如くおじさんを押さえ込んだ。
「どりゃぁぁあ!」
「ーーーーー!!!!」
(痛い痛い痛い痛い痛い痛いい!)
逃げならがも息を切らすことなく、安東さんの呆れた口調が私へと向けられた。
「あいつは体術には長けているから、君も普段のあいつには騙されちゃいけないよ。あんな感じで絞められるから」
安藤さんがそう言い終えたと同時に、男の呻吟の声が聞こえてきた。
「いやぁ〜収穫収穫、今日はご馳走ね〜!やっぱり四人体制だと、荷物運びが多い分たくさん盗めるわ!」
「その分食料消費も四人分ですけどね。おじ様、お肉は食べてくださいね。私はあまりお肉が好きではないのです」
「ほぉ〜いいのですか?お肉を食べないなんて人生半分損してますよ?」
「……黙って」
「はい黙りますごめんなさい!」
安東さんと谷山は肉を、ジェーンは野菜を率先して消費している。私もお裾分けで幾分か肉と野菜をもらったが、その美味しさは格別であった。
私が料理のあまりの美味しさに感動しているところ、まるで察していたかのように安東さんが話し始めた。
「日本のあんな料理より、ずっと美味しいでしょ?」
私は顔を変えずに即返答した。
「そうですね…すごい!」
「でしょ!こっちではね、みんなミシュランで星が取れるくらい料理が上手な人ばかりなの。私たちも何でだろうって思ったんだけど、多分国民性と素材だと思う」
「国民性と素材ですか…例えば?」
「お、興味津々な顔をしているね〜。よかろう、推察だけど教えようではないか!
こっちの人たちの国民性って、かなり日本人と似ているのよ。というのも、みんな繊細で真面目で、しょうもないことに神経を使うのが大好き、そんな感じ」
「あ〜分かります、だから料理なんですね」
「そうその通り。こっちの世界はあっちの世界ほど物に溢れてないし、職業だって、職人と料理人と商売と兵役くらいしかないからね。しょうもないことに神経を使いたいならば、職人職に就くか料理するしかないのよ。しかも肉を始め、スパイス、主食のイモ類、野菜、魚、どれを取ってもとにかく素の味が最強なの。ほのかな甘さとしつこくないジューシーさ!私もここへ来てから長いけど、それに気づいたのは最近」
「なるほど、確かに石造りの建物は素晴らしかったです。こっちの人たちは非常に繊細で、そして感受性に優れているんですね」
「そうでしょ?こっちの世界の人間とは話せないけれど、もし話せたら、なんだか友達になれる気がするの」
「なるほど……」
安東さんと笑顔で話し合って、私はほっこりするような、いい気持ちになれた。この世界の人間は素晴らしい。街中を見渡すと、肌の色、耳の長さ、髪の色、体格、それらが全然違う人たちが、笑いあいながら生きている。人種の坩堝の中にも差別はなく、それは平和そのものだった。
「いいでしょ?この世界」
「はい!」
私はこの世界で生きていこうと、この世界で死のうと、そう決心した。