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一騎当千の災害殺し  作者: 紅十字
第二章
54/64

第54話 魔法師の宿命

 紫水から提案されたのは、アリスを殺すための策。

 だが、千風に課された任務は紫水の監視だ。

 あまり、彼と親密になるわけにはいかない。


 だからと言ってこのままアリスを放置しておけば、彼女が千風の障害にならないとも限らないだろう。

 アリスは間違いなく今後要注意人物となる。

 その危険因子をわざわざ放っておくのも色々とマズイ。


 しかし、今の千風は先のクラーケンとの戦いでバイナリズム不全に陥り、魔法行使の権限を失っている。

 言わば魔法を使えない一般人も同然だった。

 その状態で果たして満足に動くことができるだろうか?

 下手をすれば、死ぬのはこちらなのだ。

 余りにもリスクが高すぎる。


「くそ、めんどくさいことになった……」


 小さく悪態をつく。

 本当に最悪な状況だった。

 紫水を相手にするにも、アリスを相手にするにも、どちらに対してもかなり厳しい状況だ。


 それでも、ここでアリスを殺さなければ、飛鳥や誠にも危険が及ぶかもしれない。

 なら、ここは引くわけにはいかなかった。


 後ろで楽しそうに誰が優勝するだの騒いでいる三人を振り返る。

 その輪の中に今は自分もいるのだ。


 もう、彼の周りに三人がいない未来など、考えられなかった。

 決めたのだ。三人を守ると。

 もう、誰も失わないだけの力をつけると。


 選択肢は一つ。

 紫水と共闘し、アリスを殺害するしかない。

 話はそれからだ。



 重い腰を持ち上げるようにゆっくりと立ち上がると、千風は共闘の決意表明をするべくローブの内側から短剣を取り出そうとして――。




 しかし、その直後。彼の眼前に影が現れた。

 否、それは女の姿だ。

 これほどまでに高速で動き、なおかつこの状況を理解している人間など一人しかいない。


 女の人差し指が千風の唇に触れる。


「はい、待った。ここであなたが彼に接触するのはまずいんじゃないかしら?」




「佐藤……。ならどうしろと? 奴はもう薄々感づいている。あんたが俺に関わってこれば、それこそ繋がり(ライン)を疑われるぞ?」

「それは大丈夫。私はあなたの担任だし、生徒会の顧問でもある。何とかなるわよ」


 佐藤は紫水から千風の存在をかき消すように割り込んできて。


「それとも何? ここで任務を放棄するわけ? 紫水には世界転覆の容疑がかけられている。そんな彼に手を貸せばあなたの身分も危うくなるわよ? それにアリスと戦うことに関しても私は大反対。魔法が使えない状態ではアリスを殺すことは愚か、勝つことすら叶わないと思うのだけど?」

「それはそうだが、ならどうする? すでに俺の力量はある程度割れたぞ? 今さら逃げたところで……」


「良い話……いいえ、悪い話と言うべきかしら? 災害迷宮の出現が確認されたわ。難度はざっと14」

「な!? 14……それを俺に殺せと言うのか?」

「最後まで聞きなさい。これはC.I.から聞いた話だけど、今回の迷宮攻略は気象庁との合同で行われるわ。だから、そこにいる後ろの三人を連れてこの場から離れなさい?」


「どういう意味だ?」

「分からないのかしら? アリスは故意に殺害を犯した。それは決して許されることではないわ。なら、それ相応の報いが必要になる。そんなことは彼女だって、理解しているはず。だけど、ここで重要なのは()()()()()()彼女が殺害を犯したことよ?」


 佐藤の口ぶりはまるで何かを知っているかのようなもので。


「彼女に対しては私からお仕置きをしておきましょう。私の学園の生徒に手を出したのだもの。教師としてしっかりと教育しなくちゃ、でしょ?」

「あんたなら、勝てると言うのか?」

「少なくとも、あなたよりは可能性があると思うのだけれど? マキノの強さはあなたも知っているでしょう?」


 楽し気に笑う佐藤。

 マキノというのは彼女の同僚だ。

 同僚で、千風の師――時枝玄翠の秘書を務める一流の魔法師。

 マキノの実力は確かなものだ。

 その彼女と同僚で、しのぎを削ってきた佐藤もまた一流であることは確かだ。


 ならここは、千風が出る幕ではないのだろう。

 すでに佐藤の方で手はずは済んでいる。

 大人しく彼女の指示に従う方が賢い判断だ。


「分かった。ここはあんたに任せる。だが、こいつらを災害迷宮に連れていくのは反対だ。こいつらは優秀だが、プロじゃない」

「理解しているわ。けれど、アリスと戦うからにはここは戦場になる。ここにいるのも災害迷宮に入るのも、同じだと思うのだけど?」

「だが、こいつらに二度連続でアビスの相手をさせるのも酷だろ?」

「あら、あなたも随分と丸くなったものね。昔のあなたなら、仲間なんて作らず一人で特攻していたのにね?」

「あ? どこでそれを――」

「忘れたの? 私はマキノの親友、なら彼女から情報を得ることは簡単じゃない? もっとも今になっては連絡がつかないわけだけれど……」


 紫水とアリスの戦火に巻き込まれたら、ここは無事では済まされない。

 いくら佐藤といえども生徒の安全を守りつつ、アリスを殺すのは不可能に近いのだろう。

 なら、少しでも優秀な生徒――飛鳥や誠、イザベルを逃がしたいと思うのはあながち間違いでもない。


 そして逃げた先に千風がいるなら、なおさら千風が彼らを守るだろうと踏んでいるのだ。


「お友達が大事な大事な千風クンなら、ちゃんと守るはずでしょ? それがたとえアビスの棲む災害迷宮だとしても、ね?」



 ――あなたが前回、命がけで守ったようにね。

 そう、不敵な笑みを浮かべながら、佐藤は三人を見た。


「さあ、もう行きなさい。時間が惜しいわ。万が一ピンチなら、C.I.や気象庁、他の魔法師もいるわけだし、何とかなるわよ」



 佐藤は静かに紙きれを取り出すと、千風の胸ポケットに忍ばせた。


「そこに迷宮の詳細が書かれているわ。と言っても、位置くらいなものだけど」

「それだけ分かれば十分だろ」

「そう――」


 千風は佐藤の言葉を最後まで聞かず、振り返る。


「任務だ、俺についてこい」


 一言だけそう告げると、一番近くにいた飛鳥の腕を掴む。


「え、ちょ……千風?」

「話は後だ。おい誠、ぼさっとするな。巻き込まれるぞ?」

「いきなり何だよ千風?」


 ぶつぶつ言いながらも、誠はしっかりとついてくる。






 それから、数分後。

 千風たちがいた第一アリーナは爆炎に包まれる。


「きゃあ!?」

「何だ?」


 飛鳥と誠の悲鳴が聞こえる。


「くそ、派手にやりやがって……今ので何人死んだ?」


 爆発は相当な規模だ。

 何かしらの防御障壁を誰かが展開していないかぎり、それだけで中の人間はほぼ全滅する規模だ。

 佐藤のことだ。あらゆる手配は終わっているはずだが、それでも何人かは犠牲になっただろう。


「千風はこの状況が分かってるんだよな? いい加減教えてくれない?」


 剣呑な雰囲気を醸し出す誠。

 彼の言い分は最もだ。

 彼らからすれば爆発する理由なんて全く分からないはずだから。



「今中では生徒会長と神代アリスが戦ってる。詳しい理由は分からないが、俺はお前らを連れて任務に向かうように佐藤先生に言われたんだよ」

「ごめん、千風。私にも分かるように説明して?」


 飛鳥が詳細の説明を求めてくる。

 だが、真実は教えられない。

 教えたとしても彼らには理解されないだろう。

 アリスは天王寺を殺した。他の生徒も殺した。

 しかし、それを見ていない飛鳥たちにどうやってそれを説明する?

 不可能なのだ。今話せることは佐藤から指令をもらったことだけだ。


「災害迷宮の出現が確認された。俺たちはその調査を頼まれたんだ」

「災害迷宮? 攻略難度は?」


 心配そうに尋ねてくる飛鳥。

 彼女の気持ちも分かる。

 ついこの前幻獣型のカラミティアを討伐するために潜ったばかりなのだから。

 それどころか、彼女はそこで死にかけた。

 トラウマになってもおかしくない。平然とこの場にいること自体がおかしいのだ。


「……」

「答えられない難度なの? それとも伝えられてない?」

「俺が先生から聞いた難度は14。クラーケンと同じレベルだ」





「なっ――本気で言ってるのか千風!?」


 これには流石に誠もだまっていられなかった。

 それもそのはず、ここにいる全員はクラーケン戦で死にかけたばかりなのだから。


「考え直せよ千風! 俺たちにその難度は攻略不可能だ!」

「分かってる。だが、それは俺たちだけでの話だ。プロの魔法師も派遣されるみたいだ。俺たちはその補佐――間近で戦闘経験を積んでくるのが本来の任務内容だ」



 制服に入れられていた紙切れにはそう、書かれていた。

 佐藤は千風が魔法を使えないことを唯一知っている人間だ。

 なら、同じ任務に携わる千風をわざわざ死地に向かわせる理由はない。

 何かしらの意図があって災害迷宮へ送り込もうとしているのだろう。


 そして、その理由はおおかた予想がつく。

 佐藤はC.I.や気象庁の魔法師が来ると言っていた。

 なら、本来の目的は彼らとの接触だろう。

 接触し、何らかの指示を仰いで来いと言う佐藤の婉曲表現だ。


「なるほどね。まだ完璧には信じられないけど、でも千風がそう言うならそうなんだろうね」


 誠は腑に落ちないのか若干ふくれっ面だが、それでも納得はしたらしい。


「飛鳥、イザベルの姿が見えないがあいつはどうした?」


 当然のように三人ともいると思っていたが、なぜか彼女はついてきていなかった。

 確かに先ほどまではいたはずなのに……。


「う、うん。イザベルにはね、ちょっと前に私が別件の用事をお願いしたの。だから、ここにはいないけど、でも大丈夫。無事だから」


 話を聞いていなかったのか、若干ぽーっとしながら答える。

 イザベルの実力を信用していないわけではない。

 彼女の実力なら、己の身くらいは十分に守れる。


「あいつは……それでいいのか? こいつの従者だろうに」


 飛鳥には聞こえないように千風は呟く。

 彼女にとって飛鳥はどんなものよりも優先するべき存在のはずだ。


 それでもイザベルが別件を優先したと言うことは、飛鳥のお願いだとは言え、余程な内容なのだろう。

 少し気にはなるが、千風は目先の目的を優先するしかない。




「千風、場所と規模は?」

「ここから近くの日本武道館とその周辺。被害予想はおよそ一万七千人だ」






 ***




「噂には聞いてたけど、すごい人気だね……」


 目の前全体を覆いつくす人の波に圧倒されながら、誠は息を呑む。

 会場の熱気と期待は名桜杯の数倍にも及ぶ。


「月影陽ってのはそんなに人気のアイドルなのか?」


 千風はアイドルや芸能人といったものには疎い。

 名前を聞いても全くピンとこなかったが、これだけの人間を集められるということは、天才的なカリスマの持ち主なのかもしれない。


 中はほぼ満席。

 外にあふれた人間の数も計り知れない。

 開演二時間前だというのに、ものすごい数の人で溢れていた。


「俺も最近知ったんだけど、すごいらしいね。何でもまだデビューして一年らしいよ? 十五だったかな? 千風と同い年じゃない?」

「何だよ、その目は? 馬鹿にしてるのか?」


 何やら、にやにやと誠が千風を見ている。


「別に~同い年なのにこんなにも違いがあるなんて思ってないから」

「思ってんじゃねえか……飛鳥もこのバカに何とか言ってくれ」


 呆れながら、飛鳥の方を見ると、彼女も彼女で、中の様子を中継するためのモニターにくぎ付けだった。


「お前もかよ……」


 なんでも、余りにも爆発的に人気の出た月影陽のために、武道館の正面には去年あたりから中の様子を見れるようにと、モニターが取り付けられたらしい。

 これによって、より多くの人間が参加できるようになったわけだが……。


「かわいい!」


 飛鳥は大はしゃぎだった。

 画面に映るのは、(くだん)のアイドルがキラキラの汗を流しながら、美味しそうにスポーツ飲料を飲むCM。


 健康的な肢体が見えるスポーツウェアを着ながら、ラケットを振る姿は確かに愛らしく、美しかった。

 多くの人間が彼女の魅力に囚われるのもうなずける。

 年相応に幼くも、多くの女性がうらやましがるであろう体型はモデルそのもの。

 しかし胸部は発育途中なのか、飛鳥に引けを取らない残念さだった。

 それでも彼女は凛々しく、神々しい。

 女性も男性も皆が彼女の虜だ。


 これだけの支持を集められる人間はそうはいない。


「これだけ人がいると、合流も一苦労だな。誠、離れないように注意――」


 振り返るも、誠の姿が見えない。





「「「YO! YO! YO! 我らが天使、月影陽!」」」



 千風の眼前には『月影陽LOVE』や『陽ちゃんマジ天使』などと書かれた法被を着た集団が映る。

 目を凝らしてみると、そこにはなぜか見知った人間がいて……。


 そいつは法被を着た連中と肩を組みながら、一緒に叫んでいる。


「陽ちゃんさいこ~!」


 手をメガホンの形にして全力で叫ぶ。


「何でお前がそこにいるんだよ?」


 千風の声が若干怒りに震えている。


「いたっ! 痛いよ千風!? そして目が怖い」

「俺が怒ってる理由は分かるだろ? 俺たちはここに遊びに来たんじゃねえ。災害を殺しに来たんだ」

「分かってるよ。でも月影陽がこれだけ人気な理由も分かった気がするんだ。彼女には人を惹きつけるだけのなにかがあるよ」

「それは俺も理解している。だが、あまりにも異常だとは思わないか? これは人間がどうこうできるものとは違うだろう?」


「どういう意味?」

「飛鳥を見てみろ、あんなにはしゃいでる姿は初めて見る。異常だろ?」


 千風の視線の先には大はしゃぎで陽のことを応援している飛鳥が見える。

 その琥珀色の瞳にはどこか羨望のまなざしを感じて……。


 千風が初めて会った時の飛鳥は他の人間を寄せ付けないオーラを纏っていた。

 誰にも負けない。私の魔法の腕は最強――そんな自信に満ち溢れていたのが飛鳥だ。

 他人にはまるで興味がない。己の力の探求のみを第一優先にしているような完璧主義者で。



 実際に彼女は優秀だった。その佇まいの通り、学年主席の座をずっと守り続けていた。

 そんな飛鳥が今さら、一目見ただけの人間にここまで熱狂的になれるだろうか?


 誠にしたってそうだ。

 今まで普通の高校生のような遊びを知らなかった生徒が、吸い寄せられるようにして、陽に魅了された。

 どう考えても怪しいと考えるのが普通だろう。

 加えて飛鳥も誠も、そのことに対してまるで疑問を抱いていない。



「何やらキナ臭くなってきたな……。佐藤のやつ、また面倒なことに巻き込んで――」

「どうしたのさ、千風? ぼーっとしちゃってさ?」


 予想以上に考え込んでいたのか、誠が心配げにこちらを見ていた。


「お前に心配されるようじゃ、俺も終わりだな……?」

「どういう意味だよそれ!」


 などと冗談めかしに笑う仲間を見て、千風はある考えにたどり着く。


「これは魅了魔法(チャーム)の類いか? だが、これだけ大がかりなものになると、相当な術者じゃねえか?」


 精神干渉系統の魔法行使は一般的な攻撃魔法とは一線を画す難しさがある。

 少なくとも魔法発現までに起動、詠唱、法陣構築の三工程は必要不可欠だ。

 そのすべてを滞りなく済ませた後で、別のプロセスが必要となる。




 ――それは、同調(シンクロ)

 干渉したい対象に自らの魔力を流し込む必要がある。

 そうすることで、相手の体内に自身と同じ環境を構築することができ、干渉を容易に行うことが可能となるのだ。

 むしろ、同調せずに精神干渉はほぼ不可能とさえ言われている。


 しかし一度発現させてしまえば、非常に強力な魔法であることも確かだ。

 それを飛鳥や誠が証明していた。


「チャーム? でもそれってかなり難しいって聞くけど……」

「ああ、これほど大規模に魅了魔法を使えるやつなんて聞いたことがない。何かの間違いならいいが……」


 規模で言えば、第一アリーナ会場を幻術で満たした神代アリスの十倍以上。あり得ない数字だ。

 こんな魔法を使える人間は【十二神将】にもいなかった。


 だから、何かの間違いなのだろう。




「ここまで来ると、一種の災害だよな……」

「いたい!」



 千風はとなりではしゃいだままの飛鳥の耳をつまみながら、乾いた笑みを浮かべる。

 それだけで、彼女にかけられていた魅了は解けて……。


「あれ……私」

「しっかりしろ飛鳥。確かに月影陽はかわいいかもしれないが、あれの魅力は異常――魅了魔法の類いだろう」

「チャーム?」

「一度そのことを頭にたたき込んでおけば、飲み込まれることはない」


「まあ、それでも彼女がすごい可愛いことに変わりはないけどね!」


 どうやら、誠の馬鹿はすっかりアイドルの虜になってしまったらしい。

 だが、それはあくまで誠が彼女に対して抱いた感情で、チャームによって強制的に煽られたものではない。


 もうすでに誠自身も魅了魔法のことは理解した。

 なら、術者の思い通りになることはないだろう。



「くそ、時間を浪費した。速く合流しないと――」


 焦るも、この人混みの中から佐藤のくれたメモにある協力者を探すのは至難の業。

 これは骨の折れることになりそうだと、思った矢先――





「あなた方が派遣されたという、名桜学園の生徒ですか?」


 その声は後ろから降り注いだ。

 物腰が柔らかそうな、落ち着いた声音。

 清涼感にあふれるキラキラとしたスカイブルーの瞳。


 千風が振り返った先にいたのは、二十代前半くらいの女性だった。



 千風の目線は必然的に彼女の胸元へと誘われ――そしてそこにあるはずのものを確認する。

 彼女の胸元にあったのは、階級を示す徽章――黒色の五芒星。

 それは幻獣型災害因子の迷宮区、つまり攻略難度8~14までの調査をすることが公的に許された者の証でもある。



「申し遅れました。私はC.I.所属、SⅡ級魔法師――島崎エリカです。この度はあなた方の担任である佐藤様からの依頼により、あなた方の護衛および指導教官として災害迷宮に同伴させていただきます」


 直立不動で千風たちに敬礼を示す女性。

 彼女はどうやら学生だからとか、年下だからとかそういった判断材料で見下したりしないようだった。

 同じように千風も彼女、島崎に対して敬意を示す。



「失礼しました。我々は名桜学園一年次生です。佐藤教務主任の命により、迷宮攻略に来ました」

「緋澄飛鳥ですっ!」

「つ、辻ヶ谷誠です!」


 後ろの二人は緊張で全身がガチガチだ。

 無理もない。目の前にいるのはプロの、それも一流の魔法師だ。



 S級の魔法師ともなれば、単独でのアビス迷宮区への調査を許される。

 その実力は計り知れない。



 難度14の迷宮に挑むのだ。

 S級魔法師を配属するのは当然と言えば、当然かもしれない。

 少なくとも千風たちだけでは攻略などとても厳しいのだから。


「あなた方のことは良く聞いているわ。とても優秀な子たちがいるって……。期待しているわよ?」

「うっ……」


 飛鳥が喉を詰まらせたようなうめき声をあげる。

 超一流の魔法師から期待されていれば、胃の一つや二つ痛くなるものだろう。



「あまり堅くならないでね? じゃないと――死ぬわよ?」


 一呼吸おいて放たれた言葉。

 その一言は、今まで聞いてきた中で最も重く飛鳥たちの胸に響いた。


 プロとなれば、踏んできた場数は学生の想像もつかないもの。

 その片鱗を見たような気がして。




「それじゃあ、行きましょうか?」




 一言だけそう残すと、エリカは一足先に災害迷宮区へと乗り込んだ。


「俺たちも行くぞ?」

「うん!」

「そうだね」


 続くように、千風たちも後を追う。



 向かう先は攻略難度14。幻獣型のカラミティアが住まう世界。

 その恐ろしさは彼らが一番よく知っていて。

 それでも、前に進むために――現実世界を後にした。





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