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幻想世界物語  作者: 森 日和
分岐点
26/35

アール

結局、昨日は何も考えぬまま私は眠りについた。そして目覚めたのはまだ夜遅く、灰色の床と壁が冷めた態度を取ってくる時間帯であった。

「寒い…」

そう感じたのはここは来てから初めて出会った。


また天井に、私は考察を広げた。頭はもう痛くない、肉体的にやるべき事がない今、私は頭を働かそうと考えた。もちろん王女誘拐の件の是非を確かめたかった。

おそらく私たちは無実、いや絶対に無実である。

何故私たちは冤罪の罪に問われるのだろうか…思考が回り回っては始発点へと蜻蛉返り、進めば進むほど壁は厚く、退けば退くほど道は狭まり、後にも退けず先にも進めず、立往生して死を待つのみ…

「だが嫌だ…」

そう、これがまさしく我々の本望である。

「こんなところで野垂れ死にたくは無い!私にはまだやり残した事があるのだ」

その通りである。私にはまだまだ残された余生を充実する権利がある。こんなところで死んでしまっては元も子もないのだ。

私は夜に誓った。

「いつか絶対に、私は幸せを掴んでやる!」

いやはや私という人間は、どこまでも真っ直ぐである。自画自賛した。



「起きろ!移動だ」

朝になって起きざま、体に思いきりの良い浴びせ蹴りを喰らわされて悶絶している私に対してもアールは容赦なかった。

「これからお前らを一つの牢獄で管理するらしい…良かったな、友達と遊べるじゃないか」

朝早く、起きてまだ三分…私は訳の分からぬまま、一サイズ大きな牢獄へと連れて行かれた。そこで私を待っていたのは、安東さんと谷山…見慣れた顔である。

「みんな…?」

「広人殿、ご無沙汰です」

「おはよう〜」

みなさん…捕まったのに呑気なものである。寝ぼけた私はみんなのこの調子に適応できず、しばらく困惑する事となる。


「朝飯だ、行け!」

呑気に二度寝していた私たち四人はまたしてもアールに叩き起こされた。後に聞いた話だが、この朝のアールは看守の通訳をしてくれていたらしく、そのせいで私たちに荒々しく当たっていた。

「はあい〜」

みんな寝ぼけた返事をしては、部屋の扉の方向を間違えたり…手のつけようがない程の阿呆であった。

何もない、無言のまま私たち四人は食堂に到着して、渡された朝食をお盆に乗せて四人席に座った。

「………」

初めての四角いテーブルは、みんな寡黙を貫き通し、私もどうしたらいいか分からず戸惑っていた。そしてそのまま時が過ぎ去っていくのかと思いきや、安東さんがある事に気付いた様子だった。

「ねぇ、あれアールだよね」

安東さんが目配りした方には、確かに一人きりの、人間の女子がいた。

「そうですね、確かにアールちゃんだ」

「何よ、ちゃんって?」

「いや、何でもないです…」

無意識のうちに出た独り言とは恐ろしいものだ。しかし今はそんな事を眼中にすべきではなかった。

「話しに行きますかな?」

「ええ、本当に言ってるんですか⁉︎」

「できるなら話してみたいものですな」

谷山まで、なんだかエンジンがかかってきてしまった。

「行きますか?」

「…勇気がないです」

「そうですか。ハハハ…」

谷山の貫禄のある高らかな笑い声を合図に、私たちが初めて笑顔を見せて笑い合った。

「ねぇ、話し合ってみようよ!」

「安東さんまで…」

みんな、まるで酒が入ったように楽しそうにしており、周りの他の囚人たちの羨んでいるような視線も時たま感じた。みんな、顔に赤みが戻り活気が戻り、この前捕まって連れて来られたなんて嘘のように笑い合った。

しかし、ただ一人、この四角いテーブルの中で笑顔を拒んで硬い顔をするジェーン…彼女には一体、何があったのだろうか…

「ねぇ広人、私と谷山でアールに話しかけてくるけど…どう?」

「私は遠慮しときます」

「ええ、遠慮しなくていいのよ?」

「いえ」

「…そう、分かった。じゃあ待っててね」

しみじみ、安東さんは本当に私の年下なのか…と思い巡らされる。私は私で、年上らしく振舞わなければならないのかもしれないが、そんな事は気に食わなかった。

私はジェーンと一緒に二人でテーブルを前にして座っていた。側からみると、親子だと言われても違和感がないだろう。それもそのはず、ジェーンの年齢はおそらくまだ十プラスアルファくらいだ。

「ジェーン、何か苦しい事でもあるの?」

私が聞くと、ジェーンは堪えきれずに悲壮な顔をした。

「だって…ここは怖いです。危ない所ですわ……私みたいなちっちゃな人はみんなに目立って、その度に視線を浴び…さらに昨日なんてお腹空いていても何一つ物を食べさせてくれませんでしたわ。だから今朝の皆さんの活気がなかったのは当たり前で、私もみんなと一緒だと思ってた…けれどみんなすぐ元気になって…でも私は怖いまま。怖すぎて、捕まった時の記憶もないのですわ…だからどうしても嫌なのですわ…」

耳を凝らさないと聞こえない声に、頭を回転させないとうまく繋ぐことができない文章。私は理解するだけでも必死になったが、ジェーンの為だと思って、それこそ死んでも聞いてあげなければならないと感じた程だった。

そして私が掛けてあげられる最高の言葉は、果たして一体何だったのだろうか?

「心配ない。みんなが一緒だよ」

この時の私はこう言った。けれどそれが、果たしてジェーンの子ども心にどう映ったのかは知る由もなかった。

私がジェーンの背中をトンと軽く叩いてあげた丁度その時、二人が帰還した……何やら一人を連れて。

「アールちゃん⁉︎……」



「私を連れてきて、何?」

相変わらず発音には違和感を覚えかねない日本語であった。

「何って、寂しそうにボッチメシ…一人でご飯してたからさ」

安東さんの言葉を聞いて腹を立てたのか、アールは目を細めた。もしかして、ボッチメシの意味を知っているのか…?そんな不機嫌な顔で彼女は言い放った。

「私はあくまであなたたちとみんなとの間の通訳でしかない。そんな私に優しくするなんて、何か企んでるんだな?」

“冤罪”いただきました。これには私たちも黙らずにはいられなかった。私はニヤッとして言った。

「いやあ?私たちは純粋に君と仲良くなれるんじゃないかなってさ」

我ながら即興で思いついたセリフとは思えなかった。まさなこんなにも彼女の心の核心を突くなんて……私も驚嘆したが、何より彼女も驚いていた。

「そ、そんな事ない…」

「嬉しいのですかな?」

谷山も便乗した。

「ち、違います!」

アールの口調がなんだか改まった。

「ハハハハ ……」

アールの赤くなった顔、そして私たちに対して“やれやれ”と言わんばかりの表情、だが隠しきれない笑み。本心ではとても嬉しそうにしているようだった。そして、大きな喝采が食堂の真ん中から鳴り響いていた。

「ここは日本語を話せる者同士仲良くなろうじゃないか」

安東さんの悪徳業者のような顔は途端に場を凍りつかせた。何故なら、あまりにも顔が不気味だったからである!断言する。

「だから、私はあくまで言葉が通じるってだけで…」

「でも囚人である事には変わりは無いだろう?」

「くっ……」

安東さんがどんどん怖くなっていくのを見て、私の心は次第にアールに味方し始めた。屈するな、頑張れ!と、心の中で応援した。エールを送った。しかし、安東さんの棘のある一言に、次の言葉が出ない様子であった。

「はい、言い返せないならここで一緒に朝飯を共にしなさい」

「は⁉︎なんでそうなる…?」

「言い返さないって事は、それが本心って事だよ。そんな狷介にしてても楽しくないでしょう?」

「………」

アールは黙秘権を行使し、黙々と朝食のパンを貪った。そんなアールに私たちは、顔を見合わせて微笑んだ。






日本庭園のような華々しい舞台の中で、民族衣装だという長い布を身に纏った五人の女が、滔々と流れる川のような踊りを見せていた。私は重い着物のようなものを着ているが、隣にいるジードはいつも通りの軽装。それが少し羨ましく感じたりする。

「ケイ、気に入ってもらえたかい?」

私はまだケイという名前には慣れずにいたが、私はここにいる限り安全である、そう思うと心に余裕が生まれて、少し頭が整理できた。

「はい。素晴らしい踊りだと思います…」

「それは良かった、気に入ってもらって何よりだ」

私はジードの方を振り向かずに応答していた。それほど美しく勇ましく、見るものを引きつける踊りだったのだ。


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