雨の日の来訪
そんなこんなで、私たちがこちらの世界であの支離滅裂で常人には理解できない、神の領域にまで達した鬼ごっこを繰り広げてから、早一ヶ月程がたったらしい、谷山の情報だから確信はないけどまあいいとして、更に今の私は何か曲が作れそうな気分ではあったが、それはこの話が終わるまでお預けにしておこう。今はみんなと平和に生きる事の楽しさを味わおうと思っている。
「平和ですなぁ」
谷山は時々そんなことを口にしながら朝食の調理をする。女子組は安東さんの3LDKで寝ることが多く、屋敷で寝ても起きるのは遅いので、私たちが知らぬ間に朝食を作らされている。だから、傍らで私が谷山の手伝いをするのがこちらへ来てからの日課となっており、そのせいで信じられないくらいに私は料理が上手くなっていた。魚の刺身、魚のフライ揚げ、魚の塩焼き、魚のムニエル、魚の塩漬け、魚のジュースなどなどは容易く作れる、作ってやろう。
だが魚が多いのは察してくれ。
「今日は一ヶ月記念と言うことで、晩御飯にはこれを使うのです」
かれこれずっと前になるが、こちらへ来て最初に盗んだメモリアル骨つき肉を、谷山は屋敷のキッチンの床下にある小さな倉庫で、特殊な菌とやらで熟成していたらしい。それを私たちが一ヶ月間この世界で生き延びることができた記念として夕食用に調理する魂胆らしい。
倉庫を開けた谷山は、にんわりとした。
「やはり私の勘に狂いはなかった」
谷山はその肉を“完璧”と評した。
「ふふふ」
不敵な笑みを浮かべて、谷山は朝食の調理を再開した。側から見ると、谷山はまるで食材と会話しているかのように笑ったり独り言を言ったりしているのが良く分かる。谷山は言葉の通じない相手とも意思疎通ができてしまうのかもしれない。
「おはよーー!」
「おはようございます」
「おは、よう」
三者三様、今日も女子組が屋敷へと到着した。
「おはようございます」
「おはようであります」
私と谷山は、同時に声を出した。
今日の朝食の円卓は、安東さんと谷山の話で持ちきりとなった。
「それでさ、雲の様子からして…近々雨が降るみたいよ」
「ええ…それは困りますな」
二人とも、この一ヶ月間一度も見せたことがなかったような顔を見せていた。
「雨が降ると、何かあるのですか」
史さんが質問すると、安東さんはこう答えた。
「怪物との戦争が始まるよ」
「へ⁉︎」
驚いた、のではない。理解できなかったと言うような史さんの声であった。
その声の次に、安東さんが谷山に問うた。
「クロウム…だったっけか?」
私には、何か聞き覚えがあるような、そんな気がした。
「いやぁ分かりません。現地人が何やらそんな感じの発音をしているだけで、私にはさっぱり……クロウムで良いんじゃないですか?」
「嫌なことだねぇ…また考えておかないと」
そこで一旦会話は終わったが、私たちにとっては不明瞭なところが幾点かあった。そこを史さんは質問してくれた。本当に助かる。
「クロウムって、何なのですか?」
安東さんが口の中で魚を遊ばせながら言う。
「食料を奪っていく、いわば私たちと同じく盗賊だね。でも私たちとは違って体の大きな奴らが多い。ていうかそういえば、クロウムは基本体が大きいね」
谷山が感嘆する。
「ああ、確かに」
安東さんが続ける。
「あいつらの変なところは、雨の日以外には絶対に現れない。雨の日には必ず現れるって事さ」
私はまるっきり蚊帳の外であった。しかし何故か“クロウム”という単語を聞くと心が落ち着かなくなり、魚を食べる手も止まってしまう。
次の瞬間、あの時に神からもらった笛のようなものを、机から落としてしまった。
朝食を終えてから暫く経ってはいたものの、私たちは円卓の席を立たずに話を続けていた。お題は、例の“クロウム”なる怪人にどう立ち向かうか、であった。
「じゃあ、対策を立てましょう」
「ですな。クロウムには一回ここもやられましたからなぁ…あの時は酷かった」
「そうだね。私たちの盗んだ骨つき肉を、あいつら片っ端から分捕りやがった!」
「まあまあ落ち着きやしょう…策はあるはずなんですよ」
「…そうね、今は奴らに対抗する手段がいる。新入りさんも何かあったら言って頂戴よ?」
「はい、分かりました」
「…それで、どうしようかしら…」
「クロウムをやっつける!…とは言いましても、それはあまりにも在り来たりでつまらない展開ですなぁ」
「谷山、今はそんな事どうでもよくて。私たちにできる最大限のことを考えないといけない。雨が近く振るということは、あいつらがやってくるということでもある」
「あのすみません。クロウムってそんな毎回毎回やってくるものなのですか?」
「史もここで暫く暮らしていれば分かってくるけど。奴らはまるで神隠しの如く、雨の日の間に街中全ての食料を根こそぎ獲り漁るの。クロウムの襲撃があるおかげで街はブラックサーズデー並みに、経済的にも精神的にも冷え冷えとしたものになってしまう」
「私も一ついいですか?」
「珍しいね、広人が話すなんて」
「いえただ一つ、神隠しって言葉が気になったんです。神…それって、クロウムの正体があいつだって事じゃないのですか?」
「いいや違うよ。クロウムは結構目撃されている。奴らの最大の特徴は恰幅の大きさ、体の大きさ、そしてとんでもない力、さらに賢者でもある…だからいつも勝てっこないのよ」
「え、じゃあ雨の日はどうしてるのですか?」
「雨の日は私の家に行くことにしている。一回私の先輩方がクロウムに対して宣戦布告したんだけど、ものの見事に完敗した。噂では、頭蓋骨を捻り潰されたとかなんとか…」
「………はい、なるほど」
「うん、だからそうならないように私たちは私たちなりに今まで考えてきたの。雨の日の前日はできるだけ食材を使う。とかね」
「意外に質素な作戦ですね」
「そりゃね。私たちは盗賊当然だから、そんなどこかの主人公みたいな必殺技も出せないし、賢く生きていくしかない。そもそも必殺技なんて…相手を倒す前に自分の腰が砕け散るね」
「その通りですぞ皆様方。私たちは賢く、物事の理に適った事を考えて行って生きていくしかないのですよ。この世界に来てしまったのは、もうしょうがないのです。地味な手を重ねて偉大な一手を繰り出すのですよ」
「さすが谷山さん、勉強になります」
「どういたしまして。さて話を戻しましょうか、安東さん」
「そうだね。でも谷山が言った通り、地味な布石を打つことくらいしかできないから…今回に関しては、新入りさんたちにいつも通りの策に慣れてもらうことにしようか、谷山」
「承知しました安東さん」
「よし決まりだね、じゃあ解散」
気付けばもう昼前であったが、ここまでの時間の経過は私にとっては一瞬のことのように感じられた。要因は何なのだろうか…おそらく二人の美人が私と同じ円卓にいる事であるか、或いは話の内容が良かったのか。何れにしても、私にとって非常に有意義な一時であった。この世界に来てから私は変わった。何か新鮮な気分になって、毎朝それな私が包んで、そして…浄化されていくような。自然の力に身を委ねると、本当に心が清らかになっていくと実感できる。朝の日差しを浴びると、空に飛んでいけそうになる。元の世界とは、違う……
待てよ、元の世界って、一体どこだったのか。何か私には、帰らねばならない世界があったような……まあ、今はそんな事いいや。




