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幻想世界物語  作者: 森 日和
双生史
13/35

結末

「やあやあお待たせ〜」

神様が突然とこの場から離陸し、そしてまた、この場へと帰還した。その間約十分。

「早いですね…」

「まあ、すぐに済む用だったからね」

「はい…」

正直、神様を信じようが信じまいかで迷ったが、私は今、神様を信じ待ち続けた自分を褒めるとする。

「さて、行こうか」

「はい」

私はタンクトップ当然の、まるで警戒心の無い神様の後ろを歩いた。夜であったためか周りの目は少なく、神様はさぞ心地好さそうに、夜の街を優雅に歩いていた。

市場に出るであろうところで、神様は路地裏に続く道へ入った。路地裏の曲がり角にはポスターが貼られており、四人の、これは似顔絵なのだろうが、日本人にそっくりな人たちの指名手配らしきチラシが貼られていた。

我ながら、夜の中でよく見つけたものだ。

一人は美人なお姉さん、一人は老いぼれ、一人は少女、一人は…青年かな。

私がチラシに見入っているのを、神様は暫く、近くで見守ってくれた。

「全く…あいつらもやるもんね。こんなポスターがアジトのすぐ近くに貼られてるって言うのに……」

「なんですか?」

「あ、いや独り言」

「はい」

そうこうして、お互いあまり語り合うこともなく、私は路地裏で拾った一万円札を右手に握りしめたまま、神様の言う目的地へと辿り着いた。

「ここなら言葉は通じるし、君にとってもさぞ不愉快ないと思う。今回は私も一緒だから、安心してね」

何やら不審な二階建てが、そこにはあった。

そして、神様が扉をノックする。

「失礼します〜」



その建物の中は、異様だった。

ポスターで見たような女性と老人は、確かにそこにいた。しかし、彼らの後ろにいるのは、ぐったり倒れたままの少女であった。

話を聞くと、その少女がこの近くで倒れているのを女性が発見したらしい。私たちはそこに押しかけたので、怪しまれて当然である。

「私の目的は、あの少女よ」

神様は呟き、そして二人の中へと入り混じるように、少女の肩のあたりに正座した。女性と老人は、怪訝そうにその場を立ち、そこから暫くは、神様をじっと、監視するかの如く睨んでいた。

「生駒の山で見たような、やはり黒いものがある……」

「黒いもの?」

私が近くに行き、首を傾げて聞くと、神様は答えてくれた。

「君には見えないのかな?とにかく、今彼女は危険だ。放っておくとアンデッドになる、救済を加えないと」

私は答えなかった、答えることができなかった。この少女がアンデッドとは、一体どう言うことだろうか…

「神域の呪いか…本体が壊れたら、それこそ終わりだ」

神様はおかしなことを言うばかりで、申し訳ないが、私は全くもって話を聞き取ることができなかった。


蚊帳の外の私たち三人を置いて神様は熱心していた。しばらくして、神様は諦めに似た溜息を吐き捨てた。

「駄目だー!やっぱりクローンを殺さないとなぁ…」

ほんっと、訳が分からないのだが…そこにいるのは神様じゃなくて、ただの女性なのでは?と思うほどである。というか、そもそも何故彼女は神様なのだろうか。

まあ、今はどうでも良い、今は。

神様の背中をみながらそんなことを思っている矢先、神様は身を翻して私たち三人の方を向いた。私ははっとした。

「君たち、この子くらいの大きさの、黒い生物を見かけたら、これで仕留めてほしい」

支離滅裂なことを言い出すように思えてならないが、神様の頭の中ではしっかりと考えがあるのだろう。ただ素人が理解するには難しすぎることなのだろう。そう思う。

「何故?」

そんな神様に返事を投げかけたのは、美人なお姉さんだった。質問を投げられた神様は、お姉さんに向かって、一旦口から出かけていた言葉を、気まぐれか、それとも策なのか、引っ込めて熟考を始めた。

胡座に座り直して、腕を組んで、唸りを上げる姿は、まさにおばちゃんだった。

そして、顔を傾けて腕を組んだまま、口だけ動かして、私たちに言った。

「やっぱいい。みんなこれを持って!」

神様は、何やら槍のようなものを私たちに渡した。これは神様が作ったものではなく、この家の中にあったものらしい。

「みんな、一撃で仕留めなさいよ!」

神様に作戦内容とやらを説明され、我々に一本ずつ槍が渡された。これは神様は気づかれていたか、そうでないかは分からないが、私が槍を持とうとすると、何故か手が震えて持てなかった、何故か頭を締め付けられるような感覚に襲われた、何故か強い吐き気がした。

私以外の皆はというと、神様の言葉にやはり納得いかない様子であった。

持った槍には、心がなかった。

私は気分が悪くなったのもあり、作戦内容というものを、早くも忘れてしまったようだ……

確か、覚えている範疇では

「クローンの裏をかく」

「扉が開いたら、迷わず槍衾をかましたない」

とのこと。

というか、そもそもクローンとは何であるのか。神様は黒い生物としか言っていないが、抽象的すぎて困る。

そしていずれは、もう少しこの出来事を、具体的に説明してもらう必要がある。今は取り敢えず、この結末を見送りたい。

しかしながら、元々ここにいた二人は、神様の方に槍を向けているような……






さて、黒い影とやらを追いかけて早一時間は経つだろうか、私は、十字の交差点の前で立ち止まっていた。

私は奴を見失った。

つまり、至る所、私は役立たずになったということだ。

実際に、その筈だった。

だから、ひょんな事で私の前に黒い、得体の知れない小さなアンノウンが至近距離で現れた時は、流石にすぐには信じることができなかった。取り敢えず“回り込みが成功した”という事にしておいて、私は再び、その黒い影を追い始めた。夜の真っ暗に冷たい風の中で、私はただひたすら奔走していた。まるで命を賭けたカーレースの如く、風よりも速く、私は走っていた。


気づけば広い道に出ていた。もちろん夜だから人はいないが、店らしきものがいくつも肩を並べているあたり、ここが市場の役割を果たしている場所であることは察しがついた。

奴を追っていくにあたって、私はようやく人気で賑わいそうなところへやって来ることができた。

奴は私に気づいていないようで、後方の確認を怠り、そして何やら翁鬱な細い道へと入っていった。





「さて…来たっぽいね…うおぉぉぁあ!」

私が奴を追い路地裏に迷い込もうとしたまさにその時であった、大きな声を立てた何かが上から降ってきたのだ。

「怪物…助けて!」

私が腰を抜かし、震えた声で助けを乞うたところ、今度は女性の声がした。

「失礼な!私だ分かるだろう⁉︎」

「あ……」

言われてみれば、確かに分かった。あの胡散臭い、おそらく(自称)神である。

「ボーっとせずに、とっとと捕まえろノロマ!」

私は操作されたようにその場から立ち上がったが、依然開いた口が塞がらない状態に陥っていた。夜の風がまた一層激しくなり、私の髪もぐちゃぐちゃになる。

「絶対逃すなよ…何としても捕まえるのだ!」

今、私と神が狭い路地裏の一本道で向かい合っている状況で、奴はその間に挟まれている。金ヶ崎の織田軍と浅井朝倉軍だと思ってくれたら良い。

つまり、私たちは圧倒的有利であり、奴には逃げ場がない。

私は勝ちを確信した。

しかし、奴はそう甘くはなかった。

上に飛んで逃げるなど、誰が予期したであろうか。無論私は予期できず、体が反応した時には既に奴は手の届かぬところへと飛んでしまっていた。

しかし、神は私とは違った。

刹那、上空で何やらビリビリっと音がしたと思うと、奴は屋根の上あたりから、真っ逆さま下に自由落下した。

「仕留めた⁉︎」

私は興奮を隠せず、走って奴の方へ近づいた。奴は微動だにせずにその場に倒れていたが、やがて夜の闇に同化するように、灰塵と帰した。


奴の実体が消えた後の沈黙は、やがて神の溜息によって掻き消された。

「はぁ…お疲れ様、これで安心だ」

「はい、これでいいんですか?」

「いいのよ、これで一件落着よ。さて、そろそろみんなを起こしに行きますか」

神様のこの出来事をお開きにする言葉。私はそれを聞いて、まるで魔法が切れたような、とてつもない疲労感に襲われた。

私は身を漂わせた。風が気持ちよく、囁きながら体を突き抜け、空には星が輝き、まさにそれは幻想的であった。

「早く!」

「あ、すみません」

こうして私は神に連れられて、よく分からない鬱蒼とした建物へと入った。


中には三人並んで誰かが寝ており、近くには槍なのか、そんな感じの尖った長い棒が無造作に置かれていた。そしてその状況を見守る、一人の女の人がいた。

「これは一体…?」

私の呟きに、神は無視しなかった。

「ああ…あそこの二人が私に対して槍を向けてきたものでね…面倒だったから少し気絶させたのよ」

「はぁ……なるほどです」

私はやや困っていた。何故ならば、この場の雰囲気が尋常ではなかったからである。

しかし、私にとっての不幸は更に積み重なる。

「じゃあ私は、この場から離れないといけないのかもね」

「え…えええ、どうしてですか⁉︎」

「いやぁ、いつあの二人に殺させるか分からないし、そもそも私という存在自体が面倒なものだからね。これは仕方のない事なんだ」

私は首にぶら下げた笛を握りしめた。

「ああ、その笛要らないならもう取っちゃってもいいのよ?」

神は非情にも、私にそう言った。しかし私ときたら、それが非情だと知っていながらも、見過ごした。何故自分はその時、神に対して“彼女は可哀想だな”という感情を抱いたのだろうか。

「じゃあね……いやその前に、一つ言うべき事があるね」

私は口を噤んだままだったが、構わず彼女は続けた。

「黒くて得体の知れない、君が追いかけたあれはね、そこに寝ている、あの小さな子の中の、闇の感情……神域の呪いって言ってね、私が生駒の山に、隅々まで張り巡らせていた、いわば悪霊にとっては毒になるんだけど、幽霊ちゃんはそれのせいで呪われた。見つけるのが一歩でも遅かったら魂まで食われてしまうところだったんだけど、その時私がどうして助けたかというと、神域結界を解き、ますかけ酒を用いて、私自身の力で元々の彼女と呪われた彼女を引き剥がしたの。病気の部分さえ取れば病気は治るように、呪われた部分さえ取り除けば彼女は元どおり。しかし彼女の場合、失われたブランクが大きいの。ブランクが大きいと、その分人としての記憶や精神が欠乏しかねないし、彼女はさぞ困る事になる、いわば病気の後遺症のようなもの…………だからね、説明が下手でごめんだけど、幽霊ちゃんを見守ってほしい!頼めるかな?」

彼女は心からそう思っていた。私は彼女の心を覗けるはずがない、ただの人間である。しかし、彼女の言葉には重さがあった。私は心を打たれた。自分の夢を叶えるには、努力しか無いと、改めて感動した。

そして、彼女は神というふざけた名を名乗りながらも、幽霊さんを思う気持ちが一途な事にも胸を打たれた。

「はい、仰せのままに」

「ありがとう♪」

神は満面のにっこり笑顔であった。







「あの、すみません」

私は目線の先にいる、先ほど二人を神速で気絶させたかのタンクトップ姿の女の人と話していた男の人にやっと話しかけた。

「私たち、どうすればいいんでしょうか…」

「あ、ああ…」

男の人は戸惑っていた。

「とりあえず、その寝ている三人を起こしてみるか」

「はい、そうしましょう」

私はユッサユッサと女子二人の体を揺らした。一人は美人なお姉さんで、一人は小さな子ども。二人ともいたってすぐに起きたみたいだ。

「うう…家に帰らねば……」

「うあ!…はあっ…はあっ」

子どもちゃんの方は悪夢から飛び起きたように、お姉さんの方は酔っ払いながら起きたように、それぞれ目を開け体を起こした。

男の人がユサユサしていたご老人も、起きたみたいだ。

「ありがとうございます」

私はお礼を男の人に言った、そこに何か意味があったという訳ではなかったが、私はお礼を言った。

男の人は声を裏返しながらも

「あ、いやこちらこそ」

と、静かな口調で返してくれた。



こうして、二つの交わる事のない物語

“双生史”は終わりを告げた。

「私は広人です、ヒロト」

唐突に、男は薄笑いを浮かべながらそう言った。

「上の名前は…忘れました」

「じつは私も…上の名前を忘れたのです」

次に、女は愛しさ含む笑顔を浮かべながらそう言った。

「私は史です、フミ」

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