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幻想世界物語  作者: 森 日和
現実世界史
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作曲家

壮絶な幻想世界といえば、皆は一体、何を想像するのだろうか。


幻想世界とは架空の世界であり、架空故に生み出すも自由、殺すも自由の世界であり、一度幻想世界に迷い込んだが最後、現実という芝生の上で一生を生きていた私たちにとっては、幻想世界とはまさに隣の青い芝生である。


例えば、夢を支配、操ることができるとしよう。その時、皆さんは、どんな夢を創造するだろうか。


勇ましい王国の王となる夢か


悲しい戦争の夢か


一人の人として生を全うする夢か


そんなものは人それぞれであり、それがまた面白い。性に飢えた者ならば、例えば美女との愛の夢を頭の中に綴るかもしれない。生き物が好きな者ならば、広大な古代の自然の中にいる夢を見るかもしれない。


夢とは無限であり、我々が持てる唯一の幻想世界、ファンタズムなのだ。


もしも、この世界自体が夢ならば…


これは、あくまでも架空の話であるが、時々そう思うことはないだろうか?

人の世に生きて、人の営みに疲れた時や、幸福に満たされて現実が信じられなくなっ

時。

「夢のような光景」とは言うが、実際それが夢だったならば…




実際、私もそう思ったことはあった。


自身の努力が報われる時ほど、夢のような体験はない。ましてやそれが人生の大きな分岐点となるならば尚更である。

例を挙げるならば、受験なんてそうだろう。


私は思う、受験とは黒々しいものである。


本来、人とは、自分の感性を活かして生きていく自由な生物である。強制的に勉強をするものではないし、私もそれは間違いだと思っている。


例えば、私は幼い頃から合唱団に入っていた。

私は歌が大好きだったから、合唱の練習は真剣に行ったものだ。そして歌が上手くなり、コンクールに出ることができ、私は思う存分に好きなことを満喫したし、満喫できたのはやはり努力があったからこそである。


しかし、勉強は嫌いだ。

日本人のほとんどは、勉強が嫌いだと発言する…実際私だってそうである。勉強ほどうんざりする学問はない。よって私はこれまで、勉強と学問は分けて考えてきた。勉強とは感性や個性なんて皆無であるが、学問とは感性を活かした、自由な学びである。


上記の方式でいくならば、私は学問を修めたい。



私の夢は作曲家だ。合唱で培った知識と、これから学ぶ知識と、自らの自由奔放な感性と、それらが噛み合わさって初めて曲は生まれるだろう。

曲が生まれるというのも、それこそまさに夢のような時であろう。


私が何のために作曲家になるかって?

決まっている、好きだからだ。






まずはじめにはっきり言っておこう。

私は高校生。

好きな色は赤。

好きな季節は夏。

分かるだろうか…私はとても情熱的で、明るい人間なのだ。


そんな私は合唱に青春を注いでいた。低音の安定した響きとビブラート、そして何よりもその歌いっぷりが素晴らしく凄絶で、みんなに引かれてしまう。

これが私の歌声だ。


そんな私の夢は作曲家である

私はこれまで度重なる曲作りに没頭し、それを評価してもらい、そして、幾度となく挫折を繰り返してきた。


同級生の大松さん

「なにこれ、ピアノ分かってんの?」


同じく、佐藤くん

「うん、まあ将来性はあるよ」


同じく、永田さん

「こんなに音域広かったら死んじゃうよ?」


同じく、山尾

「へぇ…これは随分とまあ下手くそな曲ですな…そもそも基礎がなってなけりゃ、曲なんて作れるわけないんです。あなたは基礎から学び直して、いや…あなたの場合は才能がないから、作曲は諦めた方がいいですよ。歌に専念しとき、上手いんやからさ。はっきり言って、僕が作った方が随分とマシな気がする…まあ、頑張れ、応援するからな」


このように私は幾度となく罵詈雑言を浴びせられてきた。しかし、それは容赦なく評価してくるみんなにも問題はあると私は思っていた。

それで私は、音楽の上原先生に曲を聴いてもらった。

上原先生は曲を聴いている途中に何度も顔を顰め、怒りをあらわにしていた。私は後悔した、さらには、その嫌な予感は的中した。


「あのね…まず曲の入りなんだけどね、あなた、調って知ってる?いくら音楽をやったことがない人でも、才能のある人は瞬時に調が分かるくらいなのに…合唱を長年やってきたあなたは一体何なんですか?こんなものも分からない?それと、あとここの伴奏…ピアノのことを何一つ分かってないわよ。それと………それと………あと……(以下略)」


なんとお説教は二時間にも及んだ。ここで勘違いして欲しくないのは、上原先生はとても優しい先生である、ということだ。


私が音楽を好きな理由とは

音楽とは、上原先生ですら鬼に変えてしまうほど情熱的な芸術であり、だからこそ、その情熱が私の闘志を掻き立てるのだ。


「このままの成績だったら…」

そうして担任にしかめっ面をしながら自分の成績を心配されても、私は辞めなかった。

ただひたすらに、作曲を学ぶために、歌の練習のために、時間を使った。


青春の全てを、私は音楽に捧げたのだ。


入学時には六十あった偏差値も今や三十を切り、留年は逃れてきたとはいえ、私の進路を極端にまで狭くなった。

だがそんなもの、私には関係ない。

「音楽で、大学入るんで」

私は担任に、そうきっぱりと告げた。


だが現実とは無惨なものだ。

私の大学受験は、はっきりというと失敗に終わった。

結局、私は高卒として社会に旅立つことになったのだ。

しかし私は徐々に、それでもいいのではないかと思い始めてきた。

「曲を作る時間がたっぷりあるじゃん」

私は最初、そうして浮かれていた。


だが、いざ曲を作ってみようと考えるが…不思議なことに、全くもって曲が浮かんでこなかったのだ。

これも駄目、これも駄目、これも駄目

私は次第に、自暴自棄に陥っていくことになった。


山尾から久しぶりの連絡が届いたのは、そんな時だ。

「唐突だけど、デビューした」

聞くと、山尾は大学のメンバーでバンドを組んで、オーディションを受けたところ、見事にプロデビューが決まったというではないか。山尾はボーカルとして、類稀なる歌唱力を認められたのだった。


不思議であった。高校時代、山尾の歌と私の歌ならば、圧倒的に私の歌の方が声量もあり、ビブラートも綺麗であった。私もひょっとしたらプロ歌手としてやっていけるのではないか、そう思った。



私の行動力は凄まじかった。

すぐに、オーディションを受けた。

しかし結果は落第。

私は納得いかなかった。なぜ駄目なのか、分からなかった。



バイトをしながら、高卒引きこもりとしての私は一年を過ぎた。

そんな、ある春の日、山尾から実に一年ぶりの連絡が来た。

「今度のライブ来るか?」と

激しい衝動に駆られるように、私は二つ返事で承諾した。



某日、ライブはとあるショッピングモールの特設ステージで行われ、たくさんの人々が集まっていた。言っておくと、山尾のバンドはまだ大して有名ではない。夢に向かってこれからという、将来を期待されるバンドグループである。


「蝶たちの舞踏会」

作詞作曲 山尾


ピアノの綺麗な音の上に、ギターのビートを刻む音が鳴り響く。激しさが目立つが、激しいだけではなく、調和のとれた音楽。

私はそのイントロの地点で、もう心を奪われた。

そして、山尾の歌声が聞こえてくる…


不思議だった。

音程は所々不安定だし、歌う見苦しさも完全に隠せていなかった。

だけど、その時の山尾は、音楽を感じていた。

音楽を楽しんでいた。

それを見た途端に、私の体にこれまた衝動が走った。


私は大事なことを忘れていたらしい。

音楽とは感じるものだ。

感受するものだ。

作曲だってそう、曲を作ろうと思うんじゃなくて、曲を感じるんだ…


時たま、馬鹿だなと思う時があった。

「フンフンフフンフーン」

と鼻歌混じりで歩いている山尾のことを、私は心のどこかで馬鹿にしていた。

しかし、今思えば。

あれが、音楽だったんだな。





私は音楽の真髄に気づくことができた。しかしそれでも、作曲家への道はまだまだ遠い。何しろ私には才能がなけりゃ、努力も嫌いだ。でも、努力と言われると、何か違う気がしてならない。それはおそらく、勉強と同じではないのだろうか。


音楽の根本は、馬鹿になること。

馬鹿みたいにフンフント鼻歌を歌ったり、馬鹿みたいに激しくピアノの鍵盤を叩いたり、馬鹿みたいな曲を作ったり…

音楽の根本は、そういうことではないのだろうか…


そして、作曲家とは、その馬鹿の一つ覚えを何個も何個も繋ぎ合わせて、調和させて、一つの曲を作ることではないだろうか。


そうであってもそうでなくても、今の私にはまだまだ知識が足りなけりゃ経験も足りない。高校生活から三年、今の私は、母から、必死にピアノを習っている。


いつか、自分の夢を叶えるために。

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