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一騎当千の災害殺し  作者: 紅十字
第一章 始まりと終わりの道化
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第11話 切り離された残片世界

 趣味の悪い、緑色の塗装を施された高層ビル。

 ジメジメとしたビル内には、紫、緑、赤など、およそ食用のキノコがしてはいけない類の物が生えていた。

 日光がガラスで照り返り、内部は奇妙な幻想空間となっていた。


「……ねぇ、一つ聞いてもいい?」


 鈴が凛と鳴るような清らかな声。


 千風の前方を走る赤髪の少女が声を優しくかけてきた。風と共に香る、女の子特有の甘ったるいシャンプーの匂いが千風の鼻腔を刺激する。

 緋澄飛鳥、千風のクラスの委員長を務める、かの有名な緋澄重工のご令嬢でもある。


 そんな彼女の表情は優しい声音とは真逆の般若のようだ。微かに青筋が浮かび、口元は引きつったまま器用に笑っていた。


「なんだよ、汚ねえ顔だな! にらめっこでもしたいのか?」


 思ったことをそのまま口にした。女の子に言ってはいけない言葉を平然と吐き捨てた。


「誰のせいよ!! あんたが、わけわかんないことするからこうなったんでしょ!?」

「んなこと言われても――っと!」


 そこで前方から、牙の生えたウサギっぽい獣が襲いかかってくる。

 それを軽やかにかわし、すれ違いざまにナイフを突き立てる。

 それで一匹、血を吹き出すこともなく消滅した。


 残りは三匹……と思ったが、気づけば緋澄が対処していた。


「まあいいわ。とりあえず今はあんたと生き残るのが先決。勝手に死なないでよ?」


 心配そうにジッと見つめてくる。


「俺の心配するよか、自分の心配してろよ?」

「なっ! 別にあんたのことなんか心配してないし! あんたに死なれると私にかかってる魔法の効力が切れるから、ただそっちの心配をしてるだけだから!」


「あっそ、ならいいけど……」


 わなわなと震える彼女を置いて千風はスタスタ歩いて行く。


「あっちょっ、待ちなさいよ! 私がリーダーなんだから先に行くなー」


 怒ったり叫んだり喚いたりと、忙しない奴だ。


 千風たちがいるのは、現実世界とは異なる別の世界。一種の並行世界だ。


 災害を引き起こすバケモノ――カラミティアが住まうこの世界を、人々は【切り離された残片世界(レムナント)】と呼んだ。


 現実世界と表裏一体であることから、鏡面世界と言われることもある。


 通常はお互いが不干渉だが、迷惑なことにカラミティアは災害を暴発させる時だけ現実世界へと干渉してくることが、長年の研究で明らかになった。


 そこから、逆に暴発される前に倒してしまえば災害が起きないことも実証された。


 千風たちのいるビルの構造は現実世界の物とほとんど一緒である。変わることといえば、距離感や空間の広さ、重力や磁場といった環境、災害を引き起こす大元の災害因子(カラミティア)と子分のような災害準因子(カラミティアセル)である、先ほどのウサギみたいな奴だ。


 魔法を使って無理矢理干渉しているため、辺りの視界はかなり暗い。靄がかかったように淡い緑色の空間がグニャグニャと揺らめき、脳に揺さぶりをかけているみたいだ。


 指を空間になぞらえる。さながら旋律を描く指揮者のように。自然とメロディーが流れてきそうな雰囲気の中、彼の指先に光が宿る。

 その光で空間をかき混ぜる。イメージはそう、鍋にありったけの食材をぶち込んだカレールーをかき混ぜるような……。脳から指先へ、光を空間に、自らの思考を溶かし込む。


 するとどうだろう。彼の思考は宙空に形となって現れた。


 これは魔法師なら、誰でも扱える初歩的な魔法だ。魔導機を映写機器として用い、脳内の思考を立体的な光で空間に映し出す。


 【切り離された残片世界(レムナント)】を攻略する上で必須の魔法とも言えるだろう。


 千風はあらかじめ担任から聞いた高層ビルの構造とレムナントでの差異を確かめる。


 内部の広さはそれぞれのフロアで現実の三倍ほどはある。所々の階で吹き抜けのフロアがあったり、落とし穴のようなトラップがあったりと、この建物のどこかに潜む主を守るため災害迷宮の中は複雑多岐に渡る。


 さっきのウサギみたいな化け物だってそうだ。自らの護衛をするために災害因子(カラミティア)が引き連れている部下だ。


「ったく、何から何までゲーム仕様ってか? 下らねえ……」


 吐き捨てるように呟く。千風自身、ゲームなどの娯楽とは一切無縁の悲しい人生を送ってきたが、以前同僚が――災害迷宮ってホントゲームみたいだよな! コンティニュー出来ないけどww――と笑っていたのを思い出した。案の定、草を生やしたそいつは【切り離された残片世界(レムナント)】でゲームオーバーになったが……。


「何ぶつぶつ言ってんのよ気持ち悪いわね! 置いてくわよ?」


 いつの間にか隣にいた緋澄が気味の悪い奴を見る目でこちらを見ていた。

 独り言がマズかったのだろう、自分の容姿に気味悪がられる要素はないと思っていた反面、彼はほんのかすかにショックを受けた。


「待てよ、赤髪」


 ガシリと緋澄の肩をつかむ。ビクリと肩を震えさせ、こちらを睨みつけてくる。


「ちょ! 何レディーの肩を気安く触ってるのよ! 離しなさい!」

「離しても良いが……お前、落っこちるぞ?」


 そう言われ彼女が踏み出そうとした地面を注視すると、電子音とともに床が剥がれ始め、階下のフロアが見えた。


 彼女は眼下の光景にぎょっとする。階下に現れたのは先ほどのウサギがわらわらと蠢くプールと化したものだった。こんな場所に落ちたら、ひとたまりもない。ガブガブ齧られ瞬く間に骨になるのがオチだろう。最悪、骨も残らないかもしれない。


 それを彼女はすぐに理解したのか、涙目になりながら全力で首を横に振りだし始めた。

 そんな彼女を見たからだろう、小動物をいじめてるような嗜虐心に駆られ、千風の口元に邪悪な笑みが宿った。


「それで? このまま言われたとおり離してやろうか?」


 彼女の目の前にはギャースギャースと奇妙な声を上げる牙を剥き出しにしたウサギ。何匹かの牙にはてらてらと光る赤い液体が付着していた。

 緋澄はヒッと声を小さくうわずらせると、顔をだんだん青ざめさせていく。


「ごめんなさい。ごめんなさい! 離さないでください助けてください。お願いします! 何でもしますからっ!」


 千風に彼女を見殺しにする気はさらさらないが、こうも必死に懇願されるとあと少しだけ……からかいたくなってしまった。


 千風はわざとらしく足を滑らせ、


「あ、ヤベッ!」


 穴の方へと身体を傾ける。


「い、いやー!」


 すると緋澄は千風にぎゅっと抱きついた。


 これには流石に彼もドキリとする。別に年頃の女の子に抱きつかれたからとか、そういうのじゃない。胸が当たって感触が! っとかそういうのでもない。というか緋澄の場合、残念なことに密着度百パーセントだった。千風はただ単に抱きつかれると身動きが取れなくなるから、ドキリとしただけだった。


 冷や汗をかきながらもなんとか危機を脱し、緋澄を落ち着かせてやる。

 彼女は地べたに座り込むとあろうことか、泣き始めてしまった。


「なあ? 俺が悪かったって! だから泣くなよ、ガキじゃあるまいし……。おい、赤髪? 聞いてんのか?」


 ポケットから飴を取り出し緋澄にあげる。


「んっ、ありがと……って違うでしょうが! こんなんで私が易々と機嫌を直すとでも思ってるの!?」


 飴をしっかり受け取りポケットにしまいながら言われても、まるで説得力がなかった。何はともあれ、泣き止んでくれたのなら千風的にはそれでよかった。


 こんな場所で大騒ぎされて敵に寄りつかれたりでもしたら、それこそ洒落にならないのだから。


「あと、私のこと、赤髪とか言わないでよね。好きでこんな色になったわけじゃないし……その、気にしてるんだから……」


 それもそうだ。彼女は自らの意にそぐわず魔法の副作用でそうなってしまった可能性も考えられる。千風だって嫌と言われたことを続けるほど鬼畜ではない。


「そうか、それは悪かったな」


 素直に詫びると緋澄はフンっと急に態度が変わり、分かればいいのよと無い胸を張りながらふんぞり返り始めた。


 ――コイツ、本当可愛くねえーな……。いっそこの穴にど突いてやろうか?


 などと考えていると突然、上の階から大きな物音がした。


 体感で10階上辺りから、ドガーンとかズガーンみたいな幼稚な言葉で表してしまえばそれまでだが、明らかに誰かが争っている音が聞こえる。

 あらかじめ魔法で強化していた聴覚でその音を探る。魔法の炸裂する音や何かが爆発する音、ガラスの破砕音や咆哮まで聞こえてきた。

 おそらく千風と緋澄以外の誰かが上でカラミティアと戦っているのだろう。だがそれはあまりにも早計ではなかろうか。


 他のメンバーがどれくらい強いのか千風にはわからないが、少なくとも校内で強い者扱いされている目の前の少女がとてつもないポンコツだということははっきりした。それを考慮すると、カラミティアを発見したにしても、皆が合流するまで待つのが得策ではないか?

 現に今だって……そう思い彼が左手に巻かれた特殊のバンドを覗こうとすると、緋澄が彼女の腕にも巻かれた同様の物を見せてきた。


「ねえ! ちょっとこれ!」


 バンドに書かれた数値がみるみる減少していく。十から九へ、九から八、七……五。五で止まると同時、真上で花火を打ち上げていたほどの轟音は鳴り止んだ。


 このバンドはレムナントの災害迷宮に侵入した十人の安否を指し示す物だ。バンドの数値が災害迷宮にいる生存者の数を表し、数が減ればその者が離脱したか死亡したかのいずれかを示す。


 災害迷宮内では特殊な電磁波で一切の通信が遮断される。つまり、このバンドが唯一仲間の安否を確認できる物だった。

 そのバンドの数値が五つも減少したということは、離脱したか死亡したかはともかく、いずれにせよ状況がかなり劣悪になったことは確かだ。


 ちなみに担任の佐藤からは数値が半分以下になった場合は離脱することを推奨されていた。状況の良し悪しにかかわらず、攻略に必要な絶対数がそもそも足りていない状態での攻略は自殺行為に等しい。


「なあ、ちんちくりん。生徒会ってのは本当に強いのか?」

「そうね……って! ちんちくりん言うな!」

「いいから答えろよ」

「え、うん。あんたの言うとおり生徒会の人たちは強いわ。一年で良い勝負ができるのは氷室……蓮水だけだと思う」


 千風の冷めきった瞳におびえたのか、彼女の声は若干震えていた。


 蓮水と良い勝負となると、学生としては充分過ぎる。それこそこの災害迷宮を単身で攻略するのが可能なくらいには。

 しかしそう考えると不審な点がいくつか挙げられる。第一に災害迷宮に侵入した際、千風の記憶が正しければ彼と緋澄、誠はイザベルと、蓮水はたった一人で……そして生徒会は五人が集まって同じ場所に侵入したはずだ。

 そして減少したバンドの数値は五。単純に考えても生徒会全員が脱落したことになる。


 だがそれはどういった理屈だ? 蓮水と同等な連中が五人もいて、たかだかレベル5程度の亜獣型(エラー)に遅れをとるとは思えない。


 限りなくゼロに等しい確率だが、万が一があるとするならそれは、先ほどのポンコツ中学生と同様にトラップに引っかかった可能性だ。探索系の支援魔法を所持していない緋澄はともかく、生徒会は個々がバランスのとれた魔導機(マニフェステーター)を所持していたはずだ。


 千風は目の前の少女が理解できるように説明してやる。


「なら、今の状況はおかしくないか? 担任が『ここにいる面子なら、幻獣型(アビス)ぐらいなら倒してしまいそうだけど』と言っていたのを、にわかには信じがたいことではあるが……俺は覚えているぞ?」

「あっ……確かに!」


 今気づいたと言わんばかりに目を見開いて緋澄は答えた。


「でも、なら……どうして生徒会の人たちは……?」

「それをお前に聞きたかったのだが……はあ、やはりポンコツだったか――」

「また私を馬鹿にした! ねえ! 私が緋澄の人間だってあんた理解してる? その気になればあんたなんて――」


 顔を真っ赤にして喚く緋澄を千風は指をクイッと曲げわかりやすく挑発する。


「会社の力で消せるって? んな回りくどいことせずにお前がかかって来いよ?」


「〜〜っ! も〜頭に来た! 帰ったら決闘よ決闘! 覚えておきなさいよね!」


 緋澄重工の令嬢はどれだけ沸点が低いのだろう。もしくは精神年齢が見た目どおりなのかもしれない。

 盛った猫のような彼女はそのまま大股歩きでズカズカと濁った池のごとき回廊を突き進んでいく。


「あ、おい待てよ。どこに行くつもりだ?」

「決まってるじゃない! 上よ、う・え! 誰かさんのおかげですごくムカッ腹が立ってるから、上に行って災害因子(カラミティア)の奴ぶっ飛ばしてくる!」


 袖を捲り、腕をぐるぐる回しながらそんなことを言ってきた。


「おいおい、話聞いてたのか? 生徒会の人が離脱するような相手だぞ?」

「ふんっ! 知らない……臆病者は一人で帰れば?」


 カラミティアとの戦闘音が消えて気がつけば十分ほど過ぎていた。にも関わらず、バンドが示す数字は五のまま変化がない。誠も他の二人もまだまだ災害迷宮の中にいるのだ。


 ――蓮水やクソガキの従者はどうでも良いが……誠の方は大丈夫なのだろうか?


 何やら喉の奥で詰まった焦燥感に似た物が千風の胸中をざわつかせていた。


 ともあれ、彼らがまだ災害迷宮内にいるのであれば、行き着く先は同じはず。彼らと合流するためにも上に行くのは避けられないのかもしれない。


 濁った池を掻き分ける小さな赤い灯火について行くように、彼はそっと上の階へと歩を進めるのだった。


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