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一騎当千の災害殺し  作者: 紅十字
第二章
45/64

第45話 飛鳥の快進撃

「始めましょうか、先輩?」


 飛鳥の口から放たれたとは思えないほどに冷ややかな声。

 目に光はなく、右手に持つ炎を纏った剣に、感情を奪われているような印象を受ける。

 冷ややかな微笑を浮かべる飛鳥。

 圧倒的な存在感を放つ彼女からは、今までの柔らかな雰囲気は感じられなかった。


「それはまさか――!」


 須藤の表情がそこで初めて、驚愕に彩られた。

 あり得ない光景だ。

 それは、簡単に見てはいけない光景。

 魔法師でないはずの学生が持っていていいような代物ではない。

 目の前の、飛鳥の持つ炎の剣は彼女を代弁するかのように、勢いよく炎をまき散らす。

 フィールドを取り囲む、灼熱の嵐。

 彼女が赤色の髪を持つ所以の象徴とも言える。



 一瞬の出来事だった。


 須藤は瞬きする間もなく、炎の檻に閉じ込められた。

 苦虫を噛み潰したように苦悶の表情を浮かべる須藤。


「驚いた、まさか【憑依兵装】まで所持しているとは。ますます、風紀委員に所属して欲しい人材になりました」


 空気を喰らう飛鳥の剣。

 喰らい、灼熱の威力は増していくばかり。

 剣閃が弧を描く。紅く、鋭い。


 須藤が反応する間もなく、制服を切り裂いた。

 布切れが、宙を舞う。耐火に優れたはずの布切れさえも、一瞬で昇華して。

 重い一閃。あまりにも速く、鋭い。

 今のは牽制だ。あくまで殺しを目的としない、辞退させるための一閃に過ぎない。


「速い……」


 言ってみるも、須藤には一切の余裕が見受けられない。

 脂汗の滲む額を右手で押さえると、須藤は呼吸を整えた。


「……仕方ありません。私も負けるわけにはいきませんので、ですが誇ってください。これを見せるのはあなたが初めてですから」


 クスリと小さく笑う。

 大人が子供に見せる、諭すような笑み。

 余裕がないのは演技だったのか、須藤は体を後方へ預けると、制服の内側へと右手を忍ばせた。


「本当は生徒会長――鏡峰紫水を相手に使うつもりでしたが、そうも言ってられませんから。来てください――」


 須藤の唇が揺れる。右手に生じた、一際大きな槍。

 一目で分かる。

 それは、飛鳥が持つものと同じ。同じものを持つ同士だからこそ、惹かれるものを飛鳥は感じていた。


「【憑依兵装】……」


 呟いた言葉に感情は乗らない。ただ淡々と、事実だけを述べる機械のように、飛鳥の口は開かれた。


「その様子だと意識を保っている、とは言い難いですね。まだ、あなたには早い。しかし、十分優秀なのも事実。ここで摘み取ることに躊躇いを覚えてしまう」


 一方、【憑依兵装】を顕現させたはずの須藤には意識を失った兆しは見えない。

 コントロールしているのか、それとも発動時間が短いためか、それは分からないが。


「どうやら終わりみたいですね。その状態ではお辛いだけでしょう」

「う、う……あう」


 (うめ)く、(あえ)ぐ、嗚咽(おえつ)を漏らす。

 そして、目を見開いた。

 瞳に宿る朱色の光


「まだ、そんな力が!? く――っ!」


 脊髄反射で槍の形状をした【憑依兵装】を前に掲げる。

 金属同士がぶつかり合う。



 衝突。

 衝撃が須藤の両腕に伝播した。


 堪え切れず、弾かれる。

 宙に飛ばされながら体制を整えようとするも、すでに飛鳥が背後に回っている。

 須藤に避ける術はない。しかし、このまま受ければ重症どころではなくなる。最悪、須藤の魔法師生命が終わる。

 それだけは避けなければならない。

 なら、出来るだけダメージを最小限に抑えるほかないだろう。


 飛鳥が霞む。右手に握られた【華炎刃】が陽炎を――飛鳥の分身を作り出す。

 炎剣の峰が須藤の腹部に深々と突き刺さる。


「あ――ぐっ!」


 くぐもった、痛みに耐えるような叫びと共に――軽々と消し飛んだ。

 防御結界の張られたフィールドから場外へと。

 勝負は決した。意識を失いつつも、否、意識を失ったからこそ、飛鳥は勝負に勝てたのかもしれなかった。


 しかし、飛鳥は止まらない。

 須藤を追いかけたまま、場外へと飛び出ようとして。

 その様はまるで檻から放たれた獅子のよう。


「そこまでよ、飛鳥ちゃん」


 審判としてフィールドに滞在していた佐藤が止めにかかる。

 佐藤の足が飛鳥の眼前に突如現れ、飛鳥の勢いを利用したまま、蹴り上げた。


「実況、勝負は決したわ」


 襟元に付けたマイクに合図を送る。

 来賓席の隣、放送部が常駐したガラス張りの部屋で、実況の女子生徒が小さく頷いた。


「そこまで! 勝者、緋澄飛鳥!」


 マイクを片手に慌てて、呼びかける。


 歓声が沸き起こった。

 皆、飛鳥と須藤が繰り広げた激戦に、興奮が冷めやらないといった感じだ。

 それもそのはず、二人は学生にも関わらず、【憑依兵装】を使ってみせた。

 その力は余りにも強大で、プロの魔法師と比べても遜色のないほどに濃い内容の試合だったから。


 佐藤に蹴り飛ばされ、石畳のフィールドに倒れたまま起きることのない飛鳥。

 見かねたのか、佐藤はゆっくりと飛鳥を抱きかかえる。

 お姫様抱っこをされた飛鳥は、くーくーと小さな寝息を立てていて、それはそれは気持ちよさそうに寝ていた。


 穏やかな表情を見る限り、別に大きな後遺症が残ったような形跡も感じられない。

 力に飲まれつつはあったものの、飛鳥はこちら側には戻ってきていた。





 一人、観戦席から安堵する千風。


 飛鳥が【憑依兵装】を使ったことには驚きを隠せなかったが、それよりも注意したいのは――須藤と名乗った男の方だった。

 彼は二年でそこそこ有名なだけであって、学年全体でみると、そこまで名の知れた人ではないと、誠やイザベルから聞いていたわけだが。


「おいおい、あれのどこが飛鳥だったら相手にもならないだよ? ギリギリじゃねえか」


 あきれ果てたと言わんばかりに千風はため息を吐く。


「いや、あれが本当に須藤だとは俺には思えない。まさか、彼が【憑依兵装】を使えるなんて」


 イザベルに同意を求めるようにして首を傾げる。


「いえ、私も彼が【憑依兵装】を扱えるほどの実力者であるとは想像もつきませんでした。まさか、お嬢様以外にも使える方がいたなんて」


 イザベルには珍しく目を見開いたまま、硬直している。


「ちょっと待て、今当然のように飛鳥も使えるみたいなこと言ってなかったか?」

「ええ、それはもちろん。お嬢様クラスになれば使えないわけがないじゃないですか?」

「ごめん、イザベル俺も初耳だったんだけど……」


 あのーと、遠慮がちに手を挙げる。

 案の定、そんな誠の意見が聞き入られるわけもなく、彼は何事もなかったかのように黙る。


「この際、飛鳥が使えたことに関してはいい。実際にこの目で見たわけだし。だが、問題は須藤の方だ」


 飛鳥と須藤の試合は終わった。

 数分もすれば、飛鳥もこの場に来るだろう。

 試合が終わってなお、会場は興奮の波に包まれたままだった。


「お前らに聞きたい。正直、どの程度まで飛鳥と須藤の戦闘が見えていた?」


 千風は問う。

 注目するべきは須藤が【憑依兵装】を使えたという事実ではない。

 むしろ、その前段階と言っていい。

 須藤の動きは本物だ。

 まるで、今まで戦場で戦ってきたかのような動きをして見せた。


 須藤と飛鳥の戦闘は凄まじいものだった。

 学生の戦い方ではない。

 圧倒的に戦い慣れた魔法師の戦い。プロと比べても全く遜色がない。

 しかし、それはあくまでプロの領域でも、ある程度通用するだけの力。


 きつい言い方になるが、それ以上の実力ではない。

 飛鳥は強い。須藤も強い。恐ろしいほどに。



 だが、それだけでは――()()()()()()、なれない。


 千風が戦う相手はそれ以上の魔法師や、カラミティア。

【憑依兵装】を扱う魔法師、幻獣型のカラミティア。これらの相手など日常茶飯事だ。

 神獣型――インフェルノと戦ったことだってある。


 正直、千風と共にいるには幻獣型と戦えないと、厳しいだろう。

 一緒にいたとしても、幻獣型以上の敵を前にしたとき、彼らを守るだけの力は千風には、ない。

 千風だけが強くても、誠たちにその力がなければ、すぐに失うことになってしまう。


 それだけは避けたい。

 一緒にいるためには、三人にも強くなってもらう必要がある。


「正直。俺は飛鳥と、須藤先輩の戦いは目で追うのが精いっぱいだった」

「……そう、ですね。【憑依兵装】を扱うお嬢様に対処できた――須藤さんの動きは目で追うことはできたものの、対峙したときに彼の相手をできるかと問われれば、首を振らざるを得ないでしょう」


 イザベルは悔しそうに拳を握る。

 握る拳が震えている。己の不甲斐なさに腹を立てているのかもしれない。


 だが、目で追えていたのであれば、希望は、可能性はある。

 誠も、イザベルも伸びるだけの素質は十分にある。

 イザベルは実力を隠しているかもしれないが……。


「なあ、力に――守りたい者を守れるかもしれない力に、興味はないか?」


 千風が呟く。

 小さな、しかし必ず伝わると確信した声音。

 そこには誠やイザベル、飛鳥に歩み寄っていこうとする意志が見えて。


「千風それって――」


 嬉しそうに誠が千風を見つめる。



 仲間を失わないためには何だってする。そう、決めたのだ。

 なら、そのための努力は惜しまない。

 守れないなら、自分で自分を守れるだけの力をつけさせればいい。


「千風!」


 千風の思考を遮るように飛鳥の声が聞こえた。

 たたた、と駆け寄るポニーテル姿の飛鳥。

 その姿はよくて中学生ほどにしか見えない。

 しかし、彼女の実力はそこら辺の魔法師に引けを取らないもので。



 息を切らしながらやってきた飛鳥は、制服を埃や焦げ跡で汚しながらも身体に異常は見られない。


 須藤は明らかに格上の相手だった。

 それでも、飛鳥が勝てたのは、彼女の戦闘センスによるものだろう。


「どう? 強いでしょ!」

「ああ、頑張ったな」


 そう言って、千風は飛鳥の柔らかな赤髪を優しく押さえる。


「あう……」


 千風の予想外の行動に飛鳥はあわあわと慌ててしまう。

 そんな彼女の姿に千風は笑う。

 強いと言っても飛鳥は少女で。弱い心を持ち合わせた人間なのだ。


「千風も随分とお嬢様の扱いに慣れてきましたね」

「そう、言われると誤解を招きそうだがな」

「誤解も何も、千風はそういうヤツでしょ?」


「あ? どういう意味だそれは?」


 千風の視線が誠を刺す。


「うわ、痛っ! 千風って前々から思ってたけど、目つき悪いよね」

「うっせえ、ほっとけ」


 軽く、頭をはたく。

 ノリよく誠があたっと言うのを無視して、千風は踵を返す。


「あ、どこ行くのさ?」

「どこって、試合だよ。俺もそろそろ行かないと間に合わねえんだよ。言っとくけど、付いてくんなよ?」

「んーそれは振りなのかな? 千風クン?」


 にやにやと気持ち悪い笑みを浮かべる。


「キモい笑み浮かべんな」

「うわーひどいなあ。でもまあ、それは誉め言葉として受け取っておくよ。千風が俺たちに心を開いてくれてるって証拠だから」

「勝手にしろ。俺はもう行く」


「あ、千風……!」


 誠が手を伸ばすも、その手は千風の肩に触れることなく宙を掠めた。

 人込みに紛れ、千風の姿が見えなくなる。


「ったく、千風も素直じゃないな」

「きっと、彼にも彼なりの考えがあるのですよ」

「そうかな?」

「そうです。ところでお嬢様、須藤さんによく勝てましたね。正直、須藤さんの腕前はお嬢様を上回っておりました。まさか、須藤さんが【憑依兵装】を使うとは想像もしていなかったので、驚きでした」


 一人、ぼーっとしていた飛鳥に語りかける。


「う、うん。正直、私も何が起きたのか、ぜんぜんわかってないんだ。あの時は負けちゃダメなんだって必死で。気づいたら【華炎刃】を使ってた。明確に格上だと覚悟して戦ったのは、あれが初めてだったから……」


 飛鳥自身、なぜ勝てたのかは、よく理解できていなかった。


「でも、できれば【憑依兵装】はやっぱり使いたくない。私が私じゃなくなる気がするの。私がどこか遠くに行っちゃって、その間に【華炎刃】が私の代わりをしているの。私にはまだ、制御できないから」

「飛鳥でもやっぱり制御するのは難しいの?」


 疑問に思った誠が問う。

 すばやく頷く。


「うん。とりあえず、顕現ができるだけだと考えた方がいいかも。そのあと、どうなるかは私には分からない。それにすごい疲れるし……」


 そう言った飛鳥は、確かによく見ると顔がやつれている。

 普段は艶のある赤髪も、今は若干くすんでいるような気がした。


「認めたくないけど、やっぱり蓮水はすごいんだなって改めて実感したかな。ちゃんと制御してるし」


 飛鳥からそんな言葉が、ため息のように漏れる。


 蓮水氷室(はすみ ひむろ)……。

 それは飛鳥や誠、イザベル、千風を含めた彼らのクラスメイト。

 一ヶ月ほど前、ともに災害迷宮へと攻略に向かった生徒。

 氷室の実力は飛鳥が一番よく知っていた。


 飛鳥にとって、氷室はライバルなのだ。

 彼が入試成績次席で入学したのは周知の事実。

 しかし、氷室には飛鳥を上回るほどの実力があった。

 氷室は強い。それは、魔導器のみの魔法戦においても、飛鳥を圧倒するほどに。

 加えて、飛鳥には制御の難しい【憑依兵装】を使いこなしている。

 なぜ氷室が次席だったのか、今でも不思議に思うくらい。


 しかし、氷室は一か月前の災害迷宮で大きな怪我をしてしまい、入院中だった。

 もしも氷室が名桜杯に出場していたら、飛鳥がここまで勝ち抜くことも難しかったかもしれない。



 次の試合は――第四回戦。

 早いもので、128名いた出場者は16名になりつつある。


 次に控えた四回戦を勝ち抜けば、去年に並ぶベスト8だ。

 ここまで長かった。思えば、去年はベスト8になるまでに須藤のような強敵に出くわすことはなかった。

 運がよかったと言うべきなのか?

 しかし、今回の勝利は飛鳥が確かに、己の力で格上を乗り越えての勝利だ。

 紛れもなく、飛鳥はこの一年間で実力を上げていた。


「でも、このままじゃダメなのも分かってる。このままじゃ、千風には追いつけないから」


 悔しそうに親指の爪を噛む。

 小さな歯型を爪に刻みながら、飛鳥は目の前で繰り広げられる試合へと目を向けるのだった。





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