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一騎当千の災害殺し  作者: 紅十字
第二章
58/64

第58話 王と王と王

 千風が見たエリカの最期。

 それは、彼女が全身を串刺しにされてなお、笑っている姿だった。


 赤い鎧の剣がエリカの身体を犯す。

 周囲を深紅に染める鮮血。

 みるみるうちに彼女の姿は侵食されていき、


 ついには砂のように消されてしまう。



 まただ。

 また、千風は人の命を奪ってしまった。

 奪うつもりなどなかった。

 救おうと、必死に足搔いた。


 それでもまだ、――足りない。

 圧倒的に力が足りなかった。


 救えたと思ったら、すぐにこれだ。

 失って、失って、失って……。


 一体、どれだけの人を、仲間を、失えばいいのだろうか?

 自分の力がないばかりに、仲間を、優秀な人材を失ってしまう。


 どれだけ鍛えれば、そんな悲しみから逃れることができるのだろう?

 分からない。そんなものは永遠に。



 エリカは死ぬ間際で笑っていた。

 自分が死ぬことを理解していて、それでも千風を守り、笑ったのだ。


 あれだけのキャリアを――死ぬほど努力して、這いずり回って生きてきた天才が、死んだのだ。

 ほんの一瞬の出来事。

 気を抜いたとか、そんな稚拙な理由ではない。


 人の命を、未来をつなぐために自らの命を賭し、千風を守った。


 守られてしまった。

 そうやってのうのうと人の命を食い潰して、生き残るのだ。




 死んでいく人間は、取り残される人間のことなど考えない。

 その先の未来について考えたりはしない。


 生き残って欲しい。

 ただそれだけのことで、その一心で、自らの命を捨てるのだ。



 ただ死ぬのは簡単だ。

 全てを放棄して死ぬだけでいいのだから。

 だが、他人を守るために命を投げ打つのは簡単なことじゃない。


 それでも、平気でエリカはやってのけた。

 エリカの部下にしたってそう。

 誠や飛鳥を守るために、壁となって犠牲になった。


 決して彼らが不出来な魔法師だったからではない。

 誠や飛鳥に可能性を感じたから、だから、自らの意志で彼女たちを守った。


 では、そうやって守られた側はどうすればいいのだろう?

 もちろんこのまま、死ぬわけにはいかない。




 それでは、死んでいった者たちに示しがつかない。

 彼らの死が無駄になる。

 それだけは駄目だ。許されない。


 生かされた者には、行かされた者なりの責任がある。

 彼らが生きるはずだった軌跡を、背負って行かなかければならない。


 もちろん、ここで死ぬ気など千風には毛頭ない。

 生き延びて、その先で死力を尽くして誠たちを守る義務がある。


 だからこそ、彼はエリカの力を欲した。

 二人でなければ、この場を切り抜けることなど不可能だったから。

 だがそれは。エリカの命を奪うこととは、同義ではなかったはず……。


 二人で生き残るために、協力しようとした。

 その結果がエリカに千風を守らせることになった。

 それでは駄目なのに……。


 どこで間違えたのだろう?

 慢心した覚えはない。

 手を抜くほどの余裕すら、ないのだから。


 全力を尽くしてそれでも足りなかった。

 だから、エリカを失うことになって。


 爪が食い込む。

 握り過ぎてこのままでは自ら拳を破壊しかねない。

 しかし、彼の力が緩むことはない。

 不甲斐なさに怒りが収まることなどなかった。


 全身が光に包み込まれる。

 穏やかな光だ。

 まるで千風の心境を理解していない。

 それどころか、完全に否定しているようにさえ感じる。


 光の先、そこにはバケモノの長がいる。

 彼が守りたいと思う、仲間がいる。





 たった一人で。

 魔法も、右手も使えない今、彼らを救えるだろうか?


 声は聞こえない。

 迅雷鬼も宵霞も心を閉ざしてしまった。

 千風を殺すまいと、その力を閉じ込めていて。



 それでも……。


 やるしかない。

 守ると決めたあの日から。

 どんな手を使ってでも、

 どんな犠牲を払ってでも。



「待ってろよ……」



 祈るようにそう呟いて。

 千風は光の中へと消えていった。



 ***




 時は少々溯り……。



 千風たち三人が名桜学園を後にしたころ。

 第一アリーナでは壮絶な戦いが繰り広げられていた。



 紫水の眼前に立つのは黒を基調とした、ところどころに深紅のレースがあしらわれたドレスを身に纏う少女。

 神代・E(エリザベート)・アリス。

 右腕とも言える部下の天王寺光を殺した張本人。


 大海を想起させる瑠璃色の瞳が紫水の双眸を捉える。

 心なしか笑っているように見える。


 否、嗤っているのだ。

 部下一人守ることのできない無能(しすい)を。




「神代アリス……やってくれたな」



 怒りに唇が震える。

 制御したつもりだが、それでも怒りは滲み出てしまう。


 戦闘において私情を挟むことなど言語道断。

 相手に隙を突かれ、最悪の状況になってからでは遅いのだ。



 今まで紫水は完璧に任務を遂行してきた。

 誰一人欠けず、どんな敵でも逃さず殺す。

 それが、鏡峰紫水で、名桜学園の生徒会長のはずだった。


 だが、紫水は目の前の少女に仲間を、誰よりも大切に思っていたはずの部下を殺されて。

 怒りで頭が沸騰しそうだった。

 我を失いかけるほどの怨嗟が彼の胸中を渦巻いていた。


 それでも、紫水はそれを押し殺す。

 天王寺の死を無駄にすることは紫水にはできない。

 生徒会のこれまでの苦労を水の泡になんてできないのだ。


 彼にはもう、それしか残されていないから。

 ここでアリスを殺す。

 彼女は生かしておいて良いような人間ではない。

 必ず紫水にとって害のあるモノとなるだろう。


 なら、この場で殺すしかない。



 周りはもう、滅茶苦茶だ。

 アリスの使った魔法で会場は半壊。

 死人がどれだけ出たかも今では判断のしようがない。

 充満する血のにおいの中には沸騰して腐臭をまき散らすモノもある。


 蜘蛛の子を散らしたように生徒や観客が入り乱れていた。

 パニックで会場は地獄絵図と化している。

 必死に教員が声を上げるも、聞く耳を持たない。


 今紫水の近くには佐藤がいる。

 彼女の力は計り知れない。

 だが、ここで戦力にならないような実力でないことは紫水も知っていた。


「佐藤――力を貸してくれ」

「あら、先生……はどうしたのかしら? あなたがそんなに切羽詰まってるなんて、よほどのことね?」



 唇をわずかに引き結ぶ紫水を横目にうっすらと笑みを浮かべた。

 この状況でなお、この女は余裕なのだ。


「良いわよ、貸してあげても?」

「恩に着る――そこのお前はどうする? 月神だったか?」


 そういって紫水は後ろに視線を向ける。

 視線の先には、もう一人。

 この状況を理解している人間がいた。






 藤宮高校の生徒会長――月神蒼汰だ。

 彼の力も底が知れない。

 だが、すぐにでも逃げなかった以上何らかの理由で残っているのだろう。


 それが、アリスを討つためなのかは分からないが。



「そうですね……、まさかここで七天の二人に会えるとは思いませんでした」

「何を言ってる?」


 その言葉をこんな場所で聴くことになるとは思いも寄らなかった。


「まさか、あなたは自覚していないのか? 自覚せず、それだけの力を引き出していると? ……驚いた」



 本当に驚いているようで、蒼汰は目を点にして紫水を見据えている。


「馬鹿にしているのか?」

「そういうわけでは……」


 どうやら蒼汰と佐藤の中で、紫水が七天という言葉を知らない体で進行していく。

 だが、そのおかげで分かったことがある。

 アリスと蒼汰が七天の力を持っているということだ。

 そして、佐藤も七天に関しての情報を握っている。



「そこまでにしておきなさいよ? 無自覚の人間に何を言っても無駄だわ。覚醒するには自己認識は不可欠」


 アリスが笑って会話に混ざってくる。

 少なくとも、今すぐに殺しに来るような雰囲気は感じられない。


 だからといって、油断できるような相手ではないが。



 蒼汰の言う七天の力とは――紫水が以前、謎の少女から受け取った王の力のことだろう。

 この力にはまだ、不明な点が多いが、目の前の三人は紫水よりもより詳しく知っているような口ぶりだ。



 ふわりと、宙に浮かぶアリス。

 魔法を使ったようには見えなかった。


 しかし、ではその現象にどうやって理屈をつければ良いのか、紫水には分からない。

 魔法を使う以外には物理法則をねじ曲げることなど、不可能だというのに。

 では、これがアリスの王――七天の力だというのだろうか?



「――ヱオ、こっちに」

「はいはい、アリス様っと!」


 ふざけた口調の少年が紫水の横を通り過ぎる。



 蒼汰と戦っていたはずのヱオはそういってすぐにアリスの元へ移動した。



「殺るなら、さっさと始めましょう? いつでも準備はできてるわよ?」


 そう言ってアリスは不適に笑う。

 彼女の背には長大な鎌が現れる。

 同時にヱオも両手に武器を構えて。



 完全に戦闘体制になっている。


 一歩でも紫水が動けば、すぐにでも殺し合いが始まるだろう。

 だが、それまでアリスたちは戦いを始める様子が見られない。


「月神、お前は佐藤と一緒にヱオの相手をしろ。アリスは俺が殺す」

「人に指図されるのは、好ましくありませんが……候補者が消えるなら悪くありません。正直言って、あなたよりも神代の方が厄介ですし」


 首を縦に振り、月神は紫水の横に立つ。

 口ぶりは気にくわないが、今は協力することが最優先。



 佐藤に視線を送ると、ゆっくりとヱオを見据え合図を送る。


 場の空気が張り詰める。

 静寂が支配する中で、紫水は右手に彼の、そして左手には天王寺から譲り受けた【憑依兵装】を顕現させ――。



「行くぞ――」



 全身を使って、爆ぜた。




 ***


 それから一時間ほど時間は進んで……。

 千風たちが迷宮攻略を始めた頃、千風が入院していた病院で一人の少年が目を覚ました。


「あら、やっと目が覚めたのかしら?」

「うっく……」


 生まれたての子鹿のように力なく上体を起こそうとする少年。


「まだ、じっとしてなきゃダメよ――なんてテンプレな言葉はかけないけれど。でもまあ、無事に目を覚ましたのならいいわ」


 少年はまだ意識がもうろうとしているのか、状況を理解できていない。



 灰色がかかった青髪に切れ長の瞳。

 体調が悪いにもかかわらず、彼の周りには剣呑とした空気が立ちこめている。

 その空気に触れてしまえば思わず指先を切ってしまいそうな、雰囲気を感じさせて。



 ――蓮水氷室(はすみ ひむろ)

 千風たちが命がけで守ったクラスメイトだ。

 彼は一ヶ月の昏睡状態から目を覚ました。


「佐藤……。なんであんたが僕の目の前にいる?」


 来客の姿を捉えると、氷室は嫌な顔を浮かべた。


「先生をつけなさい。思ったよりも早く目覚めたわね? それも七天の力のおかげかしら?」


 そう言うと、佐藤は口元に手を当てて一人考えに耽る。


「? それで、僕に何のようなわけ? まずは状況が知りたいんだけど……」


 気だるそうに語る氷室を横目に、佐藤は話し始めた。


「どこまで、あなたは記憶しているのかしら? 災害迷宮でクラーケンに襲われたことは?」

「それは……覚えてる。死にかけてた僕をかばってあいつらが来たんだ」

「そう……」

「でも、それよりも前の記憶――誰かと戦っていたはずの記憶がないんだ」




 氷室は記憶の端をこじ開けようと頑張って見るも、どうやら思い出せそうになかった。



「誰か? バケモノとじゃなくて……? それは不思議ね。まあいいわ」


 それは千風からも聞いていない、佐藤の知り得ない事実だ。

 佐藤は胸ポケットから手のひらサイズのメモを取り出すとそれを氷室に向かって投げた。



 メモは物理法則に従わず、まるで矢のように氷室に向かう。


「何これ?」

「それはあなたのお友達が今いる場所。どうするの? あなたのお友達はあなたがいない間にピンチになっているみたいだけど?」

「僕はあいつらの友達なんかじゃない」

「そう? まあ何だっていいわ、興味ないし。ただ伝えに来ただけだから」


 そう言い残すと、佐藤は手をひらひらとさせて病室を出てしまう。


「何を考えているんだ……?」



 首元に掛けたネックレスをいじりながら、氷室はメモに目を通す。



 メモには災害迷宮の発生する場所。千風がピンチであること。

 そして、千風が氷室にとって――関係が深い人物である、という一文が記載されていた。



「どういう意味?」


 意味が分からなかった。

 氷室にとって関係が深い?

 なぜそれを佐藤が知っている?

 そもそも、千風と出会ったのは教室が初めてなのだ。





 分からないことばかりだが、命を救われたまま、借りも返さずに生きていけるようなヤツに成り下がるつもりはなかった。

 これで命を救われたのは、二度目。

 一度目は小さい頃、カラミティアに襲われていたところを魔法師に助けてもらった。



 幼い氷室にはその魔法師がヒーローのように見えた。

 悪いやつから守ってくれる、正義の味方に。

 その魔法師に憧れて、氷室は魔法師になることを心に決めた。


 それからは順調だった。

 名桜学園に次席で入学し、その後も優秀な成績を修め続けて……。


 そんなとき、アイツが――千風が現れたのだ。

 初めて見たときはたいしたことのないようなヤツに見えた。

 実際に試してみても、たいしたことのないヤツで。

 でも、そいつは迷宮では自分よりも遙かに実力を発揮していた。


 あれが本来の千風の強さなのだろう。

 氷室は千風に対して教室で行ったことと同じことを災害迷宮でやって見せた。


 それだけの実力が彼にはあるのだ。

 それが許せない。自分は優秀な人間だと思っていたのに、欺かれた。

 笑われているような気がした。



「見返してやる。おんなじように蹴り飛ばして、アイツを鼻で笑ってやるんだ」




 ――僕は一番じゃなきゃいけない。じゃないとあの人に顔向けできないから。


 ネックレスを握る拳に自然と力が入る。





「だから――僕が行くまで死ぬなよ?」


 口から漏れたその言葉は窓から入った風によってかき消される。

 もう身体の調子は十分だ。

 一ヶ月も動いていない。身体がなまってしょうがなかった。



 メモを握りしめると、氷室は災害迷宮を目指して窓から飛び降りた。


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