逃亡乱
食料を詰め込んだ鞄を谷山が背負い、私たちは夜の闇に紛れて密かに屋敷を後にした。
午前二時頃の雰囲気を思い出して頂ければ良い。辺りに物音なく、しかし淡い光あり。
「安東さん、早く…」
安東さんが哀愁漂う目で屋敷を見ながら涙をこぼしているように見えて、私は声をかける事を躊躇いかけたが、最後には声をかけていた。
「行きましょう」
安東さんは返事をせずに振り返り、私の胸をポンと叩いた。勇気と希望を貰った気がした。
出発する前、安東さんはみんなに一声を掛けていた。
「行くあてはないけれど、本当にいいの?」
それに対して、谷山が一歩前に出た。
「うむ、広人が言う事が本当ならば、この街にいても危険なだけですが…でもそれは逆にも取れる」
「逆?」
安東さんが問いかけると、谷山は手を後ろに組んだ。
「広人が言う事が本当ならば…どこへ行っても危険ですな」
安東さんは動揺している様子だった。
「…でもここよりかはマシだと思うよ。谷山」
その会話を聞いた時、私は何か嫌な雰囲気を感じた。谷山の思わせぶりな発言はみんなの心を揺れ動かしかねなかった。
夜空を見上げながら、私たちは市場のある場所へと出た。
「こっち」
安東さん先導のもとで私たちが辿り着いたのは、史さんと前に訪れた、かの秘境だった。
「ここの水の流れに沿って歩けば、いつか必ずここから出られるはず。街界は多分監視の目が厳しくなっているだろうから、ここしかないわね」
木々の目が私たちを見ている感じがして、昼に訪れた時とは一変、同じ場所であるはずなのに、何故か心が落ち着かなかった。
「こっちね」
そして、川の流れに沿って私たち五人は進み始めた。
しかし、事は素直に足を運んでくれなかった。
「あっ…!」
夜、視界が完全ではない中、私たちは川に沿って歩いている。歩く道は砂利道で、岩、れきから小石、砂まで多種多様な個性を持つ者たちが雲霞のようにひしめき合っている、そんな道を歩いている。
その中で、ジェーンが足を滑らせたのだった。
「大丈夫⁉︎」
「うん、平気…」
ジェーンは砂利道に足を取られ、川に転倒してしまったのだが、同年代の子どもとは思えないほど平然とした顔をしていた。おそらくジェーンにも覚悟があったのだろう。川が浅くて、流れが緩やかだったのが不幸中の幸いだった。
「もう、びっくりさせないでよ」
安東さんが笑いを含んだ声でジェーンの元へと歩み寄った。
「すみませんでした…」
「大丈夫なら良かった。さあ、行きましょう」
「はいです」
安東さんがジェーンに手を差し伸べた、まさにその時。
「ーーーーーー!」
それを遮るかのように白い光が突然私たちに降り注がれ、前と後ろ、合わせて五人の怪人が雄叫びをあげていた。
「クロウム!勘付かれたの⁉︎」
「やはり……」
谷山が眉間にしわを寄せた。
「奴らは音に非常に敏感なんだ…おそらくさっきの音で気付かれた」
「そんな…」
ジェーンの恐慌した声、そして私の胸の拍動の音
「ごめん…なさい」
ジェーンの嗚咽の声、そして迫り来る足音…
この時私は悟った。
いくら我々が正義だと言えども、天は都合よく我々に味方してくれないのだ…
「神は、なんでこんな残酷な事を…」
“残酷な事”という偏見自体がおそらく私の利己的判断である。しかしこの時の私は神を呪った、本心から神を呪ったのだ。
「一生恨んでやる…」
そして私は、あの女の顔を思い浮かべた。彼女は神でも、彼女は神ではない。のにも関わらず、私は彼女に濡れ衣を着せたのだ。
「助けて!…お願いっ!」
史さんが捕まり叫ぶ声、そして頭の中で鳴り響いた棍棒の音…
「ぐはっ…」
史さんが泣き叫ぶ声、そして虚しい、私の倒れた音…




