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一騎当千の災害殺し  作者: 紅十字
第二章
41/64

第41話 仲間とは

 時刻は午後八時。

 校庭は学園の生徒を含め、多くの一般客で変わらずの賑わいを見せていた。

 彼らが円になり囲うその先には、巨大な丸太が四角形に積み上げられた枠組みが出来ていて。

 その中央に細い枯枝で小ピラミッドを作る。


 人々のざわついた声に導かれるように一人の男が現れた。

 生徒会副会長、天王寺光。

 天王寺は軽く会釈をすると、


「皆様、今日はお忙しい中お集まりいただき、ありがとうございました。名学祭第一部も残すところキャンプファイヤーのみとなります。明日は名桜杯がありますが、どうぞ最後まで精一杯楽しんでいってください。それでは──」


 隣に控える生徒会役員に指示を送る。

 頷いた役員は天王寺へと着火用の火種を渡した。


「祝福の火と共に、人々に幸福の日々があらんことを」


 中央の小ピラミッドに火が燃え移る。

 それは瞬く間に外側の丸太に広がって、闇夜を照らす光となった。

 盛大な拍手が巻き起こる。

 人々には笑顔が絶えず溢れていて。

 一人満足したように、天王寺は闇夜へとその姿を眩ませた。




 その光景を紫水は一人、生徒会室の窓からぼんやりと見ている。

 他の生徒会メンバーも運営や警備で外に出計らっているため、彼は部屋の照明もつけずに椅子に腰かける。

 照明もつけずにいたら、天王寺や小野寺辺りは起こるかもしれないが、今はその二人もいない。


 紫水はゆっくりと瞳を閉じる。

 寝不足のあまり、それだけで睡魔に襲われそうになりながらも、何とか耐え忍ぶ。

 思えばここまで来るのに色々なことがあった。


 初めて人が殺される瞬間を見たのが、実の母親だった。

 それは夢の中で出会った少女からもらった力で回避できたはずなのに、紫水には力がなかったために、それが叶わなかったのを今でも覚えている。

 今思えば、全ての始まりはここからだった。

 幼い紫水は嘆き、悲しみに暮れながらも前へと一歩を踏み出す。

 少女からもらった力が【王の力】であると自覚したのは、それからもう少し経ってからのことだ。


 未来を見通す力が【王の力】であると自覚したとき、彼はとある未来を視た。

 それは世界が滅亡するというあまりにも信じられない未来で。

 しかし、紫水が今まで視てきた未来の映像は全てがその姿を現実のものへと変えていた。

 だからこそ彼は、信じたくなくとも信じることしかできず、力を蓄えると決めた。


 人を集め、魔法師の存在を知り、死ぬほどの鍛錬を積んで、名桜学園へと入学した。

 そこには優秀な人間がいて、天王寺や生徒会メンバーと出会い、力を合わせて今まで色々なものに手を染めてきた。

 必要ならバケモノを殺し、同僚であるはずの魔法師を殺し、ついた異名が《魔法師殺し》。

 殺して、殺して、殺し続けて……手を真っ赤に染めながらも、必死に前へ前へと進み続けてきた。


 そして、先月。

 ようやく最高峰の魔法師と呼ばれる、時枝玄翠とコンタクトを取ることができた。

 時枝に事情を話すと、彼はどうやら紫水が異能者──【王の力】を持っていることを何故か知っていて。

 世界を救うには時枝の力は必要不可欠。

 だが、時枝に再び会うことは今のままでは恐らく、ひどく困難なものだ。

 圧倒的に力が足りない。

 彼の隣に立つには力という力。その全てが、まるで足りないのだ。


 次に進むにはこのままでは、限界がある。

 そのためにも──


 紫水はゆっくりと目を開けた。

 校舎内には誰もいないはずなのに、生徒会室のドアをノックする音が聞こえたから。


「……」


 紫水の許可を待たず、ドアが開かれる。

 そこにいたのは、生徒会の顧問である佐藤だった。


「何の用だ?」

「別に用って言うほどの用でもないのだけれど、ちょっとね」


 佐藤には数年後に世界が破滅するという話を紫水は伝えていなかった。

 それは佐藤が敵か味方か判別できないこともあったが、紫水は直感でこの女は危険だと感じていたから。

 この女の詳細は一切が不明。

 生徒会長の権限は、学園内において最高権力を誇る。

 しかし目の前の教師、佐藤の情報はいくら深く探っても、全く見つかることはなかった。

 唯一分かるのは名前だけで、その出生から今に至るまで一切の情報が不明。


 立ち上がった紫水の背中に自分の背中を預けるように、佐藤は紫水にもたれかかる。


「あなた、名桜杯ではどこまで勝ち進む気かしら?」

「愚問だな。名桜が主催する催し物で、名桜のトップが優勝せずしてどうする?」

「あら、結構強気なのね。好きよ、そういう子」


 気の強い子ほど早く死ぬからと、笑う佐藤。

 紫水の目が細まる。

 言われたことが癇に障ったとか、そんな低俗な理由ではない。

 佐藤の口ぶり、それがまるで見てきたようなものだったから。


「どういう意味だ?」

「そのままの意味よ。そういう子に限って早く死んでいくの。現役時代に見てきたから」

「先生、俺はあんたの個人情報に何度かアクセスしたことがある。だが一度として、あんたの名前以外の情報を得ることは叶わなかった」

「今さら先生だなんて、可愛げあるじゃない? でも、レディーの個人情報を盗み見るなんて少しお行儀がよろしくないのではないかしら?」


 佐藤は別段怒った素振りも見せず、いつも通りの笑みを見せる。

 それは余裕の表れか、そもそも紫水など眼中にないという挑発か。

 その意図を紫水に計ることはできない。


「あんた一体何者だよ?」

「昔、そこそこ頑張っていただけの、魔法師の成れの果て──ただの教師よ」


 背中に熱を感じつつも、紫水の全身は佐藤の底知れぬ正体に畏怖の感情を抱く。

 振り返るとそこに佐藤の姿はなく、窓の開いたカーテンが寂しそうに揺れていた。




 ***



 パチパチと燃える丸太を眺めながら、千風は昼間の出来事を思い出す。

 突如クラスの襲撃に来た紫水。

 彼の意図を汲み取ることは不可能だが、何らかの理由があったと考えるのが妥当だろう。


 千風は紫水と誰の目に触れることもなく戦うことになった。

 間違いなく、完璧に、紫水は千風を殺そうとしていた、途中までは。

 だが最後、千風が死を覚悟し、【憑依兵装】を使おうとしたとき、何故か紫水は攻撃の手を止めた。

 結果千風は太ももの負傷程度済んだわけだが。


「風、千風ってば!」


 階段に腰を掛けていた千風の前には顔を90度傾けた状態で様子を飛鳥がいた。


「うお、びっくりした……。何だよ飛鳥?」

「う、うん。千風何回呼んでも返事しなかったから、その……」

「悪い」


 まだ、名前を呼ばれることに慣れていないのか、飛鳥は照れくさそうに顔を制服に(うず)める。

 飛鳥に代わって誠が話を続ける。


「千風、昼間の件だけどさ」

「ああ気にするな、少し掠った程度だからよ」


 千風の太ももには包帯が巻かれている。

 それは昼間、紫水と交戦したときに負った傷で。今もなお、痛々しそうに包帯の内側から赤いものが滲み出ていた。

 とても掠った程度の傷には見えない。


 千風が無理をしているのは、誰の目から見ても明らかだった。


「そうじゃないんだ。千風、真面目に話を聴いてほしい」


 何時にも増して、誠の瞳は真剣味を帯びていた。

 剣呑な表情。今回ばかりは話を聴いてもらうといった、気迫が感じられる。


「千風は鏡峰紫水が教室に現れた時、俺たち三人を助けてくれた。でもそれはどうして?」

「どうしてってそんなの仲──」

「まだ話は終わってないよ」


 千風の発言は誠によって遮られる。

 今まで散々千風やイザベルに話を遮られ続けてきた誠だが、今日は違う。

 自分の意志で千風の発言を止め、自らの主張を通す。


「千風さ、俺たちに何か隠してない?」

「意味が分からないんだが?」

「聞いてるのはこっちだよ。悪いけど今、かなり怒ってるからね?」


 いつもへらへらと、だらしなく笑っている誠はここにはいない。


「もういいよ、千風が言ってくれないなら俺の方から問いただすから。千風、本当の実力を隠してるでしょ?」


 心臓が跳ね上がる。

 力を隠しているのがバレた? だがそれは何処で?

 何故バレる? 千風は誠たちの前では一度も力を出していないはずだ。

 それどころか、精々幻獣型のカラミティアを倒せる程度の力しかないと、上手く立ち回っていたはずなのに。



 そんな思考が脳内を駆け巡る。



 暴かれる道理がない。千風の振る舞いは完璧だったのだから。

 気づかれるとすれば、それは千風の正体を知る者による密告。

 だがそれこそあり得ない。千風の本当の正体を知っているのは、この学園には佐藤一人しかいない。

 佐藤は腐ってもC.I.の職員。その機密性の重要さは誰よりも理解しているはず。

 ましてや時枝より同じ任を受けた、同朋ともいえる千風の素性を晒す暴挙に出るわけがなかった。


 千風の素性が明かされることなど、まずあり得ないのだ。

 だとすると、問題になってくるのは何処から情報が漏れたのか、だった。

 こればかりは千風には全く予想がつかない。


 ここは素直に言うしかない。

 もはやここまでだろう。


「どこでをそれを知った?」

「否定はしないんだね」

「否定したら、信じてくれるのか?」

「認めたからって信じるわけでもないよ?」

「はは、仲間を信じられないのかよ……」


 乾いた笑みを浮かべる千風に対して、誠の瞳は冷めきっていた。


「信じてないのはどっちだよ。信じさせてくれないのは千風のほうだろ!」


 語気を荒げ、千風の胸倉をつかむ。

 誠よりも体の小さい千風は簡単に浮いてしまう。


「何してんのか分かってんのか、誠?」


 必然、千風の声調も荒さを増す。

 千風の瞳の奥から闇を飲み込んだような黒い光がのぞく。

 それでも、誠は引かない。

 引くわけにはいかなかった。


「覚悟は出来てるようだな」

「当然だよ──」


 言い終わる前に、誠の頭突きが千風の額を捉える。

 鈍い音と共に誠の上体が傾ぐ。

 それは誠自身も同じで、上体を仰け反らせた。


 脳に直接響く痛みが両者を襲う。


 黙って見守っていた飛鳥が大事になってきたことから焦り始める。


「ちょっと二人ともやめなさいよ!」

「飛鳥は黙ってて!」


 言い放つ誠。

 今日の誠はやはり違う。覚悟を決め、千風にぶつかっていた。

 誠は渾身の右ストレートを千風の顔に叩き込む。


 しかし、千風は避けようとはせず、同様に誠の右頬めがけて拳を放つ。

 二人はまったく同時に反対側へと吹き飛んだ。


 口内を鉄の香りが支配する。

 内側から湧き出た粘液を吐き飛ばす。

 何故か二人の顔は今までで最高の笑顔だった。


 誠が繰り出す拳打の猛襲。

 その一つ一つを千風は正確に見極め、己の肉体で受け止める。

 誠の拳は重く、鋭い。一撃一撃のダメージがどんどん蓄積されていく。

 しかし、千風も全く同じ力、タイミング、速度で拳を放つ。

 その光景はさながら誠一人のミラーマッチのようで……。


 押していたはずの誠の表情が苦悶に代わる。


「そろそろ諦めたらどうだ? もう、分かっただろう?」


 確かに体は誠の方が大きいかもしれない。

 しかし、千風を前には無力だった。

 千風を相手にするのに誠では経験、質、感覚、あらゆるものが劣っているのだ。


 誠もそのことに気づいていないわけではない。

 それでも誠は動きを、攻撃の手を止めなかった。

 誠が拳を叩き込めば、その全てがそのまま自分の身体に跳ね返ってくる。

 徐々に徐々に、彼は膝を折り始め、


「はあ、はあ……」


 瞼は割れ、顔中を腫らしながらも、その目はしっかりと千風を見据えていた。

 闘志は燃え尽きていないようだが、身体の方は言うことを聞かないみたいだ。


「よく頑張ったよ、お前は。じゃあな」

「ああ、また俺は一人蚊帳の外、なんだね……」

「ばーか、それがいつも通りの俺たちだろ?」

「ははは、それも、そうだね──」


 言い終わる前に千風は初めて自発的に拳を叩き込んだ。

 寸分違わず、誠の腹にボディーブローが決まる。


 誠は笑顔のまま、ゆっくりと目を閉じ静かに沈んでいった。


「はあ、疲れた……」


 千風は倒れた誠を一瞥すると、乱れた服装を正す。

 すると、目の前には涙を限界まで浮かべた飛鳥が立っていて。

 彼女は何かを堪えるように小さなこぶしを震わせていた。


「どうした飛鳥?」




 千風の言葉を無視して飛鳥は腕を振り上げた。


 乾いた音が千風の右頬で鳴り響く。

 じんわりとした熱と共に遅れて痛みがやってくる。

 そうして千風は飛鳥に叩かれたのだと理解した。


 飛鳥の瞳からはたくさんの雫が零れ落ちて、月光に彩られ輝きを増す。


「最低だよ千風っ! 誠は千風のこと心配して……私やイザベルだって同じだよ? なのに……」

「あ、お嬢様!」


 目元をごしごしと拭いながら、飛鳥はどこかへ行ってしまう。

 千風はそのまま倒れるように腰を下ろした。


「ったく、何なんだよ。お前も俺に失望したか、イザベル?」

「いいえ」

「はは、何でこんな時だけ優しいんだよ」

「嫌ですね、千風が言ったのではないですか。『俺たちの前でくらい明るいイザベルでいろよ』と。ですから、私は千風の仲間であり、味方です。千風を軽蔑するようなこと……はありません」


「なんで間が空いたんだ?」

「流石にお嬢様にいやらしいことをしたら、軽蔑します」


 まだまだイザベルの冗談は分かりにくい。


「で、飛鳥のことは追いかけなくていいのか?」

「はい、お嬢様も心のどこかでは理解しているのだと思います」


 飛鳥の去っていく姿が見えなくなると、イザベルは千風に微笑みかける。

 何処まで本気で何処からが嘘なのか。


「どこかって……曖昧だな」

「お嬢様ですので」


 それもそうだと、一人納得する。

 イザベルは昼間のメイド服のまま千風の傍らに正座して、


「手当は要りますか?」

「いや、いらない。分かるだろ?」

「はい」

「優秀なメイドだな」

「お嬢様の従者ですので」


 この傷は残しておきたかった。

 親友と初めて喧嘩をした証だから。


 二人の他愛もない掛け合いが続く。


「しかし、男の子どうしの友情もよいものですね……」


 若干声が上ずっているように聞こえた。


「おい、イザベル大丈夫か? 腐ってないか?」

「はぁい……大丈夫です。あんなことやこんなことなど、一切妄想していませんので」

「思考がたれ流しだぞ?」


 千風は上体を起こし、イザベルの額に手を当てる。


「い、いえ、何でもございません!」


 珍しく焦りを見せる。

 イザベルの頬はほんのりと上気していて。


「まあ、何でもいいけどさ。結局、最後は俺たち二人だけで話すことになるんだな」

「ええ」

「じゃあ、とりあえず話を聞こうか? どこから俺の情報を得たのか。その後で俺の方からも話しておきたいことがある」

「そうですね……」



 思い返すように夜空を見上げると、イザベルはとつとつと事の顛末を話し始めた。



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