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一騎当千の災害殺し  作者: 紅十字
第二章
33/64

第33話 神殺しと魔法師殺し

 紫水が腰の細剣をゆったりとした動作で引き抜いた。

 彼の動きには迷いが見られない。日本最高峰の魔法師である【十二神将】を前に学生ができるような態度ではない。

 達観したように見下す琥珀色の瞳には冷ややかな憐れみと確かな意志が感じられた。


「鏡峰紫水……どうして貴方がここに?」

「ふむ、まさか【十二神将】にあなたと言われるとは。可笑しな話だ。かしこまるのは俺の方のはずなのだが?」

「【十二神将】の中にも貴方の噂は届いています。しかし、このような場所でお会いすることになるとは思いませんでしたが」


 リューネはゆっくりと立ち上がり、時枝を背後に庇う。

 一学生を相手にするような構えではない。明らかに対等な敵を相手にするように――仰々しく首を垂れると、殺す勢いで身構えた。


「要件は一体? 閣下の命を救う代わりに貴方は何を望むというのです?」

「インフェルノの憑依兵装――C.I.が五基、未契約のものを所持していると聞いた。そのうちの一基を貰いに来た」


 リューネの瞳が緩やかに細まる。

 いったいどこからその情報を得たというのだろう?

 神獣型の憑依兵装については極秘中の極秘情報のはずだった。


 C.I.の幹部にだって知らされていない。

 リューネさえ時枝に契約の話を持ち出されるまではその存在にすら気づかなかった。


「やはり貴方は侮れませんね。あまりにも知りすぎている。ここで息の根を止めるのが正解でしょう」

「俺が死んだら誰がそこの御仁を救う?」


「無論、貴方には救ってもらった後――死んでいただきます!」


 リューネ身体が加速する。弾けるように間合いを潰す。

 紫水は動こうとはしなかった。否、反応できていないのだろう。


 仮にもリューネは【十二神将】として最強の座に名を連ねる者。強いとはいえ一学生が対等に戦える領域にはいない。

 それは紫水に対しても例外ではない――はずだった。


 リューネの神速に等しい抜刀が紫水の首筋を掠める。

 刹那、紫水は口元に三日月のように妖艶な笑みを浮かべると、最小限の動きで必殺の一撃を避けてみせた。


「なっ――!?」


 あまりの不測の事態にリューネは開いた口が塞がらない。

 あり得なかった。彼の初手の太刀筋を避けれたものなど数えるほどしかいない。

 本来であれば紫水の首は今ごろ宙を舞っていたはずだ。


「悪いがそれは既に()()()()。しかし驚いた。一度経験したはずなのに避けるのが精いっぱいだとは」


 紫水は意味ありげな言葉と共に笑いながら下がる。


「どういうことです? 私が貴方と会うのはここが初めてのはず……」

「確かにあなたにとってはそうかもしれない。だが、俺にとってはこれは計画の内、ようやく接触することができた」


 この時をずっと待ち望んでいたと言わんばかり。


 苦悶の表情を浮かべながらも、リューネの剣戟をギリギリのところで避け続ける紫水。

 追いつめているのはリューネのはずなのに、リューネは躱され続けていることに焦燥感を募らせていた。


 明らかにおかしい光景がそこにはあった。

 まるで心の中を、一手一手の行動すべてを読まれ、把握されているようなそんな感覚。

 こんな感覚は初めてだった。


「くっ――貴方は一体どこにいるのです? ここではない何処からか……監視されているような気持ち悪さを感じます」


 リューネの額に玉のような汗が滲んでいた。

 しかし、それは紫水も同じことだ。彼はここまで一切の傷を負うことなく避け続けてきたわけだが、ここにきて初めて頬に赤い線を作った。


「その例えは中々面白いが、僅かに解釈が違うな。正確には()()()()()()――」


 あー痛えと、呑気に頭をさする時枝。先ほどまで死にかけていた彼は何事もなかったかのように上体を起こすと、欠伸をしながら紫水を見据えた。


「閣下!? ご無事なのですか!」

「そう慌てるなリューネ。《嘆きの川(コキュートス)》との対話に時間がかかっただけだ。野郎、レフェルの奴と仲が悪いみたいでな……腹の中のもん根こそぎ掻っ攫っていきやがった」


 かっかっか。と、笑う時枝だが、笑いごとで済むような話ではない。

 時枝には想像を絶するほどの苦痛が訪れるはず。内臓の一つや二つ、消し飛んでもおかしくないような激痛が今も時枝の身体中を巡っているはずだ。

 神獣型のカラミティアとの契約とはそういうものだ。それはリューネが一番よく知っている。


 一基との契約でさえ耐えがたい苦痛に苛まれ続けるというのに、それを己の中に二基も飼いならしているのだ。もはやその痛みはリューネの想像の範疇を超えていた。

 だから、彼はもう何も言わない。呆れたようにため息をつき、それでも瞳には最大限の尊敬のまなざしが見受けられた。


「閣下も人が悪い。あまりご無理をなさいませんよう。マキノさんに言いつけますよ?」

「はは、そりゃ厳しいな」


 驚いたリューネとは対照的に紫水は冷ややかな微笑をたたえたまま、時枝を睥睨(へいげい)していた。

 何かを考えるよう顎に手を当てながら、


「チッ……予定より早い。引き際か?」


 分が悪いと判断したのか、紫水はすぐさまリューネとの距離を取る。

 リューネはそれを追おうとはしなかった。


 時枝が復活した今、無駄に追う必要はなくなった。

 大人げないかもしれないが、紫水は二人でかかれば取るに足らない相手だ。

 わざわざ相手のペースに合わせてやることもないだろう。


 そもそも時枝が復活した今となってはリューネに紫水を捕らえる理由もなくなったわけだが。


「まあ待てよガキ。リューネが感じた違和感、コイツが分からないのも無理はない。その正体は魔法の類ではないからな。紫水と言ったか? お前のソレ――異能の類だろ?」


 聞きなれない言葉にリューネは首を傾げる。今度は紫水が驚く番だった。

 紫水の瞳が大きく揺れる。


「驚いた。まさか異能者以外でその存在に気づく人間がいるとは。流石に国のトップともなると――」

「ははは、その言いようまるで他の異能保持者に会ってきた口ぶりだな。それで、お前は今までどんな相手に会ってきた?」


 ピクリと紫水の眉が動く。どうやら誘導されていたことに気づいたらしい。

 それでも紫水にとっては些細なことなのか、彼は動じず時枝を睨みつけた。


「だんまりか。まあ賢い選択だな。質問を変えよう――お前は何故ここにいて、俺たちに接触した? 勝ち目がないことなど余りにも明白だろ。だが、お前の様子を見ているとどうも腑に落ちない。どういう理屈か、死なないことを理解して……違うな死なないことが前提でここに来たとしか考えられな――」


 時枝の話を聞かず、紫水は唐突に動き始めた。細剣を引き抜き、迫る。その対象は時枝ではなく、リューネの方だった。

 その動きは一切の無駄がなく、洗練されていた。

 学生の領域を遥かに逸脱した歩の運び。魔法による強化のない純粋な身体能力によるもの。


 リューネの目が驚愕に見開かれる。

 紫水はあろうことか、この期に及んで実力を隠していたのだ。

 先ほどのものとは数段かけ離れた速度、洗練さ。機微とした動きにさえ全力を注ぐ周到さ。

 それは以前戦った【磨羯(カプリコーン)】を想起させるもので。


「くっ! すでにその領域に……」

「おーおー、えらく速い動きじゃねえか」


 他人事のように時枝は笑う。

 しかし、それはリューネが負けるはずがないという彼に対しての信頼の裏返しでもある。


 紫水が細剣を水平に振り抜く。その軌道はリューネの首を捉えていて。


 リューネは落ち着いて対処する。

 剣を薙ぎ、弾く。


 紫水の手元から細剣が離れる。

 しかし、紫水は当然のように空間から同じ細剣を生成した。

 魔法によるものだろう。正確には異空間に保管していたモノを引っ張り出してきたにすぎないささいな魔法だが。


 それでも紫水の魔法の展開力の速さにはリューネも舌を巻いた。


 紫水の追撃はなおも続いた。


「ふっ――!」


 裂帛(れっぱく)の呼気とともに繰り出される高速の刺突。

 剣先は霞み、影が厚みをもって襲いかかる。

 達人の領域に達するその全身全霊の刺突はしかし、リューネの心臓を穿つことは叶わなかった。


 再びリューネが細剣を弾き飛ばす。

 肉薄した紫水の足を払い、態勢を崩させる。


「ふむ、流石に【十二神将】ともなれば、容易く避けられるか……」


 事もなげに、まるで知っていたと言わんばかりに呟く紫水だが、その身体には死が迫っていた。


「剣よ――」


 リューネの唇が微かに動き音節を発した。


 空間から武器を生み出そうとする紫水の右腕に、リューネの白刃が届く。

 ぷつりと、薄く皮膚の裂ける感覚と共に鮮血が舞った。


 が、それ以上刃が紫水の腕を犯すことはなかった。




 割って入ったのは、時枝の()だった。


「そうガキ相手に本気になるなよ。【十二神将】の称号が泣くぞ?」

「しかし……」

「いいから少し黙ってろ、コイツには利用価値がある。だろ? とりあえず話を聞いてやる」


 紫水は細剣を鞘に戻すことなく空間へと消失させた。


「じゃあ、話を聞こうか? ああ、言い忘れたが、クソつまらない話だったら首が飛ぶからそのつもりでな。心配せずとも痛みは全く感じない。お前レベルなら死んだことにさえ気づかないだろうからな、《魔法師殺し》」


 満面の笑顔を向ける時枝。しかし、彼の目はまったく笑ってはいない。

 むしろ紫水を試すように見定めていた。


「はは、そこまでお見通しか。――いいだろう、聞け時枝。俺は世界を救う人間だ」


 こちらが本来の鏡峰紫水だろうか?

 冷笑を浮かべ、口調がガラリと変わる。

 清々しいまでの傲慢な態度には、ここで死ぬ気はさらさらないという強い意志が感じられた。


 時枝はゆっくりと帯刀した剣に手をかけ――しかし、引き抜くことはしなかった。


「その恐怖に打ち勝つまでの圧倒的な傲慢さ……とりあえず第一関門は突破だ。おめでとう、小僧。今ここで初めてお前は発言権を得た。存分に話せ、お前の処遇はそれからだ」



「――ああ、そうさせて貰うさ」


 そうして紫水はここに来た理由を話し始めた。


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