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一騎当千の災害殺し  作者: 紅十字
第二章
37/64

第37話 普通の高校生

 放課後、千風は学園の敷地内にある寮には帰らず、ファストフード店に来ていた。

 彼の周りには、飛鳥、誠、イザベルといつもの面々がおり、それぞれが好きなものを注文していた。


 名桜学園には魔法師を目指す生徒たちが、万全の状態で授業や演習に励めるようにと、寮が設置されている。

 寮は学年、性別で分かれており、上下の繋がりはあまりないがその分、同学年の関係は良好らしい。

 そう、誠に聞かされていた。と言っても先ほど道すがらに聞かされただけだが。


 寮は基本的に二人一組で一部屋を使うらしく、千風はなんと誠と部屋が同じらしかった。


 出来すぎな話だが、恐らく佐藤の方があらかじめ手配していたのだろう。

 千風は転入して間もなく災害迷宮に乗り出してから、一ヶ月間昏睡状態になっていたため知る由もなかったわけだが。

 寮での生活において禁止されていることはほぼないという。

 外出も自由。消灯時間もなく、生徒の自主性を尊重するとのことだ。


 だから今の千風たちのように放課後にはファミレスに集まったり、ゲームセンターに行ったりする学生も多いそうだ。


「なんか、思ってたよりもふざけた学校だな。もっとこう、魔法師になるために必死な連中ばかりだと想像していたんだが」


 千風はハンバーガーをリスのように頬張る飛鳥を怪訝そうに見つめながら、ひとりごちる。

 千風のつぶやきを聞いていたのか、誠は半笑いを浮かべた。


「もちろん全員が全員こんな感じではないさ。真面目にやってる人たちの方が圧倒的に多い。俺達も基本的には放課後は訓練に明け暮れる側の人間だし……。でも今日くらいはいいんじゃないかな? 無事千風も退院できたわけだし、今日ぐらいは羽目を外したって誰にも咎められることなんてないさ」


 まあ、それぐらいのことであれこれと言われるようであれば、世界中が大変なことになる気もする。

 しかし、羽目を外すと言ってファストフード店を選んでしまうあたり、誠たちも相当残念な高校生活を送っているのだろう。

 将来のことを考えるのであれば当然ではあるが、あまりにも灰色の高校生活ではなかろうか?


 千風は自分のことは棚に上げてそんなことを思う。


「私、友だちとこんなところに来ることなんてなかったから、なんか楽しい」

「それは良かったですお嬢様。さあ、もっと食べてください! こちらにポテトもありますよ」


 飛鳥たちもそれなりに満喫しているようだった。


「そんな急いで食べなくても、逃げていかないだろ………」


 ポテトを必死になって頬張る姿がどうもおかしくて千風は苦笑してしまう。


「べふに、いほぉいでなんかふぁいひ……」

「はいはい。いいから口の中ものなくなってからしゃべれよ」

「んぐっ! ~~っ!」


 どうやら飛鳥は喉を詰まらせたようで苦しそうにコーラを胃に流し込む。

 イザベルはそんな飛鳥の背中をさする。

 誠はこらえきれず腹を抱えて笑ってしまい――。




 どこにでもあるはずの日常的な風景。

 千風たちが普通の高校で、普通の高校生活を送っていれば、毎日のように見ることだったであろう光景。

 きっと幸せに満ちた生活を送っていたかもしれない。

 普通の高校生のように泣いて、笑って喧嘩して……そして励ましあって夢に向かって頑張っていくのだ。


 だが、千風たちの日常は違う。

 これはあまりにも現実離れした、非日常で。

 彼らが日々送る日常とはあまりにもかけ離れた存在だ。



 千風たちが送る日常。それは一般の人々からは想像もつかないほど過酷で残酷で。

 不条理で溢れ、死体に満ち、血で血を洗う世界だ。

 誰がいつ死んでもおかしくない、そんな日常。


 災害を魔法(さいがい)で殺す殺し屋――魔法師。

 災害に殺されることもあれば、人に殺されることも往々にしてある。

 彼らの日常には殺し、殺されの概念が常に付きまとう。



 だからこそ千風はこの非日常を大切にしたいと思う。

 目の前の仲間を失いたくないと心から願う。


 イザベルの話によると、二年後に飛鳥は死ぬらしい。

 誠が消え、イザベルも消える。

 そんな中で一人生きていけるほど千風は強くはない。




「誠、イザベル、そして()()。聞いてくれ。話がある、大切な話だ。お前らにしか話さない」


 そして千風は一呼吸おいてから話し始める。

 彼らを失わないための大切な大切な話し合い。

 全員で生き残って、またいつでも非日常を迎えるための決意表明。



 ――千風は笑って話し始めた。




 ***




 翌日、誠とともに寮から教室に向かった千風は黒板の文字を見て呆然と立ち尽くした。

 そこに書かれていたのは、色とりどりのチョークで彩られた『名学祭』の文字。


「わりぃ誠、俺は来る場所を間違えたか?」

「いやいや間違えてないよ。飛鳥もいるだろ?」

「それはそうだが……学園祭ってここはそういうこととは縁のないものだと思っていたからな」


 教室中を見渡してみれば、確かに至る所に装飾の類が施されている。

 他の生徒たちも昨日とは雰囲気が違い皆浮足立っているようだった。

 教室がいつにも増して騒がしい。


 名桜学園学園祭。通称、名学祭。

 名学祭は通常の高校のように体育祭や文化祭がない分、その規模は大きく盛大に行われる名桜学園の数少ない行事の中の一つだ。

 名学祭は一部と二部で分かれ、一般客も招き入れる。

 一部では出店が並び、生徒たちが有志でバンドを組んだり、クラスで出し物をしたりなど、おおよそ一般的な高校とあまり変わらない――言うなれば、普段あまり高校生らしい生活をしていない生徒たちに向けたある種の娯楽イベントだ。



「昨日も帰った後に千風には伝えたと思うんだけど……聞いてなかった?」

「かもな。たぶん寝てた」

「ちょ、それはひどくない? 昨日はあんなことを話してくれたのに」


 このこの~と脇腹を小突いてくる。

 相変わらずムカつくやつだ。

 おまけに顔立ちもやたら良いため、何かを勘違いしたクラスの女子からは黄色い悲鳴が上がる。


 そして、こちらを睨むように飛鳥が近づいてくる。


「おはよ、千風。その、明日はよろしく。私は全力で戦うから、あんたも本気でかかってきなさいよね! 途中で負けたりしたら許さないから!」


 それだけ言うと、そそくさと教室を出て行ってしまう。

 千風には全く何の事だか分からない。まるで心当たりがなかった。


「おい、また訳の分からないことに巻き込まれていないか?」


 誠を問いただすも彼にも心当たりはないらしく、首を振るだけだった。


「まじかよ……」

「ふふふ、その様子ですとまたお嬢様が困らせてしまったみたいですね」


 不敵な笑みを浮かべたイザベルがこんな事を言う。


「お嬢様はどうやら千風さんには内緒で、貴方の分まで名桜杯のエントリーをしていたみたいですね」


 名桜杯。またも千風の知らないところで勝手に話は進んでいるみたいだ。

 誠がなるほどと頷いている。


「それで、そのメイオウハイ――ってのは何だよ?」


 若干苛立ちながら千風は尋ねた。それに答えたのは意外にもイザベルの方だった。


「名桜杯、それは学園祭の目玉と言っても過言ではない行事です。何でも学生の成長経過を計る目的でできたようで、エントリーした学生同士における魔法ありの模擬戦闘のようなものと言いましょうか――」

「そうそう! 名桜杯で優秀な成績を収めた人間には国から、異名(ネーム)っていう二つ名みたいなものが与えられるんだ。《異名持ち(ネームド)》は将来有望な魔法師として認められ、気象庁やC.Iといった公的機関にも入りやすくなるみたいだから、結構募集する生徒は多いみたいだね」


 名学祭には二部として、名桜杯が設けられている。

 これは他の学校にはない特有のものだ。

 名学祭はこの名桜杯と、通常の一部で合計三日間開催される。

 もちろん、より賑わうのは二日間開催される名桜杯の方であるのは言うまでもない。


「ええ、外部からのアマチュア参加者の募集もしています。余談ですが、去年お嬢様は名桜杯に外部から参加しまして、中学生でありながら見事ベスト8を勝ち取り、《異名持ち(ネームド)》の資格を頂いていました」


「ああやっぱり飛鳥は凄いよな。俺も外部参加で挑戦してみたけど、まるで歯が立たなかったよ」


 誠が悔しそうにうなだれる。

 どうやら彼も中学時代に参加していたらしい。

 過去の誠がどれほどの力を持っていたのか定かではないが、今の誠の力を見る限り他の生徒と比べても勝てそうなものだが、その誠が負けるとなると相手も手練れだったのだろう。


「へえ、お前は誰に負けたんだよ誠?」


 さっきの仕返しとばかりに、いやらしい笑みを浮かべる千風。


「なんかムカつく。いいけどさ……。確かアリスって名乗ってた気がする。とても小さい子だったけど相手になるとか、そんなレベルじゃなかったなあ。外部の参加者だろうけど、今年も参加するのかな」

「アリス……」


 アリス。

 その名には心当たりがあった。




 千風は病室でイザベルと会話したときのことを思い出す。

 彼女の――イザベルの名は偽名だ。

 イザベルと言う名は飛鳥が彼女に対して与えたもの。

 本来のイザベルの名は――神代・E・ルイーザ。つまり神代の人間だ。

 そしてイザベルには姉がいる。

 千風の記憶が正しければ、姉の名は確か――



(神代・E・アリスだったか? だがイザベル本人からその名を聞いた覚えはない。C.Iに居た時に資料で見たか?)


 梅花学院の資料を閲覧していた時に生徒会長の名にアリスの名があったような記憶がある。

 当時は確か一年だった。一年にして既に生徒会長の座についていたことになる。


(一年で生徒会長……紫水と同じ。ということはアリスも相当な実力者か?)


 イザベルの方を向くと彼女は小さく頷いていた。

 あなたの推測は正しいと、しかしそれを口にすることはなかった。

 イザベルはあくまでイザベル。もう彼女は神代・E・ルイーザではない。わざわざこの場で誠にカミングアウトする必要はない。


「イザベル、去年の名桜杯の優勝者は誰だった?」

「そうですね、確かそのアリスという方が優勝されていました。付け足すと、その方は名桜学園に並ぶ教育機関の一つ、梅花学院の生徒会長でもあります」

「っ! それは初耳だ。そりゃあ俺じゃあ相手にならないわけだ」


 納得いったと頷く誠に、あなたはもう少し勉強をしなさいとイザベルは冷ややかな瞳を向けていた。


「確認だが、それに鏡峰紫水は出場していなかったのか?」

「ええ、基本的に生徒会長は生徒の前には姿を現さないので」


 つまり、アリスと紫水は直接対決をしていないことになる。


 二人は一年にしてそれぞれ生徒会長の座についている。

 そんな彼らが名桜杯では顔を合わせてはいない。

 どちらが負けてもそれは互いの学校の印象を悪くすると考えたのだろう。

 それを避けるために、紫水は参加をしなかった?


「今回の名桜杯には誰が出る?」

「基本的に名桜杯に出られるのは学園でも優秀な成績を残した生徒ぐらいです。外部であれば、応募条件は少し易しくなりますが、それでも優秀な人間が来るのは間違いありません」


「そうだね、簡単に言うなら外部なら、亜獣型(エラー)の討伐経験があれば参加はできる。まあ、それぐらいの実力だと痛い目を見るわけだけど……」


 俺みたいにねと、情けなく笑う。


「こちらを見てください」


 イザベルは一枚の紙を見せてくる。どうやらそれには名桜杯の参加者が記載されている。

 千風がそれを覗くと、そこにはざっと100人ぐらいの名前が書かれていた。


「名桜学園からの参加者はあなたやお嬢様を合わせて、50人。その中には、生徒会長――鏡峰紫水の名もあります」

「ああ? どういうことだよ? あいつは生徒の前には姿を見せないんじゃねえのかよ?」

「それは私にも分かりません。ただ、今回の名桜杯は様子がおかしいのです」


 ここを、とイザベルの指先が示す。

 そこに書かれていた名は――月神蒼汰(つきがみ そうた)



 千風には心当たりがない。


「誰だこいつは?」

「月神蒼汰。名桜、梅花に並ぶ名門――藤宮高校の生徒会長です」


「な――っ!?」


 これには流石に千風も驚きを隠せない。


 一体どういうことだろう?

 三校の生徒会長が一堂に会する。そんなことがあり得るのだろうか?

 偶然というにはあまりにも出来すぎている。


 イザベルが不自然に思うのも無理はない。


「月神ってのは去年も出ていたのか?」

「いえ、彼が出場するのは今回が初めてです。加えて彼は私たちと同じ一年」

「オイオイ、そりゃあどういうことだよ? どいつもこいつも………前の生徒会長ってのは、不甲斐ない連中しかいなかったのか?」


 冗談でそう言ってみる。

 しかし、そんなわけはなかった。

 彼は一応、前生徒会長三人のことは頭に入っている。決して弱いなどと一言で切り捨てられるような連中ではない。

 皆が皆、魔法師になった後も【十二神将】に近いレベルまでは到達できる優秀な人間のはずだった。


 特に藤宮の生徒会長は、千風も仲の良かった【十二神将】の一人が一目置くほどの実力者だ。


 可笑しいのはそんな人間を圧倒して、生徒会長の座に居座る現生徒会長の方だ。おまけに三人とも一年で生徒会長になっているときた。

 紫水然り、アリス然り、蒼汰然り……。

 異常なことだった。

 同年代に【十二神将】に近い実力を持った人間が三人。さらに、その全員が名桜杯に出場するのだという。


 そして、その名桜杯に千風もエントリーさせられてしまった。


「ははっ、これはまずいな」


 乾いた笑みが張りつき、のど元を冷や汗が伝う。

 非情に状況は悪いと言えるだろう。

 千風は表向きには一ヶ月ほど前に幻獣型のカラミティアを攻略したことになっている。

 そんな彼が途中で負けるようなことは許されないわけで。

 必然、上位の方に食い込まざるを得なくなる。

 すると当然のように三人の生徒会長のうちの一人とは当たることになる。


 しかし、今の千風には迷宮攻略で無理をした時の後遺症で魔法が使えない。

 その状態で戦えばどうなるか? そんなことは火を見るよりも明らかだ。



「最悪だ。冗談じゃねえぞ、また病院送りかよ」


 嘆く千風の肩にぽんっと手が置かれる。

 爽やかさ全開の誠が満面の笑みを浮かべてその場から立ち去ろうとしていた。

 千風は彼の襟元を掴み、引き戻す。


「どこに行くんだよ?」


 疲れた声を発する千風のこめかみ辺りには青筋がうっすらと浮かんでいる。


「い、いや~ちょっとトイレに……」

「トイレは反対側だろうが」

「あれ、そうだっけ? あはは、勘違いしてたよ!」


 動揺しているのかこちらと目を合わせようとしない。

 千風のが小さくため息をつく。


「千風」

「ん、何だよ?」

「その、ど、ドンマイ!」


「はあ~。めんどくせえ」



 今度は盛大にため息を吐く千風。

 そんな彼を気にすることもなく、名学祭の第一部が始まった。


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