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一騎当千の災害殺し  作者: 紅十字
第二章
31/64

第31話 黒色だとか白色だとか、あるいは世界の理不尽について

第二章です!


 裏切られた、裏切られた……。



 真っ黒な空間で、黒い(もや)のようなナニカがそう呟く。

 その理由も分からずただ独り。

 悲しい、悲しい、嗚呼哀しいと、虚しく声が響く中、


 突如、目を見張るような光が現れて。

 黒いナニカはまぶしそうに、しかし楽しそうに笑いながら光に語りかけた。


「あれれ、キミがここに来るのは何回目かな? 1回、2回……n回目かな? なんにしたって歓迎するよ。ここに来れるのはキミぐらいなものだしね」


 おちょくるような黒いナニカに、その存在を全否定するかのような光を放つ白い光は、つまらなそうに口を開く。


「うっせー。あーまたやり直しだよ。どうなってやがる?」

「はは、それを聞くのもn回目かな? 正直聞き飽きたよ」

「あ? じゃあ、そういうお前は成功したのかよ?」


 カラカラと何が楽しいのか、黒い靄は笑い続ける。

 その笑いはまるで、自分に向けられているみたいだった。


「うん、ちょうど今のキミと同じ結果になったところ!」

「人のこと言えねえじゃねえか!」

「だね。僕らはいつまでたっても独りぼっちだ……」


 今度は寂しそうに、肩を落とすようなしぐさを見せた。


「独りぼっちじゃねえだろ……いちおう俺もいるんだし……」


 恥ずかしがっているのか、白い光の輝きが増す。


「あれ、もしかして慰めてくれちゃったりする? はは、シロにも可愛い気があるみたいだね!」

「うっせー。そういうお前はいつも通りだな。笑って、落ち込んで……で、また泣くんだろ?」

「まあ、いつも通り平常運転ってことでそこは許してよ? こんなにも裏切れ続けたら泣きたくだってなるよ」


 シロと呼ばれた光は、黒い靄を静かに見つめたまま、


「そうだな。俺はそろそろ戻るよ、ここの呪いは俺には強すぎる。心配するな、また来る――じゃあな、クロ」

「はは、僕らは合わない方がいいんだけどね……。でも、また来てよ。きっと、次も失敗するから。そうしたらまた、慰めて?」

「ああ、そうするさ」


 そう言って、シロはクロのもとを離れる。

 広がる空間は瞬く間に黒に染め上げられて。


「はは、また独りぼっちの長い長い地獄か始まるのか……。けどね、今回ばかりは上手くいきそうな気がするんだよね、シロ?」


 一人、シロがいなくなった空間で呟く。声は一瞬にして、黒い呪いに飲み込まれて消える。


「もう少しだけ頑張ってみようかな? そうしたらシロも救われるような世界がきっと……」



 黒い靄は儚げに世界を見つめ、そしてゆっくりと瞼を閉じた。


 ***


 千風が退院できたのは、誠らがお見舞いに来てから一週間経ってからだった。

 千風が休んでいる間も当然、学園が休みになっているわけもなく、その分皆から遅れていくことになる。

 だが、それをわざわざ千風が気にすることもない。今さら学園で習うような、平和ボケしたくだらないおままごとに関わらずとも、彼は子供のころから死ぬほどの経験を山のように積んできたのだから。


 学園の門を潜る。無駄にバカでかい、まるで権力を誇示するかのように豪奢な装飾の施された名桜学園の門。

 いつも通り、門の周りは生徒たちであふれていた。


 門を通り過ぎると、これまた豪奢な噴水が見えてくる。

 思えば、千風の任務の標的――鏡峰紫水(かがみねしすい)と初めて出会ったのもこの噴水前だった。


 彼の実力は相当高いものだった。一瞬で噴水の水を凍結させる魔法の展開力。詠唱をした気配すら感じさせない腕前に千風は度肝を抜かれた。

 あれほどまでに高速で魔法を展開できる魔法師は【十二神将】でも半数に満たないだろう。


「そんな化け物を相手に魔法なしか……。はは、これは今回も死ぬギリギリになりそうだな……」


 乾いた笑みを浮かべ、血の気が引いていくのを感じながら、千風は噴水広場の前を通り過ぎていく。


 名桜学園の全校生徒数は実に1200人ほどだ。一学年400人の三年制。ちなみに一クラス40人の十クラス。

 千風や飛鳥、誠たちのクラスは2組。

 入院中に誠に聞いた話だが、1組にも一人化け物じみた人間がいるらしい。


 誠の示すバケモノがどの程度を指すのかは定かではないが、注意しておくに越したことはないだろう。

 そんなことを考えていると、いつの間にか2組の教室の前まで来ていた。


「…………」


 スライドドアに手をかけ、呼吸を静かに整える。


 ドアを開ける。

 と、目の前には誠がいた。


「よっ! 千風。来たんだな」

「お、おう……」

「何だよ辛気臭いな。もう治ったんだろう?」


 拳を突き出してくる。


 それに千風は自らの拳を合わせようとして、恥ずかしくなって直ぐに引っ込める。

 誠は千風の胸の内を察したのか、ニタニタと気持ち悪い笑みを浮かべ、


「な~に、千風。もしかして恥ずかしいわけ?」

「別にそんなんじゃねえよ……。ガキ臭い真似はしたくねえだけだ」

「そんなこと言って~ホントは恥ずかしいだけでしょ?」


 しつこくそんなことを言ってくる。


「うざいなお前。少しはそこでもじもじしてる誰かさんを見習えよ?」


 千風は誠の後ろで二人の様子をチラチラと伺う赤髪を顎で指す。

 気づかれていないとでも思っているのだろうが、はたから見ればバレバレである。


「ほら、呼んでますよお嬢様」

「なっ!? べ、別にそんなんじゃないし……」


 飛鳥の従者――イザベルに、ほらほらと脇腹を突かれ、主であるはずの飛鳥はわたわたと慌てている。

 これではどちらが従者かまるで分らない。

 彼女たち二人のやり取りはまるで仲睦まじい姉妹のようで、主従関係など感じられなかった。


 しかし、飛鳥の実力はその外見からは考えられないほど強大なものだ。

 彼女にはたった一人で幻獣型(アビス)災害因子(カラミティア)を退けただけの実績があった。

 飛鳥はその代償として黒髪を真っ赤に染めることになってしまったが。


 だから、飛鳥は己の髪色を忌み嫌う――そう、イザベルから聞いていた。


 千風は知っている。

 イザベルが飛鳥を慕うと同時、飛鳥のことを誰よりも大切に思っていることを。

 だから、決して飛鳥をないがしろにしているわけではない。

 イザベルにとっては飛鳥がすべてなのだ。


「よう、元気か?」


 千風はぶっきらぼうに飛鳥とを顔を合わせる。

 すると、飛鳥はぷいっと顔をそらしてしまい――


「どの口が言うのよ? 心配してたのはこっちの方よ!?」

「そうか……」

「そうよ」

「それは、悪かったな」


「別に、あんたのことなんて心配してないし!」


 深紅に染まる綺麗な赤髪を翻し、飛鳥は遠ざかってしまう。

 それを千風は半眼のまま眺めながら首を傾げる。


「いや、どっちだよ……」


 彼の口元は微かに笑っていた。


「それと、お前はそのにやにやした顔やめろよ。見てるとムカついてくる。ぶん殴ろうか?」

「えーそれはひどくない? あんまりにも二人がうぶなもんだからお兄さん、笑っちゃたよ!」


 誠も楽しそうに笑う。本当に楽しそうだった。

 そんな誠を見ていると、千風もうれしくなってくる。


 この光景を見るために自分は死に物狂いで頑張ったのかもしれない。

 左腕を粉砕させ、右腕が消し飛び、あらゆる代償を払いながら――こうして救うことができたのならそれは大きな進歩だ。

 そんなことを考えていると、イザベルが話しかけてきた。


「少し、よろしいでしょうか?」

「何だよ、机に突っ伏してる主を慰めなくていいのか?」


 きっと、飛鳥なりに勇気を振り絞って千風に声をかけたのだろう。

 それを軽くあしらわれてしまえば、しょんぼりと気を落とすのも無理はない。


「いえ、それは大丈夫です。夜這いをかけますので……」


 とんでもないことが聞こえたような気がしたが、とりあえず千風は話を聞いてみることにする。


「ここで話せるようなことではありませんし、場所を移しませんか?」


 千風の目がゆっくりと細まっていく。

 ここで――つまりクラスの連中に聞かれては困る類の話のようだ。だが、それはなんだ? イザベルと千風が知っていて、なおかつ千風と情報を共有しなくてはいけない話など彼にはまるで心当たりがない。


「それは、コイツがいていい話か?」


 イザベルがわざわざ耳元で囁く程度で話しかけたにも関わらず、千風はあえて隣にいる誠を親指で指した。

 しかし、イザベルは顔色一つ変えず頷いた。


「ええ、彼ならギリギリ可能な範囲でしょう」


 誠はよくて他のクラスの連中に聞かれるとマズイ話。千風の中で大体の全体像が把握できつつあった。


「わかった。じゃあ、移動するか――案内してくれ」

「結構物分かりが良いのですね?」

「ああ?」

「いえ、断られると思っていましてので……」


 今までの千風であれば間違いなく断っていた。人の頼みごとを――それも知り合って間もない間柄の人の話など聞くに値しないと思っていた。だが彼は変わった。変わることができた。

 名桜学園に無理矢理潜入させられた時は文句を垂れ流していたが、今は違う。

 変わると決めた。これからは仲間とは全力で関わっていくと――そう、決めたのだから。


 病院で目を覚ましみんなの笑顔を見たとき、失わないためにできることはどんな事だってすると自分自身に誓った。


 誠は仲間だ。飛鳥も仲間。そしてイザベルも……。

 その仲間に頼られたなら、


「じゃあ、断った方がいいか?」

「それでは困ります」

「じゃあ早く案内しろよ」


 口は悪くとも、千風は答えるのだった。


 ***


 屋上に出ると驚くほど快晴だった。目に突き刺さるような日差しが千風を悩ませる。

 この頃、あまり目の調子が良くない彼にとっては少々痛手である。


 急ぐように千風はイザベルを問いただす。


「それで、話は何だよ?」

「そうですね、では単刀直入に訊きましょう。あなたは何故、名桜学園になど編入してきたのですか?」


 問い詰めるイザベルの瞳は以前にもまして鋭さに磨きがかかっていた。

 以前から人を見下すような目つきをした恐ろしいイザベルだが、これ以上その恐ろしさを上げて一体どうするというのだろう。


「……」


 誠もひっそりと息をのむ。

 とても冗談を言えるような雰囲気ではなかった。


 だからこそ千風は真剣に答える。


「そんなの決まってるだろ? より強い魔法師を目指すならここが――」

「くだらない冗談はやめてください!」


 ぴしゃりと彼の声は遮られる。

 イザベルは声を荒げて激昂する。彼女の薄桃色髪が荒れ狂うように乱れた。

 千風としては冗談を決して言っているわけではない。彼なりに大真面目に答えたつもりだった。


「なら、本当のことを言えばお前は信じるのか? それで満足なのか? 俺が本当のことを言っているという確証は?」


 千風の、立て続けに投げ出される質問に、イザベルはまったく動揺の色を見せない。それどころか平然と千風に喰いかかってくる。


「少なくとも今のあなたは嘘を言っていました。知っていますか? あなたは嘘をつく時、右目を閉じるのが普段より0.5秒早くなります。災害迷宮にいた時も、今のあなたも……全く同様に右目だけ早く閉じました」


 ブラフをかけてきた。


 イザベルは驚くほど優秀だ。敵であるならば、決して侮っていい相手ではなかった。この一瞬で千風に対し、常人であれば何の迷いもせず信じてしまうような己の癖を突きつけたのだから。

 だが、千風は違う。一々そんなことでは慌てたりしない。そもそもそんな癖は千風にはなかった。あったとしても、訓練の過程でそういったものは摘み取ってきた。


 指を折られても、爪をはがされても、自白剤を盛られたって情報を吐かない――あらゆる拷問に耐えられるように鍛えられてきた。

 そんな千風が、今さら子供だましのブラフに騙される方が難しいだろう。


 だから、笑ってやった。ブラフをブラフと見抜けるほどの力は備えていると証明してみせる。


「気が済んだか? なら、話を進めて欲しいんだが……?」


 それにイザベルの顔が何かを悟ったように歪められる。


「やはり、あなたは……! そこまで見通せているのなら、なおさらここに来るべきではないでしょうに!」


「あんたにも色々あるんだろ? それと同じように俺にも色々あるんだよ。それとも何だ? 真実を知ってこのまま殺されるか?」

「くっ……」


 唇を噛みしめるイザベル。


「ちょっ! 何もそこまで喧嘩腰になる必要はないだろ、千風?」

()は黙ってろ……。生憎、これはそういう話し合いだ。違うか?」


「ええ、その通りです」


「はは……ずるいなー千風は。このタイミングで名前を呼ぶんだから」

「名前を先に呼び始めたのはお前だぞ?」


「これは、お互いがお互いをどれだけ信用できるかの話し合いです。それも――己の素性を明かさないままに、偽りの友情をどれだけ築けるかの……あるいは――」

「御託はいい、さっさと明かせよお前の正体を。……いや、お前の本名はこの前聞いたな。で、お前はこの学園で何をする?」


 イザベルが普通の魔法師候補生とは到底思えなかった。正直、飛鳥の実力をイザベルは遥かに上回っている。加えてそれを飛鳥に隠し通せるだけの力が彼女にはある。

 それは、彼女と病室で交わした会話からも確定的だった。


 神代・E(エリザベート)・ルイーザ。それがイザベルの本名だ。

 神代の名を聞けば、魔法師であれば……否、魔法師でなくともその名ぐらいは知っているだろう。


 神代家当主――神代・E・天音の名は時枝玄翠と同じくらい有名だ。その実力もまた然り、現在日本国を支える二本の槍――災害研究機関(C.I.)と気象庁。

 気象庁の最高責任者がイザベルの実の父親――天音ということだ。


 そして、天音には娘が二人いると、時枝のクソジジイから聞いたことあった。

 長女は大阪の梅花学院で生徒会長をやっているだとか。名桜学園の生徒会長である鏡峰紫水が――千風に調査の依頼が回ってくるほど強大な対象であることを考えるのであれば、恐らく天音の娘もそれに匹敵する力を持っていると考えていい。


 で、問題はイザベルの方だが……次女の方は行方不明になっていたと伝えられていた。それがこうして自分の目の前に現れている。

 だが、イザベルは何故正体を言う必要があった? 千風に伝えることで、イザベルが得られるメリットとは? 


 千風には分からなかった。イザベルがわざわざ素性を晒すという危険を冒してでも手に入れたいものがあるというのだろうか?

 グルグル、グルグルと思考が回る。低迷して、滞って――病み上がりの千風の頭は上手いこと働いていなかった。


 イザベルがゆっくりと口を開く。


「私はただお嬢様を救いたいだけです」

「あんたほどの力があれば、飛鳥一人くらい守れるだろ? 何も今すぐに高難度の迷宮を攻略しようってわけでもねえ? 何を生き急ぐ必要がある?」


「あ、あの~お二人さん? 俺がいること忘れてない?」


 ひとり、置いてけぼりになっていた誠がゆっくりと手を挙げる。彼は涙目だ。

 それもそうだろう。二人して誠がいないも同然に話を進めていくのだから。


「この際だからあなたにも問いましょう。誠さん――あなたに覚悟はありますか? きっとこの先は、今までのようにはいきませんよ?」



「俺だって魔法師になると決めたんだ。今さら引き返すつもりもないし、そもそも入学した時点で覚悟は決めていたよ。それに……千風を放っておくと、危なっかしくて心配だしね!」


「そう、ですか」


 イザベルは悲しそうに笑う。


「では、血でむせ返るような泥にまみれ、ゲロを吐いてでも前へ前へと進まなくてはいけないような理不尽に――あなたはこの先耐えられますか?」



 ゆっくりと、そう告げるのだった。

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