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一騎当千の災害殺し  作者: 紅十字
第二章
49/64

第49話 光が消えるとき

 神代アリス。

 梅花学院の生徒会長。

 前回名桜杯優勝者。

 《絶望姫》の異名持ち(ネームド)

 圧倒的な実力を持ち合わせた少女。



 それが、天王寺光の対戦相手だった。


 正直、対峙してすぐに理解してしまった。

 神代アリスには絶対に勝てないと。

 実力の差だとか、才能の有無だとか、そういった類のものではない。

 あるいはそういった類のものであったなら、追いつける余地はあったのかもしれない。

 だが違うのだ。神代アリスは生きている次元が違う。


 そう感じさせるだけの威圧感。

 ただ、目の前に佇んでいるだけの少女に、畏怖を覚えてしまった。


 幼げな表情に見え隠れする、他者を震え上がらせるほどの冷笑。

 深紅と漆黒に彩られたドレス。


 気がつけば、天王寺は首筋に玉の汗を作っていた。

 全身が告げる。

 目の前の少女は危険だと。

 戦うべきでは、拳を交えるべきではないと。


 こんな感覚に陥ったのは久方ぶりのことだ。

 最後に畏怖の感情を覚えたのは確か――


 そんなことを考えようとしたが、今は目の前の戦いに集中しなくてはいけない。

 紫水からは、アリスは危険人物だと伝えられているし、対峙した瞬間に天王寺自身もそれは感じ取っていた。

 最初から全力で行く必要があるのだ。

 出し惜しみはしない。



 王の力を――紫水から受け取った、半身の力を解放しなければならない。

 そう、紫水からも念を押されている。


 鏡峰紫水にある日突如宿ったという王の力。

 その王の名は――【宵闇の王(ハイド)】。

 紫水は【宵闇の王(ハイド)】の力で未来を視たのだという。




 紫水との出会いは最悪なものだった。

 彼と出会ったのは去年の春。

 天王寺が二年の時、当時生徒会長をしていた親友の勇作を手にかけられたことがすべての始まり。


 紫水は目の前で天王寺の親友、勇作を殺して見せた。

 正直目を疑ったものだ。

 勇作が誰かに負けることなど想像すらしたことがなかった。

 勇作は天才で、自分なんかが追い付けないほどの圧倒的に実力に開きがあった。

 名桜学園の生徒会長というのは毎回そういった類の人知を超えた存在がなるもので。

 それを鏡峰紫水はいとも簡単に殺してしまった。


 驚いたのはそれだけではない。

 親友だったはずの勇作は、裏で魔法師を殺してまわる組織に加担していたのだ。



 狂神教。


 勇作が所属していた組織の名だ。

 天王寺も噂で聞いただけで、本当に存在しているとは思わなかった。が、まさか親友がそれに加担しているとは夢にも思っていなかった。


 鏡峰紫水の実力は明らかに勇作を圧倒するだけのもの。

 かつてこの学園にいた生徒会長、長くはない歴史の中でも最高の実力者といわれた七咲流花(ななさき るか)に似た雰囲気を感じたのも事実。

 そして、紫水は勇作を殺した後に天王寺にこう告げたのだ。




『お前が天王寺光か? 俺はお前を未来で視た。俺と一緒に世界を救え。両親を失い、親友を殺され、その親友が実はお前を騙していたと知り、お前は今何を感じる? 希望も、生きる理由も見失ったお前に生きる意味をやろう――だから俺と世界を救え。お前には新しい世界を見せてやる』

『それが貴方にできると証明できますか?』

『そんなものは必要ない。数年後には分かることだからな』

『そう、ですか……』


 天王寺はクスリとほほ笑んだのを覚えている。

 その後、紫水の手を取り、彼と共に世界を破滅から救うべく行動してきた。



 それしか天王寺には残されていなかった。

 紫水が言ったように、天王寺の周りには誰もいない。

 両親は幼いころに失った。

 それが災害因子の仕業と理解したのはずいぶんと後のことになったが。

 その後彼は勇作の家へと引き取られた。天王寺には親せきと言えるような人間はいない。

 勇作は親友で、命の恩人。


 だがその親友は殺され、実は自身を利用しようと考えていたみたいで。

 もう、笑うしかなかった。自分の愚かさを。惨めさを。浅はかさを――嗤うしか……。

 どうにもならないことが世界には溢れていて。

 そんな世界を紫水は必死に変えようと足搔いている。


 何もないことを嘆いて、前に進もうとしなかった自分とは違う。

 明確な意思を、生きるための理由を見いだした年下の少年。


 眩しかった。神々しかった。

 ただただ、彼の姿を、活躍を隣で見ていたいと思ってしまったのだ。


 天王寺光は確信する。

 鏡峰紫水は必ず未来を救い、後世に名を遺すような英雄になるのだと。




 今まで色々なことがあった。

 だが、ここまで誰一人欠けることなくやってこれた。

 これもすべて優秀な紫水のおかげだろう。


 彼には感謝してもしきれないだけの恩がある。

 生きる意味を見失っていた自分を、無理矢理引き上げてくれたのだから。





 隣で戦う紫水を見る。

 彼の相手は藤宮高校の生徒。

 寿司といっただろうか? 一年にしては凄まじい動きをする。

 はっきり言って驚異的の一言に尽きる。

 世の中には天才と呼ばれる人間が五万といるのだ。

 それを再認識させられる。


 天才、天才……天才。

 そんな人間で溢れているのだ。


 結局のところ自身は平凡止まりの人間なのだろう。

 今までそこそこに頑張ってきたわけだが、その程度の覚悟では、たどり着ける先はたかが知れていて。天才の領域に足を踏み込むことさえ許されない。

 だがたとえ、天王寺が天才と同じ努力をしたとしてもその頂を見ることは叶わない。そう、自覚してしまう。


 目の前のアリスだって天才のうちの一人。

 彼女はその中でも別格な存在。


 視線をアリスに戻す。

 彼女との戦いは一瞬の気の緩みも許されない。


 一瞬でも意識を外に向ければ、それだけで首が飛ぶ。

 そんな未来しか見えない。


 試合を見届ける審判の右手が天へと掲げられる。

 そのまま勢いよく振り下ろされて。


 それと同時にアリスが加速した。

 信じられない速度で天王寺に迫る。


「っく――! 王位解放(オーバーハイド)――開け、我が呼びかけに答えよ! 【宵闇の王(ハイド)】」



 刹那――。

 目元を隠す天王寺の白髪が急激にうねり、逆立つ。

 隠されていた瞳が露になる。

 そこに在ったのは、七色に明滅する魔法陣の浮かんだ右眼。


 力が、魔力が――今まで常に天王寺を蝕み続けていた苦痛が、彼の身を包み込む。

【宵闇の王】の力は天王寺の中でずっとずっと蓄積され続けてきた。

 それが今、天王寺に力をもたらした。

 苦痛で蝕まれ続けただけ、力を解放する。それが王の寵愛。王がもたらす恩恵なのだから。


 天王寺の右手を黒い靄が包み込む。

 顔が苦痛で歪む。


 彼が紫水から譲り受けた王の力はおよそ三割。

 それだけでも、理性が意識が吹っ飛びそうになる。


 やはり凡人なのだ。

 七割もの化け物を飼い続けて平然としているような紫水は、正真正銘――天才なのだろう。


 天王寺にはとてもじゃないがこれ以上の力を押さえつけることは不可能だった。


「ぐ……」


 世界が変貌を遂げる。

 否、変わったのは天王寺の方だ。

 人間じゃないナニカによる干渉が今、始まる。


 王と三割混じった彼には世界が止まって見えた。






 だが、そんな世界でさえアリスは加速し続けている。


「なっ――!?」


 目の前の光景に驚きを隠せない。

 信じられなかった。

 世界がとまった状態でなお、アリスだけが動いているのだから。




「ふふふ、()()()()()()で私を止められるとでも思った? 残念ね……うちにも一人いるのよ。()()()()()が」


 そう言ってアリスは笑う。嗤う。

 まるで王の力を知っているかのような口ぶり。

 目前に迫る白刃。

 死神の鎌が天王寺に触れ――


「王よ――!」


 直前で天王寺は右手を薙いだ。

 鎌を弾く。

 アリスがつまらなそうに後退する。


「あら? 今ので終わると思ったのだけれど……この学園にもいたのね。優秀な人間が。どう? あなた、私の下につかない?」


 アリスの口から思わぬ言葉が漏れる。罠かあるいは本気で言っているのか? その判断はつかない。

 だが、天王寺は問答無用でアリスに襲い掛かる。


 初めから交渉の余地などない。

 アリスは得体が知れない。

 関わるべきではないのだ。



 紫水のもとで、紫水のために、世界を救う。

 それが今の天王寺が生きる理由とも言える。


 右手に握りしめた剣閃が意志を持った黒影となって伸びる。少女を殺そうと襲う。

 しかし、天王寺の渾身の一振りはアリスが親指を弾いただけで無力化されてしまう。


「ふふ残念、惜しいね。でもそれがあなたの選択ならしょうがないよ……。悪いけど私に従わないなら、必要ないし――殺すね!」


 アリスの口元が三日月のように歪む。

 狂気に彩られた深紅の口唇。

 怪しく揺らぐ、瑠璃色の瞳。


 影が、暗闇が天王寺を包み込む。


 動けない。

 指先一つ動かすことさえままならなかった。

 魔導器の起動は確認されなかった。

 魔法陣の構築も、発現させるための詠唱も紡がれない。


 魔法を現象として出力させる工程のすべてが省略されていて。

 ただ、彼女が指先を弾いただけで、簡単に魔法が発現してしまう。


 一つ二つと、まるで魔法が無制限で使えているのではないかと、目を疑いたくなるような魔法が展開されて。


 影が天王寺の足にまとわりつく。

 重く、冷たく、眼球をねめつけられるような不快感が襲う。


「ふふ。その目、好きよ。何が起きたのか分からない……って顔してる。好きだなーそういうの。男の子の絶望した顔はもっと好き。もっともっと私を興奮させて?」



 気づけばアリスは天王寺の身体に触れていた。

 首筋に左腕を回し、両足は彼の太ももに絡みつく。

 小さな指先が顎に触れて。


 アリスの深淵のように深い瑠璃色の瞳が天王寺の瞳を覗き込む。

 そのまま闇を注がれそうな感覚に陥る。

 どこまでが現実で、どこからが幻なのか……その判別はもはやつかない。

 圧倒的な闇が天王寺を中心に広がって。





「さようなら、天王寺光くん。あなたの光は――私の()には勝てなかったみたい。しょうがないよね……【宵闇の王(ハイド)】の使い方も知らないのだもの」

「かはっ――!?」


 口端から夥しいほどの血が流れる。

 喉が裂け、空気が風を切るように通過する。


「ねえこれ、何かわかる?」


 アリスがこの世のものとは思えないほど邪悪な笑みを浮かべていて。

 その視線に釣られるように自分の腹部に視線を移すと、天王寺のお腹からアリスの細い右腕が生えていた。


「ねえ感じる? 私の手、気持ちいい?」


 不快感が天王寺の全身を突き抜ける。

 心臓を手でまさぐられる感覚が気持ちいなどと思えるような人間は異常だ。


 神代アリスは狂っている。

 頭のネジが一本飛んでいるだとか、そんな生易しいものではない。


 体を密着させ、アリスが耳元でささやく。


「ふふふ、イっても誰も文句は言わないから……好きなだけ、私の手でイってね? その快感はアナタだけのもの。誰にも邪魔させない。見守っていてあげる」


 アリスの舌が耳をなぞる。

 呪詛が流し込まれているのが分かる。

 だが、それを天王寺にはどうもできない。

 ただ、アリスの言うがままに身体を委ねてしまい……。


 思考が低迷する。

 脳が犯され、快楽だけが身体中を支配した。


「あ、あ、ああ……」


 短く震え、喘ぐ。




 刹那、天王寺の全身が光り輝く闇で覆われた。

 つまらなそうにアリスが後退し、その光景をぼーっと眺める天王寺の背後に人影のようなものが形成されていく。


 破壊された脳に――影が直接語りかける。



『しっかりしろ、光。お前が死んだら、アイツは……の夢はどうなる?』

「う、ああ……」

「もうその子は助からないわよ?」


 そこに、なぜかアリスが介入して。


「アナタたちが人間に干渉するなんて……珍しいこともあるのね。そんなにその子が気に入ったのかしら?」

『黙れ、ニンゲン。殺されたいのか?』

「あはっ! 怒っちゃったかしら? でも、その人間に入れ込んでいるのは一体どこの誰でしょう――ね、【宵闇の王(ハイド)】?」


 そう、アリスは王の名を呼んだ。


『その名を呼んでいいのはあの方だけだ。ニンゲン風情が呼んでいいような代物ではない』

「ふーん……なら、私を殺す? 殺して犯して、メチャクチャにしてくれるのかしら?」

『……やはり貴様は喰えぬニンゲンよ。ステラが苦労するのも理解できる』

「へー彼女を知っているのね? それは意外だったわ」


 警戒したのか、急速にアリスの瑠璃色の瞳が細まっていく。


 天王寺の脳内で、彼の知らない言葉、話が繰り広げられていく。

 犯されたはずの脳内は何故か思考がある程度まとまっていて。

 恐らく話の流れを推測するに、天王寺の中の【宵闇の王】が助けてくれたのだろう。


 だが、こんなことは今まで起こったことがなかった。

 謁見は愚か、王との対話などあり得るはずがない。

 ここ数日であり得ないことばかりが起きている。

 今まで出てくる必要のなかった存在が出しゃばり始めたのだ。


 紫水の言う、破滅が近づいている可能性が高いと考えられる。


 何はともあれ、この状況で天王寺は生き延びなくてはならなくなった。

 生きて、紫水のもとへ戻らなくてはならない。

 紫水にこの情報を伝えなくては死ぬに死にきれないだろう。


 そんな天王寺の心を読んだのか、ハイドが厳かな声で語りかける。


『変なマネはするなよ? 我が怪しいと判断した途端、お前の首は飛ぶ。それは我の意志とは関係なくシステムとして働く』

「そんなことは私がさせないけどね。あなた、私が握ってるこの状況で逃げられるとでも思っているのかしら?」


 すでに天王寺は瀕死の状態だ、腹を裂かれ、胸を穿たれ、心臓を冷たい手が握っている。

 いつでも死ぬことのできる環境ができていた。

 それでも生き延びなければならない。


『死にたくなければ我の指示通り動け――』



 脳内に【宵闇の王】が語り掛けてくる。

 それに天王寺は身をゆだねようとするが、しかしアリスがそうはさせてくれない。


「あはっ! そんなこと、私の前でできると思う?」


 笑う、嗤う。

 その声だけで、脳が破壊されそうになる。


 どうしようもない絶望感が天王寺を襲う中、彼はできる限りの力を振り絞り、王の力を振るった。



 アリスが退く。

 いくらアリスといえども王の力を喰らってただでは済まないのだろう。

 気づけば彼女は天王寺からはるか遠くに離れていた。


 距離にしておよそ二十メートル。

 本気で加速すれば、王の力を宿した天王寺なら一秒とかからない距離だ。

 だが、その距離が途方もなく遠い。


 ここから一歩も動くことのできないくらいに天王寺は衰弱しきっていた。

 視界がかすむ。呼吸がままならない。

 体の末端から体温が急速に失われていくような感覚。


 手遅れだった。

 明らかに血を流しすぎている。


『何故だ? 何故、我の加護が効かない?』


 王の言葉が疑問に揺らぐ。



「私がさっきその子に何をしたかわかる?」


 その子の耳を舐めたときに呪詛を流しておいたの。

 三日月型にゆがめられた口からそんな言葉が発せられる。


「あなたが一番知っているのじゃないかしら? 心当たりがあるでしょう?」

『貴様、よもや完全に取り込んだとでも言いたいのか?』

「どうかしら? そのまさかかもしれないし、まだヤってないかもしれない」


 どちらにせよ、その子は死ぬわ。

 もう助からないの。


 嗤ったアリスの姿が目の前から消える。


 刹那、アリスは天王寺の背後に現れて。

 彼女の体躯を優に超える大鎌を模した【憑依兵装】を取り出す。










「これで、本当にさよなら、だね?」










 時が止まる。

 静かに、ゆっくりと。

 入ってはいけないものが、天王寺の体へと侵入していく。

 背中から胸へ。

 肉を断ち、かき分けるようにして異物が挿入される。


 体の中のものすべてをぶちまけてしまいたくなるようような不快感。痛み、熱。

 己の尊厳、存在価値、ありとあらゆる人生観を否定するように、大鎌の切っ先が――天王寺光の辱めた。




 天王寺の瞳から光が――消える。




「王、よ……私た、ちの――未来の王を、あとは任せました、よ?」


 終わりを告げる、天王寺光の物語。

 彼の時間がここから先に進むことは決してない。

 永遠の凍結。




 ――最高のほほえみを遺して、天王寺光(てんのうじ ひかる)はこの世界から姿を消した。





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