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一騎当千の災害殺し  作者: 紅十字
第二章
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第52話 国を変える資質とは

 涙を拭いた七咲が口にした言葉は信じられないものだった。

 それは、今の魔法師界を騒がすには十分な情報である。


「二人にも聞いてほしいの。あたしの野望を」


 思いつめたような表情。

 まだ、躊躇いがあるのか、彼女の喉元からは中々言葉が出てこない。

 危険に晒すことを恐れているのか、ちらちらと副会長の顔を窺っている。


 そんな七咲を見かねたのか、副会長はため息を吐き出すと一言だけ告げた。


「いいか、もう後に引けないところまで来ているのはお前も理解しているだろ? こうなることも予想していた。ならお前はこのまま前に進めばいい」

「そうだね……決めたよ、ひーくんあたしは前に進む」


 深呼吸をして胸に手を当てる。

 開かれた瞳には確かな覚悟の色が見える。


「今の魔法師たちの状況をあなたたちは知ってる?」

「いえ……」


 首を振る天王寺。

 それに同意するように勇作も口を引き結んだ。


「そう、ならまずはそこから――」


 語られたのは魔法が生まれた歴史。

 かつて時枝玄翠という一人の人間が足搔いて見いだした、世界を救うための手段。

 世界をどうにかして救いたい。それだけが彼の願いで、そのためだけに世界を巻き込んだ。

 巻き込んで救って、そうして彼は壊れていったのだ。


 ***


「これがあたしが【神将の帝(エルトリア)】――時枝玄翠から聞いた今のこの国の状況。平和に見えるだけで、あり得ないほどに不安定なこの国の現状なの……」


「……」


 言葉を失う。

 これはあまりにも残酷な話だ。

 破綻している。


「あたしは世界を変えたいとまでは思わない。それでも、この国を戦場に変えることだけはできないから」


 七咲の目指す先には多くの試練、困難が待ち受けているだろう。

 それを知ってなお彼女は、前に進もうと――この国を変えようとしている。


「そのためには、力が必要なの。国を変えようと思ったらその何倍もの力が必要になる。それは世界を相手にすることに等しいかもしれない」


 時枝玄翠。

 それはこの国最強の魔法師の名だ。

 彼を超える人間はこれ以降現れないとすら言われている。


「時枝玄翠を超える必要がある。でもそれはあたし一人じゃ叶わない。けれど、別にあたし一人が強くなる必要なんてないの」


 そう言うと、七咲は室内全体を見渡す。

 彼女の目に映るのは生徒会の仲間の姿。

 ここにいる仲間と協力すれば、できないことなどないとさえ思えてしまう。


 プロの魔法師を目指す学生であるはずなのに、彼らはすでにプロの実力を遥かに超えている。

 それどころか【憑依兵装】を使えるだけの天才の集団で。

 でも、それでは足りないのだ。

 天才のその先、時枝や【十二神将】が住む、天才を遥かに凌駕した世界はまるで違う。


 そんなことは七咲自身が一番理解していた。

 けれど、そこに到達しなければならない。

 そして、そのためにはここにいる皆の力が必要不可欠だった。


「【憑依兵装】をあなたたちが使えることは知っているの」


 七咲は呟く。

 天王寺も勇作も他の生徒の追随を許さないほど圧倒的に天才だ。

 そんな天才がもしも。もしも……【憑依兵装】を二つ所持することができたら?


【憑依兵装】の力は絶大だ。

 今まで苦戦してきた幻獣型のカラミティアでも、熟練の魔法師が居れば、倒すことが可能になる時代になったのだ。

 当然、その恩恵を得る代わりに大きな代償を伴う。

 だからこそ、C.I.は【憑依兵装】の所持及び使用を一人一基までと定めている。

 それ以上の所持は命の保証がされていない。


 だが、もうなりふり構っていられる状況ではない。

 後輩にも事情を話した。

 彼らも巻き込んだのだ。引き返すことはできない。

 巻き込んでしまった以上、彼らを守る義務もある。


 そもそも、国を変えようとしているのだ。

 人の身でそれが叶うなど、夢にも思っていない。

 何かを得るには、何かを代償として捧げなければならない。

 人であることはもう……辞めたのだ。

 もう、この体の中には、人でない血が流れつつある。


 袖を捲り、自らの細く白い腕を眺める。

 一目見ただけでは、華奢な女性の腕にしか見えない。

 重い荷物も、バケモノを裂く武器も、到底持てるとは思えない。


 けれど、もう人間ではないのだ。

 この腕の中には、人ではない血が流れている。

 バケモノがうごめいているのだ。


 吐き気がする。

 自身の身体を這いずり回る嫌悪感。

 後輩にもこの感覚を体感させることになる。


 一人で守ってあげられるだけの力が足りないのだ。

 なら、彼らの実力を底上げするしか、方法はない。


 不甲斐ない自分に腹が立つ。


「ごめんね。あなたたちにはつらい思いをさせることなる」

「心配しないでください。ここに入学した時点で普通の生活が送れるとは思っていません」

「だな。もとより力を求めて入ったんだ」


 瞳に涙を浮かべる七咲を慰めようとしているのかは分からないが、彼らは彼らなりに励ましてくれているのだろう。


「もういいだろ、七咲?」


 こいつらの覚悟は変わらない。

 付け加える副会長。その表情はどこか穏やかで。


 皆に背中を押されてようやく踏ん切りがついた。

 そうだ。このメンバーならなんだってできる。


 七咲の表情に自信が戻る。

 彼女は笑っていた。

 この上なく楽しそうに、明るくない未来を変えるため。


「一緒にこの国を変えましょう。あたしは強い。あなたたちも強い。なら、この国は変わる――そうでしょう?」


 その笑顔は、天王寺が初めて出会った時に見た自信満々の彼女と同じ。

 彼女なら本当に国を、それどころか世界さえも変えてしまいそうなそんな感じがした。


「ひーくん!」

「あいよ」


 気怠げに立ち上がる副会長。


「あなたたちには二基目の【憑依兵装】を所持できるかの試験を受けてもらうわ。本気でかかりなさい? じゃないと本当に死ぬわよ?」


 満面の笑みで、少し後輩をいじるようなそんな余裕が見えた。


 ゆっくりと生徒会長のとなりに並ぶと、


「じゃあ、始めようか? 勇作、それと光。まずお前らの力量を計りたい。本当に二基目を所持するのにふさわしいのか」


 七咲の言葉に続けて詳細を告げた。


「幸いここにオレがさっき持ってきた未契約の【憑依兵装】がある。――とりあえずお前ら戦えよ? 勝った方にやる。話はそれからだ」


 副会長の眼光が鋭くなる。

 二人を試しているのだ。

 彼の口元は一切笑っていない。本気なのだ。


 歯車は、この国を変えるための機構は回り始めてしまった。


 もう、今までの生徒会のまま日常が過ぎることはない。

 ここからは本当の意味で、命のやり取りが始まるのだから。


 覚悟を決めるしかない。

 天王寺の拳に自然と力が入る。

 遊びじゃないのだ。

 今まで遊んできたつもりはない。それでも勇作に勝てたことなど一度もなかった。

 だが、それではだめなのだ。このままではまた、会長に思いつめた顔をさせてしまう。


 気がつけば、天王寺はそんなことを考えるようになっていた。

 天王寺を相手にするときはいつも笑って、からかって、楽しそうにしていた。

 そんな彼女がひどく魅力的で。

 いつしか惹かれていたのだ。

 けれどそんな最強な少女にも悩みはあって……。


 自身と比べればスケールの違いに震えそうになってしまうけれど。

 それでも彼女も確かに人間で、悩んで悔やんで――前に進もうとしているのだ。


 だったら、そんな会長の手助けができればと、天王寺は思うのだ。

 自分がどれだけ力になれるのかは分からない。

 もしかしたら足手まといになるのかもしれない。


 先輩よりも実力が下なのは明らか。

 だからと言って、それを理由にこの場から逃げていいわけではない。

 戦うと、ずっと前に決めた。なら、己の信念は曲げずに進めばいい。

 その先で先輩が落ち込むことがあれば、支え、彼女に笑われる存在になるのだ。


 先輩が笑顔を取り戻すだけの駒として、今は彼女の――七咲流花の側に仕えるのだ。

 話はそれから。考えるのはずっとずっと後にしよう。


「勇作……ごめん。今回ばかりは負けてあげることはできない」

「はは、何だよそれ? 今まではワザと負けてきたって言いたいのか?」

「そういうわけじゃない。けど、負けるわけにはいかない事情ができた」


 天王寺の今まで勇作に対して向けたことがない敵意むき出しの視線を感じ取ったのか、彼も目を細めると低い声で答えた。


「まあ、お前にも事情の一つや二つあるよな……。いいさ、なら俺は光、お前のすべてを凌駕して黙らせるだけだからな?」





「ふむ、覚悟は出来たようだな? 上出来だ、現時点でお前らは二基目を所持する条件の八割は満たしたと言えるだろう。だが、流花やオレが求めるのはその先の資質だ」


 副会長が静かに右手を掲げた。

 刹那、視界がまばゆい光に包まれたかと思うと、一瞬にして白い空間へと二人は誘われていた。


「これは……」


 天王寺にはこれと似たようのものに見覚えがあった。


「天王寺は流花が見せたと思うから、分かるよな?」


 副会長の言葉の意味、それは勇作も同様の体験を副会長の手によってさせられているということだ。


「ここはオレが作り上げた仮想空間にすぎない。ここで死んだところで、生徒会室にいるお前らの肉体には何ら影響を及ぼさない。安心しろ、痛みはあるが死にはしない」

「分かっています」

「ええ」


「お前らにやってもらうことは単純明快だ。殺しあえ――相手の首を切り落とした方の勝ちだ」







 ***








「ぐっ……!」


 首筋のあたりに痛みを感じて、目を覚ます。

 瞳を開けた先に広がった世界は澄んだ青空で。

 心地の良い風が天王寺の白髪を優しく撫でた。


「あ、気づいた?」


 女性の声がする。

 心地がいい。ずっと聞いていたいほど凛としていて、優しさにあふれる声。


 後頭部に柔らかな感触と温かさを感じる。

 不思議に思い、頭を見上げるように傾けると、そこには会長がいて。

 どうやら彼女が膝枕をしてくれていたようだ。


 黒髪を耳元にかける。そんな仕草が妙に色っぽい。

 普段の先輩からは想像もつかない表情をしている。


「先輩……?」

「動かないで、まだ戻ってきて間もないから……」


 彼女の顔をしたから見上げたことなど、なかった。

 下から見上げた彼女も美しく、凛としていて。


「……今、失礼なこと考えてたでしょ?」

「いえ……」

「そう? なら、いいわ」


 視線が合い、ドキリとしてしまう。


 天王寺の記憶が正しければ、彼は先ほどまで勇作と戦っていたはずだ。

 それが今、先輩に膝枕をされた状態で目覚めて――ここまでの記憶が曖昧になっていることを考えるに、勇作に負けたことは確実なのだろう。


「先輩、私は……っく!」

「まだ安静にしてなさい。首を撥ねられたんだから。いくら仮想空間とはいえ、ショックで脳が痛みを再現することもあるみたいだから」


 起き上がろうとした天王寺の肩を押さえつける七咲。

 彼女の顔は近く、思わず鼻先が触れそうな距離になってしまう。


「――っ!?」

「ご、ごめん。びっくりさせちゃったね……?」

「いえ、大丈夫です」


 心なしか先輩の頬が赤く染まっているような気がした。


「先輩は失望しましたか?」

「どうして?」

「私は一度も勇作に勝てたことがないのです……」

「別に勝ちにこだわることはないんじゃない?」

「それは、そうですが……それでも今回の戦いは勝たなければならなかったのです」


「そう……」


 先輩は呟くと空を見上げた。

 艶やかな髪が揺れて、天王寺の鼻先に触れる。

 シャンプーのの匂いが彼の鼻腔を静かに満たしていった。


「ヒカルが負けた理由知りたい?」


 七咲はそういうと悪戯っぽく微笑む。


「はい」

「あれ、今日は意外に素直じゃない?」

「そうですかね?」

「まあいいわ。ヒカルと勇作は最後お互いの首筋に剣を突きつけた状態だった。それまではお互いに拮抗した状態だった。でもそこでヒカルは止まった。躊躇った。人を殺すことに嫌悪感を抱いたんじゃないの?」


「それは……」


 言葉が詰まる。

 七咲の言う通りだ。何も間違ってなどいない。

 最後の最後で天王寺は勇作を――親友を殺すことをためらった。

 その結果がこれだ。

 結局力を手に入れることはできずに、己が殺された。

 甘い。あまりにも。

 覚悟ができた気になっていただけで、まるで覚悟などできていなかった。


 己の弱さに、醜さに失望する。

 力を欲するということは他者を陥れることに同義。

 それを理解していながら、目を背け続けてきた結果なのだ。


 だから、この結果は甘んじて受け入れるしかない。

 己の弱さが引き起こしたものなのだから。


「先輩、私はもっと強く……」


 喉まで出かかった言葉がギリギリのところで止まる。

 言うべきではない。

 これは己のみの問題。国を救おうとする英雄の足を止めることなどできるわけがなかった。


「あたしはヒカルのそういうところ好きだけどな……」


 ぼそりと、本当にごくわずかにそう、七咲は零した。

 聞こえるはずもないその声は天王寺に届いて。


「あたしの目を見て、ヒカル」


 細く滑らかな指が天王寺の両頬を押さえつける。

 しっかりと、彼女の瞳を覗き込ませるように。

 彼女の瞳は煌びやかだ。まるで宝石のように輝いていて。

 紺に黒を染み込ませたような深淵。深い、海のような広がりを感じる。

 その中にも確かな光の輝きが確認できる。


「それはあなたが誰よりも人を大切にしているからじゃないの? あたしは自分の強さを得るために、他人を犠牲にするような人の強さは、本当の意味での強さではないと思う。勇作は一切の躊躇なくヒカルのことを切り伏せた。それも確かに強さかもしれない」


 けどね……生徒会長の言葉は続いた。


「あたしは人間としての葛藤に苛まれて苦しんでるヒカルの方が人間臭くて好きだなー?」


 くすりと、恥ずかしそうにはにかんで。

 立ち上がり、後ろに手を回す。

 前屈みに天王寺を見つめる彼女の瞳は潤んでいて。



「だから、さ? あたしの初めてを――ヒカルに受け取って欲しいんだ」


 腕を大に広げる。

 それはすべてを受け入れると宣言しているようなもので。


「あたし、ヒカルにならあげてもいいよ?」


 そういった七咲の瞳からは涙があふれた。


「あたし、ヒカルに捧げたいの――お願い、あたしを……」


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