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幻想世界物語  作者: 森 日和
承転記
19/35

フラッシュバック

蓊鬱とした場所であった。

石造りの建物が並ぶ街の外れ、細い道を辿って来た我々は溢れんばかりのマイナスイオンを感じた。

「どうですか。この前盗みを働いた時に偶然見つけてしまった場所なのです」

「凄い…こんな場所があるなんて…」

私は目の前に広がる、壮大ではないものの神秘的な光景に目を奪われていた。

小さな神秘、と名付けよう。

川は可愛らしく涓々と流れており、足首辺りの浅い川ではあるが、いざ手を入れてみると、ひんやりとした水の冷たさに懐かしい気持ちを感じた。手をつたる水は透明で先通っており、私の手は清められたようであった。

しゃがんだ状態から少し顔を上げてみると、空を覆わんばかりに緑色の木々がひしめき合っていた。ひしめき合えど暑苦しくなく、むしろ木漏れ日の光が私を包み込んでいるような感覚だった。

更に、木々のそよぐ音が川の音と共に癒しの波動を奏で、私の心は何処かに攫われた。

これが、俗にいう感動という感覚なのだろうか。

「いい顔をしていますね」

史さんが私の隣にしゃがんで、川の水に手を入れた。

「そこの木とあっちの木の向こうには見慣れた石造りの建物があります。私たちは今、建物と建物の間を流れる川、水路のような所にいるのです」

「へぇ…」

小さな神秘は我々の方を笑顔で見ている。そよ風が快い。

「良い場所ですね」

私はほぼ無意識のうちにそう言った。

「ですね」

史さんも多分、上の空のまま言った。




「何やってんだ!昨日あんなことがあったのに…」

松葉杖を使いながら、我々の外出を知った安東さんは憤怒していた。怒りの対象であった史さんは、安東さんの声がなぜあそこまで震えているか、そんな意味は知らない、知るはずがない。しかしながら、何故そこまで怒っているのかなど聞けるはずがなかった。私たちは年上であることを忘れていた。

「危ないから…もう外には出るな!絶対よ!」

安東さんの言いたい事は私にも分かるし、史さんが外に出る事を止めなかった私にも責任はあるだろう。だがそれに対してあまりにも必要以上に怒る安東さんを見て、私は理不尽に怒られた気分であった。

「史さん、ごめん」

「いいや広人さん、私が悪かったのです」

彼女は顔を曇らせて、一人屋敷の奥へと消えて行った。私はその場で、安東さんと二人きりになってしまった。それはそれはたいそう気まずいものであった。


私は円卓の一席に座り、円卓に体を置いて退屈な時間を過ごした。安東さんはというと、先の事が尾を引く気まずい雰囲気の中である現状でも、この場から立ち去ろうとはしなかった。




私は微睡みの中でこんな夢を見ていた。

夜、私は空を飛んでおり、何やら非常に慌てた気持ちで空を切っていた。

下には一面に明るい空が広がっており、活気溢れる人々の声が聞こえてきた。

上には満天の星空が広がっており、それを見る事で心を落ち着けた。

やがて私は一つの場所に降り立った。

乱れ髪を直して私は歩き出した。

暗くてよく見えなかったが、そこはとある武家屋敷であった。

ジャッジャッと、砂利を踏む荘厳な音がテンポ良く鳴った。

そしてしばらくして、大きな広場に出た。

私の前には黒い人影があった。

理由は分からないが、私はその人影の方へと歩いた。

すると黒い影は、近づいた私を刺した。

その奥では、誰か別人の影があった。

その影が近づいてきて、私を抱いた。

そして……誰かの声が………



「広人殿、晩飯を置くのでどいて下され」

「うう……」

目を開くと一斉に周りの光が目に飛び込んできた。そして谷山の白い髪も、私の目が捉えた。

「ほれ、どくのです」

「あ、はい……」

私は目眩いを感じながらもそこから立ち上がった。そしてしばらくの間、気の抜けた無警戒な顔でぼーっとしていた。

「これを常人が見ると必ず馬鹿になりそうね」

「うう…んなこと言うな!」

私は突然いらぬ横槍を刺してきたジェーンを引っ叩いた。眠気も吹っ飛んだ。

「いったい!」

「ああ、悪いな」

私は強くやり過ぎたかもしれない…と申し訳なく思った。しかしジェーンは引っ叩かれても尚、引くどころか突っかかって来たので、私も楽しくなり、応戦すべく体を向けた。

「広人は悪魔!」

「ん、まあそうかもな実際。俺ヘビメタ好きだったし、ヘビメタチックな曲も作ってたかもしれない」

その瞬間、私の心に何かが引っかかった。私は言ったそばから不思議に思った。

ヘビメタって何だ……その瞬間、私はこの会話の内容を思い出せなくなった。

私が心の中で動揺している中で、ジェーンは直球勝負だった。

「ヘビメタと悪魔に関係は無いじゃない⁉︎」

ジェーンの反撃に、ヘビメタという言葉の意味が分かってない私はどうしたかというと…にんわりと笑ってやった。

「ああ、関係ないよ」

敢えて、優しい口調で言ってやった。実際のところは、ただそれしかできなかっただけであるのだが

「…広人の阿呆!」

ジェーンは無謀な言葉を吐いてくれた。

その瞬間、私はジェーンに勝ったと確信した。勝ったと確信したのだが、ふと“小学生相手に何をやっているのやら”と、恥辱の気持ちに襲われた。

「恥辱⁉︎失礼よね!」

誰かの声が聞こえたが、今度こそ無視した。



「そういえば」

今度聞こえてきたのは谷山の声であった。

「お二人は何処へ?」

「二人って……あっ」

私は思わず声を漏らした。

「広人、何か知ってそう」

こういう時だけ勘の鋭いジェーンに私は時たま、いささか苦しめられる。

「何か知っているのですか広人殿?」

「何か知ってそうですわね」

こうなっては、もはや私とて折れるしかないと感じた。絢爛な死に際のような細く可憐な声で私は二人に事を告白した。

「ちょっと安東さんと喧嘩しましてね…多分、その事ですよ」

言ったそばから私は俯いた。

二人からは“ああ…”と息混じりの声が漏れる。ジェーンは重たく暗く、谷山はそういう感じはしなかったが、二人とも息を吐いた。

しかし、谷山はこう言っていた…

「ならば心配要りません」と。

私にはこの言葉の意味を理解するには、いささか難しかったようだ。

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