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一騎当千の災害殺し  作者: 紅十字
第二章
61/64

第61話 Яe;Alice†

 目の前の光景に、氷室は目を疑った。

 救おうとしていたはずの存在が、今この瞬間、自らの前で腹部を貫かれていたから。



 信じられない美貌をもった少女。

 現実でその姿を見たのなら、人と見間違えていただろう。

 だが彼女はそれは、違う。人間では考えられない速度で動いたから。



 深々と突き刺さる、ヒトの形をした化け物の右腕。

 口元から生えた牙が深紅に濡れる。

 千風の首筋から血液を奪ったのだ。


 それは伝承で語られるようなバケモノで。

 氷室はその存在に心当たりがあった。



「吸血鬼……!」


 氷室の顔が怒りで歪む。

 口端から血が流れるが、それを気に留めていられるほど、心に余裕はない。

 全身が震え、体内の血液が沸騰しそうなほどだった。

 これほどまでに激情をあらわにしたことなどあっただろうか?


 なぜ、ここまで心が揺さぶられるのかは分からない。


 千風に命を救われたのは確かで。

 それに恩を感じていないかと言えば、嘘になる。

 だが、それだけのはずだ。

 救われたから、その借りだけは返そうと――そう思っただけ。



 それなのに、これほど胸の奥がざわつくことなど、あり得るのだろうか?

 ついこの間まで、赤の他人だったのだ。

 それが、命を救われるような関係になって、気づけば自分も救おうとこの場にいる。





「うわあああああ!」


 気づいた時には、身体が動いていた。

 情けない雄叫びを上げながら、氷室は人型の吸血鬼に刃を向ける。



「威勢がいいのは感心するけど、あまりにも品がないよ。千風の足元にも及ばない」


 嘆息を吐く吸血鬼。

 その瞳は光を宿さず、つまらなそうに、氷室を見下していて。



 それがより一層、氷室の精神を逆撫でする。



 確かに千風には敵わないかもしれない。

 それは、氷室自身が一番よく理解しているはずだった。


 いつだってそうなのだ。

 彼は新しく何かを始めれば、すぐに人並み以上の領域に達することはできた。

 けれど、そこまでで……。

 決して、達人の領域には到達できない。

 努力を惜しんだことなど、なかった。


 上手くなる。強くなるためには、何だってした。

 それでも彼は、全てを覆せるだけの力を手に入れることは不可能だった。


 何もかもできた。

 けど、それだけで――極めるには至らない。

 何者にもなれない、半端者。


 氷室を知る者はいつだって、彼をそう嗤っていた。

 そうやって彼は、馬鹿にされ続けてきた。



 ようやく見つけたと、自分にも居場所ができたのだと、そう思えるようなものを探し続けて……。





 氷室は魔法に出会うことになった。

 魔法では、魔法だけは……他の追随を許さないほどの実力をつけることができて。


 日本に数ある魔法学校のなかでも、一流のエリートしか入ることが許されない、名桜学園に首席で入学することができた。

 入学後も、他の追随を許すことはなく、日々を過ごしてきた。



 楽しかった。魔法だけは自分を裏切らないのだと、そう実感することができて。

 優越感に浸れて、自分の存在をこれほどまでに感じることなど今までなかった。


 親の自分を見る目さえも変わる。

 今まで氷室に期待などしていなかった両親が、目の色を変えて氷室に寄り添うのだ。

 お前は天才だ。自慢の息子だと。

 ――金になる道具だ、と。


 今まで関心すら抱かなかったはずのクズどもが、寄ってたかるのだ。

 反吐がでる。



 だが、そんな虫けらに一々意識を向けてやる必要などない。

 氷室は圧倒的で。それを裏付けるような実力を手にしたのだから。



 けれど、そう自信満々で入学した名桜学園にはバケモノのような人間が多くいた。

 三年には副会長の天王寺。

 わずか二年で天王寺を凌駕した、会長の紫水。

 この二人は別格の力を持っていた。


 そして編入で入学してきた如月千風。

 彼もまた、氷室にはない強さを持っていて。



 だが、彼らの力は人が持っていて良いような力とは、かけ離れていた。

 あそこまでの力を手に入れる術は今の氷室では想像もつかない。

 だからこそ、諦めもつくはずだった。


 けれど、そんな千風でさえ、今目の前で腹を貫かれ命を散らそうとしていて――。



 どれだけの力を持っていても災害因子はそれを凌駕してくる。

 自分よりも強い人間が簡単に死んでいくのだ。



 強かろうが、弱かろうが。

 バケモノにそんなものは関係ない。




「なんで、なんでみんな!」


 きりがない。

 上には上がいる。

 その上にだって全く歯が立たないほどのバケモノがいるのが現実だ。


 そんなことは分かっている。

 それでも悔しいから、認めたくないから……。


 だから氷室はこれまで醜く足掻き続けてきた。




 追いつこうと思っていた。

 ライバルだと認めることのできるクラスメイトが、初めてできた。


 いつか肩を並べるほどの力をつけて彼の隣に。

 そう思って――。


「なのにっ!」


 その相手が今にも死にそうになっているのだ。


 許せない。

 許してやらない。

 簡単に死んで貰うわけにはいかないのだ。



「僕から奪うだけ奪って、先に行くなんて許さない!」






 叫びながら、氷室は右腕を突き出した。

 彼の右手に氷の波紋が生じる。

 水蒸気を瞬く間に凍らせ、空間に氷の刃を形成していく。



「へえ、キミも中々やるみたいじゃないか……!」


 陽の姿をした世界が、楽しそうに舌を出す。



 刹那、二つの影が爆ぜた。

 次の瞬間には爆発的な衝撃とともに、二人の剣閃が交錯する。



 拮抗したのは一瞬。

 氷室の形成した氷の刃は簡単に砕けてしまう。



 初めから想定内だった。

 この程度の力で、吸血鬼と渡り合おうなどと思ってなどいない。


 だから、この攻撃は次につなげるための布石だ。

 全ては千風を救うため。

 この場から、二人で逃げるための一手だった。


 氷の破片が世界の視界を隠す。

 ほんのわずかに生まれた隙。

 これを逃がすわけにはいかない。


 宙返りすると、氷室は世界の背後に回り込む。

 だが、その行動は読まれている。

 視界を遮られたところで、世界の動きを止められるわけではない。

 それでも氷室は止まらない。

 懐からナイフを取り出し、心臓めがけて突き出した。



 が、その腕は、世界の心臓に届くわずか数ミリ前で止まってしまう。





「残念だったね……。悪くないけど、ワタシには通じないよね」


 世界が笑う。

 氷室は悔しそうに顔を歪めるが、彼の左手は蒼白く発光している。


 ナイフが届かないことなど、想定済み。

 本命は――




「来てくれ、氷結豹魔(フェンリル)!」


 声の限り叫ぶ。

 腹の底から、内なる――秘めた力を引き出すために。




 呼応するように、氷室の左手が一際強く、光り輝く。



「く、さすがにそれは予想外だ」



 ここで初めて、世界の表情に焦りのような見えた気がした。


 ギリギリまで右手のナイフに視線を誘導していたのだ。

 今さら回避を試みたところで、間に合うことはないだろう。



「死ねええええ!」


 全力の水平切り。

 寸分違わず、首筋に触れる。

 ぷつりと、肉を断つ感覚を手元に感じて。



 そのままの勢いで氷室は氷結豹魔フェンリルをなぎ払った。

 首が舞う。血しぶきを上げ、盛大に。

 氷室は生温かい血を全身に浴びて、勝利を実感した。







「今のは危なかった。面白い戦いをするね。戦闘におけるセンスは抜群だ!

「な――っ!?」

「今回はアタリかもしれない」



 意味が分からなかった。

 確かに世界の首と胴体を、分断したはずだ。


 肉を断つ感覚も、骨を砕いた感触も、手元では確かに感じていて。


 なのに、世界は平然と笑っていた。



 よく見ると、彼は右手で自分の頭を持っていて。

 確かに、首と胴体で真っ二つになっていた。



「でも……よいっしょっと、これで元通りだ」


 頭を持っている右手を首先に下ろす。

 グチャリと、肉と肉がぶつかる音とともに、世界の身体は修復を始めた。

 ものの数秒で、首と胴体がつながってしまう。




 氷室は動けない。

 これが氷室が下せる最後の手だった。

 もう、打つ手は残されていなかった。



 ナイフを持った右手はつかまれ、氷結豹魔≪フェンリル≫をなぎ払った反動で、身動きは取れない。



 やはり、氷室には千風を救うだけの――吸血鬼を凌駕する力はなかったのだ。

 諦めたように上を見上げる、氷室。

 その表情はどこか儚げで。



「おや? もう、諦めてしまったのかい? なら、もう――」




 胸ぐらを掴まれる。

 すさまじい力。簡単に全身が浮いてしまった。

 このままでは、間違いなく死ぬ。


 それは分かっていて。

 けれど、氷室は動かない。

 信じているから。

 己にできずとも、あの人なら――。




 氷室の瞳は灰色に濁る。

 それは自身に対する軽蔑と、諦めだ。

 あまりにも弱い自分にどくひどく絶望し、世界を殺すことを諦めた灰色の瞳。




 その瞳が世界の遙か頭上、ある一点を見つめていた。



「一度だけ。これを使えば僕はもう二度と、あの人には……。でも、生き残るって、そこでくたばってる馬鹿を助けるって――決めたから!」


 氷室は叫ぶ。

 上空に浮いた、首飾りを解放するための式を解く。




Яe;Code(再起)――Ouroboros(流転する輪廻)





 刹那、首飾りは七色に明滅を繰り返した。

 まばゆい光。


 世界は思わず視界を腕で覆った。




「これは――強制転移か!」




 次第に光は収束していき、氷室と千風は世界の前から姿を――







 消すことはなかった。



「あはは、最後の最期でハッタリかい? 中々面白かったよ!」


 勝ち誇ったように、世界が嗤う。

 最後の最期。氷室の繰り出した最終兵器が不発に終わったことを楽しそうに。



 強制転移は問答無用で任意の物体を他空間へと移動させる魔法。

 しかし、氷室はその力を逃げるためには使わなかった。




「いいや、そうでもないさ」





 世界の背後で声が聞こえた。

 若い、青年の声だ。


 ここにはいなかったはずの四人目の存在。



 氷室は逃げるためではなく、勝つために他者を呼び寄せたのだった。






 ***




 災害迷宮へと侵入した、マキノと成宮。


 現実世界から災害迷宮へと侵入したことで、彼女たちの脳内は一瞬だけ処理が追いつかない状態となっている。

 彼女たちの目の前には二人の人間がいた。




()()()様、来ましたよ?」


 黒縁の眼鏡をかけた少年がアリスの耳元で囁いた。

 さらさらした藍色の長い髪。

 金色の双眸の奥に、怪しげな光が輝いている。


「ええ……待っていたわ。八神(やがみ)マキノ、そして成宮(なるみや)(そら)。」



 純黒と深紅の合わさったドレスに身を包む少女。

 小柄な身長からは想像もつかないほどの、長大な鎌を片手に、彼女は笑う。



 瑠璃色の瞳が怪しく揺れる。

 口元に妖艶な笑みを浮かべるのは、神代・E・アリス。

 名桜学園で生徒会長、鏡峰紫水と戦っていたはずの少女だ。


 それがどうしてか、災害迷宮ここにいて。





「神代アリス……まさかアナタの方から出迎えてくれるなんて」

「マキノさん。どうします? すぐに始末しますか?」



 迷宮酔いにさいなまれながらも、二人は殺害対象のアリスと相対した。

 彼女の側にいるのは、藍色の髪をした不思議な少年。

 整った顔立ちは、注視しないと美少女と見間違えてしまいそうなほど白く、幼い。



 アリスの隣にいるということは、彼もアリスに加担する人間ということだろう。

 殺害の対象はアリスだけだが、彼もそれに連なる人間ならば、排除の対象となる。


 わざわざ生かしておく必要もないだろう。

 それどころか、見逃せば今後より大きな被害を生む結果になりかねない。


 であれば、ここで少年も殺しておくことが得策だ。




 独断でマキノはそう、決意した。



「空、あなたは少年の方を相手しなさい」


 凛とした鈴音のような声でマキノが告げる。




「ですって、ヱオ? 殺さない程度に相手してあげなさいよ?」

「簡単に言ってくれますね。相手は()()()()ですよ? そんな簡単な相手なわけないですけどね……」


 ヱオと呼ばれた少年は、面倒くさそうに苦笑いを浮かべながら、しかし――不可能だとは口にしなかった。

 その言葉にわずかにだが、空が反応する。


 十二神将は、この国で最高戦力を誇る魔法師にのみ、与えられる称号だ。

 つまり、日本において最強なはずの魔法師を相手に、ヱオは簡単ではないにしても、倒せないとは口にしないほどの実力を内包していると考えてもいい。


 よほど、自身があるのだろう。

 空は彼のその自信を嘘だと笑うことはできない。




 彼らと同じ年代で、空のように十二神将になっていた人物を知っているから。




 アリスは時枝がわざわざ殺害を命じるような対象。

 なら、その傍に立つ彼もそれと同等の力を持っていても不思議ではない。


「分かりました。マキノさんも十分、気をつけてくださいよ?」


 マキノに限って負けることはないだろう。

 そうは思っても、一抹の不安が拭えないでいるのは、何故だろうか?


 妙な緊張感が空の胸中を襲う。

 背中から冷や汗が流れる。


 対人戦闘において緊張感を感じたのは、随分と久しぶりだった。


「――《ゼツ》」


 空が一言告げた。

 たった一言。

 それは、言の葉だ。

 魔法を使役するための、呪いの式句。


 魔導器が瞬時に反応し、彼の全身を包むように淡い光が出現する。


「くっ――!?」


 ヱオが苦悶の声を漏らす。



 上体が傾ぐ。

 それは空の拳打を受けとめた反動。

 まるで自動車にぶつけられたような衝撃を受ける。

 その拳は魔法の加護を受けていない。



 人が振るう拳が出していいような衝撃、ではなかった。

 それでも、ヱオは空の攻撃にしっかり対応してみせた。


 たったそれだけのことで、十分だ。

 空にはヱオの実力が分かってしまう。

 確かに彼の実力は、十二神将を面倒だと感じることのできる領域に達していた。



 ――つまり、彼もまた、十二神将に匹敵するだけの力を持ち合わせていた。



「これはマズいな……。僕らの知らないところで十二神将クラスの学生が二人も……!」

「お兄さん、やるじゃん……。十二神将ってのはこうも、バケモノ揃いなわけ?」


 受け身をとりながら後退するヱオ。

 その口元には新しいおもちゃを見つけたような子供の笑みが張りついている。



 視界の端では、マキノとアリスがちょうど剣を交えたとこだった。


 いくらマキノといえど、一人で十二神将レベルの人間を二人相手にすることは厳しいだろう。

 なら、空の役目はここでヱオの足を止める。もしくは殺害することだ。


 ヱオとアリスを合流させるわけにはいかなかった。


 ヱオに向かって距離を詰める。

 彼に反撃の隙を見せるわけにはいかない。

 詰めて、詰めて、詰めて……。


 脳の思考速度の限界まで考えを巡らせる。

 頭の中に瞬時に数パターンの攻撃手順が浮かぶ。

 その中から最善の、最良の選択肢を選んで、空は魔法と同時に憑依兵装を空間から呼び出した。



「《ゼツ》――おいで、秩序たる悪魔(エレペア)!」


 ヱオの背後をとり、右手に深紅の短剣を握る。


 秩序たる悪魔(エレペア)

 空が使役する憑依兵装。


 元の化け物の姿は牛の頭に馬の蹄、獅子の胴。

 この世の生物がしていてはいけないような身体をしていた災害因子。

 正に悪魔と言っても過言ではない、バケモノだった。



 完全に背後をとった。

 もはや回避の余地はない。


 右腕が、物理法則を無視して、急激に加速する。

 ヱオの首をはね、血しぶきが空の顔を真っ赤に染め上げた。


 生温かく、むせ返るような血の匂いが空の肺を犯す。

 手応えはあった。

 首を落す感覚も、他者を殺して浴びる血の匂いも……。

 全てが戦場で経験してきたものだったから。


 だからこそ。

 空はヱオを殺したことに対して何の違和感も感じなかった。


 痛みは与えてないはずだ。

 感じる余地もないだろう。

 死んだことにすら気づかず、ヱオはこの世を去ったはずだった。





 ヱオの亡骸を、同情の色を映した空の瞳が捉える。


「道を間違えなければ、仲間として人々を救うことができたのに……」



 唇をかみしめる。空の拳が震えた。

 惜しい人材だった。

 彼ほどの実力があれば、この先の未来、何十万という人を救うことができたというのに。



 それでも、彼はアリスの側についた。

 殺すしか、なかったのだ。

 そう、心に何度も言い聞かせる。


 そうして自分の精神を落ち着けないと、気が狂いそうだった。

 人を殺したのだ。

 魔法で。




 バケモノを殺し――人を救うはずの力で。



 それを平然とこの手がやった。

 そんなことは、何度だってやってきた。

 それでも、全く慣れることはない。



「マキノさ――」


 こっちは終わりました。

 そう、告げようとした時だった。





 ドクンッ。

 空の耳元にも聞こえるほど大きな音で、死んだはずのヱオの鼓動が聴こえた。



「馬鹿な!?」


 あり得なかった。確実に殺したはずだ。

 生き返るなど、現代の魔法学では不可能。

 それゆえに、なぜヱオが命を吹き返したのか、空には分からなかった。




「……っ痛! アリス様、すみません。しくじりました。一度()()()態勢を立て直します」

「そう、また後で合流しなさい」

「はい……」



 ヱオはアリスに相手にされなかったのか、残念そうに肩を落とす。

 そのまま、離脱の魔法を使い始め……。



「させるか、《絶》」

「それはもう、見飽きたよ。こうだっけ――《絶》」



 逃がすまいと、空が追い打ちをを仕掛けようとした刹那。

 ヱオの瞳が明滅したような気がした。


「うん、できたできた。ということで、成宮空? 覚えたよ、あんたの名……もちろん魔法もね?」

「な!?」


 背後をとったはずの空の背後に、ぽんと、肩に手をのせたヱオがいた。


「それじゃあ、また……遊ぼうよ!」



 そう、言い残してヱオは災害迷宮から姿を消した。





「くそ、やられた! あれが学生だと……? ふざけるなよ!?」



 空の魔法を見て、式句を唱えただけで、完璧に自分のものにしていた。

 あれは空がもっとも使いやすいのようにアレンジを加えた、特殊な魔導器だからこそ、なせる技だ。

 一朝一夕で身につくような代物ではない。



 それをヱオは魔導器・・・無しで使って見せた。

 あり得ない。実力がどうとか、そういう以前の話だ。




 そもそも魔法というのは、もともと災害因子が使うもので。

 それを使いやすいように魔導器に閉じ込めることで、初めて人間でも扱うことができるようになる。



 裏を返せば、魔導器がない以上、魔法は使えないのだ。

 それは、最高峰の魔法師と呼ばれる、時枝玄翠であろうと例外ではない。


 魔導器がなければ、人は魔法を使えない。

 それは絶対の摂理のはずで。

 ヱオの存在は、時枝が唱えた魔法理論が破綻することを意味していた。



 首をはねても死なず、魔導器なしで魔法を使う人間……。

 そんなもの、存在していいはずがなかった。


「ひとまずヱオのことは後だ。マキノさんは――」


 これだけの時間が経っていれば、マキノの実力であればアリスを制圧しているだろう。

 空が視線を向けた先、そこに広がっていたのは。






「あはははは! 八神マキノ、やっぱりあなたは一筋縄ではいかないわね!」


 笑いながら大鎌を振るうアリスの姿だった。

 それをマキノは交わしながら、反撃のチャンスをうかがっている。


 信じられなかった。

 あのマキノが攻めあぐねている。

 マキノは時枝に一番近い人間だ。

 時枝の側に寄り添い、彼の隣で補佐をするのが彼女の役目で。



 そんなマキノが、時枝が命じたとはいえ、魔法師を志す学園に在籍する少女に、後れを取るとは思いもしなかった。

 ヱオにしたってそうだ。

 彼も空に迫る実力者で……。


 何が何だか分からなくなっていた。

 一度に理解のできないことが重なると、人間はどうやらパニックになるらしい。


 空はぐちゃぐちゃになった思考回路をとりあえず忘れ、マキノの補佐に回ろうとする。



「――《絶》」

「空君、だめっ――!」


 マキノの叫び声があがる。

 だが、もう魔法はすでに完成していた。


 空の身体が加速する。

 一瞬にして間合いを詰め、アリスの背後をとった。



 だが……。




「いらっしゃい、私の中へ!」


 黒衣のドレスに身を纏ったアリスが不敵に嗤う。

 彼女を中心として、黒い靄のようなものが広がっていき――。



「幻覚!?」


 気づいた時には遅かった。

 すぐさま解呪の魔法を展開するが、間に合わない。

 まんまとアリスの策にはまってしまった。




 空が見ていたはずの景色が一変する。

 先ほどで見ていた景色――マキノが攻めあぐねていたはずの世界はなくなり、代わりに。




「来てしまったのね……」

「ようこそ、私たちはЯe;Alice†(リアリスト)。世界を終焉に導く――()現実主義者」




 嗤うアリス。

 その笑みはひどく邪悪だ。

 嫌悪感を抱き、吐き気が腹の底から湧き上がる。


 幻覚と理解してなお、その魔法は強大で。

 とても彼女の領域から脱出することは不可能だろう。



 こちらから、アリスの領域に干渉することはできない。

 であれば、彼女の中で、彼女を殺すしかなかった。



「覚悟を決めなさい、空君?」

「分かっていますよ、じゃなきゃボクらはここで死ぬ」




「――ふふ、それじゃあ始めましょうか? 楽しい、愉しい、とても愉快なパーティーを!」



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