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一騎当千の災害殺し  作者: 紅十字
第一章 始まりと終わりの道化
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第3話 消耗品の集う場所

 挑発に乗った二人の男性面接官が、魔法を展開する。


 片や長身痩躯の筋肉質な男。その容姿からは相当鍛えぬいてきたであろうことが(うかが)える。

 もう一人は筋肉野郎に比べれば小柄だが、それでも右眼に刀傷を負った強面(こわもて)からは十分な殺気が感じられた。

 注意しなければいけないのは、おそらく前者だろう。


 指輪型の魔導器から力が供給され、指先に光が灯る。そして宙空へと文字を刻む。


「《清められし紅き焔、その聖火をもって我が敵を穿て――炎華の花弁(フレイム・バレッジ)!》」


 その動きは速い。それだけで彼らがそれなりに強いことがわかってしまう。

 口だけではない、しっかりと実力の伴った洗練された動き。


 面接官らの指先から高温の炎弾が迸り、室内の空気を食い尽くす。

 けれど、その程度では千風の身体に傷をつけることは愚か、触れることすらままならない。

 あくまで彼らの実力はそれなり(・・・・)でしかない。


 彼らを相手にするのに千風であれば、魔法を使うまでもなかった。

 千風はポケットから刃渡り10㎝ほどのナイフを取り出し、重心を後方へと預けた。


 大きな塊となった炎弾は千風の後方で着弾し、メラメラと煙を巻き上げる。


 男達の視界を遮るように制服を放り投げる。


 こんな狭い空間での戦闘において、魔法の行使は逆に悪手だ。加えて相手は人間。物理攻撃の効きにくいカラミティアとは違う。そんなことをわからない千風ではない。

 それを鑑みると、男達は対人戦闘の経験が浅いとも見える。


 足元に力を込め、距離を潰す。瞬く間に肉薄し筋肉野郎の腕を捻り上げ、肘に膝蹴りを叩き込む。

 ゴキリ。骨の砕ける音とともに筋肉……もとい、男が悲鳴を上げる。

 男の肘は反対に曲がり、骨が肉を突き破っていた。


「ぎゃあああ――!?」


 生温かい血が千風の頰を紅く染め上げる。それを無視してもう一人の背後へ回る。

 ヤクザ風の男は仲間(筋肉)に気を取られ、こちらの存在を認識できていない。

 その表情には信じられないといった感じのバカ面を下げていた。


「東先生、後ろ!」


 この三人の中では一番偉いのか、女の面接官がそう言うが、もう遅い。

 背中を蹴り上げ、東と呼ばれた男の体が宙に舞う。すかさず接近し、逆手に持ったナイフで脚の腱を切りつける。

 これで身動きは封じた。それでも抗うものなら、これ以上の痛みを与えることに躊躇う余地はない。


「ヒィッ!! ば、バケモノ! 近寄るな――っ!?」


 が、男たちに反撃の意思はなかった。千風が睨みつけると瞬く間に戦意を削がれ、頭を押さえガタガタと震え出してしまう始末。

 大人としての威厳はどこへやら、これではまるでいじめっ子に殴られ、泣いているようなクソガキとなんら変わりはしない。

 興が冷めたのか、うずくまる男たちを虫けらを見るように、嫌悪感丸出しで見下ろしていると――背後から女が拍手を送ってきた。


「驚いたわ、まさかここまでとはね」


 仲間が傷ついているのを意に介さず淡々と言葉を述べる。


「それで? 次はあんたが相手してくれるのか?」


 女におびえた様子はない。軽く肩をすくめるだけで流されてしまう。


「あら、強いだけでなく、冗談も言えるのね? でも残念。気づいてると思うけど、ここに張られた結界程度では私の魔法には耐えられないわ。建物を壊してまであなたと戦って私になんのメリットがあるのかしら? 減給されるのは流石に御免だわ」


 今の戦闘を見ても、女は負けるとは一言も言わなかった。相当な自信があるのだろう。


「そうか、で? 俺は合格なのか? 不合格なら他をあたるが?」


 もちろん、千風は合格を確信していた。

 そもそもこの程度の連中を相手に、女も含めて全員殺せるだけの力を千風は備えている自負があった。


 しかし、彼はそれをしない。力を試すと言われ、わざわざ殺して合格を逃すような愚かな真似はしない。それに、彼には人殺しはしないというポリシーがあった。自分から低俗な人間どもと同じ土俵に立ってやる必要はかけらもない。

 彼がなりたいのは、誰彼構わず救うような偽善のヒーローではなく、時枝のような救われるべき人間を救う――命の取捨選択をする本物の正義の味方とやらだ。


 少なくとも目の前にいる輩は救うべきではないとすら感じている。完膚なきまでに叩き潰して、その上で戦意を挫き、それでも殺しだけは絶対にしない。

 クソジジイの前では恥ずか死するので口が裂けても言えないが……。


 千風が踵を返し、退出しようとすると、女が立ち上がった。


「あら、教師を圧倒できるだけの人材をみすみす逃すほど愚かな国が、世界のトップに君臨できるとでも? あなたは合格よ、如月千風クン? ようこそ、都立名桜学園へ! あなたはこれからウチの生徒よ。馬車馬のごとく働きなさい」

「ふーん、そう言えばそこに転がってる連中、弁償した方がいい?」


 懐から札束を取り出しヒラヒラさせる。

 まるで物扱いをするように千風は言うが、女は別段気にもせず、むしろ軽蔑の視線を仲間だったモノへと向けた。


「まさか? 生徒に負ける教師なんてクズも同然。自己責任よ」


 おそらく彼らはもう使い物にならないだろう。千風はあの数瞬のうちに神経を破壊したのだから。あえて彼らの魔法師生命を奪ったと言ってもいい。


「受け取りなさい。ウチの生徒になるなら、制服が必要でしょ?」


 放り投げられた制服を受け取る。


 白を基調としたローブとマントが合わさったようなシンプルな印象を受ける。しかし、あらゆる耐性を付与した上等なものだ。これ一つで家が建てられるだろう。


「あなたの活躍、期待しているわよ」


 女がそう告げたのを、千風は無視して部屋を出た。


 室内での出来事は防音の術式により、外部には一切聞こえない仕様だ。


 もっとも、この程度の術式を看破できない輩は、合格はおろか部屋の外にすら出ることは許されないだろう。室内には志願者と思われる屍がいくつも転がっていた。いやらしいことに反射阻害の術式が施されていたが。


 平気で人を殺す。奴らに善悪など関係ない。一定水準に満たない無能は、等しく殺されるのだ。

 ここは――千風が住む世界はそういう場所なのだから。


 人々を救うはずの魔法が人々を殺すのだ。


「はっ、まるで道化だな」


 乾いた笑みを浮かべ、つぶやいたその言葉はしかし、誰の耳に届くこともなく、霧のように消え去った。


 ***


 翌日。いつもの習慣で早起きした千風は、別段する事もなかったので、これから通うことになる名桜学園へと向かうことにした。

 校門をくぐり、貴族の庭園のように無駄に馬鹿でかい広場を眺める。

 豪奢な噴水から噴き出す水が綺麗な虹を彩る。風に乗って鼻をくすぐる色鮮やかな花々の香り。

 優しい空気を肺いっぱいに取り込むと、少しだけ穏やかな気分になれた。


 昨日の出来事を振り返る――

 任務から帰ると、クソジジイに呼び出されC.I.を追放された。

 おまけに新たな職場として無理矢理学校に転入させられたり、面接に行けば、力を試すだなんの言われ戦闘になり、散々な一日だった。


 軽く伸びをし、気持ちを整える。

 とはいえ、当面の目的は指令書に書かれた協力者との接触だ。


 意地の悪いことに協力者の詳細は一切不明。

 非常にめんどくさく骨が折れそうだが、どうにかなるだろう。


 千風が楽観的に考えていると、背後に気配が現れた。


 協力者か? とも考えたが、すぐには振り返らない。ストレッチをしてあたかも偶然を装って振り返ると、そこには腰に細剣を携えた長身の男がいた。


「そこで何をしている?」


 男が怪訝な表情で訊いてくる。歳は千風と同じくらいだろうか。


「何ってこんな清々しい朝は久しぶりなんでね、ストレッチをしていたとこだよ。そういうあんたは?」


 一人納得がいったように頷く男。


「なるほど、私を知らないか。という事はお前が例の新入生だな?」

「例の? よくわからねえが、昨日転入してきた事に間違いはないな」

「私はこの学校の生徒会長だ。覚えておけ、新入生。名桜学園(ここ)において私は絶対だ。私が法であり、秩序である。くれぐれも問題を起こさぬ事だな」


 千風は自称生徒会長とやらの、あまりにも傲慢な態度に思わず、笑みがこぼれてしまう。


「はっ、大きく出たな。他の教師や学校の権力者たる理事長よりもあんたの方が上だと?」


 その挑発とも取れる千風の言葉に、男は眉ひとつ動かさずにこう答えた。


「――試してみるか?」


 冷たく、そう一言だけ。

 しかしその一言で、男の周りの空気がガラリと変わってしまった。


 パキッ。空気の割れる音。気づけば背後の噴水は凍りつき、辺りに静寂が訪れていた。


 いつ魔法を展開したとか、そういうレベルじゃない。昨日の面接官とは格が違う。余裕ぶっていた女試験官さえコイツをどうこうすることはできないだろう。

 そう思わされるほど、目の前の男には絶大な力が備わっている。目視でわかってしまうだけのオーラが彼にはあった。


 魔法だけなら、千風をも凌ぐかもしれない。


「――ッ!?」


 彼の首筋に冷や汗がたまる。この圧倒的威圧感は久しぶりだった。


「いや、遠慮しておくよ」

「そうか、賢明な判断だ。私も無駄な殺生を好まんのでな」


 瞬間、時が戻ったように噴水は流れ始めた。


「ま、待て! 今の言い草、必要なら殺しもいとわないと言っているように聞き取れたんだが?」


 男が止まり、こちらを向く。


「何を当然の事を? 言葉通りだが……?」


 意味が分からないとばかりに肩をすくめる男。深淵のように真っ黒な瞳を見ていると、千風は段々気分が悪くなってきた。

 千風ははっきりと理解した。この男は危険だ。関わるべきではない。


 まさか学生にこれほどの奴がいるとは。目的を成し遂げるには無視しなければいけない存在。

 だが、あちらから接触してくれば戦わなくてはならない。できれば避けたいが。

 もっともそこそこの無能アピールはできたから、あちらが関心を持つことはないだろう。


 これからの学校生活、できるだけ穏便に過ごさなくては。

 などと考えていると、時計塔の報せがカランカランと鳴った。


 早起きは三文の徳とはよく言ったものだ。学校生活が始まる前に生徒会長の存在を確認できたのは千風にとって非常に大きな収穫となった。

 やはり、早起きはするべきである。


 ***


 昨日言われた教室にたどり着くと、あの試験官の女がいた。どうやらこのクラスの担任らしい。


「初日早々遅刻とはいい度胸じゃない? まあいいわ。さっさと自己紹介をして好きな席に着きなさい」

「ちっ、如月千風だ。別に覚えなくてもいい。馴れ合いがしたくてここに来たわけではないからな」


 淡々と自己紹介を終え、窓側の席につく。少々険悪なムードになったが、お構いなしだ。


 拍手をして、注目を自分に向ける担任。


「はーい、みんな仲良くしてあげてねっ! 千風クンはシャイな子だから〜〜」


 そして、授業が始まった。


「まず、魔法を使うにはーアクセサリーの形状をした魔導器が――」


 基本魔導式の構築理論、属性互換による相乗効果などなど、あくびが出るほど退屈な授業。

 最前線で戦ってきた千風にとっては学ぶことなど何一つなかった。


 実際一時間目の授業は寝ていたら終わっていた。


 その後も何事もなく、一日が終わった放課後。日は暮れなずみ、窓の外一帯を暖色に染め上げていた。

 千風がぼーっと眺めていると、後ろから声がかかった。


「よお、新入り。開幕からえらい啖呵(たんか)切ったな。授業もずっと寝てたみたいだし、ひょっとして腕っぷしには自信でもあるのか?」


 肩をばしばしと叩いてくる。よくもまあ、‟話かけるなオーラ”全開の千風に、話しかけられるものだ。


「あんた誰だよ? ――ッ!」


 千風が嫌々振り向くと、そこにはいかにもな好青年ヅラした男がいた。


「ん? どした?」


 茶髪をオールバックに整え、八重歯の眩しいその男はどこか昔馴染みと同じ雰囲気を感じた。

 だからだろうか? 千風は関わるべきではないのに無意識のうちに関わってしまった。


 改めて男を見る。背丈は170後半ぐらいだろうか、細身の体格に不釣り合いなほど鍛え抜かれた体躯は、予想以上に大きく感じられた。その身を制服でタイトにこなす辺り、几帳面さもうかがえる。


「あ、わりぃ。自己紹介がまだだったな! 俺は辻ヶ谷誠(つじがやまこと)だ。よろしくなっ!」

「お、おう……」


 差し出される手、千風はなすがままに握手を交わしていた。


「あれ? 馴れ合いはしないんじゃ? それとも本当にシャイなだけ?」


 誠が意地の悪い笑みを浮かべる。


 思わず止まる千風。手に力を込める。


「あだっ! じ、冗談だって! あんまり拗ねるなよー」

「別に拗ねてねーよ!?」

「ぷっ! なーんだ別に悪いヤツじゃないみたいだな! 安心したよ。改めてよろしく、千風」


「チッいきなり呼び捨てかよ……」

「いーじゃねぇか! 一度きりの高校生活だ。楽しまなきゃ損だろ?」


 こいつはここがどういう場所か理解していないのだろうか?


 毎日のように人が死に、その度に換えが来る。ここでは人は単なる道具に過ぎない。

 弱ければ即座に切り捨てられる。そうでなくても、強いやつでも死んでいくのが、名桜学園をはじめ――魔法師を育成する教育機関だ。

 強かろうが、弱かろうが関係ない。人権などまるでない、ただの消耗品が生活する場所。

 そんな場所でなお、バカみたいに笑っていられるのならば……こいつは本物かもしれない。


「変なヤツ……」


 千風の口元に自分でも気づかないほど微かに笑みが宿った。

 それは、彼にとってとても魅力的な出会いだった。


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