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一騎当千の災害殺し  作者: 紅十字
第二章
42/64

第42話 仲間なら

 イザベルの話を聴き終えた千風は頭の中で話をまとめる。


 千風が三人を逃がした後、イザベルたちは天王寺に追われていた。

 裏庭まで逃げるも、限界がきて追いつかれてしまう。

 鬼の形相で飛鳥を守らんとするイザベルを前に、天王寺はある提案を持ちかける。



 それは千風から手を引くこと。


 天王寺はイザベルたちにある端末を見せた。

 そこに映っていたのは、自分たちを逃がしたはずの千風と、生徒会長が戦っている姿。

 あり得ない光景。普段見る姿とは、あまりにもかけ離れた動きをする千風。

 三人は言葉がでないまま呆然と立ち尽くした。


 端末の向こうに映る千風は明らかに学生の領域を超えた動きをしていた。

 およそプロの魔法師と比べても遜色のない動き。否、プロさえも超越したそれ以上の動きだ。


 一切の迷いがない。幾度となく戦いを乗り越えてきた、経験がものを言う──普段から戦闘経験を積んでいなければ、まずあんな動きは出来ないだろう。


 勝負は途中まで互角のように見えた。

 しかし、それでも千風が追い詰められていることに変わりはない。

 彼は戦闘が始まってから一度として攻撃を仕掛けていない。

 紫水がそうさせているのかまでの判断は、つかなかったわけだが。


 何はともあれ、あの場で見た千風が本来の千風の実力。

 そう確信した三人は同時に、こうも疑問に思った。



 ──如月千風は自分たちをだましていたのか? 腹の中で嗤いながら見下していたのだろうか?



 映像に映る千風の実力であれば、幻獣型のカラミティアを討伐することも可能だろう。

 であれば、あの日、攻略難度14のカラミティア──幻獣クラーケンは千風自身が倒したのではないだろうか。

 倒していながら、彼は担任の佐藤が倒し、助けてくれたなどと嘘をついた。


 何故そんな嘘をつく必要があったのか。


「私たちはそれが知りたいのです」


 キャンプファイヤーに揺らめく炎を見つめながら、イザベルは訴える。


 火を囲んで人々はフォークダンスを踊っている。

 笑いの絶えない円。

 皆が皆、幸せそうな顔をしていた。


「なるほど」


 一つ頷く。


 別にだまそうだとか、胸の内では馬鹿にしていたとか、そういうわけではない。

 ただ、巻き込みたくなかっただけの話。


 言い方は悪いが、千風とイザベルたちでは住む世界が違うのだ。

 これは変えようのない事実。どうしようもない壁となって両者を別つ。


 千風はプロの魔法師。そこには責任や命の危険、暗躍する組織の存在。解決しなくてはいけない事件や災害がなどが嫌でも付きまとう。

 そんな殺伐とした世界に引き込むわけにはいかなかった。

 まだ彼女たちは魔法師を目指す段階の存在、学生で。

 そんな未来ある人間を、自らと同じ死地に追いやるような真似はしたくはない。


 千風の実力を知り、遠くに感じ──裏切られたと思われても仕方がないだろう。



 この辺で身を引くのが正しい選択なのかもしれない。

 千風にとっても、イザベルたちにとっても。

 今ならまだ誰も傷つかない。


 空を見上げる。

 夜空を彩るように点々と瞬く綺麗な星々。清々しいまでにきらきらと輝いている。

 千風の心中などお構いなしに、ゆっくりとした時が流れる。



 風に揺られ、すすけた木の香りが千風の鼻腔を満たす。

 目を閉じる。

 楽しげな声が背後からは聞こえる。

 しかし、千風はここにいてはいけない存在なのだ。



 そうだ、最初から分かっていたはずだ。

 覚悟していたことではないか?


 千風は自問自答する。



 千風は魔法師。それも、日本に存在する魔法師の中でトップの実力を誇る【十二神将】に名を連ねる者。

 付けられた公称は【磨羯(カプリコーン)】。

 位階序列第十位に席を置く──正真正銘、最強と言っていい部類の魔法師。


 遠いも何も、初めから出会うことすらあり得なかったはずの組み合わせ。

 出会うことそのものが間違いだったのだ。


 なら、その間違いは正さなくてはならない。

 これ以上、私情を持ち込むことは決して許されない。

 それが、国に認められ、公称を名乗ることを許された者の代償。


 分かっていた、分かっていた……。

 理解していながら、甘えた。



 嘲笑が漏れる。

 余りにも甘えた、人間的な感情を持つ己に嫌気がさす。

 元々は失うのが怖かったから人との距離を置いていたのだ。


 だが、どうして今さらになって再び関わろうとした?

 傷つくだけなのに、痛みを負うのはこの心だというのに。

 千風の心が悲鳴を上げる。


 離れたくない、失いたくないと。


 失うのを避けるにはここで身を引く以外の選択肢はない。

 けれど、その選択を躊躇する千風がいる。


 死線を共にした仲間だ。

 離れたくないと思ってしまう。


 失いたくはない。離れたくもない。


 傲慢にもほどがある。

 力もない人間があれもこれもと手を伸ばしたところで、いいことなど何一つない。

 そんなことは当の昔に理解していたはずなのに。


 友を作ろうとして失った。

 守ろうとした人間に守られ、命を救われた。

 幼なじみの少女に泣かれ、友には裏切られる。

 師には死なれ、同僚は泣きながら姿を消した。


 もう、あんな光景は見たくない。

 辛い経験をしたくはない。


「なあ、イザベル。あれが俺の本来の姿だと思うか?」

「そうでしょうね。少なくともこの短期間で千風が急速に力をつけたなどとは思えません」


「だよなあ……」


 諦めたように千風はどしりと座る。


「どこまで知りたい?」

「それは……」

「知るのが怖いか?」

「私は千風の仲間ですから、知る覚悟も権利もあります」


 胸に手を当て、訴えかける。

 メイド服を着たイザベルは普段よりも可愛い。

 月光に照らされた桃色の艶やかな髪が、風に揺れる。


「初めて会った時からかなり変わったな」

「千風が変えたんですよ? 私の心の在り方を。そしてこの髪も」


 ショートボブになった桃髪に愛おしそうに触れる。

 イザベルの表情はどこか誇らしげで。

 初めて出会った時は肩に触れるほどあったイザベルの髪を切ったのは千風だ。


 それはあの黄昏時、病室に見舞いに来た時のことだ。

 しかし、千風はとても昔のように感じてしまう。


「そんなこともあったな」

「ついこの間ことですよ?」

「分かってる」

「さあ、立ってください」


 華奢な右手が差し出される。

 左手で桃髪をかき上げる仕草は妙に色っぽい。


「なに見惚れているんですか? 千風はお嬢様のことだけを見ていればいいのです」


 頬を膨らませて怒ったような仕草をする。それはまるで可愛い女の子がやるようなあざといもので。

 それでも、イザベルがやると他にはない美しさがあった。

 ぐっと引っ張られる。

 千風を快く迎えるイザベルの表情はどこか楽し気で。


「私だけが話を聞くわけにもいきません。それに千風も聞きたいことがあるのでしょう?」


 顔に出ていただろうか?

 決してそんな真似はしていないはずだが。


「ですが、それもお預けです。私たちが本当の仲間に──いえ、それ以上の関係になるためには……全員の力が必要です。また、四人で話し合いましょう」


 全員で考えればきっと、いい案が浮かびますよ、とイザベルは微笑む。


「千風の悩みも、私たちの悩みも、みんな分け合いましょう。笑って泣いて喧嘩して……そういった関係を望んだのは、千風です」


 そこで、校舎の方へ逃げて行った飛鳥が返ってくる。


「ごめん千風。私が間違ってた。千風は誠と──」


 それをイザベルは横目で確認すると、飛鳥の声にわざとらしく声を重ねる。

 んんっと、艶っぽい声を出しながら、頬を朱色に染め、



「ですから、その……責任はとってくださいね?」





 恐ろしいほどの間。

 凍りつくような静寂が三人の間に流れる。


 心なしか、飛鳥の燃えるように赤い髪が逆立って見えて。


「ねえ、千風。責任ってどういうこと?」


 あはは、と小さく笑う飛鳥。その瞳には光が宿っていない。

 ひたりひたりと一歩ずつ近づいてくる。


「千風?」


 にっこりとほほ笑み、千風の肩に小さな手が置かれた。

 肩に鋭い痛みが走る。

 見た目からは信じられないほどの握力だ。


「落ち着け、飛鳥。イザベルの方を見てみろ、笑ってるぞ?」


 千風が諭すも、飛鳥はまるで言うことを聞かない。


「おいイザベル! お前もなんか言ってやれよ? 冗談が過ぎましたと──」

「ごめんなさい、お嬢様。私は千風に辱められてしまいました」


「な!? あの、イザベルさん……?」


 冷や汗が流れる。

 今の飛鳥にとっては火に油を注ぐような言動だ。


 イザベルは腰をくねらせ、ほろりと涙を流す。

 確かに嘘は言っていない。

 千風はイザベルの髪を──女の命とも言える髪を、バッサリと切り捨てたのだ。辱めたと、言えなくもない。


 だが、言い方というものがあるだろう。

 イザベルの言い方はあえて、誤解を招くように言われたものだ。

 目が笑っている。完全に理解してやっている。


「千風……あんた私の従者になんてことしてるのよ!」

「いや、これはだな……」

「うっさいうっさい、うるさ~い! あんたなんて滅びなさい!」


 魔導器の明滅。瞬時に赤色の魔法陣が構築された。

 火系統の魔法。言わずもがな、飛鳥の最も得意とする魔法属性だ。

 つまり彼女が扱う中では最強の属性で。


「オイオイ冗談だろ? これを俺に受けろと?」


 イザベルに視線を送るが、帰ってきたのは余りにも非情な一言。


 イザベルがゆっくりと目を閉じる。

 唇が動くが、音は発せられない。

 唇の動きを読むと、



 ──これくらいは許してください。千風なら、死なないでしょう?





 炎の噴射と共に飛鳥の拳が加速する。

 拳は炎を纏い、橙色に彩られた。


 イザベルは知らない、千風が魔法を使えないことを。当然、飛鳥も。


「この、ヘンタイばかぁ──!」


 このまま受けたのではひとたまりもない。

 だが、ここで避けるわけにもいかない。

 なら、致命傷を避けつつ、派手に吹っ飛ぶしかないだろう。


「痛いのは嫌いなんだけどな……」


 繰り出された拳打を諦めたように、ぼ──っと眺めながら。

 千風は当たる直前で、思い切り後ろに飛んだ。


 刹那、拳が千風の腹部に炸裂する。

 鋭い熱と痛み。痛みよりも熱の方が強いが。

 受けながら千風は思う。



 致命傷は避けたものの、これは重症だと。


 千風の身体が吹っ飛ぶ。およそ10メートルほど。

 2トントラックなど比較にならないほどの衝撃が千風を襲う。


 吹っ飛び、3、4回と地を跳ねる。

 臓物が飛び出なかったことを考えると、上手く致命傷は回避できたらしい。

 それでも、全身の打撲、擦り傷は見るに堪えないほどのものになってしまったが。



「うそ? ちょっと千風、冗談だよね?」


 これには殴った張本人の飛鳥も驚愕する。

 飛鳥としても、千風が何らかの手段で自身の攻撃を無力化できると確信していたから放ったわけだが、なぜか千風はまともに喰らってしまって。


 会場がざわつく。

 それもそのはず。

 いきなり人間が一人、踊りの中心に投げ出されて反応しない方が難しいだろう。


「少々やり過ぎましたね」

「ごめんなさい」

「千風があのまま死んでしまうような方だとは思わないので、そこまで心配はしていませんが、一般人にあれをしては駄目ですよ?」

「それは、うん……」


 飛鳥が落ち込んでいるが、イザベルは頭を優しく撫でると、


「大丈夫ですよ。さあ、回収しに行きましょう」

「そんな、物みたいに」

「その物にしたのはどなたでしょう?」

「う……」


 意地悪にそう答える。

 当然、飛鳥は体をビクつかせ、言葉に詰まってしまう。


「あのまま、放っておくわけにはいきません。さあ部屋まで運びますよ?」


 足元でいまだ気絶したままの誠を背負いながら、イザベルは千風のもとへと向かう。


「う、うん」


 出遅れる形で、飛鳥もその後を追うのだった。


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