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幻想世界物語  作者: 森 日和
泡沫の夢
32/35

白沙の再会

「着いたよ広人」

神がそう言って下を指差した先には、大きな建造物があった。一階建ての建物だが独特な造りに広い庭…寝殿造を彷彿とさせた。

そこに史さんがいる、私を待っている。

「…敵襲かな」

また神の指差す先には、我々を見上げながらこちらに向かってくる飛翔体が確認できた。恐らくクロウムの抵抗だろう。数多の黒い影が夜の闇に紛れて白龍を標的にしている。しかし私はその黒い翼を哀れだと感じた。煌々と輝く星々と輝く事を許されない暗黒の夜空のように、燦然と白く白龍の翼に対して、黒く濁り輝かない彼らの翼を、私は可哀想だと感じた。

私は彼らを卑下するが如く口調で神に聞いた。

「ねぇ…あいつらどうする?」

すると神は言った。

「…悪いけど仕方がないわ」

きっぱりとした言い方だったが、神らしい残酷で効率的な選択だ。立派だと思った。

「白龍、奴等の攻撃躱せる?」

白龍は返事こそしなかったものの、

「…この手を離さないで」

と、神が自身の手を私に差し出して言ったことから、私は察した。

白龍が本気を出す。

当然、白龍はパレルロール飛行を始めた。鷹の如く身のこなしで飄々と黒い影の流鏑馬を避け続け、旋回して背後を取ると容赦なく後ろからの蹴りを食らわせた。

白龍の能力は凄まじく、黒い影が一二三と数えるように堕ちていった。怖いのは、黒い影が堕ちる事に慣れていく自分である。夜の中で神々しく輝く白龍は見た目だけでなく、その圧倒的な強さを見せつけたのだ。

たちまち黒い影はいなくなった。神の手をしっかりと握っていた私は堕とされる事なく白龍の背中に留まった。

そして神は身を反転させて、初めて私の方を向いた。

「さあ…行こうか」

「はい」

そして神は白龍の首をポンと叩いた。白龍はみるみる高度を下げ、屋敷の広い白沙の庭の上に降り立った。降り立つやすぐに武器を持ったクロウムが数多く出現し、たちまち私たちを全方位から囲むように配置した。

「こりゃ手荒な事をしないといけないかな」

「そうですね」

私は神に頷いた。その時の私は何処と無く慈悲の気持ちを失っていた。いつもの私なら少々は躊躇するかもしれないが、この時の私は躊躇など全くなかった。つまり、クロウムという“目下の敵”をどんな形であれ始末すれば良いという思考に陥っていた。

「広人、私に付いて来て頂戴。一気に史を連れ去るから」

「はい」

私はもはや人間ではなく、神の手足に成り下がっていた。神が言う事には何でも忠節に従い、それを信じて疑わない…まるで心の無い人形のようだった。

「行くよ広人!」

神は白沙の地面の上に右手を置いた。

「はぁぁ!」

神はありったけの力を振り絞っているように見えた。私には見えない形而上的なものに違いないが、私にはそう見えたのだ。

神に見惚れていると、私の目の前で何とも言葉にし難い、素晴らしくもある事が起きた。

突然、神を支点にして地面が蜘蛛手のように割れ出し、意思を持ったように暴れ出し、大きな大地の蠢く声と共に周りのクロウムを根こそぎ吹き飛ばした。

私は純粋無垢に素晴らしいと感じた。もしこのような人智を超える技が使えるなら、世界は思いのままなのではないか…なんという怖い妄想心も心に宿った。そんな思いを抱きながら、私は走り出した神の後ろに付けた。

「史を探すよ」

「はい」

地面が激しく上下し、大きな生物のように蠕動している。白龍は空でそんな私たちを見下ろしていた。

屋敷は広く、私たちがいくら走り回っても史さんは見つかる気配がしなかった。道行くクロウムは神を見るなり一目散に尻尾を巻いて逃げ出すもので、彼らには主人への忠誠心が無いようだった。楽勝だ…私は直感した。

夜の闇は深く深く、霧のように雲がかっていた。そのせいで自他共に視界が遮られてしまうもので、見つからず見つけられずと、史さんと捜索は予想以上に困難を極めていた。

やがて、白龍と共に降り立った庭に蜻蛉返りしてしまった。だがそう思いきや、亀裂とクロウムの屍は何処を見渡しても一切無く、我々はここが未開だと確認した。そんな矢先、霧がかった空気の向こう側に何か得体の知れない大きな人影がある事を私は察した。

「誰だ⁉︎」

私は威勢よく問いかけたが、その影が霧の向こうから現れた時に私は言葉を失った。

「…でかい」

そうそれは、今までのクロウムとは桁違いなほどに大きく、そして聡明な目つきをしていたのだ。私は彼が只者では無い事を即座に感じ取った。そして彼の聡明な目に見える熱い闘志に怯んでしまいそうになった。だが驚くのはそれだけでは無かった。

「……許さんぞ」

何と、目の前の巨人…彼は日本語を話していた。その事実に、私は思わず腰を抜かして地面に倒れこんだ。

「久しぶりねジード、あなたの顔なんて二度と見たく無かった」

「…その声、ケイなのか⁉︎」

ジードという名らしい目の前の彼は神の事を“ケイ”と呼び、神は巨人を“ジード”と呼んでいた。

「誰ですか⁉︎」

気づけばその事で、私は震えた声で神に問うていた。しかし神は口を開く事はなく、口を開いたのはその巨人だった。二人は私などまるで眼中に無かったのだ。

「お前…何でそんなに変わり果ててしまったのだ」

彼は神に向かって問いかけていた。しかし神は依然として返事は無かった。巨人は更に問いを投げた。

「一体何がお前をそうさせた⁉︎」

巨人の声は荒かった。爆発的に吐き出された声だった。無念を晴らすかのような、そんな声だった。しかし、神には届かなかった。

「…そこをどけ外道。どかないなら仕方がない」

神はそれだけ言って短刀を取り出した。月明かりに照らされた短刀の切っ尖には生々しい血がついたままで、黒く変色していた。

「お前の目的な何だ…ケイ!」

「ここに彷徨った子猫ちゃんを迎えに来たんだ…許せジード。お前は良い奴だ

神は霹靂の如く速さで巨人に近づくと、短刀を振り抜いた。そして時が止まったように巨人の剣が短刀とかち合っていた。巨人は剣を抜いたのだ。

「神に逆らうとは…分かっているな?」

「お前は神でも何でもない。宝具を持つただの人間だ」

「…黙れ!」

私は驚愕しっ放しだった。二人の太刀打ちは見事に互角…互いに一歩も譲らぬ展開となっていた。短刀一本で軽快なフットワークを見える神を、どっしりと長い太刀を構える巨人

が迎え、そのあまりの太刀打ちの激しさに、研ぐ刃すらも無くなるのではないかと思わせられた。白熱を通り越して昇華してしまいそうだった。






あっち側から大きなかち合いの音が聞こえてきた。

「ジード…」

私は無我夢中で走っていた。それはジードだけではない。ジード以外の慣れ親しんだ何かを、私は感じ取ったからだ。

白い庭に着くと、そこには霧がかかっており、月の光が白い砂を幻想的に照らしていた。その真ん中で、二人の剣が激しくぶつかり合っていた。

「ジード!」

私は気付かず大声を出していた。私の声を合図とするように二人は互いに大きく間合いを広げ、こちらを見た。

「……何でここに来た!」

白砂の真ん中には青みのある太刀を構えたジードと、血に染まった刀を持つ白いフードの何者かと、そして…

「史さん…」

聞き慣れた声も聞こえてきた。


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