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一騎当千の災害殺し  作者: 紅十字
第二章
43/64

第43話 開幕の名桜杯

「いてて……、って千風?」


 ベッドから起き上がった誠は千風の姿を確認すると、驚いたように声を上げた。

 誠の中では、千風とは喧嘩別れしたはずだった。

 それが、目を覚ませば、喧嘩したはずの千風が目の前にいるのだ。さらに言ってしまえば、なぜか千風は誠よりも体がボロボロで。

 制服もすすけたように焦げていて、みすぼらしいことになっている。


 驚いた表情はすぐに真剣なものに変わる。ベッドから飛び降りると、臨戦態勢になる。


「そんなに慌てるなよ……別にまだお前と戦おうとかは思っていないから。まあ、お前がその気なら続けてもいいが?」

「お前って呼ぶってことはそう言うことなんだな千風?」


 哀しそうな表情の中にも力強い意志の感じられる瞳。

 誠は理解したのだ。千風が誠をお前という理由を。


「お前とはまだ仲直りは出来ない。だが、それは直ぐに解決することだ。また四人でちゃんと話そう。そうしたらまた昨日みたいに笑えるはずだから」


 今はまだ話せない。話すにしても、その時は四人が集まった時だ。

 四人が集まって今後について真剣に話していく。

 それまでは話すべきではないのだ。


「そっか、千風がそう決めたならもう、俺からは何も聞かない。けどさ、終わったら全部話してよ?」

「ああ、名桜杯が終わったらすべて話す。だからもう寝ろよ?」


 まだ時刻は丑三つ時。

 キャンプファイヤーも終わり、名学祭第一部は滞りなく幕を閉じた。

 皆が興奮冷めやらぬまま明日を迎えようとする中、仲直りをすることもなく、千風たちは眠る。


「まだ、話を聞いていないんだね」

「あ? どういうことだよ?」


「いや、いいんだ。お休み千風」

「ああ」


 不思議そうに首を傾げながら、千風は布団に潜り込む。




(そっか、千風はまだ知らないんだね。名桜杯で飛鳥が勝ち残らなければ、俺たちは千風と一緒にいられなくなるんだ)



 名桜杯に誠とイザベルはエントリーしていない。

 必然、参加するのは飛鳥だけだ。

 飛鳥は確かに強い。しかしそれはあくまで学生の域だ。

 千風の動きを見てしまった誠には、それが理解できてしまう。

 その千風と対等――否、紫水はその千風さえも圧倒しているかのように見えた。


 そんな相手を前に飛鳥がどこまで行けるのかは分からない。

 しかし、学生の戦いにおいてそこまで逸脱した人間は他にいないだろう。


 それこそ、去年戦ったアリスと名乗った少女ぐらいだろう。

 あの少女の力は凄まじいものだった。

 去年の時点で、現状の千風や紫水を凌ぐ強さを持っていたと考えてよい。


 千風、紫水、アリス、天王寺……。


 この四人は間違いなく、他の学生とは一線を画す。

 実力はプロの魔法師そのものだ。

 誠の目から見ても明らかと言わざるを得ないだろう。

 恐らく四人に当たらなければ、飛鳥は上位の方までいける。


(飛鳥一人に任せるのは情けない話だけど)


「でも今はそれしか……」



 瞼が重い、瞳が胡乱(うろん)とする。

 一言呟いた誠の意識は静かに深淵へと引きずり込まれた。




 ***




 名学祭第二部、名桜杯当日。

 参加者は総勢128名。

 学園の生徒がおよそ八割を超える中、外部から20人ほどの人間が集まった。

 そこには昨年の優勝者、神代アリスを含め、藤宮の生徒会長――月神蒼汰。他にも《異名持ち(ネームド)》が大半を占める、そうそうたる顔ぶれ。

 外部から来るだけあって皆、実力者の集まりだ。


 会場は早くも熱気に包まれる。

 名桜杯は学園に五つある演習アリーナ、その全てを使い、行われる。

 各1000人は収容できる観戦席のすべてが綺麗に埋め尽くされていた。


 千風がいるのは第三アリーナ。

 既に試合は二回戦に突入した。


 放送部による実況が会場全体を震わせる


「赤コーナー如月千風――! 名桜学園に突如現れた期待の新星ッ! 彼はなんと先月、幻獣型のカラミティアの災害迷宮からみごと帰還を果たしたのです!」


 うおおお――! 

 歓声が沸き起こる。

 実況の握る拳にも力が籠る。

 昨日までは皆、千風が幻獣型カラミティアの災害迷宮から離脱してきたことを知らなかったはずだ。


 それが何故か、皆知っている。

 ということは、紫水が昨日のうちに情報を流したのだろう。

 千風としては適当に終わらせるつもりだったが、そうもいかなくなった。


 これも紫水の考えの内なのだろう。

 あえて千風の実力を示し、逃げ道をなくした。

 そうすることで、千風が上に行かざるを得なくなる状況を作り出した。


 幻獣型のカラミティアの迷宮から帰ってこられるような人間が、勝ち残れないはずがないのだから。



 幻獣型のカラミティアはプロの魔法師でも攻略するのは至難の業。

 魔法師を目指す学生が挑戦することなどまず、あり得ない。


「そして、青コーナー武井。彼は名桜学園の二年。去年は惜しくもベスト8に残れず、涙を流す結果となりました。さあ、今年はどうなるのでしょうか?」


 実況の解説と共に千風の目の前に煙が吹き上がる。

 そして現れる一人の男。背丈は180㎝ほど。

 屈強な体と、尖った金色の髪が特徴的だ。


 見るからに肉体系。体育系だ。

 魔法よりも格闘技の方が得意そうな雰囲気を醸し出している。


「貴様が如月千風か? アビスに挑戦したってのは本当なのか?」

「行って帰ってきただけの話だ。それ以上でもそれ以下でもない」

「ふーん、まあ貴様がどんな奴かは興味ないがな」


「そうか」



 しんと静まり返る会場。

 皆が固唾を呑む中、実況の合図とともに戦闘が始まった。


「《高貴なる心、その在りかは神の導きと共に――》」


 開始の合図がなるや否や、動き出したのは武井の方だ。

 魔導器の明滅が始まる、詠唱は終えた。

 かなり早い。ベスト8に行くくらいの実力はあるだろう。


「身体加速の魔法……外見通りだな」


 呟き、千風を腰は落とす。

 魔法は使えない。だが、魔法が使えずとも戦い方などいくらでもある。


 武井が加速する。

 亜獣型のカラミティアの災害因子核(カラミティア・セル)を使って開発した、廉価版の魔導器だろう。

 それに少し改良を施して、発動速度、精度を高めたもの。

 自身で魔法の発現に至るプロセスを改良できる人間は少ない。それだけでも目の前にいる男が魔法師を目指す人間としてはかなり、優秀であることが分かる。


 武井が千風の背後を取る。

 彼の動きはカラミティアを見据えた動きというよりは、対人戦に特化した動きと言える。

 しかし、その動きは大柄な体が災いして、効率の良い体運びとは言えない。


 振るわれた拳を千風は避ける。


「貴様、魔法は使わないつもりか?」

「俺は魔法が得意じゃないんでね」

「なら、なぜここに来た? お遊びがしたいなら、他所へ行くことだ――な!」


 気合の呼気の刹那、武井は短刀を懐から取り出した。

 動きは軍人のそれと同じ。

 洗練された銀閃が、千風の首筋を襲う。



 本気で殺しに来た。


「お前、殺しはNGのはずだろ!」

「そうかもな、だがここで死ぬようなら貴様もその程度だということだろう?」

「それもそうだな、なら――」


 千風の体躯がかすむ。

 武井の目が限界まで見開かれる。


 と、同時。瞬時に目の色を変えた。


「貴様! 本物だな」

「そいつはどうも。だが、あんたとはもう関わることはないがな」


 千風はそう言うと、武井の懐に潜り込む。

 避けさせない。タイミングは把握した。



 武井にはもう反応させない。

 掌底を叩き込む瞬間、手のひらに捻りを加え、より深部へと傷を残す。


 腹部の裂傷、それは武井の口から吐き出された血の量からも深刻なものだった。


「が、はっ――!?」


 膝を折る武井。

 勝負は決した。彼はもう動けない。

 しかし、千風は間髪入れることなく、武井の頭部に踵を叩き込んだ。


 石畳の床に伏せる武井。

 死んではいないが、致命傷を負わせたことは確実だった。

 血だまりが凄惨さを物語っていた。



 静まり返る会場。

 圧倒的だった。あまりの力の差に、言葉の出ない観戦者。


「もういい?」


 つまらなそうに千風は武井を見つめた後、実況者に終了の合図を促す。

 その瞳はひどく冷え切っていて。


「ひっ――!?」


 無意識に怖がらせてしまった。


「あんたのその反応は、正常だよ。あいつらが可笑しいだけなんだ」


 一人、誰にも聞こえないように零す。

 そう、この反応が当たり前。

 飛鳥や誠、イザベルたちが平然と千風によって来ることの方が異常なのだ。


 普通、自分とかけ離れた化け物のような存在を目にしたとき、人は畏怖を覚える。

 それが人間の本能で、摂理だ。





 人の理から外れた存在――飛鳥たちもまた異常な存在。




「し、勝者如月千風!」


 勝者宣言に一拍遅れ、会場内からまばらな拍手が沸き起こる。

 その声援の大きさは開始前とは比較にならないほど小さなもの。

 皆、困惑しているのだ。

 突如現れた、謎の一年。それも、魔法を使わずして、魔法を使用したはずの去年の成績優秀者を圧倒してしまったのだから。


 小さな拍手の波に送られ、千風はアリーナを後にする。

 次に千風が戦うのはおよそ30分後だろう。

 それまで、わざわざこの居心地の悪い場に居続ける必要もない。



「どうするかな……」


 そうは言ったものの、千風の行先は決まっていた。

 飛鳥のいる第一アリーナだ。





 第三アリーナを会場を出ると、眩しい日差しが千風の瞼を灼いた。

 学園全体が熱気に包まれる中、千風は振り返る。

 モニターには各会場の試合が中継で映し出されている。


 第一アリーナの画面に飛鳥は映し出されていない。

 まだ、試合は行われていないということだろう。


 道すがら、自動販売機を見つけ、千風は喉を潤すために立ち寄る。

 制服のポケットから生徒手帳ならぬ生徒端末を取り出すと、それを自動販売機に当てる。



 小さな電子音。

 取り出し口から冷えた炭酸水を取り出す。

 キャップを捻ると、炭酸の子気味いい音と共に水しぶきが上がる。


 口に含む。瞬く間に炭酸が口内に広がり、喉を心地良く刺激する。

 炭酸の弾ける感覚。鼻の奥を突き抜ける清涼感。体の中から浄化される心地に酔いしれながら、千風は一息つく。


「ふう……」


 やっぱり、美味いな。

 そんな言葉が自然と口から洩れる。


 千風は炭酸水が大好きだった。

 この心と体、その両方を同時に浄化できる飲み物はこの世に炭酸水以外存在しないとさえ思っているほどだ。

 千風が飲むきっかけになったのは、時枝がお酒に割っているのを見た時で。

 始めて飲んだ時はとても飲むものだとは思えない、強烈な不味さに舌がヒリヒリしたのを覚えている。


 それでも、時枝にガキにはまだ早いと笑われ、幼かった千風は負けじと無駄な闘志を燃やしていた。

 飲んでは吐いて、飲んでは吐いて……三日もすればすっかり炭酸水の虜になっていた。



 口元を拭い、空になったペットボトルを放り投げる。

 綺麗な弧を描いた、容器がゴミ箱に着地する。

 それを確認することなく、千風は飛鳥のいる第一アリーナへと向かった。

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