西走
「お疲れ」
神様の後ろをついて行って案内されたのは、何やら西洋風の石造りの建物の並ぶ市街地であった。
「しばらく休憩にしようか」
「はい……」
私は少しの距離でも、予想以上に疲れが溜まっていた。慣れない道をただひたすら歩いた、それによって発生した疲労は、身体的なものよりも、精神的なものの方が大きな気がする。
「ちょっと休憩してて。私は幽霊ちゃんをちょっくら探してみるから」
「ゆ…幽霊ちゃん?」
聞き覚えのある名前だが、それは単に幽霊という単語だけの話だろう。この会話の流れで行くと……神様の言う幽霊ちゃんは、神様の友人のような関係なのだろうか?だとすれば、かなり高尚なお方であろう。
私がどうでも良い事について夢中になっているその目の前で、神様は石の道の上に正座で座り、何やら地面に手を置いていた。目を瞑った彼女によって、周りの空気が神秘的な、荘厳な雰囲気を持ち、それに私も呑まれた。
まるで清冽な川が、そこに流れているようであった。
「見えた」
神様は目を開いた。そして唐突に私に槍を投げ、飛び立ちざまに私を見下ろしながら一言浴びせた。
「ごめん、少し行ってくる〜」
槍を投げられる。つまり、私は投げやりされたのだ。
「………」
私は飛んでいく彼女を見て、ただただ絶句していた。神とはこんなものなのか、と。
「せめて、さっき何をしてたか。それくらいは教えてほしかったんだけどな……」
そんな思いで、私は神様の後ろ姿を目に写した。
こちらの世界での、初めての夜。
黒い影を追うこと、かれこれ二十五時間くらいになるだろうか、いやそんなはずは無いのだが、体感、それくらいであることを私は皆に伝えたかったのだ。
そう、まさにそれは唾棄すべき鬼ごっこだったのである。
黒い影は無尽蔵の体力の持ち主であるようで、私がいくら追いかけても追いかけても一向に力尽きることなく走り続けるのだ。そのせいで、私は少々、いや過多な疲労と倦怠感を覚えて、そしてそのまま地面に平伏したまま、日が沈んでしまった。
仰向けで寝転がっていると、快い風の吹く淨暗の中に吸い込まれて、私はそのまま臥薪嘗胆の如く薪の上で寝る、というわけではなく路地裏の鬱蒼とした道の上で寝たきりとなっていたのだが、頭の上にポトリと落ちた何かに驚いて目を開けると、福沢諭吉と目が合ったので、私は微睡みから覚醒した。
「何だこりゃ…」
私が唖然として、この世の理そのものを疑った。金が空から降ってくるなど、果たして神の悪戯以外に何があるだろうか?
「待てよ…神の悪戯?」
私は一度惚れかけた、例の顔を思い出した。まさにその時だった。空からまたまた、今度はタンクトップ?姿の誰かさんが降って来たのは。
それは果てし無く神に似ていた、いや神だ⁉︎
「ふぇ!」
夜であり、やはり視界は良好とは言えなかった。しかし、私の心の奥底の男心は、確かに紛いもなく揺れた。
ここら界隈には人もいない。
つまり監視の目はない。
そして目の前には一人の女性。
そう、私とて男であるのだ。
だったら罪の一つや二つ。
重ねたって男を貫け。……と
しかし、私の卑猥心が極まったのはそこまでであった。神の方から私に近づき、そして今起こっている事の重大性を、しっかりと伝えてくれた。
「魔法の一つや二つくらいならかけてあげられるから、頑張って!」
そうして私は、神命を背負った!正直、かなり高らかな気分になった。
神が私に伝えた事はこうである。
「黒くて小さい影を見つけたら、一刻も早く捕らえる事」
「捕らえたら、これで神を呼ぶ事」
と、私は何やら胡散臭い飾り物付きの笛を渡されたのだ。どうやら、これを首にかけておくといいらしい。
そして私は飾り物だけではなく、夜でも昼間並みに物体を見ることができる効果を持つという、魔法らしきものをかけてもらった。効果は一時間程度らしい。使ったのは、これが人生初だとのこと。
さらには神曰く、本来なら動物を興奮させる、言わば異性を惹きつけるフェロモン的なものの刺激を受けたことで、私のスタミナは増すだろうとのこと。正直言葉にするのは非常に難しかったが、神が言うには、それも魔法の一種らしい。興奮魔法、相手を興奮させる……
どう考えてもそれは魔法ではない気がするが…絶対その服装のせいだが…細かい事は気にするな。
「とにかく頑張って!」
神が私にそう言った時、私は会話に爆弾を落とされた気分になった。去り際に
「黒い影はここを右に曲がって直進して、二キロあたりのところで休んでるよ」
と有益な情報を教えてくれから良いものの、それならいっそ神が自分で捕まえれば良いのでは⁉︎と思う私であった。
というわけで、私は右へ曲がり、おおよそ十分間歩いた。確かに、暗闇に覆われた夜であったものの、所々道に落ちている一万円札くらいはくっきりと見ることができる。
そんな私の目が、道の先に微かに見えた、黒い物体を確かに捉えたのだ。
黒い影も私に気づいたらしく、背を向けて尻目で私を見つつ、一目散に逃げ出した。
さすがに、奴も馬鹿ではなかったようで、路地裏の一本道は絶対に通らず、曲がり角と曲がり角の間を縫うようにして逃げているように見えた、だがそれが、寧ろ奴の動きを予想できる要因であった。
私は先回りを試みた。
しかしながら、地の利を全く得ていない私が、いくら先回りしたところで、それが成功する確率は限りなくゼロに近かったのだ。
私が幾ら走っても、奴に追いつくことは敵わなかった。
というか、そもそもあの黒い影は、何者なのだろうか。
私が奴を追いかけている事について、私に利は全くないはずである。しかし、私が奴を追いかける理由の一つに、奴の正体を知りたいというのも、あるのかもしれない。




