表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
一騎当千の災害殺し  作者: 紅十字
第二章
53/64

第53話 過去と今と、会長と転入生の対峙

 胸元で手を握り、思いつめた顔のまま震える七咲。

 彼女の瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。


「ヒカルはあたしのこと嫌い?」


 口にした言葉は天王寺を窺うように消え入りそうで。

 堪え切れなくなってしまったのか、七咲の瞳からは涙が溢れてしまう。


「あたし、ヒカルに捧げたいの――お願い、あたしを……」

「先輩、いったい何を――」


 言葉は続かない。

 目の前で起きたことの意味が天王寺には分からなかった。

 ただ、彼はこの状況に身を任せるしかなかった。


 天王寺に飛びつく七咲。

 彼はその勢いに押し倒されて。

 目の前に会長の顔がある。それだけで不思議と天王寺の鼓動は速くなってしまう。


 世界から音が消えたような気がした。

 聞こえてくるのは彼女の吐息だけで……。

 七咲の匂い、温かさ、感触。

 ありとあらゆる感覚が先輩で満たされていく。


 悪い気はしない。それどころか幸せな気持ちが彼自身を包み込んだ。

 こんなにも人の温もりを感じたのは初めてのことだった。


「ごめんね? もう少しだけこのままでいさせて? それとも、こんなはしたないあたしは嫌?」


 彼女の柔らかくて、今にも壊れてしまいそうな体をそっと抱き寄せた。

 天王寺は彼女の優しさに、その曖昧さに答えたのだ。

 震える先輩はひどく不安定なものに感じる。

 その震えを、恐怖を少しでも自分が和らげることができるなら……。

 そんなに幸せなことはないだろう。


「先輩は強いですよ……私なんかでは到底追いつけない。そんな私をあなたは導いてくれた」


 天王寺の言葉に七咲は首を振る。


「違うの。本当はね、ヒカルのことは前から知っていたんだ」

「それは一体?」

「分からなくてもいいの。あたしはあなたに伝えたかっただけだから」


 そう言うと七咲は静かに天王寺の上からどいた。

 もう彼女の表情に影はない。

 手を後ろで組んだまま振り返る。


「ヒカル。あなたにこれを――きっとこれから先の戦いでヒカルの力になるから」

「これは……」


 手のひらに乗せられていのは、小さな結晶。あるいは花の造形にも見える。


「あたしからのプレゼント。今のあなたには一番それが必要だと思うから。だから――受け取ってほしいの。あたしのすべてを」


 白い薔薇。

 美しく汚れを全く知らない花が、彼の右手で咲き誇った。

 白薔薇の花言葉は"深い尊敬"。そして"私はあなたにふさわしい"。


 それを七咲が天王寺に渡した意味は……。

『あたしはあなたをとても尊敬している。そして、あなたはあたしに相応しい人』


 つまり、彼女は天王寺を認めていて。

 彼の側にいたいと願ったのだ。

 だが、それが叶うことはない。


 彼彼女らが征く道はあまりにも険しくて。

 だから。




 この【憑依兵装】に名をつけるのなら――≪白薔薇の矛盾(パラドクス・ローゼ)≫。

 七咲流花によってもたらされた二基目の【憑依兵装】。

 それは、天王寺が次の段階に成長するには必要なものだ。


「残念だけど、あたしがこの学園にいるまでには国を変えることはできない。それは今のあたしに力がないから」


 けどね? そう生徒会長は付け加えて。


「二年後。もしかしたら三年後かもしれないけど、その頃にはあたしは【十二神将】になってる。なるって決めてるの。そうすれば、今みたいな理不尽に人がどんどん死んでいくような国は変わっていると思うから」

「待ってください先輩!」


 天王寺は叫んだ。

 けれど彼女が止まる気配はなく。

 体が動かない。



 あの時だ。

 会長に抱きつかれたとき、知らず知らずのうちに魔法をかけられていた。

 動けないように、この場で別れを告げられるようにと……。

 今さらになってそれに気づく。否、気づかされた。

 初めからこのタイミングで天王寺が魔法の発現に気づくように唱えられていたのだ。

 結局、天王寺という人間は最後の最後まで彼女の側にいることを許されていないのだ。


 すべては七咲の手のひらの上。


 信頼され、尊敬されていたとしても、彼女の隣に立つことは許されない。

 それは天王寺に科せられた罪。

 その罪を贖うには彼の実力は遠く及ばない。

 まだ、彼女に手を伸ばすことは叶わないのだ。




「あたしがこの国を変えてみせる。その力をつけるまでヒカルには待っていてほしい」

「そんなの勝手ですよ! 私はあなたに仕えると誓った! 勇作も、副会長にしたってそうだ。なのに、それを今さらあなたはなかったことにするとでも言うのですか?」


 叫ぶが彼女の耳には届かない。

 ただ、悲しげに微笑むだけで。

 どんどんと彼女の姿が遠ざかっていく。


「それがあれば、あなたを死なせる前にきっともう一度だけは再会できると思うから」

「だからって……」

「それまでちゃんと生きてて? 生きてまた一緒に笑おうよ? それでそのときこそはちゃんと、今の生徒会メンバーで国を変えていくの。誰もが笑って、幸せでいられるような国を築けるようになるから――」






 それ以降、七咲が天王寺の前に現れることはなかった。

 それどころか、副会長も存在を消していて。

 生徒会に残されてのは天王寺と勇作の二人だけ。書記のメンバーも消えていた。

 卒業式にも彼女たちが現れることはなかった。






 そうしてあっという間に二年が過ぎてしまい……。






 入れ替わるように、新一年――鏡峰紫水が入学してきた。

 それからは、怒濤の一年で。

 二年で生徒会長を務めた勇作を手にかけ、紫水は生徒会長になってしまった。



 ***






 なぜこんなにも大切な記憶を、大切な人との思い出を、今まで忘れていたのだろうか?

 朦朧(もうろう)とする意識の中、天王寺はそんなことを考える。

 まるで今の今まで自身の記憶領域が欠如していたのかと錯覚するほどに、彼女との記憶だけが抜け落ちていた。

 思い出されたら都合が悪いのか、その記憶にだけロックがかけられていたようで。


 その記憶操作をした人間が誰なのかは分からない。あるいはそんな人間は初めからいないのかもしれない。

 しかし、いてもいなくても、今の天王寺に探すだけの時間は残されていなかった。。


 あれから二年も経ってしまった。

 この国は七咲の言っていた――誰もが笑って、幸せでいられるような国に、少しは近づけたのだろうか?

 その答えは天王寺には分からない。

 それでも、少しは以前よりも良くなったことは確かだ。


 今、天王寺には鏡峰紫水という人間がいる。

 彼の実力は本物で、彼とともに行動してから二年。

 この国の状況は少しずつ変わろうとしている。少しずつだが変わってきた。

 それだけは間違いない。

 鏡峰紫水のカリスマ性は王が民を導くためのそれに等しい。

 鏡峰には七咲と同じ何かを感じる。


 彼なら、彼女なら……。

 本当にこの国を変えてしまいそうだ。

 彼らにお互いの面識はない。

 だがもし……。

 もしもの話だ。

 その二人が知り合い、協力関係になったのだとしたら?


 七咲流花と鏡峰紫水。

 二人になら本当にこの国を安心して任せられる。

 なら、己の最期に相応しい最後の一手は――決まっていた。


 彼らを引き合わせる。それが死に際を彷徨う己に残された最後の使命だ。








 天王寺の表情が穏やかなものに変わる。

 隣で戦っている紫水へと向けた微笑み。


 紫水は涼しげな顔のまま、対戦相手と戦っている。

 紫水の相手は決して弱い相手などではない。

 むしろ学生であれだけの動きができるのは限られてくるだろう。

 それでもまるで動じずに対処できる彼はやはり、次元が違うのだ。


 紫水の視線と天王寺の視線が交錯する。


 紫水の表情が悲しげなものへと変わった気がした。

 普段から感情の起伏が著しく低い紫水のことだ。

 きっとそれは天王寺の気のせいにすぎないのだろう。




『逝くのか、天王寺?』


 そう紫水の唇が動いた。

 だから、天王寺は盛大に――人生最大の笑顔で、彼の言葉を受け取った。


『はい、残念ですが私は一足先に――ですが、最期に一つだけ。王よ、七咲流花という人物に接触してください。彼女なら、貴方の力になってくれるでしょう』


 言葉にはならない。

 だが、その刹那。

 制服の胸元に着けた白薔薇のアクセサリーが輝きを放つ。


『これは……。そうか、最後の最後まで先輩には助けられてばかりですね。全く、私の人生というものは』


 先輩を慕い、先輩に慕われ……そして後輩に思いを馳せる。


『生きて、この巡り会わせに出会えてたこと、本当に感謝しています』


 ゆっくりと微笑んで……。





 天王寺光は静かに瞳を閉じた。




 しかし、その想い――その思念は。

 白薔薇の輝きと共に鏡峰紫水へと語り継がれる。

 かつて七咲流花から授かった祈り、決意の表れは。

 天王寺から紫水へとその想いは、形を変えて語り継がれたのだ。


 紫水の制服の胸元に七色に輝く光が咲き誇る。

 氷のように精緻で、美しく……太陽のように暖かい花。


「天王寺、お前の意志は確かに受け取った。待っていろ、必ず俺がこの世界を変えてやる」


 七色に輝く白色のバラを静かに、彼は握りしめたのだった。



 ***


 部下が死んだ。

 恐らく一番大切にしていた。一番頼りにしていた――信頼のおける部下が死んだ。。



 これほどまでに感情が揺れ動いたことは初めてだった。

 いつか、いつの日かこの日が――つまり仲間を失う日が来るとは思っていた。

 その覚悟もしていたつもりだった。


 だが、その日はこんなにも早く訪れる予定ではなかった。

 ここまでの七年間、一度として失敗は許されなかった。

 失敗すれば、それだけで命が消えるから。

 今までの計画が無駄になるから。

 だから、一度の失敗もせず、部下を失うことなく成功し続けてきたはずだったのだ。



 なのに……。



 一番大切にしていた……一番側にいてほしいと思っていたはずの仲間はあっさりと死んでしまって。

 こんなことが許されるのだろうか? 

 どこで見誤ったのだろうか?


 神代アリスが名桜杯に介入してくる未来など紫水は視ていなかった。

 確かに彼女の名を耳にしたことはある。その実力も、異常に整った容姿も。


 けれどここは学園で。

 殺しが起こるような場所ではなかったはずだ。

 しかし、実際にアリスはこの場で平然と人を殺害していて。


 皆の目には天王寺がアリスに負けただけに見えているのだという。

 だが、実際には違う。

 紛れもなく、天王寺光はこの世から消えた。

 アリスの手によって確実に殺されたのだ。


 なら、今この状況で何をするのが最善の一手だろう?

 怒りに任せてアリスを殺すことだろうか?


 違うはずだ。

 アリスがこの場に姿を現したのは何らかの目的があるに違いない。

 ただ名桜杯に出場して優勝したいだとか、そんな低俗な考えはしていないだろう。


 なら、ここで紫水が取る最善の行動は……。


 観客席を視線を送る。

 恐らくそこにいるであろうとある人物を探すために。



 そして見つけた。

 やはりそいつは、予想通りこの状況を理解していて。


 如月千風。

 黒髪の跳ねっ毛が特徴的で中世的な顔立ち。

 その顔を見ただけではおそらく、彼を高校生と判断するのは難しいだろう。

 だが、彼から高校生離れした落ち着きと、ただならない雰囲気を紫水は感じ取っていた。




 それはあの日、佐藤から聞かされていた転入生の話。

 今までこの学園に転入生が入ってきたことなどいくらでもあるが、彼女が転入生の話を持ち出したのは如月の件だけ。


 普段から謎に包まれた不思議な存在の佐藤が、わざわざ学園の生徒会長に話しかけるメリットとはなんだろうか?

 その理由は分からないが、接触しない理由はなかった。


 そして如月と噴水前で対峙したとき、紫水は確信した。

 目の前の男は間違いなく天才の部類だと。

 彼の力がいかほどのものなのか、あの一瞬では紫水には測れなかったが、それでも学園で生活する生徒の中でもここまでの力をつけているものは中々いない。


 どうにかして如月を生徒会に引き入れようと彼を襲撃を襲撃したのはつい昨日のことで。

 彼は紫水の襲撃に対応して見せた。

 しっかりと仲間を逃がし、自分を盾にしつつも紫水の攻撃を防ぎきっていた。

 それは、紫水にとって衝撃的な事実。

 今までこの学園において彼の攻撃を見切ったものなどいなかった。


 それを如月は奇跡的に避けたわけでもなく、自身の経験と力を以てして凌いで見せた。

 如月の実力は間違いなく本物。

 彼を仲間にしない理由など見つかるはずもなかった。



 目の前の生徒に目を向ける。

 軍服と白衣が合わさったような特徴的な制服。

 名桜学園に並ぶ三大名門の一つ、藤宮高校の生徒だ。

 制服の袖辺りに見える学年カラーから推測するに一年。如月と同年代だ。


「まったく、優秀な人間という者は何処にでもいるものだな……」


 ため息まじりに呟くと、むっとした表情で対戦相手の生徒が睨みつけてくる。


「随分と余裕っすね。僕はこれでも藤宮高校の生徒会に所属する、将来を約束された魔法師の卵っすよ?」


 誇らしげにそう胸を張る。

 実際に彼――寿司(ことぶき つかさ)は強い。

 名桜学園にいる生徒でも彼以上の実力を持つ生徒は少ないだろう。


 だが、それでも。

 紫水の敵ではなかった。


「弱い虫けらほど騒がしいな。少しは如月を見習ったらどうだ?」

「如月? そいつがどんな奴から知らないっすけど、僕の相手ではないっすね。僕はあの月神蒼汰会長に選ばれたんっすから!」


 不敵な笑みを浮かべたまま、寿は一歩下がり指を鳴らす。

 すると、同時に二つの魔法が発現して。

 それだけで彼がどれだけ優秀なのかが分かってしまう。


「なるほど……確かに優秀だな。天才と言えるかもしれない」

「なら……!」


 くたばってくださいっす!

 そう言いたかったのだろうか? 


 紫水は寿の発言を許さない。

 一拍の呼吸と共に紫水は寿を切り捨てた。


「がは――!?」

「安心しろ。死にはしないし、お前の魔法師生命を奪うつもりもない。優秀な人間は多い方が人類にとって有益だからな。だが、目障りだ、俺の視界から消えろ」


 切り伏せた寿はそのまま動かなくなる。

 興味を失った紫水は、踵を返すと再び観客席へと目を向けた。

 そこには先ほどの同じように如月がいて、彼はこちらから視線を外すことなく紫水を見下ろしていた。


 間違い如月千風はこの状況の異常さに気がついている。

 なら、当然読唇術くらいは心得ているだろう。


 これだけの実力を持ちながら、読唇術ができないなどとは言わないはず。

 紫水の口元は微かに釣りがっている。


『如月千風、お前には二つの選択肢をやる。お前と俺がこうして視線を交わし、なおかつこうして言葉を汲み取れるような関係なら……俺はお前に協力を要請したい。神代アリスを殺すための力を貸せ。だが、もしもお前が俺の言葉を汲み取れないようなら、この場から去れ。力のない人間が生き残れるほどこの世界は甘くできていない』


 神代アリスを殺すこと――それは悪手だ。

 だが、それは紫水単身で戦った場合に限る。

 紫水一人で戦ってしまえば、天王寺を圧倒して見せたアリスを殺すことは叶わないだろう。

 しかし、もしも如月千風が協力してくれるのだとしたら?

 形成は大きく変わる可能性は十分にある。


 アリスをこのまま生かしておくことに紫水はただならぬ危険性を感じる。

 協力すれば、その危険因子を一つ潰せるのだ。

 これはまたとないチャンスでもある。

 ここでアリスを殺害することは最善手ではないにしても、最悪な手にはならないはずだ。


『お前の野望は? 欲望は何だ、如月千風? アリスを生かしておくことはお前にとって障害にはならないのか?』


 問い詰める。

 状況が状況だ。如月にとっても悪くない条件だ。

 彼の実力は未知数だが、流石にアリスと一人で渡り合えるだけの力は持ち合わせていないだろう。

 なら、如月にも成し遂げたい野望があるなら、彼は間違いなく乗ってくる。

 紫水はそう、確信していた。




 それに対する如月の答えは――。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ