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一騎当千の災害殺し  作者: 紅十字
第一章 始まりと終わりの道化
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第17話 消え失せた――

「飛鳥――っ!」


 誠が届かないと分かっていながらも、手を限りなく伸ばす。

 助けたかった、仲間を失うのがひどく怖かった。


 しかし、彼女は動けない。

 動くことを許されなかった。

 彼女の太ももを深く刻む触手の跡が、彼女の神経さえも犯していた。

 痛みと、神経の麻痺とで、行動が制限される。

 その制限は致命的な欠点となって彼女の目の前に現れたのだ。


 脳裏をよぎる、“死”の一文字。



 飛鳥の視界を覆った紅い閃光は、放射状に彼女の元へと降り注ぐ。

 血の雨のような光の矢が飛鳥を襲う。


「チィ――ッ!?」


 舌打ち混じりに千風は詠唱途中の魔法を破棄し、飛鳥を守るための魔法を展開する。


 神経が千切れるような鋭い痛みが千風を襲う。

 これはある種の呪いであり代償だ。

 魔法を扱う者に課せられた絶対遵守の義務。


 魔法は決して便利なものではない。

 魔法を使うためには魔導器を介して半有半無の神経を繋げなければいけない。

 途中で魔法の詠唱を止めるようなものなら、魔法は術者に対して牙を剥くことになる。


 つまり、魔法師として魔法を途中破棄することは禁忌とされている。

 一種の規則。禁則を犯せば、それ相応の罰が下るのは当然のことだった。



 これを魔法師界隈ではβ(ベータ)神経崩壊という。


 魔法師の身体をめぐる神経には二つのものがある。α(アルファ)神経とβ(ベータ)神経。

 それは通常の人間には備わっていないもので。

 魔導器を接続した際に発生する半有半無の神経回路だ。

 そしてこの二つの神経が混ざり合うことにより、魔法師の中で特殊な波長が生じる。

 その結果、魔力はより増幅し、現象として出力されるのだ。


 α神経・β神経の主な役割は一般的に次の通りだと言われている。



 α神経――魔法を発動させるエネルギーつまりは魔力の生成・増幅。そして入力。

 β神経――魔力を現象つまりは魔法へと変換・発生。そして出力。


 ただこれにはもちろん欠点がある。

 仮にその増幅した魔力を放出せず、体内に留めてしまったら?

 当然、そのエネルギーが自然消滅するはずもなく、魔法師の神経回路をズタズタに引き裂くことで解消しようとする。

 この神経回路をズタズタにする現象を時枝は“β神経崩壊”と名づけた。

 もちろんこれだけで死ぬようなことにはならない。

 身体中を駆け巡る、骨を削られるような激しい痛みに(さいな)まれるだけだ。



 どちらにせよ、耐えがたい苦痛が訪れることだけは確かだ。



「あ――ぐっ!」


 全身を襲う激しい痛みに、歯を食いしばって耐える。

 千風はズタズタになったばかりの神経回路を酷使する。


「《白陽蟲(はくようちゅう)、あらゆる光輝を喰らい、星蟲(せいちゅう)と成れ――蠍星(スコルピオ)》!」


 指揮棒を振るのと同じ動作で彼は現象として出力された光に命令を下した。

 千風の合図に呼応するように小さな光の玉がたくさん現れ、徐々にそれらは虫を模した光となった。


 その小さな虫の群勢が飛鳥に降り注ぐ紅矢を呑み込み、やがてはそのエネルギーを利用して一つの大きな個体となった。


 対光属性に特化した相殺魔法(カウンタースペル)。カウンタースペルはその名の通り、それぞれの属性にのみ特化したタイプの特殊な魔法だ。


 その効果は凄まじく、下手をすれば下位の魔導器ですら、上位のカラミティアの攻撃を防ぐことが可能。

 ただ特化しているがゆえに、他の属性に対してはめっぽう弱く、使用される幅の極めて低い上級者向けの魔法と言えるだろう。


 しかし今のように同属性、あるいは陰陽関係にある属性に対しては無類の強さを発揮する。


 例えば、今千風が使用した魔法は以前下位のカラミティア、亜獣型(エラー)を討伐した際に手に入れた魔導器だが、それでもこのクラーケンの攻撃を相殺するだけの威力は秘めていた。


「はあ、はあ……おい緋澄ッ! ボサッとすんな! 本当に死ぬぞ!? 死にてーのか!」


 千風は叫ぶ。痛みに耐え、限界まで声を張り上げて。


 飛鳥を奮い立たせるも、彼女はすでに限界だった。

 羽虫を殺すため、最大級の魔導器を起動させ、その途中で詠唱を破棄したのだ。

 彼女のβ神経回路はクラーケンと戦う以前からすでに崩壊している。

 加えて、太ももは深く抉られている。

 この状況で正気を保っていられることの方が異常だろう。



 飛鳥は十分すぎるほど、頑張っていた。


 憔悴しきった瞳。

 焦点の合わない彼女の瞳は、気丈にもカラミティアを見据える。

 脚はガクガクと震えいうことを聞かない。

 それでも左腕で右手を支え――突き出した。



 魔法を唱える。渾身の一撃を放ち、ここですべてを決めるつもりだった。


「みんな逃げて――ッ! 《咎人たる聖者の礎、その不条理たらしめる天秤の下、凱歌の焔を築き給え――華粒炎(グラントフレア)》!!」


 緋澄の周囲を幾重にも囲む魔法陣。その中央からあらゆる豪炎が飛び交い、それはやがて円環となり宙へと舞った。

 宙空での制止、その輪が収束しつつ、一つの火球となる。


 火球はカラミティアを焼き尽くそうと、地上へと舞い降りる。

 迫る熱波、高火力による範囲殲滅の魔法。



 飛鳥が放てる最上級の魔法だった。

 が、彼女の最強をもってしても、アビスの皮膚を焼くことは叶わなかった。


「うそ――!? どうして! 幻獣型(アビス)から奪いとった最高位の魔法なのに……!」


 飛鳥は目の前の光景に絶望した。彼女の見立てでは、足止めくらいはできるはずだった。

 それが全くもって効果がないとすれば、戦慄するほかなかった。


「こんなバケモノどうすればいいのよ!?」


 彼女にはもう打つ手がなかった。

 己の全力をぶつけても効果がないのだ――どうすることもできない。

 奥歯を噛みしめる。ギリギリ、ギリギリと。

 口の端から血が滲み、落ちる雫は白い制服にシミをつくる。



 終わったのだ、ここで。

 彼女の物語は全てがここで幕を閉じる。


 そう思うと、全身から力という力が抜け始め――

 彼女の頰からひとしずくのきらびやかな宝石が流れ落ちた。


 ***(氷室視点)








 死を覚悟した瞬間、人影が僕の目の前に現れた。

 そいつは以前、僕が蹴り飛ばしたなんでもない存在だったはずなのに……。


 なぜか僕はそいつに命を救われていて。

 蹴り飛ばされて……おんなじように宙を舞っていた。


 放物線を描く僕の体が、だんだん地面に近づいていく。

 けれど、なんだか何もかもがどうでも良くなって、僕はろくに受け身もとらないままに地面に落下した。


 全身を襲う激しい痛み。

 そのすべてが僕をあざ笑う。お前は弱い、お前はバカだと。救いようのないクズだと。



 痛い。


 身体も心も、何もかもが痛くて、熱くて……。ひんやりした床だけが心地よく僕を迎えてくれた。

 けれどそれも僕の腹部から流れた血によって生温かくなっていく。

 急速に寒気を感じた。

 なにかが僕のナカから抜け落ちていくような。

 僕という存在が溶けてなくなっていくような、そんな感覚だった。


 このまま目を閉じて、次に目が覚めたらそこには違う世界が広がっていて……みんなが笑って泣いて、それでも幸せな気分で過ごせていたあの頃のような。

 そんな妄想が、きっと死んだら訪れるんだろうなと、そうであればいいなあと。

 半ば意識を失いかけていた僕の脳は、僕の意思に反し勝手に思考を始めてしまって……。


 そんな優しい世界に、僕はいることが許されるのだろうか?

 みんなを置いて自分だけ生き残ってしまった、生きる価値のない人間の僕が。

 きっと許されない。

 僕は地獄に落ちるべきなのだから。

 それが僕に課せられた唯一の救い。そのためだけに今まで生きてきた。




 けど、それももう疲れた。


 結局、僕は最後まで特別なナニカにはなれなかったんだ。

 僕より強い人間なんかいくらでもいて。

 僕はそいつらに潰されるだけの杭だ。救いようのない虫ケラだ。吹けば飛ぶ、枯れ葉のような。


 分かっていたはずなのに。

 認めなくても、認めたくなくても世間が、親が、自分を取り巻く環境が――そう告げていた。

 僕はそれに耳を塞いで、逃げて逃げて逃げて……で、結局のところ結末はこうなるのだ。


 なにも救えない。

 なにも変えられない。

 僕一人が頑張ったところで、なに一つとして世界には影響を及ぼすことなどなかった。

 ただ一匹の小さなアリがプールで溺れていただけだ。


 結局、なにをやっても報われないのか……?

  中途半端に魔法が使えたからその気になって、図に乗って。

 で、弱いと思っていたやつにまで蹴り飛ばされた。



 昔からそうだ。なにをやっても僕は人よりある程度できてしまう。

 けれど、それ以上には決してなれやしなかった。


 登って登って、ひたすらに登って……。

 でも最後の最後でいつもつまずく。

 頂上に立つことは許されない。ご来光は拝めやしない。


 魔法の山はとくにその標高が高かった。

 登って登って登り続けた。


 そして、日本でもごく限られた一部のエリートしか入学を許されない魔法師の教育機関。

 そのなかでも最難関と呼ばれる名桜学園に次席で入学を果たした。

 それからも休むことなく魔法の鍛錬に明け暮れた。

 純粋にそれが楽しかったから。他より強い自分に優越感を感じていたんだろう。


 そうして、年二回行われる対人戦闘模擬試験では圧倒的な強さを見せつけた。

 たまーに強い奴もチラホラといた。飛鳥や貴族の令嬢、大企業の御曹司……。

 でもそれら全てが拍子抜けに思えるほど僕は追随を許さないほど圧倒的に打ち負かしてやった。



 気分が良かった。全能感を感じた。自分を超えられる人間なんて同年代にはいやしない。

 そう思ったし、実際そうだった。


 それからは退屈な毎日だった。

 誰も僕に歯向かってくるようなことはなかった。

 僕が何か命令すれば、その通りに動くだけの人形と化したクラスメイト。

 生きた心地がしなかった。

 一人機械の模造品に囲まれた空間で過ごすだけの、異常で平凡な毎日。

 ただただ毎日が退屈で、教室の窓から外をボーッと眺めるだけの日々。



 雨の日も風の日も、ただひたすらに窓の外を見つめ続けた。


 授業もひどくつまらなかった。

 すでに三年間で習う魔法学のすべてを学び終えてしまった僕には、まったくもって必要のないもの。

 教師、と言っても魔法師としての誇りを捨て、前線から逃げ帰ってきた臆病者の話など面白いわけがない。



 誰々が誰々とケンカした! とか、四組の田中が学園一の美少女に告白した! だとか、まるで興味がなかった。


 田中ってだれだよ? 美少女なんていたか?

 そもそもお前らなんのためにここへ来た?

 学生ごっこがしたいだけなら普通科へ行けと、思いっきりツッコんでやりたかった。

 明らかにクラスメイトと僕とでは住む世界が違ったんだ。





 くだらない。



 くだらない……。





 能天気な馬鹿どもに、無能な教えを垂れる使えない教師。

 視界に映るすべてのものがゴミに見えて、この世界を見下していた。


 つまらなかった。ただ純粋に世界がつまらなかった。

 自分以外の人間に価値を見いだせなかった。



 そんなときだ。

 アイツが編入して来た。

 名前は何て言ったかな?

 確か……如月、千風。そう千風だった気がする。

 で、そいつがやって来て、自己紹介を始めた。




 名前だけ言って簡潔に済ませていた。

 なんとも味気ない自己紹介。

 もちろん僕は他人がどれだけ自分語りをしようが興味を示さない自信があったけれど。

 ただ、そいつは最後にこう言ったんだ。


『馴れ合いをするためにここにきたわけではないからな』


 初対面の、それも今後クラスメイトとして共に学んでいくはずの連中を相手に、そいつはまったく臆せずに言ってのけたのだ。


 クラスメイトである以上、カラミティアを殺しに行くときには協力が必要だ。

 それなのに……。


 まるでくだらないおままごとに付き合っている暇はないと言わんばかりに眼光を鋭くして、クラスの連中を睨みつけていた。

 僕の灰色のキャンバスアートに初めて色が宿った瞬間だった。



 ひょっとしたら、こいつならナニカ面白いことをしでかしてくれるんじゃないかと、淡い期待を抱いた瞬間でもある。

 何はともあれ、僕はこいつに対して興味を抱いたのだった。

 大勢の目の前で啖呵を切るあの胆力はなかなかに興味深い。


 翌日。

 僕はそいつの実力を試すことにした。

 今思えば、僕はそいつに期待を寄せていたのだ。


 毎日毎日、平凡な風景を眺めるだけの無為な日々。

 そんな生活に嫌気がさしていた僕にとっては絶好のチャンス。

 けれどそいつの実力はとんだ肩すかしで。

 どれだけ大層な実力者かと思ってけしかけてみたものの、反応すらロクにしないまま蹴り飛ばされただけ。



 期待していたがゆえにその落差は大きい。あまりにも興ざめすぎた。




 余興にも暇つぶしにもならなかった。

 けれど、僕はこの後の近い未来で知ることになったのだ。


 そいつは、如月千風という名の男は、僕が見てきた景色とはまるで違う世界に生きてきたと、思わされるほどに恐ろしく強いということを――


ジャンル別日間8位!

ありがとうございます。

読んでくださる読者様方のおかげです。


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