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一騎当千の災害殺し  作者: 紅十字
第一章 始まりと終わりの道化
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第12話 蒼龍の使い手

 千風たちと離れ離れになってしまった誠とイザベルの二人は今、災害準因子(カラミティアセル)との戦闘中だった。

 千風たちの所に現れたものと同じ、牙の生えたウサギのような化け物だった。

 牙ウサギが彼らを囲む。


「ねえイザベル? 一つ聞いてもいいかな?」

「なんです? こんな緊急時に……」


 ジリジリと距離を詰められ、背中合わせになり臨戦体制をとる。

 誠の手には短剣が一本、イザベルはホルダーから拳銃を取り出す。


「まいったな……。俺らは氷室や飛鳥たちと違って攻撃系統の魔法を持ち合わせていない……いっそのこと離脱すって手もあるけど?」

「何をとぼけたこと言ってるんですあなたは!? そんな暇を与えてくれるほどの相手ならそもそも、こんな状態にはなっていませんよ?」


 愚か者ですねと、イザベルは目を細める。

 彼らの周りを囲む牙ウサギは十匹。単純計算で一人五匹は倒さなくてはならない。


「はは、それもそうだ。それじゃ、後ろの五匹はまかせる――よッ!!」


 背後はイザベルにまかせ、誠は眼前に映る五匹のウサギへと駆ける。

 ウサギが一斉に誠へと飛びかかった。


 彼はまず中央のウサギへと短剣を突き立てる。それで一匹はお終い。だが、短剣を引き抜いているだけの時間はない。短剣は見捨て、制服のポケットからナイフを取り出す。それを右から迫るウサギへと放ち、見事眉間に命中させた。

 そこで、誠の反応が追いつかなくなる。苦し紛れに上体を反らし、なんとかウサギの猛攻を回避。

 しかし、半ば反射的にとった行動のため、次に繋がる動きがとれない。


 俊敏なウサギたちは誠の硬直状態を好機と見たのか、身を翻しすぐさま誠へと襲いかかる。


 誠は魔導機に血液を流し込んだ。


「くそっ! 《堅牢なる黒亀よ――」


 身体を無理矢理ねじり、ギリギリのところで回避を試みる。彼の肉体が軋み悲鳴をあげる。

 回避しきれず赤い線が数本走り、誠の頰を熱が覆う。彼の頰からは鮮血が舞った。

 致命傷は避けられたものの痛みが伴わないわけではない。その分動きが鈍り、それをウサギたちは決して許さなかった。


 左腕で一匹を横になぎ、詠唱を続ける。


「――その鋼のごとき甲羅をもって、憐れな我らを救いたまえ》!」


 呼応するように魔導機の輝きが一際増した。


 刹那、誠とイザベル双方の足元から黒い、土のようなものが盛り上がった。黒い土はどんどんその高度を上げ、五メートルほどの柱になるとその動きを止めた。


「無事かイザベル!?」

「はあ、はあ。ええ……なんとか」


 彼女の呼吸は荒い。気丈に振る舞ってはいるものの、彼女が苦しそうに押さえる肩口からは血が流れ出ていた。


「でも助かりました。もう少し遅かったら、お嬢様と二度と会えなくなっていたかもしれません。だから、今回ばかりは礼を言っておきましょう」


 イザベルが人に礼を言うとは珍しい。飛鳥以外には基本的に厳しくあたる普段の彼女からすれば、上出来だった。

 誠の口にかすかに笑みが宿った。


「流石イザベルだね、こんな時でさえ飛鳥のことを考えていられるんだから……」


「当然です。お嬢様は私の全てなのですから……ハァハァ……」


 気のせいだろうか、心なしかイザベルの吐息が先ほどより荒くなっているように誠には感じられた。


「でも、どうする? このままじゃ埒があかな――」


 ドウンッ! 誠の言葉を銃声がかき消した。無論、彼女の放った銃弾だ。


「後はわたくしに任せてください……」


 そう言ったイザベルは次々と銀弾を放っていく。その度にウサギの眉間へと吸い込まれ、気づけばそこには白い骸の山が築かれていた。


「……毎度思うけど、その腕前は一級品だね。味方にいたら心強いけど、相手になったらと思うと震えが止まらないなあ」


「安心してください。お嬢様の敵にならない限りはあなたと対立することもありません」


 言い方を変えれば、飛鳥に敵対するようであれば問答無用で頭蓋に風穴を開けてやると彼女は言っている。

 平常運転のイザベルに彼は再び笑った。


 土でできた柱からイザベルは飛び降り、ホルダーに銃をしまった。

 誠がかかとで柱をトントンと踏みつけると、たちまちただの土に戻る。


「よっと!」


 軽やかに着地し、制服の砂埃を払う。


「で、この状況をイザベルはどう見る? 何かおかしいと思わないか?」


 誠は腕に取り付けられたバンドを彼女に見せた。バンドが示す数字は五だ。


切り離された残片世界(レムナント)】に介入した時の数値が十。つまり、この時点で五人が災害迷宮を去ったことを意味していた。


 上の階で物音が聞こえてからすぐに、ウサギが大量に現れた。それを処理するのに大体十分。その間に五人も消えた。

 これは明らかにおかしな事だった。


「五人という数はまず間違いなく、お嬢様たちではありません……。しかし、そう考えた場合、次に推測として立つのが生徒会の存在です」


「そう、でもそれはどういう事だろう? だって彼らは俺たちよりも遥かに強い人たちだ。名桜学園でもトップの人たちだよ? そんな人間が……レベル5程度のカラミティアが従える災害迷宮で脱落するなんてありえるかな? しかも、五人同時だよ?」


 あり得なかった。あってはならない事だった。


「これはもしもの仮定にすぎませんが……生徒会の皆さんが離脱したと考えるのであれば、一つの候補としては充分にあり得ます」


「でも、その場合マズくないか?」


 彼らの視界はグニャグニャとした緑色の靄がかかり、最悪だった。

 薄気味悪い景色の中、イザベルはそっとつぶやく。


「そうですね、まず間違いなくわたくし達の手に追える相手ではないでしょう」


 生徒会の人間が一瞬にして五人も消えたのだ。当然、強いといってもまだ、一年の彼らに為す術はなかった。


「どうします? あなただけでも離脱しますか?」


 イザベルの言ったことは至極当然の事だ。彼らが災害迷宮に残ったところで、出来ることなどたかが知れている。そんな中残り続けるなど、愚か者のすることだ。


「イザベルは飛鳥を探すんでしょ? あいつなら、ふてぶてしく生き残りそうな気もするけど……」


 飛鳥の性格を思い出し、誠は笑った。あんだけ豪胆な少女は他にはいないだろう。


「ええ、お嬢様一人なら確かに死なないでしょう。しかし今のお嬢様には転入生がいる。お嬢様は優しいお方です。転入生を見捨てることなど絶対にできません」


 イザベルの瞳は完全に飛鳥を信じきっているものだった。彼女にとって飛鳥はある種の信仰の対象なのだろう。


「それもそうだ。ああいう奴だから皆飛鳥について行く。飛鳥はバカでおっちょこちょいで中学生みたいだけど、頼り甲斐がある。クラスの皆を引っ張るためにも、今飛鳥に死なれるわけにはいかないね」


 俺も行こう! 千風のことも心配だしね……と誠は迷宮内に留まることを決めた。


 名桜学園の一年組は、揃いも揃って愚か者の集まりらしい。


「嫌ですね……お嬢様はそういったところが可愛らしいのではありませんか?」


 ふふ、とイザベルが口元を隠しながら小さく笑う。


「とりあえず上に向かおうか? そこで千風たちと合流しよう!」


 そうして、二人は上の階へ向かう階段を探し始めた。


 ***


 蓮水氷室はただ一人、災害迷宮内に留まっていた。


「ってて……生徒会の連中、ヘリから落とされるの知ってたな? じゃなきゃあんな早く対応なんて出来っこない」


 文句を言いながら辺りを散策する。


 氷室がいるのは、50階建のビルの大体40階あたり。生徒会が屋上から侵入したことを鑑みると、かなり早い段階で対応できた方だった。


 ちなみに、千風と飛鳥は12階。誠とイザベルは30階あたりでレムナントへと干渉していた。


「上へ行くか下へ行くか……どっちが正解かな?」


 生徒会と合流するのであれば上へ、誠たちと合流するのであれば下へ。もっとも、一年組で一番早く侵入したのは氷室であるため、彼が知るのは生徒会の位置だけである。


 だから、氷室は考える。身の安全を取るか、金を稼ぐかを。


 上に行けば生徒会と合流できる。彼らと共にいればまず間違いなく死ぬことはないだろう。

 下へ行けば、カラミティアと遭遇する確率も高くなる。単純に考えて、上でカラミティアを発見できる確率は20パーセント。金が欲しいなら、下一択だった。


「まあ、亜獣型(エラー)の作る迷宮なんてたかが知れてるけど、取り敢えず罠や近道がないかぐらいは調べとかないとね!」


 災害因子(カラミティア)が作り上げる災害迷宮には多種多様な仕掛け(ギミック)が施されている。

 それは罠であったり、近道であったり、はたまた特殊な魔法を封印した宝部屋があったりと様々だ。

 カラミティアにも性格があるらしく、用心深い奴は罠を張り巡らせ、好戦的な奴は近道を示す。一番タチが悪いのはごちゃまぜタイプの災害迷宮を作る奴だ。


 氷室は左手の薬指へと、その内部を巡る半有半無の神経に血液を注ぐ。

 淡い紫色の指輪型の魔導機が妖しく輝き、魔法を発現させる準備が整う。


「《スキップ、スキップ、らんらんら〜ん》っと! ははっ、我ながらふざけた詠唱句だな〜」


 詠唱句を唱えた氷室の瞳に紫色の光が宿る。


 詠唱句とはいわゆるイメージを具現化させるための引き金(トリガー)のような物だ。

 魔導機には基本的に決まった型の詠唱句があるが、そこからよりイメージの湧くものに設定することもできる。ただ詠唱句を変えての運用は難しく、大抵の魔法師はそのまま使用することが多い。


 氷室の視界にビル全体の立体構成、このフロアの平面構成が生じる。その地図上に赤と黄色の斑点が表示された。

 赤は罠を、黄色は近道を表している。


 氷室は探す。まるで公園をスキップしながら散歩をするように、鼻歌を交じえ、カラミティアへと続く最短の距離を探す。ショートカット。スキップ。楽な……より楽なルートを探し始めた。


「ふ〜ん複雑なギミックは無いみたいだし……これなら、楽勝かな?」


 そして見つけた。たまたま運良く、このフロアの前方へ少し向かった先で黄色の斑点が点滅しているのを。


「おっ、ラッキ〜。これは僕の一人勝ちかな?」


 が、うきうきと歩を進めた彼の目の前に突如現れたのは、おなじみの牙が生えたウサギだった。その数、約二十匹。


 知らずのうちに罠を踏みつけたのかと考えたが、赤い点が近くにあるということはなかった。

 もしかしたら、隠し罠(ステルストラップ)かもしれない。


「はは、意地汚い連中だな〜。こんなのほぼ初見殺しじゃないか?」


 十匹を相手に誠とイザベルは苦しめられた。しかし、その倍の数を前にして氷室はなお笑っているだけだった。


「まあ、僕はそのほぼ(・・)に含まれないけどね〜」


 いっせいに襲いかかるウサギ。

 氷室は先頭の一匹に蹴りをたたき込むとその力を利用して、上へ跳躍した。


「よっ――と!」


 身体強化を施した彼の身体は軽々しく五メートルを飛躍し、ウサギたちを真上から見下ろす構図となった。


「はは、ザコがわらわらと……いや、弱いから群れるのか? まあ、興味ないけどね……」


 言って、血液を流し込み魔導機を起動させる。

 魔導機に白光が宿る。詠唱句を短節で唱え、魔法を発現させる。


「《迅雷よ、疾走(はし)れ――雷槍(ライトニング)》!!」


 空中で逆さ状態となった氷室の右手のひらから、光が放たれる!


「く――ッ!」


 反動で腕が弾かれ、氷室の全身を鋭い痛みが支配した。

 幾千と放たれた光はその形状を変え、真下にいるウサギの群れへと次々に被弾した。


 煙の舞い上がる、かつてそこにはウサギがいたはずの場所へと着地する。


 しばらくして煙がなくなり、視界が鮮明になる。ウサギがそこにいるはずもなく、残ったのは黒い焦げのようなものが付着した半径六メートルはあろうかという大きなクレーターだけだった。


「……こんなもんでしょ? さて隠し通路〜っと!」


 機嫌よく鼻歌交じりに壁際に向かい、その壁をトントンっと軽くノックしてやる。すると、壁はゆっくり沈んでいき手前に階段が現れた。


 その階段はどうやら上に続いてるようだった。


「ふーん……やっぱり確率はあてにならないな。上にカラミティアがいるとはね〜」


 そのまましばらく、暗いジメジメとした階段を登って行く。コツコツ、と靴が床を叩く音。その妙に高い音は反響して氷室の耳を刺激した。


 やがてつきあたりへと差し掛かり、カラミティアがいるであろうフロアにたどり着いた。後は壁を押せば簡単に外に出られるだろう。

 しかし、氷室はすぐには出なかった。


「生徒会――ッ! 先を越されたか!?」


 氷室の目の前、正確には壁の目の前を生徒会の五人が横切った。そしてその内の一人、名桜学園の実質的な二番手――生徒会副会長の天王寺がこちらを見たのを、氷室は見逃さなかった。


「――ッ!」


 ――なぜバレた? 魔法を発現させた痕跡も無いのにどうして僕の居場所が、僕がいることを感知できる!?


 壁の中と外では、ちょうどマジックミラーと同じ関係だ。氷室から外の状況は丸見えにもかかわらず、あちらからは彼の一切が感知出来ない。


 だから、氷室と同じように探索系の魔法を使わない限りは彼の存在を認識することなど不可能。あり得なかった。


 天王寺の口元が運動を始める。音は伝わらないが、その動きで彼が何を言ったのかは氷室には分かった。

 魔法を唱えたのだ。それも飛びっきりの破壊力を秘めた最悪の魔法だった。

 対象は氷室。壁の中にいる氷室だった。


「はは、冗談きついな〜」


 笑ってみせるも彼の口角引きつったままだ。冷や汗を全身から吹き出し、この場を打開する方法を模索する。

 しかし、彼を破壊するためだけに練られた蒼炎の飛龍は留まることを知らない。餌を見つけたと言わんばかりに氷室に突撃するのだった。


「クソッ! ここまでか――!」


 彼の言葉はそこで止まり、飛龍となった蒼炎は轟音を撒き散らしながら壁一面を灼き尽くした。


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