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一騎当千の災害殺し  作者: 紅十字
第二章
63/64

第63話 人と化け物の違いとは

 千風をおいて災害迷宮から脱出した誠と飛鳥。

 二人は現実世界に戻ってからも、千風を救おうと必死に動いていた。


 彼らは武道館の廊下を走る。

 向かう先は月影陽のいる控え室だ。

 すでに館内は陽のコンサートを楽しみにする人々でいっぱいになっている。


 こんな状況で陽を震源として災害が発生すれば、その被害は計り知れない。

 誠たちの行動に千風や人々の命運がかかっている、そう言っても過言ではなかった。


「誠、急いで!」

「分かってる。でも、こうも人混みになってたら、闇雲に探しても見つからないんじゃ――」


 糸を縫うように奔走する二人は、混雑する人の流れを読み取りながら進む。

 二人の目的は、月影陽の捕縛。

 災害迷宮から帰還する際、千風からエリカのライセンスを預かったのだが、その裏面にはメッセージ――思念が刻まれていた。


 千風からの伝言。

 その内容は要約するとこうだ。



 ――悪いが、お前たちに頼みたいことがある。

 相手は吸血鬼だ。今回ばかりは俺の力でもどうにもならない。

 が、現実世界にいる二人になら、俺を救うことができるかもしれない。


 頼みたいのは、元凶となった月影陽の捕縛。

 二人も気づいたかもしれないが、吸血鬼の容姿は陽に酷似していた。

 そこで俺は、陽のアイドルとしてのカリスマは、吸血鬼が関係していると考えた。

 陽を気絶させることができれば、もしかしたら陽とのリンクが切れて、吸血鬼を捕らえることができるかもしれない。


 吸血鬼を倒すことができないなら、外側から干渉し、原因となる元を断てばいい。

 相手は吸血鬼に囚われた身だ。くれぐれも油断はするな。

 だが二人なら、十分に可能性はある――頼んだぞ。


「やっぱり、千風は諦めてなかった!」

「うん、千風は俺たちを生かし、俺たちに自分の命を預けたんだ」


 別れ際の千風は諦めきった顔をしていた。

 幻獣型のクラーケンを圧倒し、一人生還したあの千風が。


 今回ばかりはどうにもならないと、二人を逃がすことだけを考えていた。



 それほどまでに、あの吸血鬼という存在は強敵なのだろう。

 だが、千風は最後の最後に仲間を頼った。

 誠たちのことを仲間として認識し、危険な頼みをお願いしてきた。


 誠はその事実がたまらなく嬉しい。

 千風に信頼されていると思うと、それだけで胸の奥が熱くなる。


 その信頼には、全力で答えなければいけない。

 千風が二人の命を救ったように、今度は自分たちが千風の命を救う番だ。



「はあ、はあ……。どうやらここみたいだね」

「うん、気を引き締めるわよ誠?」

「分かってる。相手は吸血鬼に囚われた少女。最悪の場合、戦闘になる」


 表札には月影陽の三文字。

 この奥に事件の元凶がいるのだ。


 基本的に、現実での魔法の使用は認められていない。

 しかし、状況が状況だ。必要となれば、すぐにでも使用しなければならないだろう。


 そのことを念頭に置きながら、誠は深呼吸をして。


「行くよ、飛鳥?」

「大丈夫、準備万端よ」


 二人は頷くと、勢いよくドアを開けた。


「月影陽、あなたを捕縛します!!」

「あはっ~、やっと来てくれた!」


 ドアの先で二人を迎えたのは、吸血鬼と同じ姿をした少女だった。

 天真爛漫なあどけなさの残る笑顔で、両手を広げなら、誠の方へと抱きつこうとしている。


「って、え――!?」


 その行動があまりにも予想外過ぎて、誠の反応が遅れる。


「しっかりして、誠!」


 飛鳥が二人の間に割り込むと、陽の腕を掴み、投げ飛ばす。

 しかし、陽は何事もなかったかのように着地すると、スカートの埃を払う。


「うん、そっちの子は戦闘慣れしてるね! 魔法より、近接戦闘の方が得意なタイプ?」

「速やかに投降してください。そうすれば展開中の魔法をあなたにぶつけることはありません」


 すでに飛鳥は魔法を完成させていた。

 これは警告。速やかに投降しなければ、こちらには制圧するだけの準備があるという脅しだ。

 広範囲を埋め尽くす爆炎系の魔法。

 飛鳥は本気でその魔法を陽に向けていた。


 遅れて、誠も完成させた魔法の射程圏内に陽を入れる。


「いいね、その容赦のなさ。ここ、屋内だよ? そんなことしたら民間人にも危害が及ぶんじゃない?」


 けらけらと、まるで緊張感を感じさせることなく、陽がかわいらしく笑う。

 その笑いは、人前で見せるようなものとは違う。

 可愛い容姿からは想像のつかない傲慢さだ。


「それじゃあ、どっちが強いか試してみようか?」

「後悔するわよ?」

「どうかな? こう見えてぼく、結構強いよ?」


 陽は好戦的な笑みを浮かべて、自身のアイドル衣装に手をかけ――ためらいもせず破き捨てた。


「なっ!?」

「あはは、男の子の反応かわいい~~。そりゃあ、かわいい女の子が目の前で服を脱いだりしたら、びっくりするよね~」


「警告はしました。《咎人たる聖者の礎、その不条理たらしめる天秤の下、凱歌の焔を築き給え――華粒炎(グランドフレア)》!!」


 飛鳥は躊躇せず、魔法を放つ。

 現状彼女が扱える、最上級の魔法だ。


 飛鳥の周囲を幾重にも囲む魔法陣。

 その中央からあらゆる豪炎が飛び交い、それらはやがて円環となり宙へと舞った。


「炎熱系かあ~見た目通りかな。でも爆破属性も付与してある……速いうえに厄介だね! これはセカイと契約してなかったら危なかったかも?」


 陽は飛鳥の放った魔法をいとも簡単によけながら、そう分析する。

 彼女の服には焦げ後の一つも付かなかった。


「うそ、なんで……」

「そう、おびえた顔しないでよ……傷ついちゃうからさ。ぼく、みんなが憧れる国民的アイドルだよ?」


 だからこそだ。

 飛鳥の魔法はアイドルが避けていいようなものではない。

 プロの魔法師を目指す学生の大半が、この魔法一つで沈むような代物なのだ。

 誠ならよけるのが精一杯、氷室であれば反撃の一手を奪うほどの効力がある。


 それを目の前の少女はこともなげによけてしまった。

 その事実が飛鳥には信じられない。


 千風に無力化されるのなら、仕方がない。

 生徒会長に詰め寄られるなら、諦めがつく。


 だが陽は魔法師ではない。アイドルなのだ。

 千風が気をつけろとは言っていたが、これはあまりにも予想外だった。


「飛鳥、下がって!!」

「くっ――!」

「《東西別つ土御門の――》」


 飛鳥が後方に飛ぶ。誠が胸の前で両手を合わせる。

 それと同時、飛鳥のいた足下に土の柱が生まれた。


 飛鳥へと襲いかかる陽を分断するようにせり上がっていく。

 そのまま左右に広がり、陽を炎の海に閉じ込めようとして。


「うわっ~、むごいことするね。あたしを閉じ込めて蒸し焼きにするわけだ。キミは魔法の構成を熟知しているね」


 顔色一つ変えずに、陽はスカートから取り出したナイフを壁に突き立てる。

 そのまま、壁がせり上がる勢いに任せ天井に達すると、簡単にこちら側へと侵入してきた。


「よっと! それじゃ、まずキミの方から――」

「はやっ……冗談だろ!?」


 着地と同時、陽が誠の眼前から消える。

 誠の背後に現れ、加速した勢いのまま裏拳をたたき込む。

 誠は吹き飛ぶと、壁に叩きつけられた。


「がっ――!?」

「誠っ!!」


「うん、まず一人だね」


 アイドルの小さな拳から放たれる威力でなかった。

 ただの裏拳で人間が吹き飛ぶ……ありえない。


「ふたり、ほんとに千風の仲間なの?」

「なんで、あなたが千風を知ってるの……」

「直接面識があるわけじゃないよ、セカイを通して流れてくるんだ」


 飛鳥には陽の言っている意味がまるで分からない。

 つまらなそうに飛鳥を見つめ、拳についた血を頬で拭う。


「で、どうする? さっきの魔法が奥の手なら、ぼくを捕まえることは不可能なわけだけど?」


 確かにそうだ。魔法を軽々しく避け、誠を卒倒させるだけの実力がある。

 一対一では陽には敵わないかもしれない。

 そんな考えが脳裏をよぎる。


「でも、私は千風と約束したからっ。守るって、ずっと一緒にいるって!!」

「うん? でも、力がなければそれは叶わないよ」

「分かってる! そんなのは自分が一番理解してる。だから――」


 飛鳥の身が爆ぜる。足下の魔方陣を発動し、爆風を利用した加速を遂げる。

 誠は戦闘不能だ。頭数に入れることは出来ない。

 だからこそ、使える技だ。これは制御が効かないから。

 暴走して、理性を失うから。


 でも、仲間に危害を加える心配がないのなら――。


「私はまだ、戦えるっ! 《来たれ紅蓮、焼源を此処に――超速炎弾(ラピッド・フレア)》」

「さっきよりも低級? そんなんじゃ、ぼくには……」

「お願い、きて――【華炎刃(かえんじん)】」


 炎を隠れ蓑にして【憑依兵装】を権限させた。


 飛鳥の右手に突如、炎が収束する。

 やがてそれは、一振りの剣の形成していき。

 剣の周囲を煌めく炎が螺旋状に渦を巻く。


 蒼と橙の灼熱が、飛鳥を中心に業火をまき散らす。


「あ、憑依兵装(それ)は予想外だ。防ぎようがない」

「――さようなら」


 飛鳥の冷めた瞳が陽を見据え、横に薙ぐ。


 華炎刃が陽の腹部を捉える。

 視界を覆う、閃光にも匹敵する発火。

 地震を想起させる振動が館内を襲う。


「けほっ。はあ、はあ……さすがに、ぼくじゃ……受けきれなかっ――」


 そう残して、陽は気絶した。





「やったよ、千風。これで私……」


 ふっと、意識が遠くなる。

【憑依兵装】を使った代償だ。

 飛鳥にはまだ、華炎刃を使いこなすだけの力はない。


 それでも、ひとまず……自分たちの役目は終えたのだと、安堵の息が漏れる。

 そう思った途端、全身の力が抜け、飛鳥も気を失うのだった。




 ***



「――王位解放(オーバー・アーク)、隷属しろ【黄昏の王(アーク)】」

「なっ……それは!」


 ドクンッ。千風の心臓が脈打つ。まるでナニカに反応するように。

 千風の中で何かが渦巻く気配が感じられる。



「黄昏の王? ははっ、これは傑作だ!」


 世界が目を見開いて笑う。

 彼にとっても、この状況は予想外なのだろう。


「当たりじゃないか! この場に王が二人も……予定変更。君も仲間にしよう――」


 次の瞬間には空の眼前に世界がいた。

 まるで目で追うことが出来ない。


「近づくな吸血鬼!」



 空が腕を振るう。

 たったそれだけのはずなのに、神速に匹敵した腕は、世界の片腕を切り落とすには十分だった。


「があっ!?」

「くっ!」


 その衝撃で千風も後方へと吹き飛ぶ。


「千風、君も王の力を使うんだ。目には目を、王には王だ」


 世界が腕をくっつけながら、苦悶の表情でそう告げる。

 どこか余裕がないようにも見える。



 吸血鬼、それも始祖を名乗る世界を圧倒する人間。


 それは果たして、人間と呼べるのだろうか。

 世界の横顔を尻目に、ふと、そんな疑問が浮かぶ。

 あまりにも強大な力。


 強大な力に抗うには、それを上回るほどの力が必要になる。

 まるで際限がない。

 力、力、力……。

 どこまでいっても力が必要なのだ。


 もう、空は人間じゃない。

 人の形をしてはいるが、その力は、人が手にして良い物とは到底思えなかった。

 そして、それに対抗しうる力を持った千風もまた、人間ではないのかもしれない。


 そもそも、迅雷鬼や宵霞を飼っている時点でもう、人の理を外れてしまっている可能性がある。

 あまりにも多くのものを犠牲にして、千風はここにいる。

 後戻り出来ないところまで来てしまっていた。


 コツコツと軍靴をならしながら、空がゆっくりと迫る。

 切っ先を千風の顎に添え……。


「使えよ、千風。お前のナカにもいるんだろ?」


 空の背後は空間が歪んでいる。

 無理矢理曲げられて、その中から異形の瞳がギョロギョロと千風を見つめていた。

 青白い、生気の抜けた無数の手足が、外に出ようと蠢いている。


 そんな空の姿を、後ろで見ている氷室は絶句している。

 当たり前だ。こんなものは、人が手を出していい領分を――遙かに逸脱していた。


「なあ、空……俺たちは人間なのかな?」

「お前も分かってるんだろ? 誰かを守りたいと願うなら、同じ土俵にいることは赦されない」


 ボクたちは血を流しすぎた。空は悲しそうに言う。

 あまりにも理性を保ったまま、バケモノを使役して。



「ボクたちは魔法師だ。化け物じゃない。人を災害から守る存在……なら、理性を保って人間を辞める必要がある」

「それでも俺は、人間でいたいよ。あいつらと一緒にいたい……」


 千風の脳裏には飛鳥や誠、イザベルの姿が浮かぶ。

 どうしても守りたい存在。

 こんな窮地に立たされてなお、三人の事を常に考え続けている。


「なら、お前も王を()()。理性を手放すな」

「それは傲慢過ぎるよ。バケモノを凌駕する力を持っておきながら、人間を名乗るなんて、虫が良すぎるとは思わないかい?」




 どちらの言い分もきっと正しい。

 三人で一緒にいるには、途方もない力がいる。

 そしてそのためには、人間でいる訳にはいかないのだ。

 だが、化け物になるわけにもいかない。


「さあ選べ、千風」

「千風、君はワタシの味方だろう?」


 前方から空が、隣から世界が、手を差し伸べてくる。


「悪いな空。それでも俺は、人間を辞める気にはなれないよ。あいつらの側にいてやらなきゃいけない」

「そんな甘えが通じないことくらい、理解しているだろ?」


 千風はゆっくりと立ち上がる。


「けど、それぐらいの気概がなきゃ、この世界では守りたいものすら守れない」

「いつまでそんな子供みたいな話を……」




「世界、お前は俺の仲間だよな?」

「ああ。君の仲間さ、千風!」


「馬鹿なこと言ってる場合か!? ここで殺さなきゃ、ボクたちが……」


 世界の表情が明るくなる。

 腕も完治し、千風の隣に並ぶ。


「君は話が分かるね、千風」

「なら、お前が俺を利用するように、俺はお前を利用する」

「構わないよ、それでワタシの願いが叶うなら」


「決まりだ。空、理解しただろ?」

「そうか……なら――」


 空は目を伏せ、覚悟を決めたようだ。

 お互いの視線が交錯する。



「おや、これは……?」


 その瞬間、世界がガクンと、バランスを崩す。

 恐らく、飛鳥と誠が陽の捕縛に成功したのだろう。


 それを確認して千風は、


「やれ、空。俺なら無事だ。帰るぞ――」

「……そうだね」



 空が王の力を振るう。

 その先には世界と、千風がいる。

 到底回避出来るものではない。

 千風ごと世界を斬り伏せるつもりだ。



「世界、お前が仲間なら、現実(こっち)に来い――っ!」

「なるほどね、それはそれで面白い。この場で誰も失わない方法だ」


 二人分の血飛沫が舞う。胴体が宙を飛び――それで決着だった。

 吸血鬼はこの程度では死なないだろう。

 だが、戦闘不能には出来た。回収し、現実世界に帰ることができる。


 千風は、彼が普通の人間なら、死ぬ。

 だが、千風ももう、人間じゃない。王を宿している。

 それは空も肌で感じていた。同じ継承者の一人なのだから。


 だからこそ、この手法がとれた。

 すぐに帰って、緊急治療をする必要がある。

 それで、何もかもが元通りだ。




 災害迷宮が瓦解する。

 主を失い、その存在性が曖昧になったためだ。



「待たせたね、氷室。帰ろう」


 そう笑う空はどこか狂気じみていて。

 氷室は言葉を発する事が出来ない。


「まだ、早かったかもしれないね。でも……これが魔法師の世界だよ?」

「……っ!!」

「さあ、千風を背負って。直にここは崩壊する……マキノさんも無事だといいけど」



 四人が青白い魔方陣の光に包まれる。

 向かう先は彼らの住む、現実の世界。


「帰ったら、色々と話すことがありそうだね……」



 そうして、災害迷宮から四人は姿を消した。



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