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一騎当千の災害殺し  作者: 紅十字
第二章
62/64

第62話 王との邂逅

 ――まただ。

 ――また、ここに来てしまった。


 千風はこの場所を知っていた。

 今までにも何度か訪れた場所。

 死ぬ間際はいつもここに来ていて。

 その度に、誰かを失っていた。



 黒い空間。

 足元には無限の空が広がっている。

 それ以外には何もない。

 足元は恐ろしいほどに晴れていて。

 それなのに空間自体はびっくりするほど真っ暗で。

 この世の概念とは異なるとしか思えない場所に来てしまった。


 どうしてここにいるのかは分からない。

 だが検討はついた。

 どうせまた、死にかけたからに違いない。

 そう千風は感じながら、ゆっくりと背後を振り返る。

 そこにいたのは、一人の少女。


 見たことはある。

 だが、記憶の奥底からその思い出を引っ張ってくるのは難しい。

 まるで、記憶そのものにブロックを掛けられているみたいで。

 自分でその記憶を掘り起こそうとするのは不可能だった。



「久しぶり、そういった方がいいかしら?」


 少女が喋る。

 口調は非常に穏やかで、その表情はどこか儚げだ。

 残念そうに、まるでこちらを憂いているように話しかけてくる。



「なぜそんな顔をする?」

「よくないことが起きるからよ」

「よくないこと?」

「あなたがここを訪れると、決まってそうなの。そう――仕組まれてる。いえ、今のあなたは違ったのかしら?」


「どういうことだ?」

「あなたにはまだ、分からない。そのはずだったのに……」


 千風の質問を無視して少女は続ける。



「空を見下ろしたことはある?」


 唐突にそんな事を聞かれた。

 千風には質問の意図が分からない。

 空は普通、見上げるものだ。


「そうね、例えばこういった感じで」


 少女が空を見下ろした。


 口元がとても悲しそうで。

 千風は少女に触れようとした。


「だめよ。触れてはだめ。わたしは禁忌だから……」



 そういって身を退く少女。


「でも、あなたは選ばれてしまった。悪魔に」

「どういうことだ?」

「いずれ分かるわ」


 会話がまるで成立しない。


 不穏な音が背後でなった気がした。

 まるで背筋を氷の刃でなぞられるように。

 耳鳴りがひどい。鼓膜が壊れそうだ。


 間違いなく疲労だけのものではないだろう。

 憑かれているのだろうか?



「あなたが次起きたときには、すべてが始まってしまっている」

「意味が分からない」

「世界があなたをここに呼んだんでしょ? あの子は禁忌わたしに抵触した――なら、その制裁がやってくる」


 少女の絹のように滑らかな長髪が風にまう。


「王の継承者は全部で七人。それぞれが、それぞれの目的のために殺しあう。最後に目覚めるのは、あなたよ――千風?」


 ひどく悲しそうな双眸が千風の瞳を捉える。

 深海のように深くずっと見つめていると、不意に吸い込まれそうになる。

 直感が告げる。目の前の少女の形をしたナニカは、危険だと。



 自分のことを世界と名乗る、怪しげな吸血鬼と同じ匂いがすると……。



「良いから、わたしに身を委ねなさい? そうすれば救ってあげられる――王に対抗するだけの力を分けてあげることができる」

「一体何を言っている?」

「今すべてを理解する必要はないわ。ただ、これから先、生き延びるためには今まで以上の力がいるの」



 扉は開かれた。なら、あとはその先に進むだけ。

 違うかしら?

 そう、笑って――少女の瞳に闇が広がる。


「あなたの王としての名は――【太虚の王(ホロ)】。神に仕える七人目の王、その継承者にあなたは選ばれた」

「待て、まだ話が――」

「いいえ、おしまいよ? わたしにできることはこのくらいのことだもの」


 そう、引き金はいつも、星詠みの一族なのね……。


 悲しそうにつぶやく。

 その声が千風には聞き取れない。


 それからは一瞬だった。

 足元に生まれた黒い泥に包まれて、千風は一瞬にして意識を失った。




 ***




「あはっ、千風のナカで君を見つけたよ、氷室クン? 相当好かれているようだ。でも君はここで、ゲームオーバーさ!」


 世界が嗤う。

 それだけで空間が歪むほどの威圧感を氷室は感じて。

 確かに自分だけでは、どうにもならなかったかもしれない。

 けれど、氷室は一人じゃなかった。

 この場にある人を呼び寄せるから。


 その人なら、この危機的状況でさえ、なんとかしてくれる。

 それだけ氷室は信用していた。

 この世でただ一人、氷室が信じることのできる人。

 氷室は叫ぶ。真意の解放――己のすべてを声に乗せ、言の葉を紡いだ。


Яe;Code(再起)――Ouroboros(流転する輪廻)





 刹那、首飾りは七色に明滅を繰り返した。

 まばゆい光。


 世界は思わず視界を腕で覆った。




「これは――強制転移か!」



 だが、この場にいる誰一人として姿を消すことはなかった。

 世界が勝利を確信した笑みをこぼす。


「あはは、最後の最期でハッタリかい? 中々面白かったよ!」


 世界の右手が氷室の喉を裂かんと伸びる。

 あまりの速度に物理的に腕が伸びているような錯覚にさえ、陥ってしまう。


 視認できても、身体が追い付かない。

 もはや氷室に回避行動は、不可能。


 ゆっくりと瞼をとじる。

 深く呼吸を整えると、身体の力を抜く。

 世界の攻撃は避けられない。受ければ確実に死ぬだろう。

 だが、氷室は死なないことを予感、否――予知していた。


 だから、彼は次に繋げるための一手を指して。



「いいや、そうでもないさ」


 世界と氷室の間に割り込むようにして、一人の青年が姿を現した。

 一瞬の出来事だ。世界の右手が氷室の喉を掻っ攫うより速く――成宮空の振るった刀身が、世界の右手を肩口から切り捨てた。


「ボクがいる。弟子を死なせるわけがないだろう?」


 血柱が舞う。あまりにも鮮やかな深紅の血液。

 ここまで綺麗な血を氷室は見たことがなかった。



「がっ――!?」



 世界の瞳が揺れる。

 目の前の光景を理解するのに、手間取っているのだろうか?

 だが、すぐにその双眸は氷室と空を捉えた。



「十二神将、か……。少しだけ分が悪い、のかな? けど、まだ退避するような脅威じゃない」



 世界は苦悶の表情を浮かべながら、切り飛ばされた右腕を肩口へと押さえつける。

 すると、みるみるうちに右腕は繋がっていき、やがて、傷口の一つも分からなくなるほど、綺麗にくっついてしまう。



「それで……? 二人ならワタシに勝てると思っているのかな?」


 その声音はわずかに怒気をはらんでいた。

 鮮やかな髪は乱れ、高貴な表情には動揺の色が窺える。



「アリスよりはマシな気がするよ。正直あのままだとやられてたのは、ボクだ」


 空が苦笑いを浮かべる。

 実際アリスに脱出不可能な魔法を使われたときには肝を冷やした。

 こちらからのアクセス、その一切を受け付けない空間だ。

 魔法も憑依兵装も、その全てが虚無へと変わる。



 こと、魔法戦において絶対的な自信を誇る空ではあるが、魔法が使えなくなってしまえば一般人にも劣る。

 あの場にいたところで、マキノの邪魔をすることになっていたのは火を見るよりも明らか。

 であれば、肉弾戦においても一定の強さを誇るマキノに、アリスは任せた方が得策なのだ。


 実際、今の空では魔法が使えたところで、アリスと渡り合えるかは厳しい状態と言えるだろう。

 それは、彼女の部下だったヱオの、魔法を瞬時にコピーする能力からも明らかだ。



「そう考えると、助けられたのはボクだね? ありがとう、氷室」


 隣に立つ氷室に笑いかける。

 穏やかな笑み。


 概念に捕らわれたものでは脱出不可能だっただろう。

 だからこそ、理の外に存在するものを使う必要があった。

 外部からのアクセスのおかげで、空は一命を取り留めた。


「べつに、あんたを助けるためにしたわけじゃない」


 氷室とこうやって顔を合わせるのは、ずいぶん久しぶりだった。

 彼と出会ったのは、氷室が十三歳の頃だっただろうか?


 酷く冷めた目をしていたのを覚えている。

 まるでこの世界のすべてに絶望したような瞳だった。

 子供がしていい目ではない。


 当時、十二神将になり立てだった空は、自分の力を過信していた。


 だからだろう。

 自分には、自分だけは、何でもできると勘違いして。

 C.I.を脱退した後、気象庁への配属を機に、氷室を一年ほど弟子として迎えることにした。


 氷室の成長は目覚ましいもので、空の教えたことを次々と吸収していった。

 若い力にはいつも驚かされる。

 一年付きっきりで指導を終えると、氷室はプロとしても十分にやっていけるだけの力を身に着けていて。


 ちょうどそのころだっただろうか?

 以前教えていたもう一人の弟子。

 ――如月千風が最年少で十二神将になったと、知らせを聞いたのは。


 直接の指南役は、空の師でもあった時枝だ。

 彼が指導するとなれば、強くもなるだろう。

 だが、その成長速度は異常なものだった。


 どれだけ血のにじむような鍛錬を積めば、それだけの領域にたどり着けるのだろう。

 当時、最年少で十二神将になった空としては、非常に悔しかったのを覚えている。

 別に実力で劣っているわけではない。

 ただ、千風の方が早く、十二神将になっただけの話だ。


 だが、空は千風に興味を持つと同時に恐怖感のようなものを感じているのも事実だ。

 千風が自分と同じ年齢になったとき、どれだけの領域に到達しているのか。

 そして、その頃の自分がまだ彼にとって師でいられるのか、不安でしょうがなかった。


 きっと千風にしろ、氷室にしろ、空と同じ年になったときには遥か高みにいるだろう。

 その時に笑って彼らを迎えてやれる自信が空にはなかった。






 それでも、今はまだ助けを求められている。

 魔法師としての腕を認められているのだ。

 なら、まだ必要とされているのであれば……。

 ――師として弟子を守ることは当然のことだ。


「氷室脱出の準備を」

「でも、如月の奴が化け物に……」

「大丈夫、あいつは簡単には死なないよ?」

「え?」


 きょとんとした眼をこちらに向ける。

 その表情は年相応で。

 はじめて出会ったときからは想像もつかないほど、柔らかい表情をするようになっていた。






「どうやら、悪魔と契約してきたみたいだね?」


 世界の背後、床が唐突に明滅を始めた。

 青白い魔法陣。

 幾何学的な模様を刻むその円環は、一人の少年を顕現させた。


 いうまでもない。

 千風だ。

 だが、その雰囲気は少しだけいつもとは違う。

 普段から濁りきった瞳は、一層に濁り、彼の全身からはすさまじいオーラを感じる。


「はは、君も大変だ。鬼に悪魔に、天使(・・)か……。もう、人間の部分なんて残ってないんじゃないか?」


「うるさいな、世界。で、状況はどうなってる?」

「あー怖い、怖い。そんな目で見られたら、ビビッて漏らしちゃうよ?」

「御託はいい。状況を話せ」


「あーはいはい。君も冗談が通じないなあ」

「俺が会ったアイツは何だ。お前のことを知っているみたいだったぞ?」

「さてね……おっと、キミのお仲間がそろそろしびれを切らしそうだ」


 顎でくいっと空と氷室を指す。

 その先には千風の顔見知りがいる。


「如月……」

「無事だったんだな氷室、だっけ?」

「僕を名前で呼ぶな」


 氷室はそう切り捨てるも、安堵の表情を見せる。


「まさか、あんたまでここに来てるとは思わなかったよ――空?」


 かつての旧友に声を投げかける。

 命の恩人で、師で、十二神将の男に。


「それはこっちのセリフだよ、千風」

「どういうことだ! なんで如月が空のことを知っている!?」


 意味が分からないとばかりに氷室が叫ぶ。

 氷室からすれば当前の疑問だった。

 成宮空という男は魔法師の中でも頂点に君臨すると云われる、最強の魔法師の内の一人だ。

 本来であれば、学生は謁見はおろかその存在にすら気づけない。


 それが、なぜか千風は空の存在を知り、呼び捨てにする仲なのだ。

 疑問に持たないはずがない。


「悪いが氷室、詳しい話はあとだ。で、空。あんたはこの吸血鬼を殺すつもりなのか?」

「当たり前だ。生かしておくメリットがない」


「そうか、なら――」


 千風がつぶやく。

 世界は静かに笑って。


 刹那、金属同士がこすれ合う甲高い音が、迷宮内に響く。

 千風と空の刃がお互いを切り伏せようとせめぎ合う。


 世界を守るように空の前に千風が立ち塞がる。


「これは、なんの真似だ――千風?」

「簡単だよ。世界は殺させない」

「状況を理解しているか? ヤツは吸血鬼、ボクらの敵だ。なら、殺すべきだ」


 空の言う通りだ。災害因子である吸血鬼は敵。

 なら、排除する必要がある。そう考えるのは必然。


 だが世界はそれ以上に利用価値のある存在。

 世界の話によれば、怠惰な神に愛想を尽かした天使が、介入してこようとしているらしい。

 それはマズイ。天使なんてものがこの世に現れれば、間違いなく人類の滅亡に近づく。


 そして似たような話を、千風は少し前にイザベルから聞いていた。

 それは飛鳥の死という未来。


 千風の周りに誠やイザベルいなく、飛鳥を失った千風が狂う未来。

 その未来の結末は、荒廃した世の中なのだという。


 三人を失う未来は回避する必要がある。

 世界には天使を殺す理由がある。

 ならば、彼の力を利用しない手はなかった。


 そう考えれば、ここで千風がとる行動として、世界を守るというのは最善手だろう。


 月影陽という、カラミティアを憑依させることのできる特異体質の存在もある。

 千風はすでに飛鳥と誠に現実世界での作戦を指示していた。ここで失うのは惜しい。



「空、お前が俺の邪魔をするなら、殺すぞ?」


 そう言いながら、千風は空にだけ通じるようにアイコンタクトをとる。


 ――俺に考えがある。五分だ。全力で俺と時間を稼いでくれ。

 ――本当に大丈夫なんだろうな? 正直、二人がかりでもあの吸血鬼を倒すのは難しいぞ。

 ――大丈夫だ。外から俺の信頼している仲間が接触する話になっている。

 ――あの子たちか……。


「誰に物を言っている? 君に魔法や体術を教えたのはボクだぞ?」


 どうやら、空も本気で作戦に乗ってくれたようだ。

 本当に千風を殺すつもりで、戦闘が始まる。


「くっ、世界――空はどうする? 仲間に引き込むか?」

「ん~無理そうじゃない? 何か相当怒ってるっぽいし……それに弱そうだから、殺しちゃって良いよ」


「だってさ?」

「ふんっ、ボクも舐められたものだね。いいよ、十二神将の力を見せてあげる」


 その言葉を皮切りに、十二神将同士の本気の殺し合いが始まる。


「――(ゼツ)


 初めに仕掛けたのは、千風だ。

 一瞬にして魔法を完成させる。

 世界が言ったとおり、魔法が使えるようになっていた。

 恐らく、あの少女との出会いがきっかけだろう。ついでに体も五体満足に完治している。


 魔法を使用するのはずいぶん久しぶりだ。

 それでも、今までを遙かに上回る速さで詠唱できたことに内心驚く。


 千風が使用したのは、瞬間移動の魔法。彼が得意とする、風を操る魔法。

 瞬時に千風の体は空の背後に移動した。


 そのまま制服のポケットからナイフを数本取り出し、空へと放つ。

 ――が、そのナイフが空に届くことはなかった。


「誰がその魔法を教えたと思ってる、千風。――ボクに通用する訳がないだろうっ!!」

「くそっ――宵霞!! あ、ぐっ!?」


 身をバネのように翻し、襲いかかる氷の柱をよける。

 よけきれないものは、宵霞を使って退けるが、それだけでは足りなかった。


 左肩口を貫く氷が、千風の体温を急速に奪う。

 千風が一つの魔法を完成させる間に、空は千風と同じ魔法以外にもう一つ、展開させていた。


 その腕は衰えるどころか、千風が師事していたときよりも遙かに洗練されている。

 十二神将として、最前線で戦っているというのは伊達ではない。

 加えて、空はまだ【憑依兵装】すら使っていない始末。

 完全に空の方が上手(うわて)と考えていい。


「千風、最期に良いものを見せてあげるよ」


 五分だ。そう、空の瞳が告げる。約束の時間は過ぎた。そう言いたげに。

 そうして、哀れむように空の唇が揺れた。



「――王位解放(オーバーアーク)、隷属しろ【黄昏の王(アーク)】」


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